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SAO─戦士達の物語

作者:鳩麦
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ALO編
  六十八話 事態急転

「さて……んじゃまぁ、行きますか」
 そう言いながら、石橋の上に座り込んだリョウは立ちあがった。あの戦闘から、20分近くが経過しようとしていた。

────

 あの戦闘内で、リョウとキリトはサラマンダー達を全滅……はさせなかった。と言うのも、最後の一人を巨大悪魔の姿となったキリトが握りつぶそうとした直前に、リーファがそいつから情報を聞き出すことを思いつき、彼らを止めたのだ。

 たった一人生き残ったサラマンダーは初めは渋っていたものの、キリトとリョウが先程の戦闘で入手したアイテムと金《ユルド》を全て渡すと言うと、いとも簡単に買収されてくれた。リーファとユイが薄情な物を見るような眼で冷たい目線を送っていたのも構わず話してくれた彼に曰く、どうやら彼は下っ端兵で、リョウ達を狙って討伐するに当たり、呼び出されただけらしい。
リョウ達がたった三人だったにも関わらず十二人と言う過剰な戦力が投入されたのは、どうやらリョウとキリトが昨夜のサラマンダー(サラマンダーランス隊の隊長で、カゲムネと言うらしい)に対し、凄まじい攻撃力を見せつけた事によってその情報がサラマンダー側に渡っていた事と、何やらどうしてもリョウ達を排除したい理由が先程の部隊長であるジータクス……と言うより、サラマンダー上層部に有ったためだと言うのだ。曰く、“作戦”に支障をきたす……と

『作戦……ねぇ……』
 キリトが赤くなった頬(先程とある悪乗りをしてリーファにひっぱたかれた)を押さえて涙目になっているのを見ながら、リョウは考える。
何でも、サラマンダーの上層部が何か大きなことをするために動いているらしい。下っ端の彼に曰く、今日彼がINした時に、かなりの大人数が北に飛んで行くのを見た。と言うのだ。
サラマンダー領首都、《ガタン》から北に進むと地理的に、現在リョウ達が目指す央都アルン、そして世界樹がある《アルン高原》と各領地を隔てる環状山脈にぶつかる。そこから少し東に少し進むとアルン高原へと抜ける道の一つである渓谷。《龍の谷》が有る。ちなみに、西はこの《ルグルー回廊》だ。現在リョウ達がその軍勢とやらと出くわしていないところを見るに、おそらくサラマンダー部隊は龍の谷へと向かったのだろう。それに気づいたらしいリーファは、それに関して「世界樹攻略」を行うのかとその下っ端に聞いていたが、返ってきた答えはNOだった。
 一度、サラマンダーは大部隊を率いて攻略に向かっているものの全滅させられ、それによって相当な額の被害を受けたらしい。現在は、最低でも全軍に対して古代武具級《エンシェントウェポン》がそろうまでは進軍しないとしているとの事だ。まぁそうなると用意すべきは並大抵の額ではなく、納税ノルマは厳しいうえにまだ目標額の半分にも達していないという事だが。

『なーんか引っ掛かるんだよな……』
 しかし世界樹攻略で無いのなら、サラマンダーの大部隊と言うのは一体何が狙いなのだろう。と言うか……サラマンダー達の作戦とリョウ達たった三人に、一体全体何の関係が有ると言うのだろう?

 不可解な点は二つだ。
一つは、サラマンダー達が何故リョウ達を付けてこれたのか。
ほぼ間違いなく、やま勘では無い。シルフ領からアルン高原に行くには二つ道が有る。片方はルグルー回廊。もう片方はシルフ領の北。ケットシー領の方にある、蝶の谷だ。
 原則として、シルフはケットシーとは仲が良い。ケットシーが自らの得意とする《テイミング》のスキルでテイムしたモンスターを交易としてシルフに譲渡する事が多いことなどがその理由であり、情報サイトによれば、近々同盟が結ばれる可能性すらあるという話だ。つまり、ケットシー領側にある《蝶の谷》を通るのは、サラマンダー側の通路である《ルグルー回廊》に比べ比較的安全なのだった。よって、そもそもやま勘なら彼等は《蝶の谷》に行ったはずだ。そしてそれよりなにより、もしそうなら洞窟内で付いて来ていたトレーシング・サーチャーに説明がつかない。

