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その男ゼロ ~my hometown is Roanapur~

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#49 "every girl is an eternal lover for ……"

 
前書き

父親になることは難しくないが、父親であることはとても難しい。



ードイツのことわざよりー





 

 
【11月3日 PM 1:38】

Side レヴィ

「ふーん。で?」

気の抜けた言葉を返しながら、アタシは路の両側に並ぶネオンの文字なんて見ていた。

昨日情報を頼んどいたローワンから早速連絡が来たらしく、アタシとゼロは二人して『ジャックポット』へ向かう事になった。

店のあるラチャダ・ストリートは、飲み屋やら売春宿が立ち並ぶロアナプラん中でも飛び切り喧しい通りだ。
仕事以外で来る事たあ、まず無えし来たとしてもとっとと帰っちまう。
別に面白えもんが見れるわけでもなし。

こうしてタラタラ歩くなんざ滅多にねえ。
まあ酔っ払いやヤク中、目障りなガキがうろついてねえし、歩き易いとは言えるかな……
そんな連中がいりゃ用心棒(バウンサー)共がすぐ追い払うだろうし。

「レヴィ。一応言っとくとな。
もしかしたら、お前は俺の事を物に動じない男だと高く評価しているのかもしれんが、さすがに今の返事は傷付くぞ」

「ああん?」

胸元から煙草の箱を取り出しながら、傍らで何だか詰まんねえ話をしてた相棒を見上げる。
ええと、どこまで聞いたんだったか?
この馬鹿がダッチと朝っぱらから、くっちゃべってたんだよな、確か。

まあ、話を整理してみりゃダッチの方が全面的に正しい。
どう考えたってコイツが今度の件に首突っ込む理由は見当たらねえ。
止めんのが当然だ。
うちのボスはクールにいこうぜ、なんて口癖にしてるわりにゃあ、意外と部下思いなとこがある。
別にテメエに火の粉が降りかかんのを、嫌がったってわけでもねえだろ。
結構本気で心配したんじゃねえかな……
うちのボスは人情家だぜ、全く。

「黙っておくわけにもいかんと思ったから話してみたんだが、そこまでアッサリ返されるとはな……
まあそれで、だ。
俺はラグーン商会の人間ではなくなってしまった。今朝限りな。
お前をこんなとこまで連れてきておいてから、切り出すのもどうなんだと話なんだが。
ここから先は」

火を点けた煙草を咬み潰しながら、ジロリと睨んでやると言葉を切りやがった。
相変わらず無駄に勘のいい野郎だ。
此方の様子なんぞ伺ってなかったくせに……

「アンタ一人でやるってか?
二挺拳銃(トゥーハンド)をこんなド派手なパーティに参加させねえつもりか。ああ?
あのよ。
アンタがどう動くか。アンタが何を考えているか。アンタとダッチが何を話して何を決めたのか。
そんな事はアタシには関係ねえんだよ。
ケルカム・ストリートのケインの馬鹿たれとキャロルの喧嘩の結末以上に興味がねえ。

アタシは今度の件で、ダッチから言われてる事たあ一つもねえ。
関わるな、首を突っ込むな。誰にも喧嘩売るな、ともな。
アタシはアタシのやりたいようにやらせてもらうぜ。いつもみてえにな。
それにアンタも言っただろ?
アタシは自由にやるのが似合ってるってな」

そう言ってから煙を大きく吐き出す。
見上げたロアナプラの空はいつも通りムカつく程のいい天気だな……

「まあ、そこまで言われちゃ俺には何も言えんな。
精々ダッチへの言い訳でも考えておけ。
なんなら土産にアスピリンでも持っていってやれ。俺はもう事務所には顔を出せんからな」

横目で確認したゼロの表情からは、大した意味は読み取れなかった。
別に読み取る気も無えけどな。
野郎同士の意地の張り合いなんぞ、噛み付く気にもなんねえ。
それこそ好きにやってくれりゃあいいさ。

「しかし自分で言うのもなんだが、まるっきり我が儘言うガキとそれに振り回される父親って図式かな、これは。
俺も少しは大人にならんとなあ」

「!」

ガキと、父親…父、親……

なんで、なんでこんな時に…思い出しちまうんだよ、畜生……




















「陰気な(つら)晒してんじゃねえ!」

"あれ"はいつもみたいにそう吠えて、空になった酒瓶をアタシに向けて放り投げてくる。 俯いたまま部屋の入り口に立っていたアタシは特に避けようとも思わなかった。

そんな事はどうでもよかったから。

身動(みじろ)ぎ一つしないアタシのすぐ横を通り過ぎ、壁にぶつかる酒瓶。
床をゴロゴロと転がってゆきながら、既に先住していた仲間達と合流しようとしていく瓶になんて全く興味がなかった。

