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仮面ライダーZX 〜十人の光の戦士達〜

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影の男

ライダー達は特訓を終えた。そして皆下山しアミーゴに集まっていた。
 「今までよくやった。もうわし等が教える事は何も無い」
 立花は九人の戦士達を前にそう言った。
 「後はバダンを倒すだけだ。行け、御前達なら出来る」
 「はい」
 戦士達は頷いた。そこには滝や役もいる。
 「頑張れよ、俺も協力させてもらうからな」
 滝が言った。
 「私も。ところで皆さんこれからどうなさるのです?」
 役が尋ねた。
 「うむ、それだが」
 本郷が口を開いた。
 「近頃この日本各地で奇怪な人物が多く見られている。おそらくバダンの奴等だろう」
 「だから俺達はまず日本国内のバダンの勢力を叩く事にした。恐らくここにはかなりの戦力があるからな」
 一文字も言った。
 「奇怪な人物か。確かに最近新聞にもよく載っていますね」
 飛田が言った。
 「あ、そういえば飛田さんってルポライターでしたな」
 がんがんじいが思い出したように言った。
 「一応ね。何とか喰っていける程度だけれど」
 「最近わしの店の手伝いばかりしてたから完全に忘れていたぞ」
 「おやっさあん、そりゃあ無いですよ」
 「悪い悪い、ははは」
 谷は笑いながら謝った。
 「日本か。ということはここにはちょくちょく帰って来るんだな」
 「ええ。おそらく。その時は宜しくお願いしますね」
 「当然だ、何時でも店を開けて待ってるからな。上手いコーヒーを御馳走してやる」
 立花は本郷に対し暖かい言葉を掛けた。本郷だけではない。他のライダー達にもその言葉の意味は同じだった。
 「有り難い、おやっさんのコーヒーが唯で飲めるなんて」
 「何言ってる、特別に半分にまけといてやるだけだ」 
 城に言葉を返す。
 「何だ、唯じゃないのか」
 神が残念そうに言った。
 「当たり前だ、こっちも商売だぞ。その替わり半額で何杯でも飲んでいいからな」
 「それは有り難い」
 これは全ての者が言った。
 「という事だ。史郎、解かったな」
 「はい」
 史郎は素直に答えた。彼はコーヒーを入れる事は定評がある。
 「それではそろそろ。何しろ連中は四六時中動いている奴等ですし」
 風見が言った。
 「おう、行って来い。そして思う存分暴れて来い」
 「はい!」
 立花の言葉に戦士達は頷いた。そして店を出てそれぞれのマシンに乗る。
 爆音が遠のいていく。立花はそれをにこやかな顔で聞いていた。
 「勝って来いよ」
 パイプを咥えながら言った。その目は暖かい。まるで父親の様な目である。
 「楽しみですか」
 その彼に谷が声をかけた。彼の目も同じであった。
 「ええ。あいつ等がバダンを倒すのがね」
 立花は言った。声まで暖かい。
 「わしもですよ。あいつ等ならやってくれると信じています」
 「確かにね。そして全てが終わったら笑顔でここに来ますよ。全員で、戦いが終わった事を伝えに」
 「そしてその為にはわし等も働かなくてはいけませんな」
 「勿論ですよ、なあ滝」
 「ええ、おやっさん」
 滝は笑って答えた。
 「御前もそろそろ行くんだろう?本郷達を助けに」
 「当然ですよ、その為にここにいるんですから」
 そう言うと壁に架けられているヘルメットを手に取った。
 「時々コーヒーをご馳走になりに帰って来ますけれどその時はよろしく。美味いのを頼みますよ」
 「おい、それじゃあわしのコーヒーは普段はまずいみたいじゃないか」
 少し口を尖らせて言った。口調は少し怒っているように見せているがそれだけである。顔はにこやかである。
 「ははは。まあ頼みますよ」
