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SAO─戦士達の物語

作者:鳩麦
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ALO編
  六十九話 K/S同盟会合の乱

 放たれたリョウの余りにも巨大な声に、相手が突然の乱入者であるにもかかわらず周囲の者たちはことごとく声の持つ見えない力に圧され、数歩、あるいは数センチ下がる。

 降りてきたリーファもいきなりの声に首を一瞬首をすくめたが、直ぐにシルフの領主であろう長身の女性の元へと降りて行く。
と、リョウはダークグリーンの長髪のその女性が身にまとっているのが、緑色の和風長衣だと言うのに気が付いた。

『あー、また浴衣着てぇなぁ……』
 今でこそオレンジ色のジャケットだが、以前来ていた翠灰の浴衣の事を思い出し、リョウは溜息をつく。彼なりに、あれはあれで動きやすかったし、着心地もよかったのだ。まぁ、ほかにも理由は有るのだが……

「指揮官に話が有る!」
 そんな事を思ってると、今度は後ろのキリトが大きな声を上げた。あくまでもこちらは乱入者なのだが、突然の事でいまだに整理が付いていないのか何なのか、サラマンダー達の中央が開き、そこから大柄な戦士が進み出て来る。
 赤銅色の、おそらくはレアものだろうアーマーに身を包み、ツンツンとした赤毛の大男はキリトとリョウの前に重厚感のある音とともに着地すると、高い位置から睥睨するように二人を眺めた。一歩引いた位置に控えたリョウではなく、キリトが話の中心だと気が付いたのだろう。直ぐにその視線はキリト一人を射抜く。他のとは違う、なかなかの威圧感が有った。

「スプリガンがこんな所に何の用だ。いずれにせよ殺すが……その度胸に免じて話だけは聞いてやる」
 当たり前だが、そんな言葉にひるむキリトでは無い。即座に彼は大声を張って返す。

「俺の名はキリト。スプリガン・ウンディーネ同盟の大使だ。この場を襲うと言う事は、我々四種族との全面的な対立を望むと解釈していいんだな?」
「ウンディーネとスプリガンが同盟だと……?」
 サラマンダー領は、ALO内に置いて地図上もっとも南に位置する。その北東にはインプ領。北西にはシルフ領が有るのだが、ウンディーネ領とスプリガン領は、インプ領の更に北に位置する。一応隣り合っているので、同盟していてもまぁ違和感はないし、特にあの二つの種族が敵対していると言う話は聞かないが……

『まぁ、突拍子もねぇわな』
 そう思い、リョウは内心で苦笑した。絶対にあり得ないというわけでは無いとはいえ、全く大それたハッタリだ。サラマンダー達は驚きすぎて軽く引いているし、シルフとケットシー側の面々に至っては、愕然としたようにぽかんと口をあけている。

「護衛もいない貴様が大使だと言うのか」
「護衛は俺だ」
 訝しむような目線で訪ねた相手に、今度は後ろに控えていたリョウが答えた。
リョウとしても驚きはしたがしかし、キリトのでっち上げに付き合うのは慣れっこだ。

「貴様は……サラマンダー、では無いな。プーカか。そのデカイ得物以外大した装備もなさそうだが……?随分な護衛だな……?」
「リョウコウだ。フリーで傭兵やってる。まぁこんな格好《ナリ》でも、腕にはそれなりに自身が有るんでね。ちなみに此奴とはあんたの兄貴よろしく兄弟だ。種族はちげぇが、傭兵業の売り込みに一役買ってもらってる」
「ほう……?」
 男は腕に覚えが有ると言ったリョウを興味深げに眺めていたが、やがてキリトに視線を戻す。再び正面から向き合ったキリトが口を開く。

「この場には、シルフ・ケットシーとの貿易交渉に来た。が、会談を襲われたとなれば我々も黙っているつもりはない。四種族合同で、サラマンダーとの全面対決の姿勢を取る事になるだろう」
「…………」
 そうしてしばしの間、両者の間を沈黙が包んだ。しかしやがて、深紅の大男はゆっくりと口を開く。

「護衛が居るとはいえ、碌な装備も持っていないうえに突然乱入してきた貴様を、にわかに大使だと信じるわけにはいかんな」
 そうして少し間を置き……。

「この場で、貴様ら二人の実力をそれぞれ証明しろ。それによって、判断してやる」
「へぇ……」
「良いだろう。で、どうする……?」
「スプリガンの方は俺とデュエルだ。プーカの方は……腕に自信が有ると言ったな?」
「あぁ。まぁな」
「ならば一対一のチーム戦にするとしよう。ホムラ。出ろ」
「え?は、はいっ!」
 男の後ろから澄んだ高めの声とともに出てきたのは、赤い兜をかぶった他と同じサラマンダーだった。しかし、その鎧には胸部分に特有のふくらみがあり、相手が彼では無く彼女だと分かる。

