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蒼き夢の果てに

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第4章 聖痕
  第32話 使い魔のルーン

 
前書き
 第32話を更新します。
 

 
 ……混濁した意識が、覚醒に向かう。

 少し……いや、かなり頭の中がボォ~とした感じなのですが、少なくとも気分が悪い訳ではないですね。
 それにしても、ヤケにふわふわした感触なのですが、ここは一体……。

 寝惚けた状態から、少し右手を握ると、優しい感覚でそっと握り返して来る小さな、少し暖かい何か。
 ……右手に触れるこの感触は、夢の世界で感じた柔らかい手の感触。



 ゆっくりと瞳を開けると、其処には見慣れたタバサの部屋の天井。但し、この世界にやって来てからあまり感じた事の無い柔らかい布団と枕の感触。
 そして、かすかに感じる甘い……彼女の香。

 俺は、基本的に言うと頭に枕をするのではなく、首の下に枕をするのですが……。

 ……などと、今はどうでも良い事が頭に浮かんだのですが。

 おそらく、誘いの香炉(いざないのこうろ)に残った魔力の残り香のようなモノに当てられて、眠りへと誘われた俺を、自らのベッドにタバサが眠らせてくれたのでしょう。そこで、見当はずれの文句を言うなどとは不敬極まりない行いと成りますから、流石にこれは反省すべき事柄ですか。

 そうして、この俺の右手に握りしめている小さな手は……。

 大方の想像は付くのですが、一応、そちらの方に視線を送って見る。

 予想通り、俺の手を握ったままでベッドの脇に置いた椅子に腰を掛け、そして、ベッドに上半身を預けた形で眠りに付いた俺の蒼き御主人様。

【誘いの香炉で眠りに就いた人間を目覚めさせるには、その眠った人間に触れた状態で誘いの香炉で眠るのが一番確実なのです。
 そうすれば、相手の夢に乗り込んで行って、夢の中から起こす事が出来るから】

 青玉に封じられし、黒き知恵の女神ダンダリオンからの【念話】が届く。

 成るほどね。夢の最後のシーンで俺をショゴス(仮)から引っ張り出して、更にそのまま夢の空間からサルベージしてくれたのはタバサだったと言う事ですか。
 確かに、あの時に突然、俺が眠って仕舞ったとしたら、その原因はあの香炉以外には考えられないですし、タバサには俺の心の中、記憶が判る訳は有りません。

 つまり、俺の心の中に、向こうの世界に残して来た大切な物が無いとは限らないと言う事です。
 そう。其処に、俺にも現実では取り戻す事の出来ない、失って仕舞った大切な物が存在している可能性が有ったのですから。
 ……そして、それは強ち間違った認識でない事も事実ですから。

 結局、タバサの心を護る心算だったのに、俺の方が護られて仕舞ったと言う事ですか。

 そう考えながら、上半身のみを起こして自らの主人を見つめる俺。
 但し、未だ右手は繋いだままで。

 これは、無理に振りほどく理由も有りませんし、それに正直に言うと、もう少し、彼女を感じて居たかったのです。

 その瞬間。右手を繋いだ状態で眠る少女が、少し身じろぎをして目覚める雰囲気を発した。

 ……そして、少し首を動かし、やや眠そうな瞳を俺の方に向ける蒼き姫。滅多に目にする事の出来ない彼女の寝起きの状態。
 そう言えば、俺も寝ぼけたような雰囲気でタバサの相手をした事はあまりないけど、タバサの方もあまり見せた事は有りませんでした。

 俺もそうですけど、もしかすると彼女の方も、俺に対してだらしない面を見せたくないと言う気持ちが有ったのかも知れませんね。

 ……使い魔と主人は似て来る、と言うべきですか。
 いや、多分、最初から似ていたのでしょうね、この部分に関しては。

「おはようさん」

 普段の朝と同じ挨拶を行う。もっとも、現在の時間帯が朝とは限らないのですが。

「おはよう」

 同じように普段の朝と同じ目覚めの挨拶を返して来るタバサ。未だ少し眠そうな雰囲気は残って居ますが、普段の彼女の雰囲気に戻りつつ有るような気がします。
 但し、未だ右手は繋いだままなのですが……。

