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ソードアート・オンライン 幻想の果て

作者:真朝
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十一話 少年の夢見た幻想

《アンバー・ハート》の採取地である、フロア中の花々から蜜を集める蜂が生息すると言われる百栄華の森を出てしばらく、日は落ちきった夜の闇の中馬を走らせ地形が膨らんだ小高い丘に辿り着く。

その丘の上に、まるで彼が来るのを待っていたかのように佇む少年の姿があった。特殊形状の両手剣を背負ったその少年、アルバは蹄の音に振り向き、馬上のこちらを見ると嬉しそうににやりと笑う。

「よう、やっぱりお前はこの場所知ってたんだな」

「ああ、フロア中の景色と空がよく見える、この層なら一番のスポットだからな」

馬から下りると丘からフロアを見渡すアルバの隣、手を伸ばしてもぎりぎり届かない程度の位置に並んだ。アインクラッド外周の空には星が見え、天井を上層の闇が塞ぐその景色はまるで夜空に星のリングが浮いているようだった。

「一度行ったフロア隅々まで回るようにしててこういう場所見つけれると感動するんだよな、お前もそのクチ?」

「そうだな、SAOは隅っこにある誰も行かないんじゃないかって村でもしっかり作りこんであるのが面白くて、コミュニティに参加するまではフロア中を回ってから上の層に行く習慣がついてたよ。お陰で最前線はどんどん遠くなったけどな」

「ハハハッ!そうなんじゃないかと思ったぜ、お前やたらクエストやらNPCに詳しいし。よくコミュニティ参加するまで俺達出くわさなかったもんだな」

陽気に声を上げて笑うアルバに、俺も微笑を返す。他愛のない談笑、しかしお互いにいつまでもそんな会話を続けることはできないと悟っていた、交わす声はどこか空々しいものになる。

ちらりとシュウが乗ってきた蒼い毛並みを持つ馬を見たアルバが尋ねる。

「そういやシュウが騎乗スキルなんて持ってるとは思わなかったな、それにあの馬レンタルじゃねえだろ、どうしたんだ?」

「ソロだった頃にテイミングしたんだよ、スキルが上がれば馬は速くなるし、移動には便利だからな。パーティを組んでる間は使い魔を預かってくれるNPCの施設に置いてるんだ」

「そうか……それでか」

声のトーンを落とし、何かに納得したように頷くと、暫しの沈黙を挟みアルバが呟く。

「間に合わねえと思ったんだけどな、バレちまうかもって思ったからよ、森に入る前お前の位置確認したんだぜ?」

「俺も間に合わないかもしれないとは思ったよ、フレンド追跡機能で確認したとき、もう森に入った後だったからな」

語る調子は淡々と、だが確実に話は避けられない核心に近づいていく。

「……聞かねえのか?」

「何をだ」

「俺がトールをMPK、殺そうとした理由だよ」

アルバが自分の方からそれに触れた。先程のクエストモンスターに襲われたトールと、それを助けようとするどころか追い込むような真似までしたアルバの行動は明らかにモンスターを利用し、トールを殺害しようとする俗にMPKと呼ばれる行為だった。

ゲーム中での死が現実の死と同義であるこのSAOでそれは最も忌み嫌われる所業に他ならない。

「あのモンスターは《アンバー・ハート》を持っているプレイヤーを最優先で狙う。それを利用して俺がトールを殺そうとしたことぐらい、お前なら分かってるだろ」

ハニー・イーターがトールのみをターゲットしていた理由、メニューを開き不審がられるのを避けるためあらかじめオブジェクト化させ隠し持った《アンバー・ハート》を破壊することでアルバはトールにかの大熊を差し向けていたのだろう。

「それは多分、分かってるよ」

「……へえ?」

未遂に終わったトールの殺害を決行した理由を言うまでもなく理解しているという答えに、目を瞠ったアルバの顔を見据えてその言葉を口にする。

「お前は終わらせたくないんだろう、この世界を」

ソードアート・オンラインをクリアしデスゲームからの解放、ひいてはこの世界を終わらせること。ほぼ全てのプレイヤー共通の思いであるはずのそれを望んでいないのだろうという指摘に、アルバはいつもの、むしろそれよりも楽しげですらある深い笑みを浮かべて答えた。

「正解、だ。どうして気づいた?」

まるでどう答えるのかを楽しみにしているかのような様子に、ため息を一つ吐いてみせてから言葉を紡いでいく。

「前にも言ったろう、お前はこの世界を楽しみすぎだと。それから攻略を語ってるトールを見るお前の目が――寂しそうに見えてな」

「くくく、そうか、俺はそんな目をしちまってたのか……ああ、そうだ。俺にとっては攻略熱心なやつらは疎ましくてしょうがなかったんだ。シュウはトールが支援してるプレイヤー達のこと見たことあるか?」