 《スイルベーン》を出た後は、ユイがずっと周囲をレーダーサーチしていたのだ。こちらにトレーサーを付けるタイミングが有ろうはずがない。だとするならば、あれはスイルベーンを出る前からリョウ達を付けて来ていた事になる。付いて来ていたのはトレーシング・サーチャー。かなりの上位魔法であったはずだから、おそらくかけたのはサラマンダーだろうが、しかしあそこはシルフ領だ。スパイだろうが観光客だろうが敵対関係にあるサラマンダーが領地内を不用心にうろうろしていれば、巡回するガーディアンに見つかった瞬間即座に殲滅される。確かにそれをかいくぐる手段も有るには有るが、難易度が笑えないほど高いはずだ。

 鉱山都市ルグルーへの城門をくぐる直前で、リョウは煙草を口に咥え、先端を指先で二度叩く。薄緑色の煙が上がり、口の中が冷たいはっかの香りで満たされる。

 もう一つは、狙われたのがリョウ達である理由だ。
そもそも先程にも疑問だったが、サラマンダーの作戦に、一体リョウ達がどんな関係が有ると言うのか。確かに初日からいきなりサラマンダー二人を惨殺したが、だからと言ってサラマンダー上層部に目を付けられるほど悪目立ちした覚えはない。

『なんか……見落としてんだよな……』
「……にき……おい兄貴!」
「あ?あぁ」
 考えこんでいたせいでないがしろになっていた外部への意識を、キリトの一言が浮上させた。そうしてそこ周囲に目を向ける……と……

「へぇ……」
「凄いよな……」
 何時の間にやらルグルーに入ったリョウの前には、城壁から続く広い目抜き通りと、その省側に高い岸壁がそびえ、武器、防具屋を中心に酒屋、万屋、彫金(アクセサリー)屋等が重なるようにして密集している。差し詰め、積層都市と言ったところだろう。本来暗いであろう街の中はそれぞれの店から出ている明かりと街頭によって淡いオレンジ色に光り、リョウはなんとなくどこかのアーケード街の雰囲気を思い出す。
 NPC演奏団の奏でる陽気な音楽の中に、カーン!コーン!カーン!コーン!と言う鍛冶屋の槌の音が響き、それが妙にマッチしていた。
リーファは新しく来る場所に興味深々らしく、さっそく手近な武器屋の店先をさっそく覗き込こみ、買い物としゃれこんでいる。

 そんなリーファの姿を微笑みながら見つめていたキリトが、何かに気付いたように不意にこんな事を言った。

「そう言えばさぁ……」
「ん?」
「サラマンダーズに襲われる前に、なんかメッセージ来てたみたいだったけど、あれ、何だったの?」
「あぁ、そういや届いてたな。確認できたのか?」
「あ……」
 武器屋の棚に向かい合っていたリーファの顔を覗き込むと、その顔は口をあんぐりと開けていた。女性としてその顔はいかがな物か。というか……

『忘れてたな。こいつ』
『忘れてたんだな……』
 キリトとリョウの思考が完全にリンクしたのと同時に、リーファが「忘れてた」と言った。
あわてたようにメニューウィンドウを操作するリーファから、リョウとキリトもそのメッセージを見せてもらう。
メッセージは、短文だった。

[やっぱり思ったとおりだった!気を付けて、s]

「なんじゃこりゃ」
「確かに良く分からないな……」
「でしょ?」
 言ってからリーファは再びをウィンドウを操作して返信を打とうとする。しかし、フレンドリストに唯一表示されたレコンの名前は、オフラインを示すグレーになっていた。と言うか……

「おまえフレンド一人かよ」
「う、うるさいわね!別にリョウに関係ないじゃない!」
「あははは……」
「キリト君~?なんで苦笑いするの~?」
 片眉をぴくぴくとさせてにじり寄るリーファに、キリトはひきつった笑いを浮かべながら、「と、とりあえず、リアルで確認してきたらどうだ!?」とかなんとかのたまっている。顔が必死だ。

