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その男ゼロ ~my hometown is Roanapur~

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#20 "I follow my heart and intuition"

 
前書き

あなたが、誰かを信頼できるかが分かるもっとも良い方法は、あなたが信頼することだ


ー アーネスト・ヘミングウェイ ー



 

 
【11月1日 PM 4:03】

Side ダッチ

「こういう場合は期待を裏切ってと言うべきか、期待に応えてと言うのが正しいのかは分からんが、」



"アンタの部下を殺ったのは俺じゃない"

"一応付け加えておけば、ホテル・モスクワの件にも俺は無関係だ"



旦那の質問に対するゼロの回答は俺に安堵の溜め息などつかせてくれなかった。
ゼロが犯人じゃない?
んな事は最初(はな)から分かってる。分かりきってる。

重要なのはお前がどう答えるかじゃねえ。
その答えを張の旦那がどう受け止めるか、なんだ。

「………」

全身を流れる汗の一滴一滴が質量を増したように感じられる。
顔を上げる事も出来ず、ただ俯いて旦那の言葉を待つことしか出来ねえ俺には、ちと辛い重さだ。

「自分は殺っていない、それだけか?お前の言いたい事は」

俺の重みを取り除こうとした訳でもあるめえが、旦那の言葉に俺は少しだけだが身体が軽くなったように思えた。
『沈黙は金、饒舌は銀』なんて格言があるが、今の俺にゃ(ゴールド)よりも(シルバー)よりも旦那の一言の方が有り難みがある。
このまま沈黙を続けられたんじゃ叶わんぜ……

「あんたが知りたい事はそれだけだろ。まだ他に何かあるのか」

漸く頭を上げて、背を反り返らせてソファに(もた)れかかる。
ゼロと張の旦那は互いから目を離そうとはしない。
旦那は椅子に座ったまま、首を斜め上に傾けながら。
サングラスを外し、直接自分の目で。
それはまるで、そうすりゃ真実を見極められると確信しているかのようだった。

ゼロの奴はといやあ、全く変わらねえ平然とした態度で旦那の視線を受け止めてやがる。
その表情からは、少なくとも俺には何の葛藤も焦燥も見出だせなかった。
この街一番の実力者に身内殺しの嫌疑を掛けられて。
そして、自分の肉親を殺した当事者本人から復讐の意志を問われてるってのによ。

一体テメエは今のこの状況をどう思っていやがる?
胸ぐら掴んで怒鳴ってやりてえ気分だぜ、全く。
楽しんでるわけでもねえ。自暴自棄になってるわけでもねえ。卑屈になるわけでもねえ。
全くいつもと変わらねえ様子で、旦那と相対するゼロ。

俺は今心から痛感してるぜ。
テメエみてえな野郎は世界中どこ探したっていやしねえ。
そんな男を従業員に雇ってる俺は世界一幸運な男だとな!

「………分かった。お前がそう言うなら信じよう」

先に目を逸らしたのは旦那の方だった。
そうゼロに告げると、旦那はテーブルに置いたサングラスを再びかけ直した。
ゼロは特にそれ以上何も言わなかった。その変わらぬ視線だけは旦那に注がれたままだったが。

「まあ、その話はおしまいだ。
だが、事件そのものは何一つ片付いちゃいない。
お前らだから正直に言っちまうが、結構俺も参ってる。
犯人の目星は全くついてないって有り様でな。
バラライカも今はまだ耐えてくれているが、その我慢もいつまで持つか……」

旦那が椅子に(もた)れながら、天井に向かって独り言のように言葉を吐き出す。
伊達者の旦那がここまで明け透けに話すってこたあ、こりゃ事態は俺の想像以上に深刻なようだな。

「今更こんな事を言うのも信じてくれんかもしれんが、お前が犯人である可能性は低いと最初から思っていた。
殺られた二人の検死報告に依れば、体内からは7.62mm弾が大量に出てきたそうだ。
おまけに全身を大型の刃物で派手に切り裂かれていたらしい。
"前"にやったのか、"後"からそうしたのかはちょっと分からんそうだがな。
いずれにせよ、明らかにコイツは楽しんでる。
行為そのものをな。
仮にお前さんが"そういう輩"を想定して偽装したとしても、あそこまでの真似はまず無理だ。
犯人は本物のイカれ野郎だ。間違いない」

………本来であれば安堵するべきところなんだろうが、些か腑に落ちねえもんも感じてた。
そこまで断言できんなら何故ゼロを疑うような真似をしたんだ?
"あの時"の事まで持ち出して。

