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その男ゼロ ~my hometown is Roanapur~

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#42 "the queen of empty sky"

 
前書き

沈黙のままにいる君は何よりも美しい




 

 
【11月3日 AM 2:23】

Side シェンホア

「ソーヤー。確認いたしますけど、あの二人見知った顔じゃないんですだよね」

「えエ…この街ノ住…人じゃなイワ…ね……あんナ…目立つのガ…いたラ…サスガに… 私の耳…ニモ…入ってく…ルわ」

隣のソーヤーに小声で確認します。取り敢えずこの街の住人ではない、と。
私達のように街の外から来た人間なのは確かとしても、ただの殺し屋というわけでも無さそうです。

夜の闇にも溶け込みそうな黒い衣装を身に纏いながら同じ笑顔を浮かべる二人の子供。
月光の下で妖しく輝く銀髪はこんな夜でもさぞ目立つ事でしょう。
赤いアクセサリーなんて着けていれば余計に。

「アンタら、髪に血が飛んでいるね。早く拭き取った方が良かないか?
血って乾くと後処理が大変ですだよ」

間合いを保ちながらそんな言葉を投げ掛けてみます。
相手は今のところ此方に武器を向けてくる様子はありません。
何か反応を探れれば……

『あら にいさま 本当だわ 髪におじさんの血が付いてるわよ』

『ああ どうりで……さっきからいい匂いがすると思ってたんだ』

『いいの そのままで?』

『いいさ このままで だってもったいないじゃない? せっかくいい匂いなのにさ』

二人は此方の事などお構い無しに二人で向き合って喋り始めた。私の聞き慣れない言葉で。

一見すれば仲の良い兄妹の会話のようで、微笑ましくも思えます。
けれど、片方は血の付いた斧を手にぶら下げ、もう一方はライフルを抱えているのです。 私もそれなりに修羅場は潜ってきたつもりではありますが、さすがにこのような状況は経験がありません。

向こうが敵対行動を取ってくれれば、相手が子供とは言え躊躇うつもりはないのです。
例え何人(なんぴと)であろうとも正面から斬り伏せるだけです。
ですが……

「ソーヤー、もう一つ聞きたい事あるですよ。この辺り一帯は確か……」

「ホテル・モ…スクワの縄…張りネ…… 上手ク…運べ…バ……大…当たり…… ケド……」

そう、そこが問題なのです。
今私達がいるブラン・ストリートのこの一角はホテル・モスクワの縄張り。
あの子供達が出てきた店もホテル・モスクワ の傘下にある店の一つなのです。
仮にあの子供達が現在私達の捜し求めているマフィア襲撃犯なのだとしたら、これは万々歳。彼等の首を大兄に届ければ私の任務は完遂となります。

ただ彼等が万が一ホテル・モスクワの関係者だとしたら……
私らの首こそが大兄への捧げ物となることは必至でしょう。
三合会とホテル・モスクワの全面抗争など望んではおられないでしょう、張大兄は。
少なくとも現時点では。
そんな時にホテル・モスクワの関係者を、しかもホテル・モスクワの縄張り内で害するような振る舞いに及べばどうなるか。

この街の始末屋がさぞ喜ぶことでしょう。有力な商売敵を自分の手で"始末"出来るんですから。
正に一挙両得でありますね。

「下手ヲ……スれバ…私達が…襲撃犯扱い…ネ」

ソーヤーが無表情なまま暗い未来を呟きます。
(実際には呟きというには声が大き過ぎるのですが、そこはまあ雰囲気ですね)

確かにその危険性もありました。
見る人間が見れば傷跡などから使った武器が今までの襲撃犯とは違うという事に気付くでしょう。
ですが、今の街の状況はそんな呑気な事を言っていられるようなものではありません。
ほんの僅かな契機さえあれば、一挙に動き出す事となるでしょう、街全体が。