 リーファは一度「フンッ!」と鼻を鳴らして顔を少し朱くなった顔を反らしたが、結局キリトの意見に従う事にしたらしく……

「じゃあちょっと落ちて確認だけしてくるから、キリト君とリョウは待ってて。あたしの体よろしくね。あ、そうだ。ユイちゃん」
「はい?」
 唐突に、先の戦闘から肩に乗ったままだったユイにリーファは笑いかける。

「パパと“叔父さん”があたしに変な事しないように見張っててね?」
「りょーかいです!」
「ちょ、あのなぁ!」
「オイ待て、今なんで叔父さんのとこ強調したお前」
 男二人の訴えには答える様子も無く、リーファはうふふ。と笑いながら近くのベンチに座り、ログアウトした。ちなみに此処は中立都市であるため、肉体はしばらく残る。リーファの先程の発言は、そう言う事だ。

「く、くそぉ……」
「んにゃろう……」
 それぞれ渋い顔をしつつ、キリトとリョウはベンチに座り込む。と……

「腹減ったな……」
 リョウが呟いた。先程の戦闘のせいかキリトもリョウも小腹がすいている。キリトは苦笑して言った。

「俺、そこの屋台で買い物してくるよ」
「あぁ。頼むわ」
 そう言って、キリトは正面の何かを焼いている屋台に向かって走っていく。ちなみにユイはと言うと、眼を閉じたリーファの膝の上で何やら鼻歌を歌いながらメニューを操作していた。
一人手持無沙汰になったリョウは、口にくわえた煙草をつまんで口から離すと、含んだ煙を吐き出す。

『……ん?』
 同時に少し先程の考え御続きを考えようとしたリョウは唐突に、先程のレコンのメッセージを思い出した。

[やっぱり思ったとおりだった!気を付けて、s]

 同時に、出発の直前、メッセージの送り主と、シグルトが言っていた言葉を思い出す。

『ちょっと気になる事が有るから、それを調べきってからにするよ』
『まだ確証はないんだけどね……とりあえず、僕はまだあのパーティに残るよ』

 あのパーティ。すなわち、シグルトのパーティの事だろう。あのパーティ内で、レコンは何かを調査していた。シグルト……それを考えたときに、リョウの頭の中で何かが、カチリとはまりこんだ音がした

『シルフ領に、スパイが入りこむ方法……!』
 もしかすると、あの文章の末端にあるSと言うのは、「シグルトが~~」「シグルトは~~」と続けようとしたのではあるまいか。と言うのも、ガーディアンに狙われる多少となっている種族がそれを切り抜ける方法の一つに、《パス・メダリオン》と言うのが有る。
 これは本来、厳しい審査などをパスした信用のおける行商人等に発行され、装備する事で、その装備者だけをガーディアンの攻撃対象から外すアイテムだ。これはシステム上、種族の上層……すなわち執政部のごくごく限られた人間にしか発行できない代物なのだが、リーファはシグルトは政治的にも実力のある人間だと言っていた。もし、シグルトがそれを発行できるとすれば、辻褄は合う。

 無論これらは仮説でしかない。メッセージの内容がシグルトだと言う確信はないし、彼がパス・メダリオン発行できるかは不明だ。何よりそれをする事によって、シグルトにどんなメリットが有るのかが分からない。サラマンダーが言っていた、リョウ達によって支障をきたす「作戦」と言うのも不明だ。しかし……リョウは引っ掛かった。

『いずれ“必ず”後悔するぞ』

 あの時のシグルトの瞳に見えた、須郷と同じ──確信の光が、リョウの疑念を倍加させていた。

────

 これ以上考えても手掛かりが足りないため、戻ってきたキリトと何やらトカゲっぽい爬虫類の串焼きを食べていたリョウ達の横で、突然リーファの体が目を開き、スバッ!と立ちあがった。

「おおっ!?」
「うわっ!びっくりした!?」
 それまでおとなしくしていた彼女の行き成りの動きに、リョウとキリトが同時に目をむく。キリトは危うく串焼きを落としそうになったが、なんとか耐えたようだ。