「ああ、何度か見たことがあるよ。あのレベリング速度でプレイヤースキルまでしっかり上達させてるのには驚いた」

「凄かったろ、トールのやつリアルじゃ教師目指して子供の家庭教師なんかやってたらしいぜ。教えるのが上手いわけだ。だから……思っちまったんだよな、こいつは攻略を早めるだろうなって」

視線を外して遠くの星空を眺めるように目を移したアルバはいつしか笑みを消していた。

「今は影響無くても、あれだけの数のプレイヤーが育っていけばいつかは攻略組に追いついて、前線を押し上げる。でもな、俺にはありがたくない話なんだよ。……俺にとってはこの世界こそが現実なんだから」

「現実、か」

「そうさ、茅場晶彦のチュートリアルを受けたとき、他の奴はどうだか知らないけどよ、俺は心の底から興奮してたんだ。作り物でも死が本物なら間違いなく、この夢みたいな世界で俺は生きてるんだって実感できる。少なくとも、毎日同じような日常の繰り返しで、何の面白みもない退屈な本物の現実なんかよりずっとな」

やはり、という念を抱きながらシュウは目を細めて、今まで誰にも明かすことの無かったろう胸の内を語っていく少年の横顔を見続けた。

「たとえこの世界から帰った後、他のVRMMOが作られたとしても、そこには絶対に死なんて無い。この日本でそんなことが許されるはずがねえからな。だから、SAOはこんなガキの頃想像したような夢みたいな世界で生きれる最初で最後のチャンスなんだ。……なあシュウ」

「なんだ?」

「この世界、楽しいだろ?」

その問いかけをするアルバの顔は笑っていて、しかし瞳だけは迷子になった子供のように揺れている。攻略に熱意を燃やすプレイヤー達を見るいつもの彼のような寂しそうな表情だった。

「ああ、楽しかった。夢中になりそうなぐらいにな」

返した答えにアルバが笑みを深める。シュウ自身、幼い頃にこの世界のような幻想に満ちた世界を夢想したことはある。そしてほとんどの少年がそうであるように、やがてはそんなものは有り得ないのだという現実に醒めていった。

他の少年よりも幾分早くその境地に至っていたシュウはそんな夢を見ることの空しさを自覚していた故に、仮想とはいえその幻想を実現させたこのSAOという世界に惹かれ、その世界の創造主たる茅場晶彦の宣言を受けたとき思ったのだった。

この男は夢を諦めきれなかったのだなと。同時に理解されないものと分かっていたのか、その夢を誰に明かすことも無くこのような形で実現させたこの男の人生はさぞかし寂しいものだったのではないだろうかと。だから――

「少し、付き合ってやろうと思ったんだ。茅場晶彦に」

「――え?」

唐突に脈絡の無いことを言い出されアルバはきょとんとした顔をしていた。この少年も茅場晶彦と同じく、夢を心のどこかで諦めきれず、そして彼の作り出した世界に魅せられてしまったのだろう。

「アルバ、リアルの俺達の体がどうなっているか、想像したことはあるか?」

「……ああ、大体どうな状態なのかってのは予想はしてるよ」

SAOに接続しているプレイヤー達の現実世界における肉体はナーヴギアにより意識を閉じ込められ寝たきりの状態となっている。そしてSAOがデスゲームとして開幕して数日経った頃、プレイヤー達が一時的に回線切断状態に陥るという事件が発生したことがある。

おそらくはその脳が破壊される猶予時間の間に、外部の者によりプレイヤー達の肉体が病院施設に移送され介護可能な状態でSAOに接続されなおしたのだろうというのがその事件に対するプレイヤー達の一般的な見解だった。

「おおかた、俺達の体はベッドの上で点滴でもうたれながら生かされているんだろう、そんな状態がいつまでも続くと思うか?」

「……」

「リアルの肉体が限界を迎えたら、この世界での生も終わりだ、それでも――」

「それでも、だ」

こちらの言葉を遮り、かぶりを振ってアルバは言う。

「あと数年、数ヶ月しか生きられないとしても、俺の気持ちは変わらねえ。俺はこの世界で生きて、この世界で死ぬと決めたんだ。攻略組にもいつかは追いついて、どんな方法を使ってでもクリアなんて止めてやる。そのためにレベルだけは上げてきたんだからな」

「……そうか」

睨むようなきつい少年の瞳と暫しの間向き合う、やがて一瞬くしゃりと表情を泣きそうなものに歪めたアルバの方から顔を伏せるように視線を落としてしまう。

逃げるわけでもなく、待つように彼がここに留まっていたのは、ひょっとするなら仲間を欲しがっていたのかもしれない。シュウがこの世界で思いを同じくして生きてくれはしないかと、期待してしまったのか。