 「おう、その事は安心して言って来い」
 滝も店を出た。がんがんじいや役もそれに続く。
 「皆、勝って来いよ」
 立花はまた呟いた。暖かさの中に僅かばかりの寂寥が混ざっていた。

 白人の男達や三影との対峙を切り抜けたゼクロスと伊藤博士は東京へ向かっていた。行く先は城南大学である。
 すでにゼクロスは変身を解いていた。ヘルダイバーも外見は普通のバイクになっていた。
 「変形も出来るのか」
 「ああ。普段は目立ってしょうがないだろ。だから普段は通常のバイクと変わらない外見になれるようにしておいたんだ」
 博士は彼に言った。彼はバイクから降りて軽トラックを運転している。
 村雨は博士の隣にいた。マシンは後ろに縛られて積まれている。
 「それにしても運が良かったよ。このトラックをレンタルする事が出来たんだからな」
 「運が・・・いいのか」
 村雨は相変わらず抑揚の無い声で尋ねた。
 「ああそりゃあね。街でバイクの二人乗りをするわけにもいかないだろう」
 「そうなのか」
 村雨は了承した。
 「ああ。他にもやっちゃいけない事はたくさんある。まあ一つずつ憶えていけばいいさ」
 博士は優しく説き聞かす様に言った。
 二人はトラックを止めレストランに入った。そしてそこで食事を摂った。
 「どうだ、美味しいかね」
 博士はペンネマカロニのグラタンを食べながら尋ねた。
 「美味しい・・・・・・何だそれは」
 鶏肉のステーキを前にして彼は言った。
 「その食べ物の味が気に入ったかどうかだよ。まあ一口食べてみたまえ」
 「ああ」
 フォークとナイフを使い肉を一切れ口に入れた。肉汁とソースが絶妙に絡み合っている。
 村雨はそれを噛んだ。そしてそれを喉に流し込んだ。
 「どうかね、その料理の味は気に入ったかね」
 「・・・・・・ああ。気に入った」
 彼はフォークとナイフを操る手を止めて言った。
 「そうか。それが美味しい、という事だ。食べるという事はとても楽しい事なんだ」
 「楽しい・・・・・・」
 「他にも色々とあるけどね。まあ今のもその一つだよ」
 「そうか。今のこれが楽しいという感情なのか」
 村雨は表情を変えず言った。
 「そう、そしてそういった時は笑うんだ」
 「笑う」
 「そう、こういうふうにね」
 博士はそう言うとその顔に満面の笑顔を作った。
 「顔の筋肉の形を変えるのか」
 「・・・・・・まあそうとも言うかな」
 博士は少し寂しい顔になった。だがあえて笑顔に戻った。
 「さあ君も笑ってみてくれ。私みたいに」
 「ああ」
 村雨はその頬を緩め目を細めた。そして笑顔を作ってみた。
 「こうか」
 その顔で博士に尋ねる。見れば実に爽やかな笑顔である。
 「そうだ、その顔だよ」
 博士は顔を崩して言った。
 「いい顔をしているじゃないか。いいかい、今度から楽しいという感情を持ったら笑うんだ。解かったね」
 「ああ」
 村雨は覚えたばかりの笑顔で博士に答えた。
 その時駐車場では数人の見るからに柄の悪そうな男達がいた。辺りをキョロキョロと見回しながら何かを物色しているようである。 
 「何かいいやつねえのかよ」
 その中の一人の茶髪の男が言った。
 「ああ、今日はしけてやがんな」
 野球帽を逆の向きに被った男が相槌を打った。彼等はどうも車荒らしらしい。
 彼等は駐車場を見回っている。その時ふと博士と村雨の乗っている軽トラが目に入った。
 「何でえ、ボロい軽トラだな。こんだけ錆だらけでよく動くよな」
 「ああ。けど見てみろよ、これ」
 ヘルダイバーに目がいく。
 「かなりいいバイクだぜ」
 茶髪がニヤつきながら言った。
 「そうだな、これは高く売れるぜ」
 野球帽の男もそれに頷いた。
 「おい、売るのかよ。勿体無えぜ。それよりも俺達で乗ろうぜ」
 二人とは別の無精髭を生やした男が言った。