「おう、お疲れさん」
「お帰り、リーファ」
「お帰りなさい!」
 口々に言ったキリト達の笑顔とは裏腹に、リーファの顔はかなり険しいものだった。返す暇もないと言った風に言う。

「キリト君、リョウ──ごめんなさい」
「あン?」
「え、えぇ?」
 突然の謝罪に驚くリョウとキリトに、リーファは続ける。

「あたし、急いで行かなきゃいけない用事が出来ちゃって……説明してる時間もなさそうなの。多分、此処にも戻ってこられないわ……」
「ふむ……いきなりだな……」
「…………」
 リョウは顎に手を当てながら呟き、キリトはじっとリーファの瞳を見つめる。その一瞬で何を察したのか、キリトはコクリと頷いた。

「分かった。じゃ、移動しながら話を聞こう」
「え……?」
「どっちにしろ、此処からは足を使ってでないといけないんだろ?良いか?兄貴」
「ま、しゃーねぇわな。案内役に居なくなられると困るし」
「……わかった。じゃ、走りながら話すね」
 そう言って三人はルグルーを一気に駆けだす。幸い、リョウは完全にこの体には慣れていたため、久しく……と言うか、始めてキリトの全力疾走について行っている。

『追いつけなくて先に行かせてた頃もあったからなぁ……』 
 そんな事を思い苦笑していると、リーファの説明が始まる。と言っても、大方はリョウの予想にも沿った事だった。
シグルトがサラマンダー側に寝返っており、パス・メダリオンをサラマンダーに発行して彼らを領地内に入れていた事。リーファ達にトレーサーを付けていたのは、そのサラマンダーの仕業だと思われる事。そして……

「領主会談を襲撃だぁ!?」
「うん……だから何が何でも止めないと……!」
 そう、シグルトは、極秘に行われると言うシルフとケットシーの同盟調印式を、サラマンダー側に襲撃させようと言うのである。ちなみに領主をキルすると、その種族には無条件にキルした対象種族の領主館に蓄積される資金の内三割を無条件で入手できるうえに、十日間その種族に対し自由に税金をかける事が出来る。サラマンダーが現在最大勢力を誇る種族であるのは、以前一度シルフの領主を嵌め、この利益を取ったところが大きいらしい。
 また今回の場合ケットシーとシルフの同盟を邪魔する事も出来る。無論、シルフ側の情報によって領主がキルされたとなればケットシー側も黙ってはいないだろうから、今後のシルフとケットシーの外交状況は悪くなるだろう。最悪戦争になる事も有りうる。そうなるとシルフは左右両方と敵対関係になるため、完全に孤立するわけだ。逆に同盟を許せば、シルフ+ケットシーとなり、サラマンダーとのパワーバランスが逆転する。要はサラマンダーは、何が何でもこの同盟を回避したいわけである。
そしてリーファの用事というのは勿論、自身の種族であるシルフの領主にこの事を警告しに行くためであった。会談開始時刻である一時までは後三十八分。正直ギリギリだ。

 さてそんな話を街を抜け、回廊の中を走りながら聞いたキリトとリョウの反応はと言うと……

「そうなのか……」
「そーなのかー……」
「……おい兄貴?」
「すまん、ふざけた」
「リョウ…………」
 ちょっとふざけたりしていた。
まぁそうはいっても一応真面目に話は聞いていたのだが……

「でもまぁ……事情は分かったよ」
「うん……ねぇ、キリト君」
「ん?」
「あのね……これは、シルフ族の問題だから、君達が付きあってくれる必要は……無いんだよ?此処を抜ければアルンまではもうすぐだし、多分会談場まで行ったら生きて帰れない。そうなったら、またスイルベーンからやり直しだから、何時間も無駄になるだろうし──ううん。もっと言うなら……」
 更にリーファは続ける。二人の後ろを走るリョウには、隣を走るキリトをうかがうその顔が、悲しげに歪むのがよく分かった。

「君の目的……世界樹の上に行きたいって言う事の為なら、きっとサラマンダーについて行くのが正解だと思う。もしサラマンダーの作戦が成功したら、十分以上の資金を得て世界樹攻略に挑むと思うし、スプリガンなら、きっと傭兵として雇ってもらえる。そのためにもし君が私を此処で斬ったとしても、文句は言わない」
「…………」
 キリトは、しばらくの間黙っていた。やがて、ポツリポツリと言葉をこぼす。

