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故郷は青き星

作者:TKZ
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第十四話

 皮膚近くに静脈が浮き出た部分に、接着面にナノマシーンが入った直径0.5mm程度のカプセルを吹き付けた1cm四方のシートを貼り付け、上から数度叩いて衝撃を与えると、カプセルが壊れて中のナノマシーンが皮膚から血管に浸透していき静脈を通して全身に運ばれていく。
 知覚の拡張とも言うべき感覚を感じながら簡易宇宙服を着込み、マザーブレインに指示を出してエルシャンは同調を開始する。

 司令部にて報告を終えたエルシャンは、シルバ6の前線への移動をガッパー少将に申し出たが、少将は所属パイロットが居ないシルバ6の前線投入は無意味だとはねのける。しかし彼は「新型実験機の力があれば1機で1個航宙師団に匹敵する戦果を上げて見せます」と食い下がった。
 イルヌ星系陥落以降【敵性体】に一方的に戦線を押し込まれている第二渦状枝腕(サジタリウス腕)方面軍にとっては、僅か1個航宙師団の戦力が喉から手が出るほど欲しかった。
「大言壮語でない事を証明してもらう」
 結局、その一言でエルシャンの出撃が認められたのだった。

「反応が良い。これナノマシーンの力か?」
 加速する意識に戸惑うと同時に、懐かしい田沢真治だったころの自分が蘇る。
 まるで戦場の全てが見渡せるようなクリアで広い視界の中で、小型種がいつもよりもゆっくりと動いて見える。そしてその行動の一つ一つの意味が見て取れるような感覚。
「これなら戦える」
 ガッパー少将からエルシャンに命じられたのは密集隊形──何故か【敵性体】は手段で移動する際には小魚の群れのように密集する。単なる動物的な本能に従った行動とも言われる──をとった10000体の小型種の集団の中央へのたった1機での突入だった。
 明らかに無謀としかいえない作戦だったが、この局面での突入は成功すれば良し、失敗したとしても突入自体が無かったものとして、その後の作戦の展開には全く影響は無い。
 また、エルシャンが早い段階で撃墜されるならば、シルバ6に乗り込み誰よりも戦場に近い場所に居る彼が、戦線が入り組んで撤退が難しくなる前に離脱出来ると考えた結果だった。
 だがエルシャンはそんな少将の配慮にも気付くことなく与えられた戦いに高揚する。目の前の獲物たちに舌なめずりする。
「これならクラス2は使う必要も無い」
 現在投与したクラス1のパイロット強化用ナノマシーンより効果の高いステージ2の使用も検討したがあまりにも副作用が大きぎ、今のエルシャンですら使用を躊躇うものだった。

 エルシャンが駆るXSF/A-R1は小型種集団の進行方向の斜め後方から、4発の新型重力波エンジンによる優速を活かして接近する。
 敵集団外縁に位置する小型種の一部が機首を向き変えXSF/A-R1を迎え撃とうとするが、エルシャンはまるで予知でもしたかのように小型種がレーザー砲を発射する直前に傾斜をつけたエネルギーシールド──航宙母艦などが展開可能な障壁の一種だが、大型化したとは言えカテゴリーとしては戦闘機であるXSF/A-R1には、高出力かつ機体の全方位をカバーする障壁を展開するのは不可能。低出力で対角線が10mの正六角形のシールドを2枚張ることが出来る──を自機と小型種の間に展開する。
 直後に小型種が放ったレーザーは低出力とはいえ傾斜があるためにエネルギーシールドに弾かれる。そしてお返しと言わんばかりに放たれた反撃の機首レーザー砲の一撃を浴びて小型種は爆散する。