「………」

前方の二人は変わらず喋り続けてます。全く此方を気にすることもなく。
彼等が襲撃犯である確率は五分五分、いや六対四で正解だと見ております。

いくらこの街が尋常ではないとは言え、あの二人の纏う雰囲気はやはり異質です。
銃を持つ子供、血の匂いのする子供など私達の世界では珍しくもありません。

が、"あそこまで血の匂いを纏いながら、あれだけ綺麗に笑える子供"など滅多にお目に掛かれるものではありません。

「ソーヤー、もしもの時は……」

「うちデ…始末…させ…テ…モラウわ…」

こんなときに"始末屋"ソーヤーが同伴してくれた事は天に感謝するべきかもしれません。
彼女ならあの二人の身体全てをこの地上から見事消し去ってくれるでしょう。
死体さえ無ければ私達に疑いが掛かる危険性はかなり低くなります。
ここであの二人を見逃すよりは……

口元に小さな笑いが浮かび、闘争の予感に喜悦が全身を走り出します。
では私としては、あまりあの二人を細切れに斬り刻み過ぎないように気を付けると致しましょうか。
後で回収するのが大変でしょうからね。
私愛用の柳葉刀は研ぎもしっかり済ませて準備は万端、何の問題もありません。

「ロットン、私が仕掛けるね。援護を……」

いよいよ覚悟を決め、刀を握り締めます。
さっきから一言も語らずにいた相棒に声を掛け、タイミングを図らんと……

「なっ!ロットン!」

ちらと横目で確認した後、思い切り首を捻って叫んでしまいました。
ロットンの馬鹿は一体何を考えているのか、銃を抜こうともせず悠々たる歩調で二人に向かって歩き出すではありませんか!
銃遣いが前に出てどうしますか!

「ロットン!何してるね!指示は……」

「俺は子供は殺さない」

なっ……

立ち止まりもせず、少しだけ振り向いて発せられた彼の言葉に私は絶句しました。

甘い男だとは思っていましたけど、まさかこんな状況でそんなふざけた言葉を吐くなんて。
彼の歩みは止まらずどんどん二人に近付いていきます。
二人もさすがに会話を止め、自分達に近付いてくるサングラスの男に注意を向け始めました。

ああ……
やっぱりアイツとは一緒に組むべきではなかったのでしょうか。
立ち尽くす私の背中をソーヤーが優しく叩いてくれます。

ありがとう、ソーヤー。
貴女がいなかったら、私どうなっていたか分からないよ。

ゴスロリ服の優しい始末屋さんに慰められていた私の耳に、二人の前に辿り着いたロットン の声が夜の風に乗って届きます。

『月は君達に何か語りかけたか?』

……結局私はアイツの事を何にも理解していなかったということですね。
これからも理解することはないのでしょう。
私の全く知らない言葉で話す彼の背中を見ながらそんなことを考えておりました……















【11月2日 PM 11:04】

Side ゼロ

「そういや、聞きたかったんだけどよ」

「うん?」

ベッドの脇からレヴィが首を捻って俺を見上げてくる。
今夜は俺にしては珍しく喋り過ぎたからな……
大人しく相槌を打ってくれていた彼女に視線で質問を促す。
ここからは質疑応答の時間かな?

「アイツらって知り合いだったのか?
ほれ『イエロー・フラッグ』で声掛けてきた、あの二人組だよ」

二人組……シェンホアとロットンか。
まさかアイツらとこんなに早く出会うとは思わなかったが。

「知り合いという程知ってるわけじゃない。
少なくとも向こうは俺の事は知らんだろうな。
まあ、今は張あたりから色々吹き込まれてるのかもしれんが」

「張?
張って、旦那の事か。
あの二人、三合会の関係者なのか」

レヴィがそのアーモンド型の目を見開いて更に質問を重ねてくる。
さすがのレヴィでも張の名前が出てくれば驚くか。

「基本的にはフリーランス……のはずだ。
ただ女の方に少し鎌を掛けてみた。別れ際に広東語で話し掛けただろう?
『張によろしく』って言ってみたんだ。確かに伝えておいてくれるとさ。
タイミングを考えれば今度の一件を片付けるために呼んだというわけでもなさそうだ。
街は外部からのお客さんで賑わってるからな……
彼等、というか男の方が騒動の匂いに惹かれて、やって来たんじゃないかな。
張からすれば使える手駒は多いに越した事はない。
それにフリーの人間の方が使いやすい場合もあるしな」

