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その男ゼロ ~my hometown is Roanapur~

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#43 "the last order of valiant soldier"

 
前書き
俺は勇敢な兵士などと呼ばれたくはない。

最後まで任務に忠実な兵士であったと覚えておいてもらいたい。




 

 
【11月3日 AM 2:31】

Side ソーヤー

ここで唐突だが私の商売道具を紹介したい。
先程シェンホア達に頼んで自宅に取りに寄り、持って来たものだ。
私は本来始末屋として"出来上がった"死体を回収する事が主な仕事なのだが、今夜のように死体を"作る"仕事もたまには行っている。
その際用いるのが只今脇に抱えているこれ。チューンアップ済みのチェーンソーだ。

当たり前の話と思われるかも知れないが、私は自分で作った死体は自分で処理する。
まさか自分自身で殺しておいて、さて出来上がった死体の処理は他の始末屋にお任せ、というわけにもいきますまい。
信用問題に関わるし、第一折角の"楽しみ"を他人に分け与えてやる謂われもない。
私にとって死体処理とは大切な仕事という以上に大切な趣味でもあるのだ。
仕事と趣味が一致するとは稀なる幸運だ。
ましてや自分で一から作り上げた死体の解体など二重、三重の喜びを私に与えてくれる。 こんな機会は見逃せるものではない。
(そこまで言うなら、頻繁に作りに行けばいいではないか。と思われるかもしれないがそこはそれ。
私にも色々と事情というものがあるのだ。詳しい事情に関してはまたいずれ。
今夜はチェーンソーについて語りたいのだ)

故に私にとってチェーンソーという武器は最善の選択なのだ。
相手を殺すと同時に解体も出来るから、後の処理も非常に楽だし。
更に銃やナイフでは絶対に得られないものがチェーンソーにはある。
(あまりこの街では見掛けないが、毒殺というのも私的にはあり得ない。
苦悶に顔を歪める被害者を見て喜ぶ趣味など私には無いし、胃や腸が汚れて売れなくなるし、何のメリットもない。
そういう点ではこの街の皆様には感謝を申し上げたい)

相手の骨を削り折る時に機械越しに伝わるあの手応え……
吹き上がる鮮血の向こう側に見えてくる生き生きと脈打つ臓物たち……
けたたましく鳴り響く発動機の駆動音さえ、私の耳には極上の音楽に聴こえる。
(もっとも私にとっての最高のアーティストはCARCASSだ、ここは譲れないところだ。
音楽が無ければ私は生きてはいけない。 いや、生きている意味が無いというべきか)

序でに言えば刀やナイフと違って、刃こぼれや血や脂で切れ味が鈍ることもない。
(人の脂とは中々に厄介なのだ、これが)

そんな理由で私はこのチェーンソーを愛用している。
(誤解の無きよう申し上げておけば私は別に、例のホラー映画の主人公のファンではない。 何しろ日々、本物の血や臓物に接しているのだ。
今更スクリーンやモニター越しに見ようとは思わない。
更に付け加えれば私が言及している映画の主人公とは、ホッケーマスクが有名な水嫌いの彼ではない。
実はかの不死身のボーヒーズ氏は一度もチェーンソーを使ったことはないのだ。
彼のお好みは(なた)だったかな?
パロディー等ではよく持たされているようだが。
チェーンソーを使う主人公はホッケーマスク、ではなく人の皮で造ったマスクを被っている。そのまんまの名前の彼だ。
いつしか混同されてしまったのだろう。
それだけチェーンソーという武器が魅力的ということなのかもしれないが)

確かに私のような細腕の女が扱うには、些か重量があるという欠点はあるのだが、まあ文句を言い出せばキリがない。
所詮世の中に完璧なものなどありはしないのだから。
大切な事は優先順位を付ける事。
あとは妥協出来る事と妥協出来ない事を明確に定めておくことなのだろう、多分。

私は"殺し屋"ではなく"始末屋"なのだ。
そこを履き違えてしまえば痛い目を見る。そんな風に私は思っている。
この街に居着くようになってからずっと。そして、それは今も。