 思わず、ほんの少しの微笑みが頬に浮かんで仕舞った俺。いや、何か少し、心が柔らかくなったような気がします。

「なぁ、タバサ」

 本当は、もう少し、彼女を見つめて、右手だけでも彼女を感じていたいのですが……。

 そろそろ、ベッドから起き上がって現状の把握を行わなければ成りませんか。もっとも、ここはタバサの部屋で、このハルケギニア世界では一番安全な場所で有るのは判ってはいますが。

 俺の問い掛けに、真っ直ぐに見つめ返す事で答えと為すタバサ。それに、一応は、話しを聞いてくれる態度には成っていますか。それならば、

「さっきは助けてくれて有難うな」

 ……と、最初に感謝の言葉を告げて置く。
 そう。あのままでは、もしかすると、俺もショゴス(仮)に取り込まれていた可能性も有ったと思います。
 そして、あの夢の世界で、精神体=魂魄が死亡すると、俺にこの現実の世界での目覚めは二度と訪れる事は無かったでしょう。

 しかし、首を横に振るタバサ。そして、

「貴方とわたしは唇歯輔車(しんしほしゃ)の関係。貴方に何かが有ったのなら、わたしが助けるのは当然」

 ……と、答えてくれました。そして、その言葉には陰の気……つまり、心にもない口先だけの着飾ったような部分を感じる事は有りませんでした。
 おそらくこれは、タバサの現在の本心を語ったと言う事なのでしょう。

 しかし、唇歯輔車の関係って……。これは、タバサの頭の中では、俺はかなり高い評価を得ていると言う事ですか。

 確かに、俺の方がタバサを失うと、主に俺の性格的な問題から、以後、使い物に成らなくなる可能性が有ります。ですが、彼女が其処まで精神的に脆い人間だとは思えません。
 彼女は俺とは違う、死が近い世界の住人であり、その中でも一番死に近い騎士や貴族社会の住人なのですから。
 そう考えるのならば、彼女に取っての俺の評価がかなり高いと言う事なのでしょう。

「まぁ、だからと言って、感謝の言葉を告げない訳には行かないやろう」

 確かに、わざわざ、そんな判り切った事を口にするなど水臭い、と言う考え方も有ります。ですが、矢張り、こう言う言葉はちゃんと口にして置いた方が良いと俺は思いますから。

 俺の言葉に少し考えるような雰囲気のタバサ。しかし、直ぐにコクリと小さく首肯いた。

 そうしたら、何時までも寝ている訳にも行かない。
 そう思い、右手は未だタバサと繋がれたままになっているので、左手で、彼女が掛けてくれたと思しき毛布と布団を……。

 ……除けようと思ったのですが、その左手を何故かタバサが取って仕舞う。

 そうして……。

 その俺の左手。いや、手首の内側を厳しい視線で見つめるタバサ。
 これは、異常事態発生と言う事ですか。

 但し、俺の身体や精神には何も不都合な事が起きている訳ではないので、割と軽い気持ちで、タバサの見つめている左手首の内側を覗き込んで見る。
 そこには。

「右手首の内側と一緒やな」

 少し呆れたように、そう実際の言葉にして呟いてみる俺。
 そう、俺が覗き込み、タバサがかなり深刻な表情で見つめる先には、直径にして5センチもないようなモノなのですが、確かに紫色に変色した微かな痣が残っていました。

 ……ここは多分、夢の世界のタバサ(精神体)に握られていた部分。

 いや、しかし、あの助け出したタバサの精神体と思われる少女から、俺は危険な雰囲気を感じる事は有りませんでした。
 まして、この痣に関しても、右手首のモノと同じように、別に不都合を生じさせるモノでも無い事は、動かして見た感覚で判ります。

