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戦国異伝

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第五話 初陣その八


「信長は傑物よ。わし以上のな」
「何と、殿以上のですか」
「信長様は」
「やってくれるぞ」
 自信を持って発した言葉だった。
「必ずな。この度の戦いでそれを確信した」
「では次の織田家の主は」
「信長様ですね」
「最初から決めておったがな。あ奴しかいない」
 信秀の自信はここでも同じだった。
「そういうことじゃ。よいな」
「あの方ならこの尾張をですか」
「一つにできますか」
「いや、それ以上だ」
 ここでも信秀の言うことは大きかった。
「それ以上だ。尾張だけではないぞ」
「尾張一国に止まらないと」
「では。美濃や伊勢までもが」
「それ以上やもな。さて、それを見られるかどうか」
 顔は自然に笑っていた。期待する笑みだった。
「楽しみよのう」
 父として我が子の雄飛を確信して笑っていた。少なくとも彼はそうしていられた。
 そして駿河では。義元が己の下に戻ってきた雪斎に対してだ。まずは少し残念な顔になってこう話すのであった。
「敗れてしまったのう」
「はい、織田信長に」
「親父の方にはこれまでも度々負けておった」
 織田信秀のことである。彼がこれまで戦ってきた言うならば宿敵である。
「しかし今度は息子にか」
「左様です」
「そういう時もある」
 義元はこの敗戦をこれで終わらせた。
「あのおおうつけのまぐれじゃ。気にすることはない」
「まぐれですか」
「そうじゃ、あれの話は聞いておる」
「奇矯な格好で町を歩き馬を荒く乗り水練や喧嘩に明け暮れているという」
「それが跡継ぎか」
 義元は馬鹿にしたようにして言った。
「その様な話は聞いたことがない。うつけでなくて何じゃ」
「それは」
「和上も思うじゃろう。うつけじゃ」
 義元はまた馬鹿にしたようにして言った。
「それ以外の何でもないわ」
「しかしそれがしは敗れました」
 雪斎はこの現実を正面から受け止めていた。現にその顔は硬い。
「それは事実です」
「して尾張へは攻め入ることはできなんだな」
「ですから。それは」
「だからまぐれじゃ。気にすることはない」 
 義元はそのお歯黒で染めた歯を見せて言い切った。
「和上でもそういうことはある。気にすることはない」
「左様ですか」
「それよりもじゃ。武田と北条じゃな」
 今川はこの両家と境を接していた。どちらも油断ならない相手である。だから彼も両家には並々ならぬ注意を払っているのである。
「この二つをどうするかじゃが」
「それですが」
 雪斎はそのことにはすぐに歯切れよく述べ返した。
「拙僧にお任せ下さい」
「考えがあるのじゃな」
「はい、実はです」
(この両家とは結ぶべきだ)
 雪斎は心の中でこう考えていた。何故ならばだ。
(そして織田に専念せねば。あの男、間違いなく今川にとって命取りになる)
 信長のことを考えていたのである。彼は信長のことをわかったのだ。敵として実に容易ならざる相手であると。今川では彼と元康だけが見抜いていることだった。
 だが義元にはそれを隠していた。己の中だけに留めてそのうえで信長への策を練ろうとしていた。彼を恐ろしい男だと思うからこそだ。
 そして同じことが越前でも起こっていた。痩せて瓢箪に似た顔の男がだ。笑いながら主の座に座ってこんなことを言うのであった。
「那古屋の織田の若造はやはりうつけよのう」
「全くですな」
「いや、実に」
 周りの者がその瓢箪の男の言葉に応える。この男の名を朝倉義景という。越前を治める朝倉家の主である。主としての評判はともかくとして越前を治めている。 
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