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万華鏡

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第一話 五人その十三


「琴乃ちゃんの好きなね」
「有り難う。じゃあ貰うね」
「丁度ティータイムだったからね」
 それで出してきたというのだ。
「飲んでね。あとね」
「あとって?」
「お茶菓子はいるかしら」
 お茶があれば欠かせないだ。それについても問う母だった。
「それはどうかしら」
「そういえばおやつの時間ね」
 琴乃は部屋にあるダークブラウンの鳩時計を見た。ギリシア数字で時間が書かれているそれは木製で古い趣がある。その時計の時間を見ると間も無く三時だった。
 それを見てだ。こう母に言ったのである。
「それじゃあ貰っていい?」
「いいわよ。今日は凄いわよ」
「ケーキ?」
「ケーキだけじゃないわよ」
 笑いながら母はテーブルから何かを持って来た。それはというと。
「何、これ」
「凄いでしょ」
 三段になった食器セットの上にだ。それはあった。
「上がスコーンで」
「そう。真ん中がサンドイッチでね」
「下はケーキにフルーツよね」
「どう、凄いでしょ」
「何、これ」 
 その豪華な、おやつにしてはそうであるセットを見てだ。琴乃は目をいささか丸くさせて母に問うた。
「凄いけれど」
「ティーセットよ。イギリスのね」
「イギリスの?」
「そう。イギリスじゃこれと一緒に午後の紅茶を楽しむのよ」
「こんなに豪華なの」
「そうよ。イギリス料理っていえばね」
「まずいわよね」
 すぐにだ。琴乃はこう返した。
「それもかなり」
「お母さんはイギリスには行ったことはないけれど」
「まずいわよね」
「みたいね。けれどね」
 だがそれでもだというのだ。母はここで。
「このティーセットと朝食だけは評判がいいのよ」
「そうなのね」
「そうよ。朝食とね」
「イギリスにも美味しいものがあったのね」
「みたいね。もっとも殆どのお料理は美味しくないらしいけれど」
 母もこのことは言う。
「このティーセットもね」
「美味しいの」
「もっと言えばイギリス料理はイギリス人が作ってるのよ」
 他ならぬ彼等がだというのだ。
「けれど日本人が作るとね」
「美味しくなるのね」
「このティーセットだってそうよ」
 イギリス料理の中で数少なく美味しいだ。それもだというのだ。
「お母さんが作ってるからね」
「余計に美味しいのね」
「少なくとも腕によりをかけて自信を以て作ったから」
 それでだというのだ。
「美味しいわよ。だから食べてね」
「うん。それじゃあね」
「おやつには少し量が多いけれどね」
「朝御飯位はあるわよね」
「そうよね。このまま朝に出てもね」
 何の遜色もないとだ。母も答える。
「メニューもそうだし」
「サンドイッチにスコーンにフルーツよね」
「ケーキは朝にはあまり食べないけれど」
 だがそれでもだとだ。母は言うのだった。
「それでもそうしたメニューよね」
「うん。何か多いわよね」
「けれどイギリス人は。余裕がある場合はね」
「この時間はそうなのね」
「ええ、じゃあいいわね」
「うん。二人で食べよう」
 笑顔でだ。琴乃は母に言ってそのうえでだ。
 紅茶、そのミルクティーを飲む。既に砂糖が入っておりその甘さもあった。それを楽しみながらだ。手を伸ばす。だがここでだ。
 母は笑顔で娘に言った。
「あっ、上からね」
「スコーンから食べるの」
「そうして。サンドイッチからじゃなくてね」
 上から順番にだ。食べて欲しいというのだ。
「だから上中下の三段だから」
「それでなの」
「そう。そうして食べましょう」
 母は笑顔で言いそのうえで実際にだった。スコーンから食べる。琴乃もそれに合わせる。
 琴乃の、そして皆の高校生活のはじまりは最高のスタートになった。琴乃は高校生活がそのまま順調に進むことを願った。少なくとも前を向いていこうと。母の言葉を聞いて決意したのだった。


第一話   完


                             2012・7・12 
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