「ルールは簡単だ。お互い、相手を定めて同時にデュエル。それだけだ」
「成程……邪魔なしでお互いやろうぜと。」
「理解が速いようだな……ならば始めるぞ」
「はいっ!」
「兄貴、勝てよ?」
「俺は寧ろお前は心配だがな?」
「ぐぬ……」
 格好を付けたつもりが皮肉で返されたキリトは、暗にお前の嘘から始まったんだからお前が負けたら格好付かないぞと言われているのに気が付き、頬を掻く。

 そうして、四人の妖精は空中へと飛び上がった。

 キリトとユージーンは、デュエル申請を出し、受理するとお互い背に背負っていた大剣を正眼に構える。そのまま、互いに隙を窺うかのように微動だにしない。
リョウ達の方はと言うと、既にリョウも眼前の相手に目を向けている。小柄な体には不釣り合いにも見える重厚な鎧と兜を見に付けた相手の顔が、兜が顔全体を覆う物では無いせいでよく見える。赤い瞳にすっと結んだ口が特徴的な凛とした顔立ちの少女で、リョウと比べると余計にその小ささが目立った。

「改めて名乗ります。ホムラです。よろしくお願いします」
「ん……、あぁ。こりゃご丁寧に。リョウコウです、宜しく」
 至極真面目な顔でぺこりと頭を下げた彼女に釣られて、リョウも戸惑いつつ一礼する。なんとも礼儀正しい少女だ。
 礼をしてから、彼女は自身のアイテムウィンドウを操作し始めた。持っていた重厚そうなランスをしまい、幾分か短く、軽そうな両手を両手槍を取りだした。己の得物の柄をしっかりと持ち、先端に付いた刃の切っ先を此方に向ける。……前に、リョウにデュエル申請が飛んできた。モードは《全損決着モード》もちろんOKする。
 そうして、ウィンドウを操作し中から巨大な薙刀……というか最早大剣だが、とにかく斬馬刀を肩に担ぐ。
一瞬リョウの斬馬刀を興味深そうに見たホムラだったが、即座に射抜くような眼でじっとリョウの方を見つめてくる。

『まっ直ぐだねぇ……』
 そんな事をリョウが思っているうち、高原の中を流れていた雲の合間から、一筋の光の柱が、リョウ達の元へと伸びた。それがサラマンダーの指揮官の持つ剣を照らした──瞬間──誰が言ったわけでもなく、それが開戦の合図となったかのように、紫色の光が弾けた。

[DUEL!]


[DUEL!]

「ッ!」
「おっ!?」
 瞬間、剣の対決側は両者が同時に空中を疾駆し、指揮官が剣を振り上げる。
対して、少し遅れて始まった長物対決の側で動いたのは、ホムラと言う少女の方だけだ。右手を後ろ、左手を前に添えて肩の高さに槍を構え、一気に距離を詰める。そして──

「ヤァァッ!!」
『うおっ!?』
 一気にそれを突き出した。突き出された槍の速度は凄まじく、キリトとリョウの斬撃すら超えるスピードだ。予想外の速さに、リョウは一瞬だけ驚く。しかし……

「奮っ!!」
 当然、それをおとなしく受けるつもりはない。迎撃のために、リョウは斬馬刀を柄を短く持ち、最速で振り下ろす。見た目だけでは分からないが、重さ的に弾けると踏んだのだ。が……

「ヤッ!」
「なん……づぁっ!?」
 ホムラの槍の切っ先は、リョウの左肩を的確にとらえた。

『うっそだろ……オイ……!?』
 リョウは素直に驚愕していた。ホムラの突き出した槍の軌道が、途中で変わり、リョウの迎撃をよけたのだ。
どういう事かと言うと、ホムラは槍を突き出す前、右手をあらかじめ捻って構えていたのである。突き出す時に、添えた左手を軸に槍を支えつつ、それをもとに戻すように手首を回す事で槍の軌道を大きく変え斬馬刀を回避、しかも軌道を変えた槍からはすぐに手を離し、体を左に捻ってリーチを伸ばしつつ延長線上にあった体も斬馬刀を避ける事で、自分はかすり傷一つ負っていない。
そうこう考えるうちに、HPの二割を削られたリョウに、再びホムラの槍が迫った。

────

『まいったね、こりゃ……』
 数分後、リョウのHPは、既に半分近く削られていた。変幻自在に変化する槍の軌道に弾き防御(パリィ)が追いつかないと言うのが、率直な感想だ。一応すぐに慣れたので回避は可能なのだが、手首の捻り方や軸となる左手の動き次第で上下左右だけでなく円を描いた軌道まで繰り出してくるその槍は、いくら慣れてもすぐにまた違う軌道を繰り返してくるおかげで上手く捌ききれない。咄嗟に動くにしても、場所が悪い……

「ハアァッ!!」
「んなろ……!」
 突き出された槍を、リョウは横薙ぎに槍を古い再び叩き落とそうとする……が、またしても槍が軌道を変える。下だ!