そう、こうしてシェンホアと二人並んで、ロットンと二人の子供達が黙ったまま見つめ合っているのを離れたところから、ただ見ている今この時も。

さっきまでロットンは何処かの国の言葉で二人に話し掛けていたようなのだが、 今は三人とも沈黙を保っている。
彼の言葉そのものが理解出来なかったのか、話の内容が理解出来なかったのか、私達には何とも判断しかねるところなのだが。

しかしこの状況はどうしたものか。
シェンホアは何だかぐったりしてしまっているし、あちらの三人は誰も口を開こうとはしていない。
私としてはあくまでシェンホアとロットンのサポートのつもりでここまで来たので、積極的に場に介入するつもりはないのだが……

何とも言えない、まんじりとした空気を破ったのは意外な人物だった。
その人物は私達五人の内の誰でもない。
彼は唐突にこの場に現れた。
少なくとも私達にとっては唐突だった。
何しろ私もシェンホアも視界にこそ入ってはいたが気にも留めていなかったのだ。
店の前に止められていた車の存在など。

「うおおおおおおおおおおおおおお」

車の後部座席のドアが開き、男が一人叫びながら飛び出して来る。手には拳銃、か。

「カピターーーーーーーーーーン!!」

両手で握られた銃口の向かう先は子供達。

さながら映画の殺人鬼のように突然この場に現れた彼は、誰にも邪魔されることなく狙う相手に向けて引き金を引いたのだった………























【11月3日 AM 2:30】

Side セルゲイ・サハロフ

「俺は遊撃隊の一員……パブロヴナ大尉の部下なんだ……しっかりしろ、意識を保て…セルゲイ」

車のベンチシートに横たわりながら自分を叱咤する。
あの子供達は何故か俺を車に押し込んだ後、戻ってこない。
何かあった、のかどうかは分からない。
ただこれはチャンスだ。
もう命数も尽き果てんとする俺に残された最後のチャンスだ。

「ふう…はあ……ぐっ…」

懐に手を入れマカロフを取り出す。
奴等は大きな失敗をした。俺から銃を取り上げなかったのだから。

「メニシェフ伍長……」

取り出したマカロフを顔の前にかざす。
かざした拳銃越しに伍長の顔が車の天井に浮かび上がってくる。
この街に来て幾年か経ち、モスクワ時代には考えられなかったような笑顔を浮かべる伍長の顔が。

俺達は共に生きた。
あの灼熱の砂漠を、帰還兵(アフガンツィ)と罵られ、全く省みられることもなかった祖国の街を。
そして、あの共同墓地で誓い合ったのだ。
パブロヴナ大尉の下、我等は最期まで軍人であり続けようと。
アフガンの砂に埋もれる事ではなく、新生ロシアの土に還る事をも拒否した我等に残されたものはただその誓いのみ。
大尉から与えられた任務を着実に遂行する事が遊撃隊員としての義務。
いや、これは義務などという誰かに押し付けられたものではない。
自らが選び取った、俺が今ここにこうしているその理由、生きる意志だ。

「………くっ」

浮かび上がる伍長の顔が先程目にしたものへと変化してゆく。
両の眼を抉り取られ、頭蓋を大きく割られたそれへと。

奴等を(かたき)などと呼ぶつもりはない。
ここは戦場、我々は軍人だ。
誇りある軍人は復讐などしない。
僚友の名誉を汚すつもりなど毛頭ない。
ただ任務を全うするのみだ。
勇気ある僚友が成し遂げられなかった任務を。
我々に最後の戦場を与えてくれた大尉から下された任務を。
遊撃隊員として最後になるであろう任務を。
全うしてみせる…… 必ず、必ず……