「所詮ゲームなんだから何でも有りだ。殺したければ殺すし、奪いたければ奪う……そう言う奴には、嫌になるほど出くわしたよ。きっとそれは有る意味正しいし、俺も昔はそうだった。でも、そうじゃないんだ──仮想世界《こんなせかい》だからこそ、どんなに愚かに見えても、馬鹿みたいでも、守らなきゃいけないものが……そう言うものが、ちゃんとあるんだ。俺はそれを──大事な人に、教わった」
 そこでいったん言葉を切ったキリトは、今度はどこかなつかしむように微笑み、続ける。

「VRMMOって言うこのゲームではどうしても矛盾して聞こえるけど、プレイヤーと本当の意味で分離したロールプレイなんて、俺はあり得ないと思うんだ。それが正しいと思えようが間違ってると思えようが、その人が体験した事は間違いなくそこで起こった真実だ。だから、その反動も代償も、受けるのはプレイヤー自身。自分のする事は自分で決める。自分で責任を持つ。誰かに、自分が選択する責任を肩代わりさせるような事をしちゃいけない。だから俺は、俺の思いに従うよ──俺、リーファの事好きだよ。友達になりたいと思うし、そうありたいと思う。たとえどんな理由が有ったとしても、俺は自分の為にそういう人を斬る事はしたくないし、絶対にしない」
「キリト君……」
 キリトの言葉はどこか少し説教臭かったが、同時に絶対に曲がる事が無いであろう真摯さも含まれていた。少し後ろでリョウが苦笑する気配を感じながら、リーファは立ち止まる。ほんの少し遅れて、キリトも立ち止まった。リョウは二人の後ろ側に離れて止まる。

「……ありがとう」
 どこか哀愁を含んだ声で言ったリーファに、キリトも照れたように笑い返す。すると後ろのリョウが、呆れたように大きくため息をついた。

「やれやれ……一人忘れてるぞ~御二人さん」
「あ……」
「あはは……悪い悪い」
 腕を組んでまた溜息をつくリョウに、キリトは頬を掻きながら苦笑する。が、対しリーファは少し不安げに瞳を揺らすだけだ。彼女も気づいているだろうが、リョウはキリトと比べ幾らか合理的な思考を働かせるタイプであるため、少し警戒したのだろう。が……

「で、兄貴はどうする?」
「そうさな……此処でリーファをぶった切って行くってのも悪役チックで悪くねぇが……この洞窟ん中で俺の得物じゃそこの剣士どのとはやりあえねぇし、それに……俺は女は極力斬りたくねぇ主義なんでな。ま、やめとくわ」
 あっけらかんと、リョウはそう言い切った。リーファは少しほっとしたように息をつき、キリトはと言うと「何格好付けてんだよ」と自分の事を棚に上げて苦笑している。

「格好つけんのは男の性って奴だ少年。ってわけで、行こうぜ?その会談場所とやらによ」「え……?」
 まさかそこまで首を突っ込んでくるつもりだと思っていなかったのか、リーファは呆けたように首をかしげる。しかしキリトの方は……はじめからそのつもりだったらしく、頷いてから額に手を当てる。

「そうだな……ってそうすると時間無駄にしちゃったな……ユイ、走るからナビよろしく。兄貴、いけるか?」
「りょーかいです!」
「マックスピードってか?まだやってねぇからちいときついかもだが……ま、なんとか付いて行くとしますかね」
「悪い、頼む。リーファさんちょいとお手を拝借……」
「え、うん?え?」
 いまだに状況を理解できていない様子のリーファだったが、それに構わずキリトは自身の左手をリーファの右手に伸ばし、掴む。