そんな事はどうでもよかったから。

アタシには床に座り込んだまま、中身の入った瓶を探している"あれ"すらどうでもよかった。

"あれ"が毎日アタシに言ってきた事も。

"あれ"が毎日アタシにしてきた事も。

"あれ"が毎日アタシにさせてきた事も。

"あれ"が忌み嫌ってるアタシのこの顔も。

"あれ"が憎んでいるアタシのこの眼も。

そんな事はどうでもよかった。

「ーー!ーーーーーーー!ーーーー」

"あれ"がなにか音を出してる。
いつも聞く度にイライラさせられる不快な音。
でも今日は気にならない。
意味のなさないノイズだから、という訳だけでもない。
第一ノイズならそれだけで不愉快だ。
デカい雑音なら尚のこと。でも、

そんな事はどうでもよかった。

そんな事はどうでもよかった。

そんな事はどうでもよかった。

ただただ、

どうでもよかったんだ、そんな事は。

アタシはゆっくりと顔を持ち上げる。"あれ"に向けて、ハッキリと。アタシの顔がよく見えるように。

「ーー!ーーーーーーー!」

また何かを吠え立てる。意味のなさないノイズを。アタシには全く届かない音の羅列。

アタシはただ"あれ"の顔を見つめた。"あれ"の(いと)うアタシのこの眼で。

「ーー」

"あれ"は立ち尽くしたままのアタシに興味を無くしたか、背を向けてベッドへと向かっていった。
狭い部屋の中にはアタシと"あれ"の二人だけ。
それはいつもと同じように。
昨日がそうであるように全く等しく。

だから"あれ"は気付かない。アタシを見ようともしないから気付かない。

アタシがいつもと違う事に。

アタシの服がいつもと違う事に。

アタシのシャツが内側から膨らんでいる事に。

今朝手に入れたばかりの"銃"がアタシのシャツを内側から膨らませている事に。

"あれ"は気付かない。

そんな事はどうでもいいから。

"あれ"は気付かない。

アタシがゆっくり近付いても。

"あれ"は気付かない。

シャツをめくって銃を取り出しても。

"あれ"は気付かない。

枕が消音器の変わりになる事をアタシが知っている事にも。

"あれ"は気付かない。

アタシがどんだけ"アンタ"をぶち殺したいと思っていたかって事にも。

気付かない。 気付かない。 気付かない。

気付いてやしない。

だって、

そんな事はどうでもいいから。

"アンタ"はそんな事はどうでもよかったんだ。
"アンタ"にとっちゃあ、毎日酒が飲めるかどうかってのが大事で。
他の事なんざどうでもよかったんだ。
アタシがどこで何してようがどうでもよかったんだ。
自分の×××だなんて思っちゃいなかったんだ。

だから、 だから、 だから、アタシはアンタを×××んだ。

アンタを×××たんだ。

アンタの顔に枕を被せて、その上から銃を押し付けて………


















Side ゼロ

レヴィのやつは唐突に黙り込んでしまった。
足だけは止めずにいるようだが、全く心ここにあらずといった趣だ。
(くわ)えた煙草から立ち上る煙が、彼女の特徴的な眼にかかろうとも気にもしていない。
珍しいと言えば珍しい、か。

横目で彼女の様子を確認しながら、特に俺は声を掛けるような真似はしなかった。
今はその必要もないだろう。
レヴィにはレヴィの事情があるのだろうし、な。

人間生きてりゃ考える事なんて山のようにある。
緊急を要する事案。
それほどでもない事案。
人生に関わる重大な決断。
愚にもつかない妄念。
現在のロアナプラと未来のロアナプラ。
過去の味方と未来の敵。
悩む事と考える事に決定的な違いはあるのだろうか。
人生は走り続けるものか。
時に立ち止まる事もあり、か。まあ、そのあたりをいろいろと。

彼女はやりたいようにやるのだろうし、俺もそれで良いと言った。
あの船で彼女と向かい合ったあの時に。
銃を突き付けられながら、言葉を交わしたあの瞬間に。

身体に僅かな震えが走る。
自然と拳が握られ力が籠る。
脊柱の中を電流が走るような錯覚。
脳内に滲み出す苦味を伴う記憶。

さすがに忘れられんよなあ……

頭を軽く振って気を持ち直す。気紛れにレヴィの思考でも探ってみるとしようか。

さすがに何故だか俺が怒らせてしまったので、一発撃ち込んでやろうかなどとは考えていないだろう。
切にそう望む。
ダッチとあんな別れ方をしておきながら、アッサリとこの街からオサラバではちょっとバツが悪い。
少なくとも今度の一件が片付くまでは生きていたいものだ。
ボスに不義理をした分、相棒孝行でもした方がいいのかもな。

