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SAO--鼠と鴉と撫子と

作者:紅茶派
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23,役者は舞台へと

会場の中にいる120名の最精鋭達で口を開こうとするものは誰一人としていなかった。
いや、実際には誰かが喋っているのかもしれない。

静寂の中で俺の心音だけが、耳にうるさいくらい響いてくる。
目の前の世界は動かない。
どれくらいの時間がたった後か……キバオウだけを見ている俺には、口許がぐにゃりと大きく開かれたのを遅れて感じた。

「ワイは自分からマップデータを受け取って、それを信じて攻略したんや。いや、ワイだけやない。攻略組全員を死の危険に陥れたんヤ!!」
キバオウの叫びが研ぎ澄まされた刃のように俺の心に突き刺さる。

耳に入ってくる音。けど、頭には入ってこない。
分からない、判らない、解らない、わからない、ワカラない、ワカラナイワカラナイ。
何を言っている?

俺が、何をした?
俺が、プレイヤーを■した?

「――おめぇ、フザけんなよ。クロウがそんなことするわけねぇだぁろうが!!」
「――クロちゃんがそんな事をして、何の得があるんだヨ。言いがかりにもほどがあるゾ」

隣から、激しい息遣いが聞こえ、暗いところまで落ちかけた意識が再上昇してくる。
二人とも、恐ろしい剣幕でキバオウの事を睨み付けている。クラインは実際に飛びかからんが勢いだ。

キバオウはそんな二人の怒りの炎をものともしない。恐ろしいほど冷え切った、氷の様な憎悪がその瞳に宿った。
ゾクリ、何度目かの悪寒が俺の背筋を走った。盛り上がった炎の火種は別の問題に飛び火しかねない。

「理由なんて決まっとるやろ。ワイらとジブンらの対立を考えれば、納得ヤ。なんたって、ジブンらは――」
「ストップ。キバオウさん、事情は僕が聞く。みんな今回の攻略会議は中止だ。明日の同じ時間にここにもう一度集まってくれ」

とっさに飛び出したリンドさんがキバオウの事を引っ張るように、会場からを離れていく。

「――ワイはずっと我慢しとったんんや……許さヘン、許さヘンぞ!!」

キバオウの声は遠く、角を曲がってもなお、響いてきた。それを止めようとするかのようにドラゴンナイツが、キバオウの助太刀に行くかのように解放隊がぞろぞろと会場を去ってい
く。

当事者が半分になったことで、緊張感は徐々に薄れていく。一人、また一人とプレイヤーたちは姿を消し、残ったのは俺を含めた僅かな人数だけとなった。

「――君たち。少し、話を聞かせてもらってもいいかな?」

そんな立ちすくむ俺たちのもとに、一人の少女がやってきたのはやはり当然の流れだった。





「――じゃあ、罠の見落としってことはありえないんですか?アルゴさん」
「ありえないヨ。オイラもクロちゃんも罠解除スキルの追加Modは<罠看破>だからナ」

アスナと名乗った少女はテーブルに肘を置き、両手で顔を覆った。

ほぼ貸切の店の中、どろんと停滞した時間がキリト・俺・アスナ・アルゴの四人の間を流れていく。
クラインや、斧使いのエギルも来たがっていた。
だが、目の前の細剣使いに「お二人は情報伝達をしっかりとお願いします。噂話で変なことが回らないようにしてください」と頼まれ、しぶしぶ引き下がってくれた。

彼のギルドメンバーを引き連れ、火消しに奔走してくれている。

古びた定食屋にはお似合いの雰囲気だが、今はもう少し明るい雰囲気の空間が欲しかった。
といってもそんな都合のいい場所は、寂れているのがトレードマークのこの町にあるわけもないが。

やや、あってアスナは顔を上げた。整った美しい顔立ちには、残念なことに深い皺が入っていた。

「……ひとまず、状況を整理しましょう。クロウさんとアルゴさんは罠解除スキルを使って、罠を看破していったんですよね?」

「ああ、そうだ。追加Modのおかげで罠は看破していったんだけど……って罠解除の《罠看破》Modってわかるか?」
素直に首をふるアスナに向かって、俺は長ったらしい説明をするべく、再び口を開いた。

――《罠解除》スキルは名前の通り罠を解除するスキルだ。
罠解除のスキルを発動し、罠がありそうな場所に手で触れる。
罠解除スキルの熟練度といくつかのステータス数値の演算結果が規定値に達していれば解除ができ、達していなければ罠が発動する。
初期のスキルではこれだけしか出来ないが、追加Modをとることで出来ることは倍々に増えていく。