 「そういえば御前バイクすきだったよな」
 茶髪が言った。 
 「気持ちはわかるがちょっと待て。今時盗んだ車使ってたらすぐに足がついちまうぜ」
 「そうそう、だから何食わぬ顔で売り飛ばすのが一番なんだよ。何、これだけのバイクだ。いい値で売れるぜ」
 野球帽はニヤニヤしながら言った。
 「そ、そうか・・・・・・」
 髭の男は渋々ながらもそれに従った。
 「じゃあ早速かっぱらっちまおうぜ。人が来ないうちに」
 「ああ、じゃあ俺が見張りをしといてやるよ」
 野球帽が残り他の者がヘルダイバーに飛び付いた。
 「・・・・・・見れば見る程凄えマシンだな」
 茶髪の男が銀に輝くボディを見ながら言った。
 「ああ、何か無性に乗りたくなっちまったぜ」
 髭の男が物欲しそうに言う。
 「だから止めとけって。すぐにお縄にかかっちまうぜ」
 彼等とは別のサングラスの男が言った。
 「そうだぜ、御前もムショで臭い飯は食いたかねえだろ」
 「ムショか・・・・・・。それは嫌だな」
 髭は思い直した。何や嫌な思い出でもあるのだろうか。
 「じゃあ早速ワイヤー切って持って行こうぜ。カッター持ってるよな」
 「ああ、ここに」
 そしてワイヤーを切ろうとしたその時だった。後ろから不意に声がした。
 「何をしている」
 それは村雨だった。ヘルダイバーの側に立ち表情を変えず男達を見下ろしている。
 「な、何だこいつ何時の間に・・・・・・」
 その上背と全身から発される妙な威圧感に男達は気圧されていた。
 「何をしているのだ」
 村雨は表情も変えず声にも抑揚が無い。それが男達にとっては一層不気味であった。
 「野郎っ」
 サングラスの男が殴り掛かる。だがそれは手の平で受けられてしまった。
 そして村雨はそれを後ろへ投げる。サングラスは背中から地面へ叩き付けられた。
 「な、こいつかなり強いぜ」
 男達は怯んだ。完全に怖気付いていた。
 だがここで逃げるのも癪だった。茶髪の男が懐から何かを取り出した。
 「じゃあこいつでどうだ」
 それはナイフだった。恐怖震えそうになる手を必死で押さえている。
 「ふん、逃げるならいまのうちだぜ」
 茶髪は内心村雨から発される威圧感に怯えながらもやせ我慢をして言った。だがそれに対し村雨は相変わらずの無表情で言った。
 「それはナイフか」
 全く動じている様子は無い。ただその震えそうになっている手を見ている。
 「て、てめえこれを見て怖くは無いのかよ」
 「怖い・・・・・・それも感情の一つなのか」
 村雨は彼を見て言った。
 「今の御前の状態がそうか」
 村雨は素っ気無く言った。その通りであったがそれにより茶髪っは感情を爆発させた。
 「てめえっ!」
 ナイフを振りかざす。そしてそれを村雨に突き立てようとする。
 だがむらさめはそれを掴んだ。ナイフを持つその手ではない。ナイフの刀身をである。
 「なっ・・・・・・!」
 これには一同目をむいた。ナイフの刀身を掴んだだけでなくそこから血が一滴も流れないからだ。
 村雨はナイフの刀身を掴む手に力を入れた。するとそれは粉々に砕け散った。
 「な、ななな・・・・・・・・・」
 砂粒の様に落ちるその銀を見て男達は驚愕した。かろうじて失禁こそしなかったものの最早恐怖は隠せなかった。
 「に、逃げろ化け物だっ!」
 「お、俺を置いていかないでくれよっ!」
 男達は逃げ出した。先程村雨が投げ飛ばしたサングラスの男も起き上がりその後を追いかけて行く。
 「あれが恐怖というものか」
 村雨は男達を見送りながら言った。そこへ博士がやって来た。
 「いやあ済まん、急にトイレへ行きたくなってね。あれ、どうしてそこへ上がっているんだい?」
 後ろのヘルダイバーの側に立つ村雨を見て言った。
 「また一つ感情を知った」
 それに対し答えず村雨はそう言った。