 そして、もし右手首のモノと同じ類の代物ならば、ウィンディーネの言葉を借りると、これは身体に付いた傷痕ではなく、俺の魂に刻まれた傷痕。故に、治療する事は不可能だと言う答えを貰っているのですが……。

 しかし、魂に刻まれる種類の傷痕を両手首に刻まれるって言うのは……。

 タバサから、かなり陰の気の籠った気が発せられる。

 う~む。これは、かなり気にしている雰囲気ですね。確かに、妙な具合には成っているけど、この左手首の傷痕に関しては、タバサは関係ないでしょう。いや、その前のティンダロスの猟犬と戦った時に付けられた右手首の方の傷痕に関しても、どうも関係なさそうな雰囲気にも成って来たと思いますが。

「タバサ。あまり、この傷痕に関しては気にする必要はないで。これに関しては、オマエさんは関係なさそうやからな」

 一応、気休め程度の言葉を口にして置く俺。

 それに、伝説の使い魔や魔法が関わって来ている事件に、俺自身も巻き込まれている可能性が有るみたいですから、魂に刻まれるような傷痕が付いたとしても、それ自体は別に不思議な事ではないとは思います。
 ただ問題は、この傷痕が単に霊的な存在からの接触に因り魂に傷を付けられただけなのか、それとも、今巻き込まれている大きな事件に因って刻まれているのかが判らない点なのですが。

 ……これでは判り辛いか。何か訳の判らない、大きな流れの中に巻き込まれた結果の事態なのか、幻想世界の魔獣ティンダロスの猟犬や、精神世界のショゴス(仮)に取り込まれた精神体との接触によって付けられた霊障の類なのかが、現状では判らない事に問題が有るだけ、と言う事です。

 しかし、タバサがゆっくりと二度、首を横に振った。
 これは否定……の意味だとは思いますけど、一体、何処の部分を否定したのでしょうかね、タバサさんは。

「わたしは、貴方に未だ告げていない事が有る」

 普段通り、抑揚の少ない彼女独特の口調でそう話し始めるタバサ。
 話していない事?

「貴方に刻まれた使い魔のルーン。わたしが調べた限りでは、その文字は『生贄に決められしもの』と刻まれている」

 口調自体は普段の彼女の通り。しかし、心の動きが普段の彼女の心の在り様とは違った。
 それに、『生贄に決められしもの』ですか。これは、もしかすると少しピンチと言う感じかも知れないのだが……。

 それに、これでひとつの謎……と言うか、少しの引っ掛かりが解消されたと思います。
 タバサがティンダロスの猟犬と戦う前に口にした台詞。『貴方を召喚したのは間違いだった』と言う言葉は、このルーンに刻まれた内容を知ったが故の台詞だったと言う事なのでしょう。

 あの台詞は、俺の未来を……不幸に成るしかないような未来を暗示させるルーンを刻んで仕舞った事を悔やんだ台詞と言うだけで、決して、俺が役に立たない使い魔だから必要ない、と言う理由で発せられた台詞では無かったと言う事なのでしょうね。

「……それで、その使い魔のルーンに対応するような伝承や昔話は、タバサの知っている範囲内には存在するんかいな」

 少しいい加減な雰囲気を表面に見せながらの俺の質問に、ふるふると首を横に振る事で答えと為すタバサ。一応、あまり深刻な雰囲気を発する訳にも行かないから、こう言う態度で聞いたのですが。

「ならば、問題はないな。一応、記憶の片隅にでも止めて置けば問題はない」

 かなり軽い調子で、そう答えて置く俺。

 それに、この世界の伝承に、『生贄に決められしもの』に対応する伝承がないのなら、今はそれ以外に対処する方法は有りません。
 但し、俺の暮らしていた地球世界にならば、この使い魔のルーンに関しては、いくつかの心当たりが有ります。