その一つが、罠の看破能力だ。

通常であれば、罠があるかどうかはプレイヤーの主観、つまりは色・感触・音の変化で判断するしかない。
が、このModは視線を定めて、数秒間見つめるだけで罠を看破できるという少々どころではないバランスブレイクな性能を持っていて、これにより視界に入る全てのトラップを探知可能なのだ。

とここまで説明したところでこのスキルには一つだけ、明確な矛盾点が存在する。
Modを取るためには罠を解除するしかないが、Modがないとそもそも罠すら見つけられないのだ。

罠は再湧出しない為、一度しか解除できない。
誰かが見つけて解除した罠を定期的に皆で解除なんてことが出来ない以上、罠を解除する為には未踏破地区――最前線か攻略組が手をつけていないサブダンジョンに潜るしかない。
だが、初めて入るマップの中で巧妙に隠された間違い探しなど見つけられるわけもなく、偶発的に見つけた罠つき宝箱を開けるだけでは熟練度は全く足りやしない。

MMOはプレイヤーによる経験値の奪い合いだ。
それを確保できない罠解除スキルが地雷スキルとして避けられるようになったのはそう昔の話ではない。

これがシステム上の未修整のバグなのか、それともデザイナーの悪趣味による仕様なのかはわからない。
だが、萱場明彦はベータテストから一貫して、罠解除スキルの設定を弄っていないのは歴然の事実で、罠解除スキルは攻略組ですら俺とアルゴを含めたごく数名しか運用できない状態となっている。

救済としては、18層のクエストで罠解除スキルの熟練度が僅かに上がる知恵の輪を貰える事が最近になって判明した。
が、このクエスト――恐ろしく時間がかかるくせに、肝心の報酬は一度解除すると耐久値全損となる鬼畜設計なのだ。
単体では罠スキルを育てるのには、恐ろしいほどの時間と金が必要で、俺とアルゴは泣く泣く装備品を全て買い替える位のお金をこのクエストになってしまった。

克話休題

「――まあとにかく、俺とアルゴが二人揃って罠を見逃す方が不自然なんだ。それに、キリトもあの道使ったろ?」
「ああ。罠があったことないし、罠にかかっているプレイヤーも見たことがないな。ア……フェンサーさん、解放隊は何て言ってたんだ?」

「……アスナでいいわ。解放隊は確実にマップデータの中でトラップにかかったって言ってるの」
アスナがやや声のトーンを下げながらも、右手を振ってメッセージを呼び出す。その中から先程届いたメッセージを呼び出し、淡々とした口調でそれを読み上げていった。

――本日11時25分 迷宮区からフィオーナへと帰還を開始。
――同日11時45分 クロウのマップデータに示す安全通行路への移動を完了。
――同日11時47分 団員の一人が、トラップ作動のエフェクトオンを聴いた。同じ音を数名の団員も確認。
――同刻 トラップの作動を確認。
――同日12時00分 数名の攻略組プレイヤーが解放隊を発見し、救援。このとき、このプレイヤーは確実に安全通路を歩いていたと証言
――同日12時02分 点呼により、二名の解放隊プレイヤーの死亡が確認。黒鉄宮でも死亡が確認されている。

「解放隊だけじゃなく他のプレイヤーまでルート内を証言しているわ。解放隊のケアレスミスの線はないみたいね」
アスナは左手で唇を覆い、再び顔を落とした。

通路の中のトラップは取り除いたと主張する俺とアルゴ。
通路内でトラップが作動したという解放隊。
両者の主張は完全に対立項にある。

ふと、キリトの方を見ると、じっと口をつぐんでいたキリトが顔をしかめながら、口を開いた。

「例えばこういうのはどうだ。罠の中には一定条件を満たさないと看破も出来ず、発動もしないものがある。解放隊は攻略組の中で間違いなく最大で一番重い。だから重量制限で発動したってのは?」
確か、第三層にそんなMobがいただろう、と霧の森で出現する枯れ木改め植物型Mob《トレント・サプリング》の話を始めた。
俺は三層には対して滞在しなかったが、そういえばベータ時代に戦った時には索敵スキルに反応しない特殊な能力を持っていた……気がする。

俺は試しに、ステルス能力を秘めた罠を想像してみた。
普通のトラップとは違い、地面の奥深くにヒッソリと設置された漆黒の匣。
普段は眠ったようにその機能を停止しているが、大勢の足並みが一つに重なり大地を揺らした時、ようやく罠に起動のサインがもたらされる。
ゆったりと起動する罠は地表に向けて不気味な振動を繰り返し、やがてプレイヤー達の足元にぽっかりとした孔が穴が開き……