「くおっ……!」
 ギリギリで交わすものの、左足首を槍がかすめ、HPを削る。これで、残りは半分……

「んっとに……怖すぎだろその槍……」
「…………」
 かすり傷だらけとなり、最早驚きを通り越して感心しているリョウを、ホムラは相変わらずじっと見つめ、小さく言う。

「腕に自信が有るのなら、本気を出してはどうですか……?」
「ははっ、徴発されちまうとは、中々どうして情けねぇな……ま、そう言うなよ……」
 しかしこの期に及んで、リョウはまだ余裕を崩していなかった。根拠のない自信と言うわけではない。それが証拠に、彼の後ろに紫色の光が見える。それは……

「言われなくても、そろそろ第二ラウンドだ」
 ボボボボンッ!!と言う音とともに、周囲に大量の煙幕をまき散らした。キリトの使った、幻属性魔法の煙幕だ。暗記を手伝っていたおかげで、聞き耳のスキルによって聞こえたキリトの呪文が何を意味するのかが分かっていたのだ。

「えっ……!?」
 ホムラの戸惑う声とともに、直ぐに二人の周囲も濃い煙に包まれる。
そしてその暗い煙の中で、すぐに幾つかの事が起こった。ある少女は、腰から剣を抜きとられ、有る少年は空中へと飛び上がり、有る青年は、メニューウィンドウを操作して切り札を抜き放つ。その本の数秒を、しかし決定的な数秒を稼いだ煙は、サラマンダーの大男の怒り声と共に看破(ディスペル)される。
 朱い一閃の光と共に、世界に光が戻る。

「っく……どこに!?」
 ホムラは、戻った視界の中で必死に敵である青年を探した。見えないところから不意打ちされてはかなわない。しかし右を探せど左を探せど、男の姿は影も形も見えない。ホムラが焦り始めた時、その声は意外な所から聞こえた。

「下だ下!」
「っ!?」
 言われて即座に下を見たときには、既にリョウは装備の換装を終えていた。長大な斬馬刀は、凄まじい威圧感を放つ青龍偃月刀へと姿を変えている。それを持ったまま腰をしっかりと落としたリョウは……

「う……オオオォォォ!!」
 その力を地面に向かって解放。通常の“飛翔”ではあり得ないスピードを持って“跳んだ”。

「な……っ!」
 この跳躍は、言ってしまえばリョウだからこそ出来る技術だ。しかしそこは矢張りサラマンダーの将軍が推薦するだけの実力を持つ彼女、ホムラである。始めてみる跳躍に対しても焦り、硬直することなく反射的に槍の切っ先を真下に向かって構える。突発的な事態であるのに、翅を器用に使って姿勢制御をしつつ槍を構えるその対応は見事の一言と言えた。幸い、自分は地面から大分離れた位置にいるため、ギリギリだがカウンターを打つ余裕は有る。
しかし、ホムラがリョウを射程に入れるよりも早く、リョウコウの口から凄まじい声量の咆哮が放たれた。

「─────────────────ッ!!!!!!!!」
 物理現象としての音声よりも、システム的大音量として叫んだリョウの声は、周囲には唯の大声として聞こえただろう。しかしデュエルの対象となっているホムラは話が別だ。その音波が彼女を直撃した瞬間──

 呪歌《シング》 プーカ限定範囲妨害スキル 《ハウリング・シャウト》

『うっ……!?』
 急激に景色が統一性を失い、ホムラは滅茶苦茶になった視界の中一気にバランス感覚を失った。飛行姿勢がバランスを崩し、ふらついた所に……

「破ァッ!!!」
「っく、うあっっ!!?」
 左足を、強烈な衝撃が襲った。足が有った部分を喪失感と不快感が掻きむしり、ホムラの動揺が上乗せされる。視界の端。無事な部分の自分のHPが大きく削られ、一気に残りが六割になる。そのすぐ下に現れた異常状態表示は見なくても分かった。部位欠損の表示だ。
しかも、攻撃がこれで終わりではない事は彼女にも分かっていた。
 ブゥゥゥゥゥン!!と言うプロペラ機じみた音が、何処からともなく聞こえる。働かない視界の中、ホムラは必死にそれが何処から来ようとしているのかを判断しようとする。しかし耳に強烈な耳鳴りが残っているせいで、それすらままならない。