さて、張の奴が何を考えているのやら。
意外と裏で動き回るのが好きな奴だからな。
本人は立場上仕方なくやっている、なんて言うのかもしれないが。
人間本気で嫌な事はやらないものだ。
結局アイツだって自分がやりたいからやっているんだ、間違いなく。

「ってこたあよ。あの二人って今頃街を彷徨てんのかもしれねえな」

レヴィが手に持った缶を揺らしながら呟く。
行動を促してくるような響きはない。
今夜は動かないという俺の言葉を尊重してくれるらしい。
相棒から信頼されるのは中々気持ちのいいものだ。
あの二人にはこんな信頼関係は生まれているのかな?
シェンホアとロットンの関係を想像してみると……



………信頼関係というか何というか、どうにも表現しづらい関係だな、あの二人は。
取り敢えずシェンホアが、さぞ苦労している事だけは確実なんだろうがなあ。

窓から夜のロアナプラを見下ろす。
今のところ街は平和だな。爆発騒ぎなどは起こっていないらしい。
やはり本格的な動きは明日以降か……

しかしロットンと双子が出会ったとしたらどんな話をするんだろうな?
シェンホアには悪いが、出来ればその場にいてじっくり聞かせてもらいたいものだ。
かの"魔術師"があの子供達を見てどう思うのか、どう感じるのか、どう触れるのか。

全く興味の尽きない男だ、離れて見ている立場からは余計にな。














【11月3日 AM 2:28】

Side 魔術師に興味を持たれた二人

「あれ? おにいさんもぼくたちの言葉を話せるんだ」

「へえ 珍しいわね」

近付いてきたおにいさんはわたしたちと同じ言葉で話し掛けてきた。
まさかこの街で聞くなんて思わなかったな。
にいさま以外の人の口から。

「言語とはその源を訪ねれば始まりの一に辿り着く。
後はそこから派生していったものだ。
人が皆その心の裡に同じものを持つように、俺はただその源に触れた事があるだけだ。
大したことじゃない」

おにいさんは淡々と話す。
濃い色のサングラスを掛けているけど、夜にあんなものしてて見づらくないのかなあ。

おにいさんは淡々と話す。人は皆心に同じものをもつ、か。
どうしてそんな事が言えるの?
おにいさんは神様じゃないんでしょ。だって神様なんてこの世界にいないんだから。

「幼子よ、俺は君達に問いたい。月は」

そこで一旦言葉を切り、おにいさんは空を見上げる。
星が散りばめられるように輝いているこの街の夜空を。

おにいさんは空を、いえお月様を見上げているのね、きっと。
わたしたちに何も語ってはくれない、あの冷たく輝くお空の女王様を。

「君達に何かを語り掛けたのか?
俺は彼女の言葉を聞いたことはない。
彼女は孤高にして天上で気高く美しく輝く残酷な女神だ。
地を這う俺達がどれだけ恋い焦がれ、どれだけ慕おうとも彼女は気にも留めない。
ただ一方的に、そして気紛れに恩寵として、ドレスから零れ落ちた宝石を白い光に変え、降り注ぐだけだ。
痺れるほど美しく、凍えるほど非常な光を。
俺達はその光の下、踊り悶える。
自らの(カルマ)を暴きだされてな。
だがそれでも人は空を見上げる。届かないと分かっていても手を伸ばす。
哀しい目の幼子達よ、俺は知りたい。
君達ならば届くのか、彼女の後ろ姿に。
君達には聴こえているのか、囁きかける彼女の声が」

おにいさんはそう言うとじっとぼくたちを見つめる。
答えを待つように。
待たれても困るんだけどなあ……

おにいさんはそう言ってじっとわたしたちを見つめる。
答えを待つように。
どれだけ待たれても答えなんて返せないわ。
お月様はわたしたちに何も語ってはくれないもの。
ただお空に浮かんでわたしたちを見ているだけよ。
わたしたちが何をしていても。
わたしたちが何をされていても。

わたしはただ黙っておにいさんを見続けた。

お月様がそうしているように……








 
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