 「?何だい、その感情は」
 博士はそれに対して尋ねた。
 「恐怖だ」
 村雨は一言だけ言った。

 ライダー達は日本各地へ散っていた。各地にいるであろうバダンの者達を探し出しそれを倒す為だ。彼等はアミーゴにいる立花藤兵衛や他の協力者達と連絡を取りつつ行動を展開していた。
 「純子、本郷からの連絡はあったか?」
 立花はアミーゴの奥に設けられた無線室で無線機の前に座る一人の女性に声を掛けた。
 「はい、さっき連絡がありました。予定通り長崎に到着したそうです」
 その女性は澄んだ美しい声で答えた。
 この女性の名を珠純子という。見た所大学生の様である。黒いストレートの長い髪に整った可愛らしい顔立ちをしている。黄色の上着に赤いズボンを身に着けている。
 デストロンに襲われているところを風見志郎に助けられた。そして彼の自宅に匿われたのだがそこで風見の両親と妹はデストロンの怪人ハサミジャガーに殺された。
 自分のせいで彼の家族が殺されてしまったと思った彼女は以後彼に献身的に協力するようになる。そして彼と共にデストロンと戦うようになったのである。
 彼女は普通の女性であり力は無い。だが少年仮面ライダー隊の通信係として活動しⅤ3やライダー隊の行動を後方から支えたのであった。その貢献は大きかった。
 デストロン崩壊後は普通の生活に戻った。そして大学に入り福祉を学んでいた。だが時々遊びに来ていたアミーゴでバダンの話を聞き再び協力を申し出たのだ。可憐で心優しいが芯の強い女性である。
 「今長崎の市内にいるそうです。これから捜査を開始するとか」
 「そうか、やっと着いたか」
 立花はその報告を聞き嬉しそうに言った。
 「隼人も九州だったよな」
 「はい、鹿児島です」
 「そうか、二人で九州を頼むと伝えておいてくれ」
 「はい」
 純子は笑顔で答えた。



「解かりました。それでは今から捜査を開始します」
 純子からの声を聞いて本郷は携帯を切った。そしてそれをポケットに入れた。
 「さて、ここにいると見たが」
 本郷は長崎の駅前から市内を見た。その下には路面電車が走っている。
 この街は江戸時代より貿易で栄えた。出島がありオランダや清の商人達が常に出入りしていた。当時から異国情緒が強い町であった。
 それは幕末や明治になっても変わらなかった。グラバー氏がこの街に居を構えそこに尊皇の志士や商人達が出入りした。
そしてイタリアの作曲家プッチーニはこの街を舞台にしたオペラ『蝶々夫人』を作曲している。
 貿易の次は造船で栄えた。だがこの街を不幸が襲った。
 原爆である。本来は福岡を襲う予定であったらしいが気象の関係でこの街に投下したのだ。
 長崎は地獄となった。これにより多くの人が死にそれ以上の人達がその傷跡に苦しんだ。
 だが長崎は甦った。そして今は観光でも繁栄している。多くの名所と坂道で知られる美しい街である。
 中華街へ入った。横浜や神戸のそれと比べると規模は小さいが長崎ならではの異国情緒がここでも味わえる。
 その中のある料理店へ入った。そして料理を何品か注文する。
 彼が入った後も客が次々と入って来る。食事時だけあって客足は多い。
 本郷は入口に身体を向け座っている。そして客の一人一人を見ていた。
 やがて黒いスーツの女性が入って来た。下も黒いズボンである。
 「お待たせ、猛さん」
 その女性は本郷の側へ行き微笑んで挨拶をした。ルリ子である。
 「いや、俺もちょっと前に来たばかりでね。ほら、まだ料理が来ていないだろう」
 「ふふふ、そういえばそうね」
 ルリ子はコップ以外何も無いテーブルの上を見て微笑んで言った。

 二人は食事を済ませた後店を出た。そして中華街を後にし長崎の市街に出た。
 「学生時代に一回来た事はあったけれど。本当に綺麗な街ね」
 ルリ子は煉瓦で舗装された坂道を歩きながら言った。