「………」

レヴィの横顔から街並みへと視線を流す。
あまり見つめ過ぎていれば本気で撃たれかねない。 全く素敵な相棒だ。

この時間帯のラチャダ・ストリートはやたらと寂しく感じる。
けばけばしいネオンは昼間の太陽の下では、正にまやかしの光以外の何物でもない。
無論外装はあくまで飾りであり、本質はその内側に秘めたものという見方もあるのだろうが………

立ち並ぶ店の前では、暇と時間をもて余した女達が談笑を交わしている。
わざわざ此方に愛想を振り撒いてくれる商売熱心な女達を見るともなしに見ながら、俺はただただ目的地へ向かって進んでゆく。

太陽に照らし出される女達の姿をまやかしとは呼べまい。
彼女らをまやかしと呼ぶのはただの男の傲慢だ。
単に自分自身の基盤の不確か故に他者を貶めているだけに過ぎない。
彼女ら、女性という存在全般と言い換えてもいいかもしれないが、はいつだって地に足を着けて生きている。
真実の姿を晒しだしながら。
それがまやかしに見えるのはそれを見る連中の眼が歪んでいるからだ。
少なくとも俺がこの生涯で出逢い、迷惑を掛けてきた女性達は皆強く美しかった。
どんな環境にあろうとも。

「なあ」

『ジャックポット』まであと何ブロックかという辺りでレヴィが声を掛けてきた。
やや唐突ではあったが、足を止めないまま顔を彼女へと向ける。
俺から見えるのは予想に反して彼女の横顔だったが。

「あんた、ガキが欲しいって思ったことあるか?」

「………」

続けて俺の耳に届いたのは更に予想に反した質問だった。
まさか、レヴィからそんな質問を受ける日が来ようとは………
質問に質問を返すのは不粋と知りながら、さすがに今回はこう聞き返したかった。

『何だってそんな事を聞くんだ』と。

実際には口に出さなかった。
別に粋な男を気取るつもりはない。
ただ単に早くこの会話を打ち切りたかった、と言うのが内なる真相だ。
彼女がいつものような猫っぽい笑顔でも見せてくれながらだったら、また話も違ってくるのだが。
なるべく言葉に誠実さが宿る事を祈りながら、その奇妙な質問に回答を始めた。
何とも読めない表情をしている相棒の横顔から視線を前方へと戻しながら。

「いや、無いな。
なにせ根無し草というには草に申し訳ないほどの生き方をしてきたからな。
ダッチに出会ってから少しは落ち着いたんだが、まあそれも今朝限りまでだ。
子供を持つなんて考えた事もない。
一応言っとけば世界の何処にも俺の子供なんて居ない、はずだ。もし居たら」

そこまで話したところで舌を止めた。
頬のあたりに強烈な視線を感じたからだ。
視線の主は足さえ止めて俺に意志をぶつけてくる。早く続きを話せ、と。

「………もし俺の知らないところで俺の子供がいるのだとしたら、そのまま生きていって欲しいものだ。
間違っても親父に会おうなどと思わずに」

「ガキは嫌いなのか。それともただ邪魔なだけか」

間髪入れずに次の質問が飛んでくる。
アーモンド形の彼女の眼がいつも以上に鋭くなっているような気がするのは、さて俺の気のせいだろうか。

「特段嫌いでもない。
邪魔というなら俺こそ相手の人生にとっての邪魔者だろう。
第一、子供には父親なんて大して必要じゃないさ」

視界の端でレヴィの瞳が僅かに揺れた気がした。
ああ、なるほど。
コイツが引っ掛かってたのは……

「子供にとって父親ってのは乗り越えるべき対象だそうだ。
まあ、男と女じゃ違うのかな?
だけど世界ってやつは敵に満ち溢れてるもんだろ。大小様々取り混ぜてな。
だから父親なんぞ居なくても何とかなるよ。
子供に父親が必要だ、なんて言説は男共が造り上げた幻想でしかない。
男は生きる理由を探すのに必死だからな。
弱き者 汝の名は男なり、さ」

風向きが変わったか、レヴィの銜える煙草の煙が此方に届いた。
埃混じりの風が運ぶ紫煙は優しく俺の頬を掠めながら、空へと拡散してゆく。
俺の言葉も同様に大気へと消えていったのかもしれない。

彼女の唇が再び俺のために開かれる事は無かったからな。

『ジャックポット』はもう目の前まで近付いて来ていた………













 
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