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戦国異伝

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第六話 帰蝶その七


「流石蝮の娘よ。肝も座っておるな」
「それが何故おわかりで?」
「目を見ればわかる。それに」
 そしてだ。信長はこのことを言ってみせた。
「持っておるな」
「何をというのでしょうか」
「小柄じゃ。蝮に貰ってきたな」
 このことを言ったのである。
「そうだな」
「さて」
 帰蝶はまずはとぼけてみせた。
「何のことでしょうか」
「隠すことはない。懐だな」
 また言ってみせた信長であった。
「そこにあるな」
「いえ、ありませぬ」
「しかしそこにある」
 信長は帰蝶のその目を見ながら言ってみせるのだった。
「確かにな。そしてだ」
「あるとあくまで仰るのですね」
「そんなことは一目瞭然だ。服に隠していてもだ」
 それでもだと。信長はさらに言葉を続ける。
「心に持っていると書いてあるからな」
「心に」
「そう、心にだ」
「まさか人の心が読めるとでもいうのですか」
「仕草に出なくともだ。そして顔には出ているものだ」
「顔に、まさか」
「目にじゃ」
 信長はここで笑ってみせたのであった。帰蝶のその目を見てである。
「しかと書いてあるぞ」
「私の目に、そこまで見ておられるのですか」
「孟子にあるではないか。人は目を見ればわかると」
 さらりと古典の話を出してみせた。
「違うか?書いてあるな」
「孟子を読まれているのですか」
「他にも読んでおるがな。孟子にあるな」
「確かに。書いてはあります」
「そなたも孟子を読むか。中々見事なものじゃ」
「まさか。その様な本を読まれておるとは」
「他にも読んでおる。今も言ったがな」
 信長は悠然とした態度になってきた。そこには明らかに余裕があった。
「まあそのことはおいおいと話そう。そしてじゃ」
「そして、ですか」
「その小柄のことじゃ」
 そこに話を戻してきたのであった。話は完全に信長のペースになっていた。帰蝶は既にその時点で敗れていると言ってよかった。
「蝮に言われたな。わしがうつけならば刺せ、と」
「はい」
 帰蝶も観念した。そのうえで頷いて答えたのであった。
「その通りです」
「初夜の後で隙があればそのつもりじゃったな」
「服に隠してありますので」
 このことを白状した。遂にであった。
「それで。寝静まった時にでも」
「ははは、ならばそうするがよい」
 信長は帰蝶の話を最後まで聞いてから笑ってみせたのであった。
「若しわしが噂通りのうつけならばな」
「うつけならばですか」
「そうせよ。わしはそれまでの男じゃ」
 またしても悠然とした笑みが戻っていた。
「所詮はな。しかしじゃ」
「しかし?」
「わしがうつけでなければそれは効かぬな」
 今度はこう言うのであった。
「その程度でやられはせんな」
「では貴方はうつけではないのですね」
「只のうつけのつもりはない」
「では何だというのでしょうか」
「おおうつけよ。傾いておるわ」
「傾いてですか」
「傾奇者よ。知っておろう」
 信長は己がそれだと言うのである。傾奇だとだ。 
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