 先程の《ハウリング・シャウト》は、呪歌(シング)のかなり上位に位置するスキルで、大音響の音波によってプーカ以外の種族の平衡感覚を狂わせ、視界を滅茶苦茶にするとともに、強烈な耳鳴りを相手に残すスキルである。
 圧倒的な隙を相手に作る事が出来るが、反面効果は数秒で、元々戦闘が得意な種族では無いプーカにしか使えないスキルだ。またフィールドで使った場合、相手が味方であってもプーカ以外の種族なら効果を発揮してしまうという、パーティでは使いどころの難しいスキルでも有る。

 まぁ、それもデュエルでなければ、の話なのだが。

「おっ……羅ァ!!」
「う、く……きゃあああああぁぁぁぁ!!?」
 必死に防御に槍を構えた瞬間、再び圧倒的な衝撃が彼女を襲う。その瞬間ようやく彼女の視界が元に戻ったが、自分がどういう状態なのか理解する前に、彼女の体は思いっきり吹き飛ばされる。次の瞬間──

「くっあ……ぐ、ごっ!?」
 鈍い音を立てながら、彼女は背中から地面へ大激突した。毬のように体がバウンドし、土煙りのエフェクトと共に地面を滑る。

「あ……く……」
 ようやく止まった体を、彼女は必死に起こそうとする。HPは残り一割も無い。次を受ければ負ける……とは言え、訳のわからない状況からの連続した衝撃の嵐で精神が付いて行かず、その足はふらふらだ。そうしてようやく立ち上がった彼女に男の声が降ってくる。

「まだやるかい……?」
 そのまま畳みかければいいものを、此処で声をかけると言うのは格好を付けているだけなのかそれとも紳士的なのか……
 否。負け惜しみをするわけはないが、ああ言った不意打ちじみた技を使う辺りは、余り紳士的な人間とは言えない気がする。しかしそれは立派なプーカのスキル。自分の完敗で有る。が……

「…………決着は……全損決着モードですよ?」
 そう言って、ホムラは静かに青年に槍を向ける。彼女自身、自分でも諦めが悪いと自負しているその顔はしかし、少し満足したような笑顔だった。

「…………!……そうかい」
 数分後、ホムラの体は、真っ二つになった。

────

「すんませーん、こっちにも蘇生お願いしまーす」
「はーい、分かったヨ~」
 結局のところ、リョウとキリトの戦いが終わったのは、殆ど同時だった。とは言っても殆どの連中は注目度の高いキリトとユージーンの試合に集中していた見ていたらしく、その戦いぶりがさぞかし見事だったのだろう。味方であるシルフとケットシーはおろか、サラマンダー達すらも口々に賞賛の声をそちらに送っている。
 正直なところ、あまり褒められた方法の勝ち方では無かったため、リョウとしては有りがたかった。まぁそれも……

「ああいうのも、ちゃんと一つの戦い方だから、気にする事無いヨ?」
 蘇生直後にこんなことを言ってきたケットシーの領主や、こちらをじっと見ていたとあるサラマンダーの男。それにシルフ族の領主には通じなかったようだが……

 そうして、蘇生され立ち上がったホムラがサラマンダーの将軍の隣へと向かって言ったのを見て、リョウもあわててキリトの元へと向かう。

 ユージーンとキリトの向き合う所へ向かっていくと、キリト此方を見ているのに気が付いた。リョウはキリトへとVサインを向け、キリトも同じ動作で返す。
やがて、それぞれ対決した二人が正面に並んだ。

「負けたか、ホムラ」
「はい……すみません。ユージーン将軍」
「いや、お前の腕は知っている。そのお前に届かなかったなら、俺にもとどかんだろう……さて」
 一度息継ぎ。

「見事な腕だったぞ……今まで俺が見た中で最強のプレイヤーだ。貴様は」
「そりゃどうも」
「貴様のような男がスプリガンに居るとはな……世界は広いということかな」
「はは。俺の話、信じてもらえるかな?」
「…………」
 ユージーンが目を細め、沈黙する……と、彼の後ろから一人のサラマンダーが進み出てきた。先程、リョウ達の方を見ていた男だ。面貌を跳ね上げたその顔は……無骨なごつごつとしたものだった

「ジンさん、ちょっと良いか」
『この声……』
 その声を聴いた時点で、リョウはそれが初ログインの時に見逃した男だと気づいた。と言う事は……

「カゲムネか、何だ?」
 やはり、あのときのランス隊隊長だ。

「俺のパーティが、昨日全滅させられたのはもう知ってると思う」
「ああ」
「その時の相手が、まさにこのスプリガンとプーカなんだけど──確かに連れにウンディーネが居たよ」
『wow……』
 明らかな嘘に、キリトは一瞬眉を動かし、リョウは内心口笛を吹く。リーファも、後ろで驚いているだろう。
それに加え、エスがどうのこうのとか言う話を聞いたユージーンは一度コクリと頷いた。