 「うん、ここへ来たのは初めてだが確かに坂が多いな」
 本郷が白い煉瓦を見ながら言った。
 「しかし本当に綺麗な街だな。出来る事なら何時までもここに住んでいたいものだ」
 海の方を見る。一隻の船が汽笛を鳴らして出港していく。
 「そうね、本当に捜査でここに来ているのが残念だわ」
 ルリ子は悔しそうに言った。二人はそのまま大浦天主堂へ向かった。
 かって我が国はキリスト教の布教、信仰を禁止していた。これはキリスト教の布教から侵略を行なうスペインのやり方を知り、それを恐れたからであった。これはオランダが徳川家康の耳に入れたと言われるが豊臣秀吉から始まっているのでそうともばかりは言えない。実際にスペインはそのやり方で侵略を行なっていた。
 その結果切支丹狩りや踏み絵等が行なわれた。西洋の魔女狩りとは違いかなり慎重で厳密な方法が取られ、信者も処罰するより前に信仰を捨てるよう言われたがたがそれでも信仰は容易に捨てられるものではない。多くの者が殉教していった。そして信仰は巧妙に隠され続いていった。
 その歴史も終わる時が来た。それはやはり黒船がもとであった。
 一八五七年(安政四年)、長崎で踏み絵が禁止され翌年外国人の為の聖堂建立が認められる。そして一八六五年(元治二年)、フランス人神父プチジャン神父により建立された。西坂の丘で殉教した二六人の殉教者の為に建てられたこの天主堂において神父は信者を捜した。だが彼は内心殆ど諦めていた。長きに渡った弾圧である。流石にもう信者はのこっていないであろう。だがすぐに彼はその考えが早過ぎた事を知った。
 まずイザベルナゆりという女性をはじめ数人男女が来た。そしてそれから次々と世を忍び信仰を続けていた切支丹達がやって来た。奇蹟だった。神父はその奇蹟に心を打たれた。何とこの長崎だけでも数万もの切支丹達が信仰を続けていたのだ。
 聖堂の中は美しいステンドガラスがある。そして夜になると光で彩られる。『日本の聖母像』と呼ばれる神々しい聖母像もある。国宝にも指定されている歴史的にも文化的にも重要な建物である。
 「ここで見たという人がいると聞いたが」
 本郷が天主堂へ向かう階段を登りながら言った。
 「この天主堂で・・・。何か妙な話ね」
 ルリ子がその言葉に合わせるように言った。
 「確かに。現代の魔物と言ってもいい彼等が教会に姿を現わすとは。いや、あながち間違いではないか」
 かっての教会の腐敗をそこに含んでいた。教会の腐敗と暴走は欧州の歴史において重要な位置を占めている。それが為に多くの血も流れている。
 天主堂の前に着いた。左手にはローマ法王ヨハネ=パウロ二世の胸像がある。
 ここまで来て彼等は妙な事に気付いた。普段は平日でも多くの観光客が訪れるこの天主堂だが今ここにいるのは彼等二人だけなのである。
 「・・・・・・おかしいと思わないか、ルリ子さん」
 本郷は辺りの気配を探りながら言った。
 「・・・・・・ええ、確かに」
 ルリ子も何かを察した様である。気を張った。そして聖堂へ入っていった。
 聖堂の中は少し薄暗かった。ステンドガラスから差し込める光がその中を照らしている。
 中にはやはり二人以外誰もいない。二人は身長に前へ進んでいく。
 中央まで来た時だった。急に後ろの扉が閉まった。
 「ムゥッ!?」
 本郷がルリ子を庇う様に身構えた。その周りを幾つかの影が取り囲んだ。戦闘員達だ。
 「フッフッフ、よく来たな、本郷猛よ」
 礼拝堂も方から声がした。
 「バダンかっ!」
 「フフフ、如何にも」
 その声と共に影が礼拝堂の前に現われた。それはすぐに人の姿になった。赤い髪と緑の眼を持つ若い男である。黒い神父の服を着ている。その胸には何かが架けられている。
 だがそれは神父が架けるべきロザリオではなかった。悪魔を現わす逆十字であった。
 「貴様は・・・・・・」