「ふむ。
だとすればアンタが想定しているのは他所者、でいいのかな?
さすがの我がロアナプラの街にも、そこまでやりきれる奴は」

「居ない、な。
殺しだけならともかく、既に一ヶ月以上も逃げおおせている。
さすがに、」

「隠れ通すのは難しい、な。
だったら結論は一つだ。この街の中に、」

「匿ってる奴がいる。必然的にそうなるな」

「そいつは変化を望んでいるんだろうな。
現状(いま)に不満があるのさ。
アンタやバラライカがこの街を支配しているという現状にな。
ふっ
アンタとしちゃ頭が痛いところだな」

「だからここへやって来たわけさ。
知っているか?
何処かの国じゃ『遠くの親戚より近くの他人』という格言が……」

ラグーン商会(うち)は運び屋だ。
情報が欲しいなら他所を回れ」

「冷たいな。お得意様にはもっとサービスするものだぞ」

「なら、今度レヴィをあんたのとこに送ってやろう。若い衆を鍛えてもらえよ」

「生憎俺は部下には慈悲深い男でな。ライオンの檻に大事な部下を放り込むようなまねは出来んよ」

「それは残念だ。なら……」

「ああ、ちょっといいか」

黙って聞いてたんだが、いよいよ堪り兼ねて口を挟ませてもらった。二人の視線が此方に向かうのを眼で確認してから再度口を開く。

「会話が弾んでるところを邪魔して済まんが、話が脱線し過ぎてねえか?
張の旦那だって忙しい身だろう。
ゼロ。お前がもしも何か知ってるんだったら協力してやったらどうだ?
今は街全体がピリピリしてやがる。
これじゃあ俺達の商売にも差し支えが出るってもんだ。
何も知らねえってんならしかたねえが、お前だったら小さな情報でも掴んでじゃねえか? 旦那だって本当はそれが目的だったんだろ」

自分自身が信じてねえ言葉でも時には言わなきゃならん時もある。
旦那の本当の目的なんざ俺には分からねえ。
だが、このままほっときゃ際限なく続きそうだったんでな。
チョイと割り込ませてもらったぜ。

「知ってる事など特にはないが、気になってる事ならある」

壁際でゼロが口を開く。俺も旦那もそちらに顔を向け、ゼロの話に耳をかたむけた。

「アンタのとこの部下がどの程度"使える"やつかは知らんが、街は今こんな状態だ。
当然警戒くらいはしてただろう。
いくらホテル・モスクワの関係者ばかり狙われてるといっても、自分達が絶対に安全ってわけにはいかない。
逆恨みで狙われる事もあるし、犯人が標的を変える可能性もある。
実際にアンタの部下は殺られたわけだしな。
まだ正確なところは分からんが、仮に同一犯だとしたらソイツは手を広げ出したんだろう。

ただやけに手際が良すぎないか?

隠れる方法は措いておこう。それは今考えても分からん。
俺が引っ掛かってるのはソイツがどう標的に近付くかだ。
話を聞く限りじゃ遠距離からの狙撃ってわけでもないんだろ?
あくまで標的に近付いて殺してる。
じゃあ、ソイツはどうやって標的に近付くんだ?
こんな状態じゃあ知らない顔が近付けば、より警戒されるぜ。
じゃあ、知ってる顔、つまり身内か。これも考えにくい。
三合会内部での対立というなら、アンタはこんなとこに来ない。
見内の恥を晒すようなものだからな。
あくまで外部の人間が殺ったとアンタは確信している。
じゃあ何故アンタの部下は見知らぬ外部の人間をみすみす近付けてしまったんだろうな。

どう思う? ダッチ」

ちっ。突然話を振るんじゃねえよ。
大人しく聞いてやってりゃ急に此方に話を降ってきやがった。

「……俺がヴェトナムで戦ってた時の話だ」

唐突な問いに戸惑いながらも数瞬の間を置いて、俺は二人に向けて話し始めた。
チョイとした"昔話"を。

「あの糞ったれな戦争で一番厄介だったのは誰が敵か分かんねえって事だ。
例え一つの村を占領して、ゲリラどもを追い払ったとしてもそれで終わりじゃねえ。
村に残されんのは老人や女子供。力の弱い連中ばかりだ。
ただ、だからといって安心してりゃあ不意に襲われる事もある。
ゲリラどもが戻って来たんじゃねえ。
村に残ったガキどもに襲われる事があるんだ。
ゲリラに習ったのか、見様見真似かは知らねえが銃をぶっ放してくるやつもいた。
忘れられんぜ」

俺が言葉を切ると室内には再び沈黙に包まれる。

旦那は天井に顔を向けたまま。ゼロは既に目を閉じていた。

俺はテーブルに視線を落としたまま、自分の吐いた言葉について考えていた………







 
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