「Ready……」
「えっ!?あの──」
「Goッ!!」
 「用意……」の時点で曲げていた足で、キリトとリョウが一気に地面を蹴った……瞬間、バビュン!と、ズバァン!と言う空気が爆発する音が、同時にリーファの耳にとどろいた。
それまでのペースとは比較にならない……具体的には通勤列車とリニアトレイン(リーファ比)くらいのスピード差は有ろうスピードで駆けだしたリョウとキリトが、凄まじい勢いで洞窟内を駆け抜けていく。余りのスピードに、洞窟の岸壁が流れるように後ろへ向かって流れて行く。だがキリトと、同じ速さで走っているリョウだけがリーファの眼にははっきりとまともに見えるせいで、二人だけが何かの方法で加速しているような、奇妙な感覚さえリーファは覚えた。

「わああああ!!?」
 途中オークの群れに見つかろうが、急カーブだろうが関係なし。あちらの攻撃が追いつかないようなスピードで細かい隙間を駆け抜け、あるいは壁を走っていく。

「わぁーーーーーっ」
 オーク達の群れには何度か出くわしたが、キリトもリョウもまるで問題にしない。次々に切り抜け、駆け抜ける。彼らがキリト達を追いかけようとしたときには、既にキリト達は次の通路を駆け抜けているのだ。
そうして二分程度(リーファ体感)が過ぎたころ、前方に白い光が見え始めた。

「おっ?出口かな?」
「みてぇだな。このまま?」
「もっち!」
「え、ちょっと、どういう!?ひゃあああ!!?」
 しかし出口を確認しつつも、キリトとリョウは速度を落とさない。そうして視界には光が弾けた瞬間、足元からは地面が消えていた。

「ひええええっ!?」
 リーファは一瞬何が起こったのか分からなかったらしく、両眼つぶりながら足をバタバタさせている。しかしやがてやっと自分がどこに居るのか気づいたらしく、あわてて翅を広げ、滑空を開始した。そう、リョウとキリト、そしてリーファはどこぞの「行きまーす!」宜しくカタパルト式に洞窟から飛び出し、空の真ん中に居たのだ。ちなみに、後ろのルグルー回廊出口はと言うと、追いかけてきたオーク達でびっしりと埋め尽くされている。

「寿命が縮んだわよ!」
 そんな声が聞こえてリョウが振り向くと、楽しそうに背面飛行をしているキリトにリーファが顔を真っ赤にしながら、文句を言っているところだった。

「わはは!時間短縮になったじゃないか」
「だな。普通に行くより遥かに速い速い」
 確かに、普通に行くよりは遥かに速かっただろう。所謂また二秒、世界を──やめておく。

 そうして、リョウ達は周囲を見渡し始める。一面の草原の中に、蛇行するように流れる川と湖が有る。そしてその先に……

「あっ……」
 小さなリーファの声は、果たして敬意から来たものか、あるいは畏怖か。そこに有ったのは、巨大な樹だ。
雲海の向こう、直線で二十キロは離れていよう場所に有る筈なのにもかかわらず、それはすでに圧倒的な存在感を持って、リョウ達の眼前の空にそびえたっていた。

「あれが……世界樹か」
 その名を《世界樹》。この世界の象徴であり、キリト達の、目指すべき場所。

「っと、お二人さん。ほおけてる場合じゃねぇぞ。会談場所ってなぁ何処だ?」
「あっ、そうね。えっと場所は、《蝶の谷》の内陸側の出口で行われるらしいから……あっちね」
 そう言って、リーファは北西の方角を指差した。

「了解、残り時間は?」
「二十分」
「ギリギリだな……サラマンダーはあっちからこっちに動くわけだから……」
 リョウが確認するように南東から北西へと指を動かす。

「俺達より先行してんのか……ってとこだな」
「とにかく、急ごう。ユイ、サーチ圏内に大人数の反応が有ったら教えてくれ」
「はいっ!」
 真剣な顔でうなづく小妖精を確認、アイコンタクトで頷きあうと、三人は翅を鳴らして加速に入った・

────

「にしても、この高原、モンスターいねぇよな」
 雲海を斬り裂き飛行する三人の中で、後ろに着いていたリョウが言う。直ぐに、リーファが答えた。

「この《アルン高原》に、フィールド型Mobは出ないのよ。会談をこっちでやるのも、多分そのせいね」
「成程、大事な話し合いしてるときに、モンスターが湧いちゃ興ざめだもんな」
 そう返したのはキリトだ。
ちなみに、もっとも邪魔されないな各領地で行わないのは、当然ながら、それが罠である可能性を危惧しての事だ。誘い込まれて「領主が切られました」では笑い話にもならない。
閑話休題
キリトはそう言った後に、一度二ヤッと笑う。