 「バダン怪人軍団の一人、アンリ=ド=フォンテーヌ。またの名をカメレオロイドという」
 逆十字の男は落ち着き払った声で答えた。
 「バダン怪人軍団・・・・・・。そんなものまであるのか」
 「そうだ。我がバダンの真の選ばれし者達だ。以後覚えていてもらおう」
 男は前に進みながら言った。
 「もっともそれは天界での話だがな」
 アンリ、いやカメレオロイドは端正な白い顔に冷酷な笑みを浮かべて言った。
 「何っ!?」
 本郷はその言葉に反応した。
 「貴様はここで死ぬからだ。その為に私はここへ貴様を誘き出したのだからな」
 舌を出す。それは人のものではなくぬめった蛙のそれに似た長い舌だった。
 「せめてこの聖堂で死にすぐに神の前に行くがいい」
 その言葉と共に二人を取り囲んでいた戦闘員達が動きだした。
 「ギィッ」
 一斉に本郷とルリ子へ向けて襲い掛かる。その手にはスピアがある。
 「やらせんっ」
 本郷はまず一人の戦闘員の手を打った。そっして落としたスピアを奪った。
 それをルリ子に手渡す。ルリ子はそれで戦闘員達を次々と倒す。
 本郷は戦闘員達をその手刀で薙ぎ払いながらカメレオロイドへ向かう。彼はそれに対して冷酷な笑みで答えていた。
 「喰らえっ!」
 本郷が拳を胸に打ちつける。だがそれは彼の胸を透き通った。
 「何っ!?」
 「フフフ、これは私の幻影だ」
 彼は笑いながら言った。
 「ただ貴様を消すだけでは面白くない。戦いは神聖な行いなのだからな」
 「言うなっ、戦いが神聖だとっ!」
 本郷はカメレオロイドの幻影を睨みつけて言った。
 「ここで貴様とそれについて話すつもりは無いただこちらのこれからの我々の行動について教えてやろう」
 カメレオロイドはその冷酷な笑みをたたえたまま言葉を続ける。
 「我々はこの長崎の二つの場所に爆弾を仕掛けておいた。戦いをより神聖なものとする為にな」
 「なっ!」

それには本郷もルリ子も驚かずにはいられなかった。
 「場所も言おう。平和公園とグラバー園だ。どうだ、分かり易い場所だろう」
 カメレオロイドは二人を嘲笑する様に言った。
 「今日の夕刻までにこの二つの爆弾は爆発する。それにより爆弾の半径一キロが粉々に吹き飛ぶ」
 「今日の夕刻・・・・・・」
 「若し貴様がそれを止めたければこの二つの場所に来い。そして爆弾の時限装置を壊すのだな」
 「貴様に言われるまでもない、こちらからそうしてやる!」
 「もっともそれが出来るのならばの話だがな」
 「何っ!?」
 本郷はその言葉に顔をしかめた。
 「この二つの場所には我がバダンの戦士達がいる。無論この私もな」
 カメレオロイドの眼が変化した。緑の人のものから虹の様な彩りの、カメレオンの眼になった。
 「その者達に勝たない限り爆弾を壊す事は出来ん。そう、貴様は爆弾を取り外す事は決して出来ないのだ」
 「戯言を、必ずや貴様のその言葉、後悔させてやる!」
 「残念だな、私はその言葉の意味を知らない。全くな」
 そう言うとカメレオロイドの幻影はその姿を薄めていった。
 「貴様の最後、楽しみにしている。自らの力が及ばず街が燃える様を見届けながら死ぬがいい」
 そう言うと彼の幻影は姿を消していった。
 「バダン怪人軍団・・・・・・。ゼクロスだけでなくそんな連中までいるのか」
 カメレオロイドの幻影が消え去った後本郷は呟いた。
 「猛さん、それよりも」
 ルリ子が不安げな眼をする。
 「ああ、解かっている。平和公園とグラバー園の爆弾だ、すぐに行こう」
 「ええ」
 二人はすぐさま礼拝堂を後にした。それを礼拝堂の上から見送る一つの影。
 「フフフ、見事に動いてくれるな」
 黒い服を着た神父、カメレオロイドであった。
 「焦り、もがくがいい。そして気を乱すのだ」
 笑っていた。自分より下等な生物を愚弄する笑いだった。