「そうか……」
 そうして少しだけ微笑むと……

「そう言う事にしておこう」
 そう言って、すぐに、キリトに向き直る。

「確かに、現状でスプリガン、ウンディーネと事を構えるつもりは俺にも領主にも無い。この場引くとしよう。──だが、貴様とはいずれまたもう一度戦うぞ」
「望むところだ」
 キリトが二ヤッと笑いながら返し、拳を突き出す。ユージーンも小さく笑うとその拳に己の拳をごつん。と打ちつけた。それをリョウが見ていると……

「リョウコウさん……」
「ん?」
 小さく、しかし澄んだ声が、リョウの耳に響いた。

「私も、貴方にまたきっと挑みに行きますから。なのでその……ふ、フレンド登録を……」
「んあ?あ、おう……いいのか?偉そうなこと言ってあんな戦い方する奴だぜ?俺は」
「……あれ、本気じゃ有りませんでしたよね?」
「え……」
 リョウは驚きホムラの顔を正面から見返す。その顔は真剣そのもので、冗談で言っているわけではないのが分かった。

「……すまんな。別にお前を侮辱したわけじゃねぇんだ」
「いえ。構いませんよ。ただし、次に会うときは、初めから本気出さないといけないようになってますから」
「…………!」
 二コリ。と可愛らしく笑ったその顔を見て、リョウは眼を見開き固まる。

「……?どうしたんですか?」
「ん!?あぁいや。笑うと随分美人さんだなと思ってよ」
「む……口説いてるんですか?」
「いんや。褒めてるだけだ。っま、俺も今回のは不本意だし、望むところだ。何時でも相手になるぜ?」
「はいっ!」
 一度嬉しそうに笑うと、ホムラはリョウとフレンド登録して他のサラマンダー達の元へと走っていく。

 そうして、ユージーンを先頭とした朱い一団は、南西の空へと去って行った。

────

「なんて言うか……あんた達ほんと、滅茶苦茶だわ」
 サラマンダーが去り、無数の羽音が完全に聞こえなくなって、リーファが一番初めに呟いた言葉はそれだった。

「良く言われるよ」
「じゃなきゃこいつの兄貴なんかつとまんねぇよ」
「ひどっ!?」
「……ふふふ」
 くすくすと笑うリーファに釣られて、リョウとキリトも笑いだす。そこに、小さな咳ばらいが響いた。シルフ族の長である、長髪の女性だった。

「あー、すまんが、状況を説明してもらえると助かるな」

────

 一部は憶測で有る事を前提として言いつつ、リーファがこれまでのリョウ達の旅路についてと、そのほかの事の成り行きを説明する。
シルフ、ケットシー双方の要人たちはそれを黙って聞いていたが、やがてリーファがしっかり説明し終えると、全員が深くため息をついた。


「なるほどな……」
 シルフ族領主、サクヤが小さくそう漏らし、形の良い眉をひそめる。

「ここ何カ月か、シグルトの態度に苛立ちめいた物がが含まれているのは私も感じていたんだ。だが独裁者と見られるのを恐れて合議制を取る余り、彼を要職に置き続けてしまった……」
「サクヤちゃんは人気者だからねー。辛いところだヨねー」
 高い声でそんな事を言ったのはケットシー族の長。アリシャ・ルーだ。まぁ、そう言う彼女は自身の領地において、サクヤ以上の単独長期政権を維持しているので完全に自分の事を棚に上げた発言だが……
そこに、リーファの呟くような疑問が割り込んだ。

「苛立ち……何に対して?」
 そう言ったリーファを一度静かに見つめて、美貌の女領主は遠くを見る。

「元々シグルトは、パワー思考の男だ。だからこそ、キャラクターの数値的力だけではなく、プレイヤーとしての権力も求めていた……多分、彼には許せなかったのだろうな。勢力的にサラマンダーの後塵に拝し、もしかすると、いずれ彼らに無限の空を支配され、自分がそれを地面から眺める事になりかねないと言う、この状況が」
 サクヤはどこか物憂げに語る。しかし、リョウもリーファもその説明には一つ抜けているところが有るような気がした。