 ひとつは、ルーン文字や魔法に関係が有って、『生贄に決められしもの』、と言う異名を持った神が北欧神話内に存在している事。
 その神の名はオーディン。
 おそらく、ルーン文字を得る為に、世界樹に吊り下げられた様を表現する異名なのでしょう。

 但し、オーディンの関係の伝承で、両手首に傷が付けられるような伝承に思い当たる話は有りません。
 世界樹に吊るされる為に、手首を括ったと言う傷痕にしては、形が妙な形の傷痕だと思いますし。

 そして、今ひとつは、ナザレのイエス。
 両手首に付いた傷が磔にされた際の釘の後と考えるなら、可能性は有ります。
 まして、彼は、全人類の原罪を背負って十字架に磔にされています。

 もし、次に両足、もしくは左わき腹などに同じような傷痕が付けられた場合、俺の未来は非常に暗いモノとなる可能性が高いでしょう。

 俺の方を、哀しそうな瞳で見つめる我が蒼き主人様(あるじさま)
 ……彼女からは、かなり否定的な雰囲気を発して居るように感じます。確かに、彼女が悔やむのは仕方がないとは思いますが、それでも、これは仕方がないでしょう。

「タバサ。これは不可抗力や。あのランダム召喚ではどうしようもない。まして、未来が気に入らないのなら、変えたら良いだけ」

 出来るだけ深刻に成らないように、気楽な雰囲気でそう口にする俺。

 そして、この台詞も二度目ですか。
 そう思いながら、俺の方を陰の気を発しながら見つめるタバサを見つめ返す俺。

 しかし、この程度の台詞ではタバサの現在(イマ)の雰囲気を変えるには至らない。
 それに、もし逆の立場なら、この程度の気休めのような台詞では、俺の気分も晴れる訳は有りませんか。

 確かに、ルーンを刻んだのはタバサでは有りません。しかし、そのルーンを刻んだ最初の召喚を行ったのは自分だと言う思いは有って当然でしょう。まして、俺がタバサとの契約を結ぶ事を了承した理由も、彼女の方の事情を俺が受け入れた結果だと言う事を彼女は知っています。

 それならば、

「まぁ、誰がそんな適当なルーンを刻んでいるのか知らないけど、それが気に入らないなら、受け入れなかったら良いだけ。運命も未来も気に入らないなら受け入れなければ良い。たったそれだけ」

 おそらく、この世界の神とか呼ばれている存在……使い魔契約システムを作ったブリミル神とか呼ばれているヤツが刻んでいる可能性が高いけど、そんなヤツの思惑通りに動かされる必要は有りません。
 そう言う気分で乗り越えたら良いだけの事です。

 別に神は絶対の存在では有りませんから。何時だって間違えますし、その間違った結果を人間に押し付けて来る事も有ります。
 これは、良く聞かれる問い。神はサイコロを振るのか、の俺なりの答え。

 そして、その神が押し付けて来ようとした事柄が気に入らないのなら、全力で否定したら良いだけです。
 その一点。つまり、俺が神の行いに誤りが有ると訴え続けた時にのみ、人は神を超える事が出来ますから。

 それに、俺は別に、神や、それに近い絶対の存在などに選ばれて悦に入るようなタイプの人間では有りません。
 別に、選ばれたとしても、……例え、そんな妙なヤツに選ばれたとしても嬉しい訳はないでしょう。

「俺に命令が出来るのはこの世にたった一人。それは俺だけ」

 俺は、俺の基本的な信条を口にする。
 そう。例え神で有ろうと、王で有ろうとも、俺に命令する事が出来はしません。俺に命令出来るのは、たった一人。それは俺だけ。

 タバサは……何故か、少し思い出そうとする雰囲気。
 しかし、この台詞を、現在のタバサの前で口にするのは初めてのはず。

 ……と言う事は、矢張り、あの夢の世界のタバサは、このタバサの過去に切り離された憎悪や復讐心が作り上げた存在だったと言う事ですか。
 そして、その彼女の前で語った台詞に、現在(イマ)のタバサに聞き覚えが有るとすると、あの夢の世界でショゴス(仮)から切り離したシャルロット(精神体)は、無事にタバサと融合したと言う事なのでしょうね。