 XSF/A-R1は2枚のエネルギーシールドを駆使して小型種の攻撃を次々と弾き逸らすと、迎撃体制をとった小型種を次々に撃ち落していき、そのまま敵集団へと突入に成功する。
 密集した敵集団の中を潜り抜けて飛んでいる状態で前方へ攻撃は自らの行く手を塞ぐことになるため、後方発射管よりミサイルをろくに狙いを付けずに近接信管で連続的に発射していく。
 直撃を受けて爆発する個体。爆風に巻き込まれて他の小型種と激突する個体。だが多くの個体には大きなダメージは与えられない。
 しかしXSF/A-R1が通った後にミサイルの爆発で出来た道を境に、攻撃に巻き込まれ行く手を遮られた小型種たちの行き足は鈍り、一部が千切れ雲のよう集団から分離していく。そこへ敵集団後方にいた1個航宙師団が襲い掛かった。
 XSF/A-R1は敵集団の中央突破に成功した後に、ターンして再び敵集団へと突入すると集団から一部を引き剥がす。それを繰り返す事で10000体の敵集団を解体していった。
 やがて完全に分断されて行き足が止まり、隊形の崩れた敵集団を蹂躙することでエルシャンはたった1機で2000体を超える小型種を撃破するという前代未聞の大戦果を上げる。
 この戦果を持って自らが有力な戦力である事を証明したエルシャンは、その後もたった1機で戦闘に参加し続け、更なる戦果を積み重ねていく。
 しかし【敵性体】へ大きく傾いた戦況は決して覆らない。例えエルシャンが如何に戦おうと、たかが1機の活躍でどうにかなるような小さな規模の戦いではなかった。
 それ故にエルシャンは戦い続ける。敵が強大であるほど、戦いが激しいほどにのめり込んで行く。戦いの中で自らの存在意義を確認している間だけ、失った事の悲しみと苦しみから自由でいられた。


 イルヌ星系陥落後3ヶ月──
 エルシャンは、英雄と称えられ、そして次第に味方からも悪魔と恐れられる様になるほどに戦い続けた彼の身体は、神経組織に大きなダメージを蓄積していった。
『司令官。これ以上のパイロット強化用ナノマシーンの投与は危険です。最低でも1ヶ月間の静養と治療用ナノマシーンの投与を行うことを提案します』
 マザーブレインから警告受けるエルシャンは、現在シルバ6内居住区画の一角を自室として使っている。
 基本的に無人で運用される大型機動要塞だが、修理・改装・メンテナンスなどを行う際には人の手を要する。可能な限り機械化による自動化が進んで入るが、直径500kmに達する巨体のために大掛かりな改装・修理の場合は10000人を超えるスタッフが要塞内に寝泊りしながら作業を行う。その為に要塞内各所には、宿泊・飲食・治療・娯楽などの施設を備える小さな町のような一画が存在し、エルシャンが利用しているのもその一つだった。

 そしてエルシャンが自室代わりに使っているのは宿泊施設ではなく医療施設だった。
 毎日の戦闘。しかも日に何度も出撃し、その度にパイロット強化用ナノマシーンを投与し続ける。
 それは危険と判断されて計画が凍結された強化用ナノマシーンの本来の使用法からすらも逸脱した暴挙だった。
 帰還の度に治療用タンクベッドに入り、強化用ナノマシーンのクリーニングと同時に医療用ナノマシーンの投与を行い可能な限り身体のケアには気を配っている。
 だがダメージは蓄積し続けている。そしてその限界も遠くないところまで来ていた。
「今更止めるわけにはいかないだろ。上層部も俺も……」
 XSF/A-R1は未だXナンバーが外れない実験機のまま量産が始まりエース級のパイロットへの配備が決まる。そしてパイロット強化用ナノマシーンの生産も始まった。
 現在はシルバ6内にもXSF/A-R1生産ラインが作られ日産で2機ほどのペースで作られ、通信機能を強化した終えた航宙母艦へと配備が進んでいる状況だった。
 そして強化用ナノマシーンは、パイロットの自己判断。つまり志願での使用という条件で生産されているが、一方で撃墜スコアに対する報酬の吊り上げという露骨な意図もうかがわせていた。
 それも防衛線の度重なる後退。幾つもの星系国家の陥落が続き、方面軍本部のあるクラト星系に【敵性体】の侵攻は迫っている焦りの所産といえた。