と、ここまで想像したところで俺は先日の出来事を思い出した。
口を開こうとした所で俺よりも早くアルゴが口を開く。

「いや、たぶんないナ。あの道、迷宮区前のフィールドボス攻略パーティが使ったヨ。あの時も万全を期して1レイドで挑んだはずダ」
「それなら私も記憶があります。攻撃力の高いボスだったから重装備のタンクが多い構成だったわ。君の言うように制限があったとしたら、あのときに発動したわよね」

二人の主張はそのまま俺の思ったものと同じだった。もしもあの時ですら発動しない制限をかけているとしたら、それは余りにもピーキー過ぎだ。
デザイナー達とて発動しない確率の方が高いトラップに容量を裂くくらいなら、もう少し別の仕掛けを作り出すだろう。

「じゃあ、あれだ。一定時間で再湧出する新種のトラップがあったってのは?」

「……解放隊がいる場所のトラップの発見の記録はありますか?」
俺は自身のマップログを何枚かオブジェクト化して、目の前に転がした。どれをみても、今回の事件があった付近ではトラップを解除したというバツ印は見つからない。

「じゃあ、移動型のトラップで、位置情報が時々刻々と……」

「もう、まじめに考えてよ」
「ねぇだろ、さすがに」
「検証不可能だナ、そんなノ」

と三人それぞれにキリトの仮定を打ち消した。だけど、もうそれだけぶっ飛んだ意見がない限りこの状況を説明できない。

どうしたものかと四人で顔を見合わせたところで、不意に後ろの方から人の歩く気配がした。
振り返ってみると、全身を赤でコーディネートしたプレイヤーがNPCに勘定をして、今まさに出て行こうとしていた。
他のプレイヤーがこの場所にいたんだなぁと、当たり前の感想を察したのかプレイヤーはこちらの方をゆっくりと振り返った。

外見にはまるで威圧的な所はない。この世界では年長組、それでも二十代半くらいの削いだように尖った顔立ち。
束ねた鉄灰色の前髪が振り返った勢いで僅かになびく。
次の瞬間、俺はその瞳に釘付けになった。真鍮色の瞳からは全てを圧倒する強烈な輝きが宿り、視線をそらすことを許さない。

それはもはや畏怖という言葉が近いだろうか。
圏内だとか装備は並みの物とか、そういった論理だった理由は一切まとめて無視できるほど、この男の瞳には絶対的な何かが宿っていた。

ただならぬ俺の様子に、キリトやアスナから誰何の声が上がる。
が、それも一瞬のこと、肌で感じる感覚で俺の視線の先にあるのがタダ者ではないと直感したようだ。

「ふむ、そんなに睨まないでもらえるかな。大事な話し合いの最中なのだろう?」
想像よりもずっと穏やかな声を出して、目の前の男は俺達に向き直った。

「聞いていたのか?」
「なかなか興味深い話だったよ。だが、真実まではあと一歩といったところかな」
「!!」
優先を期待するよ。そう言い残して、ローブ姿の男がショップの外へと消えていく。

「私、話聞いてくるわ。あの人、ひょっとして何かに気づいているのかもしれない」
アスナが勢い良く椅子から立ち上がり、店の外へと走っていく。
「おい、アスナ」

思わず腰を上げ、アスナを追いかけていく。
店のドアを開けあたりを見回すが、アスナもその前の男も姿は見つけられなかった。
路地裏の方に回ったのかもしれない。
すぐ横の裏路地に入り込もうとしたところで、後頭部に張り付くような視線を感じた。
気になって後ろを振り返る。通りを挟んだ7軒ほど先に米粒ほどの人影が見えた。

誰だ、明らかな殺気を出すあれは先に飛び出したアスナでも、ましてや追いかけた紅の騎士でもない気はする。
視線をフォーカスし、朧気な顔を鮮明にしようとした。
カメラの光学ズームのように俺の視点が拡大され、その素顔が暴けようかというまさにその瞬間。俺の目の前をオンボロの馬車を連れたNPCが遮った。

「ぁ」

NPCが通り過ぎた時、向かいの人影は完全に姿を消していた。
気のせいだったのかもしれない。しかし、俺は未だにその方向から視線を外す事が出来なかった。

まだディテールのはっきりしない人影がなんとなくキバオウに見えたのは、気のせいだろう。
そして、その後ろで重なるようにもう一人、プレイヤーが見えたのは……気のせいに違いないのだ。
 
 

 
後書き
THE説明文

罠スキルの設定は我流ですが、途中で出てくる三層の話は「黒白のコンチェルト」から引っ張ってみました。ネタバレほど厳しいラインは攻めていないはず。未読の人がいたら申し訳ない。

やっとこさ、出ましたね、アスナ。
この頃って攻略の鬼だよなあと思いつつ、デレたアスナさんに口調が調整されるのが悔しい。
 
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