「でもこの場合は有りがたくないな」
「え?なんでよ」
 訪ねたリーファに答えたのは、リョウだ。

「そりゃさっきみてぇに、隊群のMobトレインして部隊にぶつけるってのが出来ねぇからだよ。俺の《モンスコルソング》も、そうなっちゃ役たたねぇ。平原で前周囲からとか、面白そうなのによぉ……」
「良くそんなこと考えるわねぇ二人とも……て言うか、キリト君のはともかくリョウのはこっちも危ないじゃない」
「あぁ、そりゃそうだな」
「そうよ。ま、あっちはさっき以上の大戦力らしいから警告が間に合ってケットシー領に逃げ込めるか、もしくはみんな揃って討ち死にするかのどっちかだと思うよ」
「…………」
 その時だった。

「あっ!プレイヤー反応です!」
「どっちだ!ユイ!」
「前方に大集団──数、六十六。これがサラマンダーの強襲部隊だと思われます。その向こうに十四人。シルフ及びケットシーの会談出席者と予想されます。接触まで後五十秒です!」
 それと同時に雲海が解け、視界がクリアになる。緑色の巨大な平原の中に二つの人の塊が見える。片方は、五人一組の楔形フォーメーションを組んでの十三編隊。先頭の一人を追って飛ぶそれはまるで戦闘機の大部隊のようだ。
そしてその先に、白い長テーブルをはさんだ七人、七人の者たちが会談をしている。どうやら話し合いに夢中らしく、迫りくる脅威にまだ気づいていない。

「──間に合わなかったね」
 この時点で、リーファは覚悟を決めていた。今からでは警告は間違いなく間に合わない。しかしそれならそれで、討ち死にを覚悟でも領主を逃がす努力をしなければならない。

「ありがとう。キリト君、リョウ。此処まででいいから、二人は世界樹に行って?ほんと、短い間だったけど……楽しかった」
 キリトの右手を握ってそう言ったリーファは、決死の会談場へと特攻すべく翅を折りたたもうとして……しかし右手を離さなかったキリトに止められた。リーファがあわてたように振り向くと、そこには二ヤッと。あるいはニヤリと不敵に笑う、いつもの二人の姿が有る

「此処で逃げ出すのは、性分じゃないんだよな」
「そう言うこった。綺麗に挨拶してもらった上に一通でわりいが、ちいとばかし賭けてもらうぜ?」
「えっ?」
「行くぜ兄貴!」
「おう!」
 言うが早いが、キリトとリョウは一斉に翅をたたみ、バンッ!と言う音と共に大地へと急降下した。後ろからリーファの文句が聞こえてくるが、とりあえず無視。
殆ど落ちるような降下を行いつつ、二人は短く相談する。

「で?上手いでっち上げ考えてあるんだろうな?キリト」
「ま、やるだけやってみるさ。合わせてくれよ?」
「任せろ、翠叔母さんとスグ誤魔化すよりかは簡単だろ」
「そりゃそうだ!」
 目指す先の台地では既に、反包囲された領主たちが直前で気付いての抜刀していたが、焼け石に水なのは明らかだった。そうして、サラマンダーの一人が右手を高く掲げ、振り下ろそうとした……直前。

──ズガアアァァンッッ!!!──

 凄まじい音とともに、黒と朱の隕石が、二つの勢力の丁度中間に着弾した。その余りにも突然な衝撃に、二つの勢力は凍りついたように固まる。
巻きあがった土煙の中から、二つの人影がむくりと立ち上がる。

「(兄貴)」
「(あいよ)」
 小さな声で言ったキリトに、リョウが答え、スゥッ……と思い切り息を吸い込む。キリトが目立たないように耳を塞ぐ。

「双方……剣を引けェェェッ!!!!!」

 轟ッ!!と、
その場全てを一瞬で威圧する化け物じみた大声が、《アルン高原》に響いた。

 
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