『ですが、これ以上の神経組織への負担の増大は、同調自体すら不可能になる危険があります』
「……構わない」
 エルシャンは疲れていた。肉体だけではなく精神的にも限界が近づいていた。
 本来彼は、怒りや憎しみを抱き続けるのには向いていなければ好戦的な性格でもない。ただ愛する家族が居て、友人達が居て日々平和に何事も無く過ごす事が出来るのが一番幸せと感じる善良な人間だった。
 決して消えようとしない怒りと憎しみの炎が彼の精神の骨格を焼き、そして焦がしていく。そんな自分の限界が分かるだけに今は戦いに耽りたかった。より大きく激しく身も心も魂も燃え上がらせたい。燃え尽きて灰となるその時を迎えるために……エルシャンの心は確実に死の淵へと誘われていた。


『方面軍はクラト星系を放棄する』
 僅か3ヶ月余りの戦いで方面軍の防衛線は8000光年の距離を失ってしまった。
『防衛線を5000光年後退させる事で、時間を稼ぎ戦線を立て直す。XSF/A-R1の配備により戦力の増強の目処が立っている』
 本来ならフルント人パイロットの中でもエースと呼ばれる連盟軍のトップエース専用機開発のための実験機だが、パイロット強化用ナノマシーンの投与は一般パイロットにも操縦を可能にさせるほどの効果があった。
「では小官が殿を務めさせてもらいます」
『准将……』
「自分の身体では、どのみちもう長くは戦えません。最後まで戦わせてください」
 スクリーン越しに深く頭を下げるエルシャンにガッパー少将は「わかった」と短く答える。エルシャンがインターバルもとらずに出撃のたびに強化用ナノマシーンを使用していることは、もはや公然の秘密だった。
「ありがとうございます……小官はやはりトリマ家の男として失格なのでしょう。これで楽になれると思ってしまいます。本当の自分は弱い人間なのです」
 通信を終えて、消えたスクリーンの向こう側に向かってガッパー少将は「分かってたさ……」と呟く。
 そして「すまないポアーチ」と古い戦友であったエルシャンの父に詫びた。

 クラト星系に残ったのはSF/A-311を中心とした部隊。そしてXSF/A-R1に搭乗するエルシャン。
 まだ全部隊への配備が終わっていないXSF/A-R1の温存もあるが、他のパイロットはすでに撤退中の艦の中から同調しており、ただでさえ操縦性に難のあるXSF/A-R1をラグタイムの大きくなる遠方から操縦するのは、パイロット強化用ナノマシーンを投与したとはいえ一般レベルのパイロットには困難なため、SF/A-311と通信機能の強化されていない航宙母艦500隻による艦隊で、母艦種150体を超える艦隊を迎え撃つことになった。
 だが150体の母艦種はただの先遣隊に過ぎず本隊は要塞種を5体を擁する大艦隊であり、予想される小型種の総数は1000万を超える。
 そして今回の作戦の最終目的は、先遣隊ではなく敵本隊の撃滅だった。
「呆れてものも言えない……だが、最後の花道に相応しい」
 エルシャンは笑みを浮かべると、規定量の2倍の強化用ナノマシーンを投与し最後の戦いに臨む。

 先ずは先遣隊の撃破。これが成功しなければ本体はクラト星系を無視して撤退する友軍艦隊を追跡しかねない。何としても緒戦を制さなければならなかった。
 敵の母艦種150体に対して、こちらの航宙母艦は500隻と数の上では圧倒的な優勢だが、実際は母艦種1体と1個機動艦隊(航宙母艦4隻編成)が戦力的に互角と言われる。この段階で既に劣勢であった。

 亜光速航行でクラト星系唯一の可住惑星にして方面軍本部が置かれていたリオニクに殺到する【敵性体】艦隊へ、航宙母艦500隻の内の半数250隻を突入させる事で戦いの口火を切る。
 【敵性体】は艦隊の前部に配置された30体を盾にして、残った艦隊は急制動をかけて減速すると密集隊形を解き展開すると、大量の小型種を放出し応戦体勢を整えた。
「思ったほど削れなかったか」
 エルシャンは機体を最大加速で迎撃体勢を取る敵集団に正面から突っ込ませる。その加速はXSF/A-R1の本来の限界である150Gを大きく超え200Gに達する。だがその加速ですら今の彼には物足りなく感じた。通常の2倍のパイロット強化用ナノマシーンは彼の身体を蝕みつつも圧倒的な反応速度を与える。
『馬鹿な! 速過ぎる。リミッターを切ったのか?』
 SF/A-311の2倍の加速で置き去りにされたパイロット達は驚愕に声を震わせる。
『これがフルント最後の男か』
 古の戦場の勇者の如く、敵陣を一騎駆けするエルシャンの姿に恐れと憧れを覚えずには居られなかった。