「でも……だからってどうしてサラマンダーのスパイなんか……」
 そう。いくら現在のシルフの状況に不満が有ると言っても、自分自身がシルフであるシグルトが、余計にサラマンダーを支援し、逆にシルフを追いつめる理由はどこにもないのだ。そうすれば当然彼の種族であるシルフは世界樹攻略から遠ざかるし、逆にサラマンダーはますます世界樹攻略に近づく。これでは寧ろ、彼の嫌っている状況自体を悪化させるだけではないか。それこそ、彼自身がサラマンダーになれでもしない限りは……
 しかしその疑問も、サクヤ自身がすっぱりと答えを教えてくれた。

「もうすぐ実装される、《アップデート5,0》の話は知っているか?ついに、《転生システム》実装されるという噂が有る」
「あっ……じゃあ……」
『なーる……』
 《転生システム》と言うのはおそらく名前の通り、一度決めると変更できないはずの種族をステータスを引き継いで別の種族に転生させるのだろう。と、言う事は……

「モーティマーに乗せられたのだろうな。領主の首を差し出せばアップデートが実装され次第サラマンダーに転生させてやる。と。だが転生には膨大なユルドが必要になるらしいからな。狡猾なモーティマーが契約を履行したかどうかは怪しいな……」
 モーティマーと言うのは、先程であったユージーンのリアルでの兄だと言う男で、現在のサラマンダー領主だ。狡猾で頭がキレる上に判断に情けが無く、ALO内では知の兄に武の弟。と言われるほどだ。
これまで数々の相手を利用し、上手く領主に上り詰めたと言われているそのプレイスタイルを見る限り……シグルトの望みが達成された可能性が高くないのは、リョウにも分かる事だった。あるいはそれほどまでに、彼が精神的に追い詰められていたのか……

『っま、いずれにしても……』
「人間の欲を試す陰険なゲームだな。ALOって……」
 リョウの思った言葉を、苦笑交じりのキリトが続けた。

「きっとデザイナーは嫌な性格してるに違いないぜ」
「ふ、ふ、まったくだ」
 サクヤもまた、笑みと共に言葉を返す。と、リーファがスッとキリトの腕に自分の腕を絡めているのが見えた。

『おーおー、少年少女、って感じだねぇ……』
 ニヤニヤと笑うリョウは彼女達の後ろに立っているため、その表情は見られていないはずだ。

「それで……どうするの?サクヤ」
 リーファがそう訪ねた数分後、シグルトは抗議の声と共に、サクヤの権限によってシルフ領から完全に追放された。

────

「サクヤ……」
 シグルトを追放してからしばらくの間、サクヤはじっと何かを考え込むように眼を伏せていたが、リーファの気遣うような呼びかけに答えるように、ため息混じりの笑みを漏らした。

「私の判断が正しかったのか、それとも間違っていたのかは、次の領主選挙で問われるだろう。ともかく──礼を言うよ、リーファ。執政部への勧誘を頑なに拒み続けていた君が救援に駆けつけてくれたと言うのは、個人的にとても嬉しい。それとアリシャ、シルフの内紛のせいで危険にさらしてしまった事、本当に済まなかったな」
「生きてれば結果オーライだヨ!」
 そんな呑気な事を言うケットシーの長に続いて、リーファは首をぶんぶんと横に振る。

「ううん。あたしは何もしてないもの。お礼ならそこの二人にどうぞ」
「そうだ……君達は一体……」
 二人の領主が、それぞれキリトとリョウの顔を疑問符を浮かべた顔でまじまじと覗き込む。

「ねぇ、キミ、スプリガンとウンディーネの大使って話、本当なの?」
 興味深げに尻尾をゆらゆらと揺らした(寧ろリョウは、その尻尾はどうやって揺らしてんだ?という点に興味津々だったが)アリシャ・ルーが、キリトに尋ねる。キリトは腰に手を当て胸を張ると……

「勿論大嘘だ。ブラフ、ハッタリ、ネゴシエーション」
「あの設定はフィクションです。ってな」
「な────」
 続けて言ったリョウのセリフも併せて聞いた二人の領主は、あんぐりと口を開ける。それにしても、美人は何をしても美人だと言うのはどうやら本当らしい。そんな表情なのに、やっぱり二人とも美人だ。
サクヤが茫然とつぶやく。

「無茶な男だな、あの状況で大法螺を吹くとは──」
「手札がしょぼい時はとりあえず掛け金をレイズする主義なんだ」
「それで俺に毎回負けるけどな」
「いやそもそも兄貴に賭け事で勝った記憶ないんだけど……」
 あっという間に緊張感のかけらもない会話に話を持っていく二人を見て、サクヤはまたしても唖然とし、そしてアリシャは……

