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戦国異伝

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第六話 帰蝶その六


「では受けさせてもらおう」
「左様ですか。それではです」
「さて。向こうはどう言うかじゃな」
 信長はこのことについても話した。
「美濃の姫の方はじゃ」
 信長は悠然と笑ってこの話を受けた。そしてその美濃ではだ。道三が娘である帰蝶に対して言っていた。二人の他には僅かな者だけが周りにいる。
 そこでだ。道三は言うのであった。
「聞いてはいるな」
「尾張にですね」
「相手はおおうつけよ」
 道三はまずは笑った。
「尾張、いや東海一のな」
「そのうつけのところに嫁ぎますか」
「それでじゃ」
 そしてであった。道三は懐から何かを出してきた。それは。
「これを持って行くのじゃ」
「小柄ですか」
「うつけだと思えば刺せ」
 こう娘に告げる。
「よいな、そして刺せばその隙にわしが尾張に攻め入る」
「乗っ取るというのですね、尾張を」
「時が許せばそうする」
 剣呑な目である。野心を隠すこともしない。
「国人や越前が気になってもじゃ」
「左様ですか」
「だからじゃ。隙があらば刺せ」
 道三はまた言った。
「そして尾張を乗っ取るのじゃ」
「わかりました」
 帰蝶は父の言葉をまずは受けた。
「それではこの小柄受け取ります」
「うむ」
「ただ」
 ここでだ。帰蝶のその言葉が変わってきた。
「この小柄ですが」
「どうしたのじゃ」
「信長殿を刺すばかりとは限りません」
 小柄を両手に持ってそのうえでの言葉であった。
「父上を刺すかも知れません」
「わしをか」
「そうです」 
 父を見据えてだ。そのうえで告げるのであった。
「信長殿が美濃に攻め入りそのうえで、です。父上をです」
「ふふふ、面白いことを言う」
 道三は娘にそう言われて怒りはしなかった。むしろ笑みを作ってだ。そのうえでこう返してみせたのである。
「あのうつけがわしを倒すか」
「父上を越えるかも知れません」
「どうかな。それはわからんぞ」
「そうですね。ですがうつけかどうかもです」
 帰蝶はここでまた言うのであった。
「わかりはしません」
「見ていないからか」
「見てもそう容易にはわからないかも知れません。ただ」
「ただ、か」
「噂はあてにはなりませぬ」
 流麗だが鋭いその切れ長の目での言葉だ。睫毛が実に長い。
「人はそうおいそれとわかるものではありません」
「ではそれを見極めるか」
「嫁ぎそのうえで信長殿を」
「面白い、ならば行け」
 娘のその言葉を受けた。
「そしてうつけかどうか見極めてくるのじゃ」
「はい、それでは」
 こうして帰蝶は尾張に嫁ぎ信長の正室となった。嫁いでその初夜にだ。信長が彼女に対してこんなことを言ってきたのである。
「ふむ、見事なものじゃ」
「見事とは」
「いい面構えをしておる」
 帰蝶のその顔を見ながらの言葉だ。二人は今寝室の布団の上にいる。そこで灯りを頼りに向かい合ったまま座って話しているのだ。 
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