シートに両肘を着いてゆっくり上体を起こす。
腹の傷がぐじゅぐじゅと音を立てるが、今更そんなことに構ってはいられない。
奴等が戻ってくる前に何とか状況把握を……

「……なんだ?誰だ、あの男?」

窓から外を確認してみれば、あのガキ共と男が向かい合って立っている。
さっき俺が外に引き摺り出された時は居なかったはずだが……

事情は分からんが、これは俺にとっては悪い事態ではないな。
あの男が何者かは知らんが、ガキ共は全く此方に注意を払っていない。
これなら……

車の床に足を下ろし、助手席の背凭れを掴みながら更に身体を起こす。
二人はさっきから男に気を向けっ放しだ。
本当に何者か知らんが、感謝を捧げたい。
俺の生涯最後の任務にこんな幸運が訪れるとはな。
或いはメニシェフ伍長の分まで運が巡ってきているのかも……

後部座席のドアに身を潜めるように膝まずく。
片膝を立て、左手はドアレバーに。
呼吸を整え、意識を銃に集中させる。
右手の中にあるマカロフを見つめながら。

俺は良い軍人ではなかった。
勿論まがりなりにも遊撃隊の一員として、並の軍人以上であるとの自負はある。
だが遊撃隊のメンバーとしては下から数えた方が早い。
これは謙遜でも自戒でもなく、素直にそう思う。

モスクワからこの街に乗り込んで来てからも、今日まで生き延びて来た。
大尉の下、素晴らしき僚友達と共に。
俺一人だったらとっくに葬られていることだろう、あの共同墓地に。

だが今改めて思う。
俺がこうして生き長らえてこれたのは、俺が臆病な人間だったからではないのかと。
無論、僚友達の助けがあればこそだが。
アフガンでは多くの僚友達が散っていった。
俺なんかより遥かに軍人としての力量に優れ、勇敢に戦った同士達が。
地雷で吹き飛ばされたハリトーノフ曹長には何度命を助けられたことか。
迫撃砲の直撃を受けたチガーノフ伍長は尊敬すべき軍人だった、心から。

今夜のことだってそうだ。
俺が気絶などしなければメニシェフ伍長は助かっていたのではないだろうか。
一人では敵わずとも二人だったならば……
最期まで任務を全うせんとしたであろう伍長と一緒ならばきっと……

銃を握る手に力が込もる。
先程まで感じていた全身を覆うだるさにも似た重さが喪失していく。
銃が自身の一部に、いや自身が銃の一部になっていくような、どこか懐かしい感覚。

外せない、いや外さない。
俺の銃は(俺は)絶対に外さない。
決して有能でも、突出したものも持っていない軍人である俺でも、不思議と確信できた。

わずかに顔を覗かせ窓から二人の位置を確認する。
二人並んで立っているため、髪の長い方が陰になっていて狙いにくい。
手前の髪が短い方だけを狙うか……

思えば伍長を引き摺って来たのも奴だ。
手に持つ武器から判断しても伍長を直接手に掛けたのは奴である可能性が高い。
その上、奴は伍長の眼を……

呼吸が荒くなる。
いかん、余計な事は考えるな。
あくまでもこれは私的な復讐ではないのだ。
俺は遊撃隊員として任務を全うするんだ。
怒りは正確な射撃に邪魔なだけだ。
銃に余計な感情は必要ない。

一度目を閉じ、改めて呼吸を整える。

初めて銃を握った頃を思い出す。
まだソ連という国があった時代、軍の訓練校にいた頃を。
あの頃はマトモに当たりもしなかった。
しょっちょう教官に殴りつけられた。
同じ部屋の奴にはいつも笑われていた。
今は違う、今では違う、今この時は違う。

うっすらと目を開ける。
奴等の位置関係は変わらないままだ。
それだけ確認すると俺は左手に力を込め、一気にドアを押し開けた。

標的はただ一人。
髪の短い方のガキが此方を振り向くのが速かったのか、俺が銃を構えるのが速かったか、確認する暇もなく俺の指はマカロフの引き金を振り絞っていた……







 
 

 
後書き
CARCASS:「リバプールの残虐王」との異名もとる英国のグラインドコア/デスメタル系バンド。 結成は1985年。1995年に解散したが2007年に再結成した。 1stアルバム「Reek of Purtefaction」 (邦題は「腐乱屍臭」) 3rdアルバム「Necroticism」 (邦題は「屍体愛好癖」) などの作品がある。

 
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