 おっと、イカン。喜ぶのは後。今は、未だやるべき事が有る。

 俺は、タバサに夢の世界で繋いでいた右手をそっと差し出した。
 そうして……。

「神の定めた運命とやらに逆らうには俺一人では無理や。
 タバサに是非とも手伝って貰いたいんやけど……」

 其処まで告げてから、ひとつため息を吐くように息を吐き、そして、こう続けた。

「俺と一緒に、このくそったれな未来を壊す手伝いをしては貰えないやろうか?」

 果たして、タバサの答えは……。
 まぁ、大体、想像通りの答えだったとだけ、言って置きましょうかね。


☆★☆★☆


 綺麗にふたつに分けられたカードの山を両手に持ってテーブルの上に置く俺。
 そして、親指とそれ以外の指を使い反らせたカードを、右のカードの山と左のカードの山が混ざり合うように落として行く。
 更に、綺麗に重なったカードを、今度は少し反らしてやる要領で完全にひとつの山にする。

 まぁ、所謂、リフル・シャッフルと言うやり方なのですが……。
 それに、俺は、これをテーブルの上だけではなく、手の中だけで行う事も出来ますしね。

 この後、2、3回、普通のシャッフル……ヒンズー・シャッフルと呼ばれる方法でシャッフルを繰り返した後、カードをそれぞれの前に滑らせて行く。

「何回見ても、シノブはカードを器用に扱うわね」

 自らの手札を覗き込みながら、右手にはこのハルケギニア世界には未だ登場していないはずのサンドイッチ(ベーコン・レタス・トマトの組み合わせと、卵サンドを合わせた物)を持ったキュルケがそう言った。

「一応、俺も普通の男子高校生やったからな。カードや他に、麻雀、花札なんかも普通に扱えるで」

 そう当たり障りのない答えを返す俺。
 尚、扱える、と言う部分に微妙なニュアンスが含まれるのですが……。

 例えば、トランプのカードの場合に要求されるのは器用さです。周りの人間に怪しい手の動きを察知させない自然な動きを身に付けるかどうか。麻雀の牌の場合では、記憶力と盲牌のテクニックですか。
 流石に、仙術を使用しない限り、サイコロの出目を操作するのは難しいですから。

 勝負ドコロで確実に5、もしくは9の目を出すのはね。

 ……って、この状況では流石に説明が不足し過ぎていますか。えっと、この状況は、このハルケギニア世界でもカードが有ると言う事で、そのゲームを見せて貰っている途中なのですが。
 彼女達が行っているゲーム。これは、間違いなしにワイルドポーカーですね。ジョーカー……つまり、万能のワイルドカード『虚無』が加えられていますから。

 それで、このテーブルを囲んでいるメンバーは……。

 ディーラーは俺。但し、ゲームには参加せず。
 蒼き姫。ポーカー・フェイスの申し子タバサ。
 トリステインの爆発魔法の使い手ルイズ&その使い魔の平賀才人
 ゲルマニアの赤き情熱キュルケ。
 そして最後に、トリステインの水の系統魔法使いのモンモランシー。

 それで、このゲームのルールは。先ず、ディーラーの俺がカードを配る前に、ゲームに参加する為の参加費を積む必要が有ります。そして、次に配られた5枚のカードを見て、気に入らないカードを交換する。そうして、ここで正式にチップを賭ける番。当然、降りる事も可能ですし、前のプレイヤーよりも高額のチップを賭ける事も一度だけは可能。但し、一度でも場に賭け金を出して仕舞えば、それ以後に高額に成り過ぎたチップに恐れを為してゲームを降りたとしても、一度賭けた分のチップを取り戻す事は出来ません。そして、全員が同じだけのチップでコールされた時に、手札を晒して勝敗が決まると言う、地球世界でも普通に行われているポーカーのルールと成っています。