『最終シークエンス実行中。恒星クラトの超新星化まで120秒後です』
 アナウンスの声にをエルシャンは目を覚ますと、ここが見慣れた治療用タンクベッドの中だということにすぐに気付いた。
「そうか俺は……」
 彼はXSF/A-R1を何度も乗り継ぎながら戦い続けた。鬼神の如く【敵性体】を蹂躙し続け戦場を支配する。
 そして先遣隊の撃滅に成功すると、背後に惑星リオニク。そして激しく燃える恒星クラトを左手に配する宙域で後続の【敵性体】本隊を迎え撃つ。
 先ず残された全航宙母艦を亜光速で艦隊の先頭に叩き付けてその前進を停めると、艦隊後方に居た敵要塞種の全てが目的宙域に達するまで他のパイロット達と共に敵艦隊を足止めし続ける。仲間のパイロットが予備機までも失い次々と再出撃が不可能になって数を減らしていく中でエルシャンは戦い続けたが、9機目のXSF/A-R1が撃墜されて、次の機体に乗り換えようとした時、ついに彼の神経組織が悲鳴を上げて異常パルスを放つ。
 背骨に沿って稲妻が貫いたかのような衝撃に襲われたエルシャンはそのまま失神し、同調装置のシステムはエラーを吐き出し同調を強制遮断したのだった。

『司令官の意識回復を確認しました。お加減はいかがですか?』
「問題ない。状況を説明してくれ」
 お加減なんて良いはずが無い。今も頭が割れてしまいそうな激しい痛みが間断なく襲い続けている。痛みを抑えるために麻薬効果のある脳内物質が過剰に分泌されて意識も飛びかける。
『恒星クラトの超新星化まで70秒。要塞種5体を含む【敵性体】艦隊の戦力96%を超新星爆発により破壊可能と推測されます』
「そうか、終わったな……」
 マザーブレインの報告にエルシャンは満足気に笑みを浮かべると瞼を閉じる。
『これよりシルバ6および、司令官麾下の艦隊は当宙域より離脱します。目的地は新たな方面軍本部が置かれるコレート星系でよろしいでしょうか?』
「今更だな……」
 エルシャンはシルバ6を惑星リオニクより僅か1光日の距離に置いていた。
 極限までタイムラグを減らすまでの処置だったが、生き残った【敵性体】艦隊から離脱するのは不可能だった。
 大型機動要塞は鈍足。一度のワープの距離こそ1000光年と長距離の跳躍が可能だが、その巨大な質量が災いし連続ワープが出来ない上に、大きな空間歪曲の痕跡を残すため足跡を辿るように追跡も可能であり、最初から生き残るつもりは無かった。
『司令官。希望する目的地を指定してください』
 繰り返し質問を投げかけてくるマザーブレインにエルシャンは一度だけ瞼を開くと「戻りたい。今はもう一度だけ地球に戻り、一目この目に……」と呟き、そのまま眠りに就いた。

『目的地設定、地球』
 マザーブレインが目標設定が出来たのは、エルシャンが予め地球の座標設定を行っていたため。
 3ヶ月を超える戦いの中で、彼の慰めとなったのが地球の存在。彼はライブラリーから地球のデーターを何度も呼び出すと、その青い美しい星をじっと眺めていた。フルント星とも他のどの美しい惑星とも違う独特の青さを放つ宝石のような星を、戦いに荒んだ目を優しく輝かせながら見つめる彼の姿をマザーブレインはメモリに刻み込んでいた。
『ワープ開始』
 臨界直前で待機していた跳躍エンジンは次の瞬間、眩く虹色に輝く跳躍フィールドでシルバ6を包み込んだ。 
 

 
後書き
これでフルント星編は終了です。
次回からは本編である地球編になります。

またストックは12話の段階で切れているので、これ以降の投稿は不定期になります。
ただし15話はさくっと書けそうな内容の話なので明日には投稿可能……多分。 
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