「プッ……ニャハハハハハハ」
 突然腹を抱えて笑いだした。
ひとしきり笑い終わると、此方を向いていたリョウとキリトにいかにも猫っぽい……妖しげに輝く瞳を向ける。

「おーうそつきクン達の割には二人とも、随分強いネ?特に……そっちのキミ……」
 と、その瞳が突然、リョウの事をまっすぐに捉えた。ススス……と滑るようにアリシャはリョウに近づく。

「ねぇ、あのホムラって子、ワタシ見てたけど、多分プレイヤーとしてはユージーン将軍より強かったヨ?ユージーン将軍はALO最強のプレイヤーの筈なのにネ……そんな子に勝っちゃったキミは一体……何者なのかナ?」
「やっぱ見てたか……けど残念。俺はあくまで一プレイヤーだ。傭兵やろうかと思ってんのはあながち嘘でもねぇがな……」
「ヘェ~……?」
 なおも面白い物を見るように、アリシャはリョウを見つめ、リョウはそれに正面から二ヤリと笑って返す。と、アリシャがリョウの右腕をひょいっと取ろうとして……

「おっ……と、ハニートラップは勘弁してくれ領主殿。残念ながらそっち系の事に余り耐性が無いんでな」
「ニャハハ、トラップなんてひどいナ。そんなつもり無いヨ?」
「どうだかなぁ……」
「うーん、じゃあキミがだめならおとうと君の……」
「だ、駄目です!キリト君はあたしの……」
 と、今度はキリトの方に向かおうとしたアリシャから引き離すように、今度はリーファがキリトの腕を握って引きよせた。しかしそこまで言った所で、言葉が詰まる。

「ええと……あ、あたしの……」
 どうにも上手い言葉が見つからないのかどもっているリーファに、キリトが助け船を出す。

「御誘いは有りがたいんですが──すみません。俺達は彼女に世界樹まで連れて行ってもらう約束をしているので……」
「そうなの?うーん、残念だナー」
 目を細めて残念そうに言う彼女の後ろから、サクヤが言う。

「残念だったなアリシャ。ところで、アルンに行くのかリーファ。物見遊山か?それとも……」
「領地を出る……つもりだったんだけどね。でも、何時になるか分からないけど、きっとスイルベーンに帰るわ」
「そうか……ほっとしたよ。必ず戻って来てくれよ──出来れば彼等も一緒にな」
「途中でうちの領地にも寄ってね。大歓迎するヨー」
 そう言って一歩下がったアリシャと、横に並んだサクヤはそれぞれ深く一礼する。顔を上げたサクヤが言った。

「今回は本当にありがとう。リーファ、キリト君それと……」
「あぁ……そういや俺は名乗って無かったな。リョウコウだ。リョウで良いぜ」
「そうか……ならばリョウ、本当にありがとう。もしも私達が討たれていれば、サラマンダーとの格差は決定的な物になっていただろう。何か礼をしたいが……」
「いや、そんな……」
「ねぇ、サクヤ、アリシャさん」
 困ったように頬を掻いたキリトの横に、リーファがスッと進み出た。

「今度の同盟って、世界樹攻略のための物なんでしょ?
「あぁ……まぁ究極的にはな。シルフ、ケットシー合同で世界樹攻略を行い、一度目が成功すれば二度目ももう片方の種族に協力し、二種族が両方ともアルフになれる事を目指す。と言うのが条約の基本骨子だが……」
「ならその攻略に、私達も参加させてほしいの。それも可能な限り早く」
 そう言ったリーファの前で、二人の領主は顔を見合わせる。

「同行は構わないし、むしろ此方から頼みたいくらいだよ。時期的な事はまだなんとも言えないが……しかし何故だ?」
「…………」
 少し目を伏せたキリトが、小さく話し出した。

「俺がこの世界に来たのは、世界樹の上に居るかもしれないある人に会うためなんだ……」
「人?妖精王オベイロンの事か?」
「違う……と思う。リアルで連絡が取れないんだけど……どうしても会わなきゃいけないんだ」
「へエェ……世界樹の上ってことは運営サイドの人?なんだかミステリアスな話だネ?」
 またしても興味深い。と言った様子のアリシャが瞳を輝かせながらそう言ったが、しかしすぐに力無く耳と尻尾を伏せると、俯く。

「でも攻略メンバーの装備を整えるのに、暫くはかかっちゃうと思うんだヨ……とても一日や二日じゃ……」
「そうか……いや、俺もとりあえず樹の根元まで行くって言うのが目的だから……後はなんとかするよ」
 そうして小さく笑ったキリトはふと思い付いたように「あ、そうだ」と言った。

「これ、資金の足しにしてくれ」
 そう言ってアイテムウィンドウから取り出した袋は、ジャラジャラと重そうな金属質な音を発していた。受け取ったサクヤが中をのぞきこみ、中の青白い光を見た瞬間……