 モンモランシーが少し迷った挙句、今回はフォルド。降りる事を決めたのか、場に参加料(アンティと呼ぶらしい。俺的にはショバ代)を捨ててゲームから降りて仕舞いました。
 ……どうも、この()は堅実と言うか、それとも、少し気が弱いと言うか、勝負ドコロで降りて仕舞う傾向が有るみたいです。

 彼女が迷ったと言う事は、今までの例から言うと、最低でもワンペアは出来上がっていると思うのですが。

 俺ならば、ワンチャンス・ポーカーでワンペアが出来て居たら、余程、嫌な予感がしない限り勝負を降りる事はしないのですが。

 次に、赤き情熱キュルケが、意外に冷静な表情で場に五枚のチップを積み重ねた。
 ……微妙な雰囲気ですが、これは、モンモランシーは降りて正解だったかも知れませんね。

 その理由は、彼女は、口で三味線を弾くタイプのギャンブラーですから。
 自らの手札が悪くて、更に、前のプレイヤー。今回で言うならモンモランシーが降りていた場合は、今までの例で言うなら、口で何かを言いながら、場にチップを積み上げるタイプのプレイヤー。

 しかし、今回に関しては無駄口の類は一切なし。
 今までの例を踏まえると、今回は良い勝負手が出来上がった可能性も有りますが……。

 しかし、兵は詭道。それすらも欺瞞工作の可能性有りですか。

「おい、ルイズ。その役でチップを積み上げるのはマズイって」

 続いての手番。ピンク色の伝説の魔法使いに対して、伝説の使い魔の才人くんからの忠言。……って言うか、これでルイズの負けは決まりましたか。

「何を言っているのよ。ツェルプストーが勝負を賭けて来たのよ。あたしが引き下がる訳には行かないわ」

 しかし、才人からの忠告を一切聞こうとしないルイズが、場に五枚のチップを積み重ねて、コール。
 尚、御察しの通り、この娘は、モンモランシーとは正反対。周りの発して居る雰囲気など一切気にする事はなく、ただひたすら突撃を繰り返しては敢え無く玉砕。
 まして、ルイズ、才人共に、手札の出来が異常に顔に出易い性格の為、良い役が出来た時には、周りがすべてフォルドして仕舞い得るのは参加料だけ、と言う状態。
 正に一人負け状態なのですが、更に、勝負を重ねますか。

 もしかすると、不戦敗は、ヴァリエール家では恥となるのでしょうか。

 そして、最後にタバサが無言でテーブルの上に5枚のチップを積み上げる。

 ふむ。まったく、手札を予想する事が出来ない、見事なポーカー・フェイスです。
 彼女の場合は、良い役の時も、悪い役の時もまったく雰囲気が変わる事はなし。
 もっとも、完全に気配を断つ事を、流石にカード勝負で行う事は有りませんが。

 確かに、戦闘時ならば、彼女は完全に気配を断ち自然と同化する(すべ)を心得て居ますし、おそらくはその応用として、自らを律する術も持っているでしょう。
 しかし、今はまぁ、単なる娯楽として、軽食……この世界では未だ存在しないサンドイッチと言う食べ物を取りながら、友人達とワイワイと楽しく歓談しながらのゲームですから、其処まで本気に成る必要はないと判断しているのでしょう。

