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その男ゼロ ~my hometown is Roanapur~

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#34 "conversation with myself"

 
前書き

あ、暑い…

あ、熱い……

あ、あつい………





 

 
【11月2日 PM 2:28】

Side ベニー

暑い、そして熱い。

額に浮かぶ汗を腕で拭ってから息を洩らす。
どうせ拭っても後から後から吹き出してくるわけだけど、だからといって拭わないって訳にもいかない。
後で腹が減るからって食事をしない訳にもいかないし、いずれ死ぬからという理由で生きる事を止める訳にもいかない。それと同じ事だ、多分。

………熱さのせいかな。下らない事を考えてる、我ながら。

汗と機械油に全身を浸していると、脳にもおかしな影響が出るのかな?
それとも未だ残ってるアルコールと妙な化学変化でも起こしたか……

11月でも暑いロアナプラ。
更に港に係留されてるクソ熱いラグーン号の機関室。
エアコン(文明の利器)の恩恵にも与れないこの場所で僕は人体の謎に取り組んでいた。 機器のメンテナンスをしながらだけど。

ハッキリ言ってこんな仕事は急いでやる必要があるわけじゃない。
最近襲撃を受けた訳でもないし、お久し振りの海賊仕事の予定が入っている訳でもない。 それどころか本業の荷運びまで全くの白紙状態だ。
得意先である三合会やホテル・モスクワはそれどころじゃないからね。
他のところも押して知るべし。
緊急の荷物運送は自分達の組織で回しているらしい。こういう時、弱少勢力は寂しいものだ。

じゃあ、何故こんな事をしてるのか?
頼まれた訳でもなし、命令された訳でもない。
自分の部屋か通信室でネットサーフィンでもやってればいいのに。
その方が安全だし第一"自分に似合ってる"

「………」

目は機器の数字をチェックしたまま。手は休める事もせず動かし続ける。
脳の半分で外界を認識しながら、もう半分で内側を把握していく。

どちらにせよ今日は何かをチェックせずにはいられないようだ。
自分との対話なんてティーンエイジャーの頃にもやらなかったんだけどなあ。

街が騒々しくなって久しい。

この街に来て二年ばかり経つけど、これだけ長続きするような事態は初めてだ。
大抵は一週間も続かない。
誰かしら、何かしらの"力"が働き、騒動は収まってゆく。
街は何も変わらず、僕も何も変わらない。それで良かったんだよなあ、今までは。

僕は銃を撃てる人間じゃない。
だから街がどれだけ賑やかになっても、冷めた目で見ることが出来た。
"人を撃つ事が出来る人間達を"
そうしなければ生きていけないから。

余計な事には首を突っ込まず、"そういう人間"を批難する事もせず、ただ在るが儘を受け入れる。
今でも理解出来ないし、この先も出来るとも思わない。

"人を殺せる人間の気持ちは"

「………」

思い浮かぶのはゼロとレヴィの顔。

この街に来て出会った二人の銃遣い(ガンスリンガー)

僕を変えたのかもしれない二人の男女。

ダッチによればゼロは事務所に顔を出して少し話をした後、街に出ていったらしい。
レヴィも後からやって来たが、ゼロと合流することを選んだそうだ。
二人肩を並べて街を練り歩いているのだろう。

「目的は、何だろうな……」

昨日(時間的には今日かもしれないが)店で聞いてしまった話によれば、ゼロは襲われた上に話までしたそうだ。
だけど彼等の隠れ家や裏にいる人間の事までは聞き出せなかったそうだ。
だとするならば、今彼が動いているのはそれらの情報を探る為とも考えられる。
そして、確証が得られれば……

どうするんだろう?

そこまで考えて手が止まる。
目で見ているものがただの数字になる。形は把握出来ても意味までは把握出来ない。

一旦目を閉じ、後ろ手で床に手を着く。
唐突にこんなところで、何故自分がこんな事をしているのかが、分かってしまった。
決して被虐趣味などない自分がどうしてこんな拷問に近い苦しい作業をしていたのかが。

最初はただの焦燥感だと思っていた。
街がこんな状態になって、何処か浮き足だってゆく状況の中で平然としていられる程、肝は太くない。
他人に必要以上に関心を示さないのが僕の貴重な個性だとしても、それは他者から影響を受けないというわけでは決してない。
レヴィやゼロから受けたそれ程大きくなくとも、やはり街の空気を吸えば肺の中はその街の色に染まる。
特にこんな街なら尚更だ。

何かをしなきゃいけないんだけど、何をどうすればいいのか分からない。
そんな街の空気に当てられて、こんなどうでもいい仕事を始めたのかと思ってたんだけどなあ。

床に着いた手を支えにして立ち上がる。もうこの場所には居る必要がない。シャワーでも浴びるとしよう。

レンズの内側にも汗が滴り落ちてる。これも綺麗にしないとな。顔から外した眼鏡を眺めて歩きながらぼんやりとそんな事を考える。

さて、シャワーを浴びたらどうしようか。
ゼロ達が何処にいるのかは分からないしな。しかしまあ、我ながら……

眼鏡を掛け直して思わず苦笑する。
確かに単純作業というのは効果的ではある。
考え事をするときに、何もしないよりは手を動かしながら考えた方が効率的だ。と言うのは聞いた事がある。
特に普段からよくやっているような作業だと、なお効果があるそうだ。

ただ逆に何も考えたくないような時にも効果的なんだ、単純作業ってやつは。
そう、要するに僕は考えたくなかったんだ。

"彼が子供を殺すかもしれないという事と、それを心配している自分自身の事も"

やれやれ。クールが御自慢のベニー・ボーイは何処へ行ってしまったのやら……

取り敢えず、今はシャワーだ。
これ以上余計な事は考えたくない。
これからの事はこれから考えよう。
なに、別に僕の命が懸かってる訳じゃなし………









 
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