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八条学園怪異譚

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第一話 湧き出てきたものその六


「私。とても」
「ううん、お料理だとね」
「違うっていうの?」
「私絶対に愛実ちゃんに勝てないから」
 自分が思っていることをそのまま話す。
「特に揚げるものは」
「揚げるのは」
「この前家庭科の授業でコロッケ作ったけれど」
 聖花はあまり上手にできたとは自分では思えなかった。だがだというのだ。
「私聞いたわ。愛実ちゃん凄い美味しいコロッケ作ったのよね」
「あんなの。だから」
 普通、できて当然だというのだ。
 愛実にとってはそうだった。愛実は自分では何もできないと思っていた。出来て当然だと自分では思っていることは目に入っていないからだ。
 そのうえで言う愛実にだ。聖花はそれでも言ったのだった。
「そんなことないから」
「まだそう言うの?」
「だって。本当のことだから」
 聖花も見ていた。彼女が見えているものを。
「だから今度トンカツ食べさせてね」
「それで何時かは」
「一緒にサンドイッチ作ろう」
「私の焼いたカツと」
「私が焼いたパンでね」  
 その二つでだ。サンドイッチを作ろうというのだ。
「そうしようね。何時かね」
「うん・・・・・・」
 仕方なくだった。話をしているうちに疲れを覚えた。
 それで愛実は聖花の言葉に頷いた。そうしたのだ。
 それからだ。愛実はこう聖花に言葉を返した。その言葉は。
「私ね。これからね」
「これから?」
「高校だけれど」
 進学のことをだ。聖花に話したのである。
「八条高校にそのまま入るつもりなの」
「あっ、そうするの」
「うん。商業科ね」
 八条学園高等部、またの名を八条高校というその学校にあるのは普通科だけではない。
 その商業科もあれば工業科、農業科に水産科もある。一通り揃っているのだ。
 そしてその商業科にだ。愛実は進みたいというのだ。
「そこに入るつもりなの」
「そうなの」
「だから聖花ちゃんとは高校じゃ離れ離れになるね」
 ここでようやくだった。愛実は聖花に顔を向けることができた。
 夕暮れの赤い陽に照らされる聖花の顔はいつもよりも奇麗に見える。しかしその顔も。
 これまでとは違い素直には見られなかった。奇麗だがそのことを認めたくない、そうした感情が愛実の心の中にできてしまっていた。
 その感情の中でだ。愛実は聖花の顔を見たのである。
 そのうえでの言葉だった。寂しくなる筈だ。
 だがそれと共に何故か清々するものも感じていた。何処か清々しかった。
 しかしその清々しさは一瞬でだ。聖花が打ち消してきたのだ。
 聖花は愛実のその言葉を聞いてこう返した。すぐに。
「あっ、私もなの」
「聖花ちゃんもって?」
「私も高校はね」
「まさかって思うけれど」
「八条高校のね」
 何処か。そこはというと。
「商業科に行くつもりなの」
「何で?」
「えっ、何でって?」
「聖花ちゃん弁護士さんになるのよね」
 心から戸惑い、動揺を覚えながらだ。愛実は聖花に問うた。
「それで何で商業科なの?普通科じゃないの?」
「いや、確かにそうだけれど」
「弁護士さんになるのよね」
「うん。大学は法学部を受けるつもりだけれど」
 だがだというのだ。
「それでもお家はパン屋さんだから」
「商業科にするの?」
「そのつもりなの。弁護士さんでもパン屋にいていいじゃない」
 聖花はくすりと笑って愛実にこう話した。
「そうでしょ?いたら駄目ってことはないよね」
「それはそうだけれど」
「だから。高校はね」
「商業科にするの」
「受けるよ、そこをね」
「じゃあ。若しかしたら」
「高校でも一緒ね」
 明るい笑顔でだ。聖花は愛実に言った。
「そうなったらいいね」
「う、うん」
 自分より背の高い聖花に言われてだ。愛実は。
 縮こまってしまった。そのうえで答えたのだ。
 今彼女はほっとしていた。聖花と高校でも一緒にいられると思って。
 だがそれと共にわずわらしさも感じていた。しかしそうした感情は表には出さなかった。 
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