 「私を楽しませてくれ。そうでなければ面白くはない」
 カメレオロイドはそう言うと姿を消した。礼拝堂の下ほホテルの前では本郷とルリ子がバイクに乗り出発していた。

 長崎平和公園は原爆投下の中心地とその北側に平和を祈願して造られた公園である。その中央には有名なブロンズ像がある。高く掲げられた右手は上から落ちて来た原爆の怖ろしさを、そして水平に伸ばされた左手は平和を示し、原爆の犠牲となった人々の冥福を祈る姿を取っている。その他にも公園内には水を求めてさまよった少女の手記が刻まれた平和の泉や世界各国から贈られた平和の像が立ち並んでいる。
 爆心地のすぐ下には教会があった。だが原爆によりその全てが破壊された。同じ神を信じている筈の者達に。それが戦争なのである。これは歴史の皮肉である。その教会を建てた者も壊した者も同じ神を信ずる者達であったのだ。だが一つの奇蹟が起こった。
 跡形もなく吹き飛ばされた教会だったが一つだけ残ったものがあった。鐘である。神を祝福する鐘である。それだけが無傷で残った。それを見た人々は涙した。全てが焼き尽くされ何も無くなった長崎に希望が残ったのである。
 「その希望すらも、平和への気持ちすらも踏み躙るバダン・・・・・・、許せん!」
 本郷はマシンに乗りながら憤っていた。その顔には怒りの色が浮かんでいる。人の幸福を、平和を、希望を踏み躙る悪に対する怒りの色である。
 平和公園に着いた。もう昼過ぎである。見れば何処もおかしなところはない。そこらで座りジュースを飲み談笑している人達がいる。皆平和に満ち足りた笑顔をしている。
 (この笑顔の為にも・・・・・・)
本郷は進んだ。何処にあるのかまだ判らない。だが絶対に見つけるつもりだ。
 「ここにはないか」
 平和記念像の辺りを調べたが無かった。ラグビー場やプールにも無かった。
 「ここにもないか」
 ふと浦上川の方を見る。子供達が楽しそうに釣りをしている。
 その後ろには陸上競技場がある。今日は誰も使用していないらしく静まり返っている。
 「誰もいないのか。静かなものだな」
 ふと耳をすます。その時彼の脳裏にある事が煌いた。
 (・・・・・・そうか!)
 この辺りにはラグビー、サッカー場やプールの他に野球場、テニスコートとスポーツの施設が充実している。今日は何処も使用され人がいる。だが陸上競技場にだけはいない。そこならば爆弾を仕掛ける事も容易な筈である。
 「ルリ子さん、陸上競技場だ」
 「えっ・・・・・・!?」
 本郷の咄嗟の言葉にルリ子は面喰らった。彼のこうした発言や行動はいつもの事だがそれでも驚かされる。
 競技場の中に入った。やはり人はおらずがらんとしている。
 「爆弾はここにある筈だ」
 本郷の言葉に従い二人は捜しはじめた。暫くしてルリ子が観客席から何か黒くて四角いものを発見した。
 「猛さん、これ」
 間違いなかった。そこにはデジタル時計まであった。
 「よし、これ位ならすぐに解除出来るな」
 本郷はすぐに解除に取り掛かった。そして爆弾を取り外した。
 「これもう心配は無い。信管も時限装置も取り外したぞ」
 「ええ、後はグラバー園ね」
 二人が笑い合ったその時後ろの、グラウンドの方から声がしてきた。
 「見事だ。流石はライダー達のリーダーを務めるだけはある」
 「その声はっ!」
 二人は振り向いた。そこには黒い神父がいた。
 「カメレオロイド・・・・・・」
 「言った筈だ、我々がいると」
 胸の逆十字をかざした。すると地の底から戦闘員達が出て来た。
 「夕刻までの時間、そう簡単には過ぎさせん。せいぜいあがくがいい」
 彼はそう言うと姿をグラウンドの中に消していった。
 「クッ、去ったか・・・・・・・・・」
 この時本郷は致命的な判断ミスえお犯していた。それに気付いた時は既に遅かった。
 「イィーーーーッ!」