「あーあ、残念だな。ま、無理だろうなーっては思ってたけどよ」

またしばらくして顔を上げたアルバは笑った顔を取り繕い、頭の後ろで両手を組むとことさらに明るい声を出してみせる。

「さってと、それじゃあお別れかな?牢屋送りにしたいだろうけど悪いな、逃げさせてもらうぜ。俺まだグリーンだし、この話が出回ったらやりづらくはなるだろうけど、それはそれで楽しめるかもな」

「いいや、その必要はないさ」

MPKを計った以上アルバの扱いは犯罪者(オレンジ)プレイヤーと変わりない。ならば第一層に存在する黒鉄宮の監獄エリアに閉じ込めておくのが通常のプレイヤーの対応である。捕まえようとしても敏捷値に多くのステータスポイントを振っている彼を捕らえることはできないだろうが、シュウはそんな方法を取るつもりは無かった。

「……見逃すってのか?」

その問いかけにも首を振って否定を示すと、アルバはわけがわからないというように疑念を顔に浮かべた。それも止むを得ないことだろう、今から自分が行おうとしていることは普通ならば理解に苦しむ行いだろうから。

「お前が、ただこのゲームで楽しむ時間を引き延ばすためだけにトールを殺そうとしたんだったら、牢屋送りにしてやるつもりだったよ。だけど聞いてしまったからな、お前がこの世界で死ぬつもりだと」

彼が生きたいと願える場所はもうこの世界以外に無いということをシュウは理解してしまっていた。もし彼を牢屋に繋いでおくことが出来たとして、そのままこのゲームがクリアされたとしたらこの少年はどんな思いを抱くだろうかと考える。

何よりも大切にしていたものを取り上げられ、あの生き生きとしていた少年が絶望に沈む様を思い浮かべる。そんな彼を見たいとは思えない。だが彼の決めた道を受け入れることは出来ない、ならばどうするべきか、考え抜いた末に出した答えを示すために――シュウは背の突撃槍(ランス)に手をかけ、抜きざまに振りぬいた。

「なっ――!?」

目を見開き驚愕を露にするアルバ。振るわれた突撃槍(ランス)の穂先は僅かに彼の頬をかすめ、糸筋程のダメージエフェクトを刻んでいた。その傷がアルバのHPに与えたダメージは二桁にも及ばないごく小さなものだった。しかし圏外でグリーンカーソルのプレイヤーを傷付けたことにより、シュウのカーソルは犯罪者プレイヤーを示す鮮やかなオレンジ色に変化する。

「シュウ……お前」

「これは決闘なんて高尚なものじゃない、相容れない俺と、お前の、殺し合いだ」

その判断が正しいかどうかなど分かりはしない。むしろ多くの人間は命を蔑ろにした、短絡的な愚行だと非難するだろう。しかしシュウにはこれ以外に彼の意思を曲げずに止める選択は思い浮かばなかった。

「剣を抜け、アルバ。お前がこの世界でしか生きられないというなら、アインクラッドに生きた剣士アルバートを、俺も一人のランス使いシュウとして――殺してやる」

言い放った殺害宣告に、アルバは目と口を丸く開けて呆然と固まる。やがてシュウが告げた言葉の無いように理解が及んだのか、身を震わせ始めた彼の口から漏れたのは友人から向けられる殺意に対する嘆きではなく、歓喜に満ちた哄笑だった。

「ハ、ハ、ハ……ハハハハハハッ!なんだよそれ……最っ高じゃねえか!」

跳び退がり距離を取りながら背の両手剣を抜刀するアルバ。その顔には嬉しくてたまらないというような笑みが貼り付いてる。

「そうか――そんな手があったよなぁ!やっぱりお前は最高だぜシュウ!」

剣先を後ろに向け腰の位置に構えるアルバに向き合い、シュウも右手の突撃槍(ランス)を引き込むと盾を左手に持ち半身で立つ体の前に構える。

「言っとくが殺されてやるつもりなんか微塵もねえからな、覚悟は出来てるんだろうな?」

「そういうお前も、これから殺し合う相手にお喋りが過ぎるぞ、まさか怖気づいたんじゃないだろうな」

「ハッ、相変わらずこういうときばっかり口が回る奴だな……行くぜ!」

獰猛な笑みを浮かべたままアルバが走り出す。そうして宵闇の中、誰に知られることもない二人の戦いが始まった。 
 

 
後書き
何度か視点変えて書き直してみたりしていて時間をくってしまいましたがラストバトルになります。 
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