 それで結局、賭けられたチップは5枚で全員がコール。

 開かれた手札は……5のワンペアのルイズは論外として、3と9のツーペアのキュルケに対して、Aのスリーカードのタバサ。



「結局、負けちゃったか」

 さして残念そうでもない口調、及び雰囲気でキュルケがそう言う。
 確かに、タバサの勝ちには及ばないけど、彼女だって総計で負けている訳では有りません。

 何故ならば、一人負け状態の人間が居るからなのですが。

「なぁ、ルイズ。オマエは賭け事には手を出さない方が良いぜ」

 その一人負け状態のピンク色の少女に対して、彼女の使い魔の少年がそう言うのですが……。
 但し、俺から見ると五十歩百歩。才人の方も賭け事には向いていないと思いますよ。
 ふたりとも勝負手が顔に出易いですから、こう言う遊び以外では賭け事には手を出さない方が無難だと思います。

 そう言うやり取りを行っている伝説の使い魔とその主人の目の前に、何か良く判らない、妙な湯気……と言うか、煙を立てている紫色の液体が並々と注がれたカップが置かれる。
 いや、違う。そのふたりだけではなく、その劇薬……明らかに毒薬でしょう、これは、と言う液体が注がれたカップは俺の前にも、そして、タバサや、キュルケの前にも置かれていた。

 そうして……。

「みなさん、頭を使ってお疲れでしょう。私が新しく作った飲み物ですが、飲んでみてくれませんか。
 間違いなく、頭がすっきりしますし、多分、美味しいですよ」

 満面の笑みと共に、その毒薬じみた液体を一同に進めるモンモランシー。
 但し、自らの目の前には、その不気味な液体を注いだカップは存在せず、まして、何故か、彼女は『多分、美味しい』と言う言葉を使って、その紫色の液体を表現して居ます。

 これは、間違いなく味見(毒見)はしていない、と言う事なのでしょう。
 もっとも、彼女の発して居る雰囲気に悪意は感じません。これは、間違いなく善意から行っている行動と言う事だと思われます。

 そう考えながら、改めて、その不気味な液体をマジマジと観察して見る俺。
 どう見ても飲み物と言うには相応しくない不気味な色と、湯気……と言うか、雰囲気から言うと煙と表現するしかないモノを発して居る危険な液体に恐れを為したのか、この場に居る歴戦の勇士たちでさえ、誰一人としてカップを手にしようとしない。

 いや、違う。たった一人、意を決したかのようにタバサがカップを手にした。
 成るほど。彼女はギャンブラーなどではなく、挑戦者(チャレンジャー)だったのかも知れないな。そう、まるで他人事のように考える俺。

 何故ならば、ギャンブラーは負ける勝負は挑みません。しかし、挑戦者は、一筋の光明にさえ己を賭ける事が出来る人間に対して、尊敬の念を籠めてそう呼ぶべきだと俺は思っていますから。

 但し……。
 ……それはないでしょう、タバサさん。

 タバサが手にしたカップを、そおっと奪い取る俺。
 タバサが首をふるふると横に振る。そして、

【その液体は危険】

 ……と言う【念話】を送って来ました。

 そんな事は見ただけで判りますって。普通の飲み物は、不気味な煙など発生させませんし、持っただけで目から涙が出て来たり、鼻につんと来る刺激的な臭いも漂わせたりしません。

 おそらくタバサは、善意に因って回復(リフレッシュ)用の飲み薬を用意してくれたモンモランシーが傷つく事と、その事を考えた俺が最初にこの劇薬に手を伸ばす可能性を考慮して、自らが生贄の羊となろうと覚悟を決めたのでしょうが……。

 ただ、彼女が飲むのなら、その前に毒見をするのは俺の役割でしょうが、タバサさん。

 それに、まさか飲んだからと言って命を奪われると言う事はないと思いますが……。
 確か、彼女……モンモランシーは有名な水の系統魔法使いを輩出する家柄の出身。彼女が薬だと言って出して来た液体ですから、見た目やその他は危険でも、ある程度の効果効能は有るとは思いますから。