「な……十万ユルドミスリル貨!?これが……全部か!?」
「はぁ!?」
「エェ〜〜〜!?」
 サクヤの声に反応して、リーファとアリシャも驚きの声を上げる。領主の後ろに居た側近達もかなり動揺し、ざわめいて居るようだ。やがて、サクヤが口を開く。

「これだけ稼ぐには、ヨツンへイムで邪神クラスをキャンプ狩りでもしない限り不可能だと思うが……良いのか?一等地にちょっとした城が建つぞ?」
「構わない。俺にはもう必要ない」
 サラッと言い切ったキリトに、リョウは内心でやれやれと首を振った。あれは恐らく、キリトの今の全財産だろう。何も全て渡すことは無いだろうに……
ちなみに余談だが、キリトはSAO終了時家を買った関係で其処まで持ち金が多かったとは言えなかったため、リョウはキリトよりかなり多めのユルドを持っている。具体的には、今キリトが渡した額の、「人前で絶対に口に出来ない倍」くらいだ。

 その後、また一言例を言い、二人の領主と側近達は蝶の谷の反対側へと飛んでいった。
そしてまた高原に、静寂が訪れた。

「……行っちゃったね」
「あぁ……」
「ふぅ……中々大仕事だったな」
 キリトの「全く」と苦笑したような声と、リーファの「ホントね」と笑う声を聞きながら、リョウは遠く、沈もうとしている夕日を眺める。

「そういや兄貴、最後二人と何してたんだ?」
 キリトが訪ねる。実はリョウ、立ち去る直前の二人をわざわざ追いかけて、ウィンドウを操作して何事かをしていたのだ。
キリトが言っているのは、その事だった。

「ん?フレンド登録。領主二人に会うことなんざめったにある機会じゃねぇしな」
「えぇ?だってリョウ、さっきのホムラって子ともフレンド登録してたわよね?」
 あっけらかんと答えたリョウにリーファが突っ込む。

「あぁ。再戦したいって言われたしな」
「おいおい兄貴……」
「リョウ叔父さん!ねーねはどうするですか!」
「あぁ?」
 キリトに続いて頬を膨らませながら顔を出したユイの不機嫌そうな一言に、リョウは眉をひそめる。

「あのなぁユイ坊。別にフレンド登録くれぇ大したことじゃねぇだろ?ダチ増やしただけだぞ?」
「むー……納得出来ません!」
「何がだよ……大体俺と彼奴はお前の父ちゃん達みてぇな関係じゃねぇって……」
「え?それどういう話なの?」
 リーファが興味深々と行った様子で訪ねて来た事で、また話をややこしくされては適わないと判断したリョウは話を逸らしにかかる。

「それよりユイ坊、良いのか?最近キリトとリーファ、結構密着する事多くなってるぞ?」
「へっ!?」
「パパ!?」
「ちょ、お、俺に振るの!?」
 少々苦しい逸らし方だったが、リーファは動揺で、ユイはキリトのそう言う事には敏感らしく、ギュン!とキリトの前にホバリングする。二人ともこの手の事に単純な子で良かったと、内心安堵。

「確かに最近リーファさんとの平均距離がスイルベーン出発時より短くなって……パパ!!」
「な、ないない無いから!ほ、ほら!リーファってあんまり女の子って感じしないしさ!」
 ポロッと出た、その言葉が命取りになる言葉だと何故言う前に気付かないのか、リョウは本気で疑問になる。

「ちょ……な……そ、それってどーいう意味よ!?」
 そこでようやく失言に気が付いたのか、キリトは引きつった笑いを浮かべる。

「い、いやほら親しみ易いと言いますか……良い意味でだよ。うん」
「どーだかな。つか女にそれ言って良い意味ってなぁ……」
「ちょ、兄貴!?」
「キーリートくぅん?」
 リョウによって言い訳を塞がれ、キリトはさらに数歩後ずさると……

「そ、そんな事より、アルンまで早く飛ぼうぜ!日が暮れちゃうよ!」
 そう言って、空に逃げ出した。

「あ、こら!待ちなさい!!」
 続けて後を追うように、リーファも翅を広げ、地を蹴る。
そんな二人を見て「ククク」と小さく笑ったリョウは後ろに居たユイを見る。

「んじゃ行くか。ユイ坊」
「はいっ!あ、叔父さん、やっぱりさっきの話は……!」
「はいはい、分かってますよっと!」
「あ、叔父さん!待って下さい!」
 そうして、最後の羽音が空の彼方に消えると、高原は再び、静かな野原へと戻る。遠く北東の空には、夕陽の朱に染められた巨大な樹が、黒々としたシルエットとなってその存在を主張していた……

Third story 《旅路と紅の妖精》 完
 
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