【タバサ。もしも倒れたら治療の方を頼むぞ】

 俺の【念話】に大きく首肯くタバサ。
 気分的には、湊川の戦いに赴く前の楠木正成、正行親子の別れか、もしくは吉野で今生の別れを行った源九郎と静御前か。

 そんな俺とタバサの悲壮感の溢れるやり取りを見つめる一同。但し、俺とタバサが【念話】を交わしている事は誰も知らないので、ただ二人が見つめ合っているとしか思っていないとは思うのですが。

 ……もしかすると、こう言う部分を周りの連中が見て、俺とタバサが判り合っている、と言う風に取られているのかも知れないですね。
 確かに、表面だけを見ると、目と目で通じ合っているようにも見えますから。

 現実は、普通に【会話】を交わしているだけなのですが。

 それで、モンモランシーは先ほどまでと変わらず、悪意を感じさせない雰囲気で笑顔を発しながら俺とタバサのやり取りを見つめるのみ。そして、キュルケやルイズ達は興味津々と言う雰囲気を発して居る。

 ……何故に、こんな罰ゲームのような目に合わなければならないのか判りませんが、でも、これも俺の役割と言う事なのでしょう。

 顔に近付けたカップから立ち昇る瘴気に煽られて、涙と鼻水が出て来ますが、タバサがこんな不気味な液体よって同じような状況に成ると考えると、それだけでも俺は、俺の役割を果たしたと言う事。
 そう思い込み、覚悟を完了した俺。
 そして鼻を摘まみ、一気にタバサの分を飲み干す。更に、自分の分として用意された紫色の液体も無理矢理呑みこむ。

 毒を煽らされる王侯貴族はこんな気分なのかも知れないな。

 遠くなって行く意識の片隅で、そう考えた俺だったのですが……。
 残念ながら、それ以後の記憶はぷっつりと途切れて仕舞いました。

 
 

 
後書き
 先ず、少し古い話ですがネタバレについて。
 何故、この『蒼き夢の果てに』内では、土くれのフーケが登場しなかったのか。

 最初にも書いた通り、フーケとは、アンチ貴族の存在ですから。
 つまり、何処かで、誰かが大きなミスをしない限り誕生しえない存在だと思いましたから。

 自らの弟一家の誅殺を決めながら、何故かエルフを見逃すアルビオン王家や、彼らにモード家やサウスゴーダ家を襲うように命令された貴族達も、魔法に掛けられていない連中までもが、何故か命令された内容をあっさり忘れる。
 更に、学院の関係者が、宝物庫の宝の内容をウワサに成る程度には、部外者に対して情報を漏らす必要が有りますから。

 故に、この物語内では、ウカツな程度の低い敵は作らない、と言う前提の元、フーケは登場させなかったのです。フーケ自身がウカツで程度が低い訳では無く、彼女を作り上げた存在たちがそうだと言う事です。

 次。タバサの高速詠唱について。

 彼女の行っている高速詠唱は、非常に特殊な方法を使用しています。
 つまり、単純に早口で呪文を唱えている訳ではない、と言う事です。

 脳に長い呪文を唱えた状態を記憶させて置き、有る短いキーワードを唱える事に因って、長い呪文を唱えたのと同じ精神状態を作り上げ、魔法を発動させると言う、ほぼ、彼女以外には再現不可能な高速詠唱です。

 これは、タバサの加護を担っている冥府の女神ヘカテーの影響が大きいのですが。

 そして、最後。
 モンモランシーの劇薬をタバサが手に取ったのは、モンモランシーの為を思ったからではなく、主人公が手に取ると思ったから。
 もっとも、結果的には同じような結末に至ったのですが。

 笑える結果を求めるのなら、劇薬を口にしても平気だったタバサを見て、その他の全員が飲んでひっくり返る、と言う展開だと思うのですが、流石に、ここまで危険な描写の液体をタバサが飲む事を主人公が容認するとは思えませんでしたから。

 それでは、次回タイトルは『赤い風車』です。
 
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