 戦闘員達が向かって来る。本郷とルリ子はそれを迎え撃つ。
 一刻も早く彼等を倒そうとする本郷達に対し戦闘員達は間合いを開きナイフを投げ攻撃するだけだ。明らかに時間を浪費するよう仕向けている。
 「まずい、このままでは」
 本郷が焦りだす。それを察したルリ子が懐から何かを抜いた。
 それは拳銃だった。素早い動きで戦闘員の胸を撃ち抜く。
 「グギィッ」
 胸を撃たれた戦闘員が苦悶の声をあげ倒れる。ルリ子は次々と発砲する。
 戦闘員達は次々と倒れる。見事な腕前だ。
 「ここは私に任せて。猛さんはグラバー園に」
 「う、うむ」
 本郷はその言葉に従い急ごうとする。だがその時だった。
 「きゃっ」
 何かがルリ子の腕を掴んだ。そして拳銃を奪う。
 「見事な腕前だ。女にしておくのは勿体無い」
 不意に声がした。カメレオロイドの声だった。
 「ルリ子さんっ!」
 本郷が駆け寄ろうとする。だが声は言った。
 「動くな。それ以上動けば女の命は無い」
 「くっ・・・・・・・・・」
 本郷は足を止めた。それを見届けたのかカメレオロイドは姿を現わした。
 「ククククク」
 次第に浮き上がる様にルリ子の後ろに浮かび上がる。その顔には満面の笑みがあった。
 「私が何の改造人間であるか忘れていたようだな。このカメレオロイドの」
 「ぬうう・・・・・・」
 そうだった。彼は保護色で身体の色を自由に変えられるカメレオンの改造人間なのである。従ってその場と同じ色になり姿を消す事が可能なのである。
 そういった特性を本郷も知らぬわけではなかった。否、カメレオンを母体とする改造人間とも闘ってきた彼にとってこれは痛恨の失態であった。
 「ぬかったな、本郷猛よ。この女は我々の捕虜だ」
 「おのれっ、卑怯な」
 「何とでも言うがいい。貴様のその苦しみ、焦りこそが私にとっては喜びなのだからな」
 「くっ、外道が・・・・・・・・・」
 だが動けない。彼の右腕はルリ子の首に当てられているからだ。
 「時間を早める。あと一時間でグラバー園を爆破する。その前に私を倒し爆弾を解除するのだな」
 「クッ・・・・・・」
 「もっとも貴様に私が倒せたらの話だが。私を今までの組織の改造人間達と一緒にするなよ」
 その通りだった。彼から発せられる気はこれまでの改造人間達とは比較にならない。
 「若し来なければ女の命は無い。拒む事の無いようにな」
 そう言うと姿を消した。
 「あと一時間・・・・・・・・・」
 腕の時計を見る。もう立ち止まっている時間は無い。
 「ルリ子さん、待っていてくれ。必ず・・・・・・!」
 本郷は競技場を急いで出た。そしてマシンに飛び乗った。
 「行くぞ、サイクロン!」
 変身はしない。だがマシンだけを新サイクロン改に変形させる。
 それで全速力で駆ける。激しい衝撃が全身を襲うがそれにかまわない。
 そしてその中で変身をする。腰のベルトが現われた。
 サイクロンのあまりの速さに道にいる車やバイクに乗る人は見えない。脇を風が通り過ぎていったとしか思えなかった。
 「風か?やけに強い風だな」
 車に乗り窓を開けていた人が呟いた。そのマシンは人の眼には見る事が出来なかった。そう、まさに風であった。
 


ライダァーーーーッ
 右手を左から右へゆっくりと旋回させる。全身が黒いバトルボディに包まれ胸が緑になる。手袋とブーツは銀、改造手術を受けたとはいえ外見は変わっていないようだ。
 変っ身っ!
 右手を脇に入れ手刀だった先を拳に変える。それと同時に左手を思いきり右斜め上へ突き出す。顔の右半分がライトグリーンのマスクに覆われる。そしてそれは左半分にも至る。
 
 「トォッ!」
 跳んだ。今までとは比較にならないジャンプ力だ。
 
 グラバー園は長崎市内を見渡せる丘の上にある。我が国の近代化に功績のあったイギリスの貿易商人グラバー氏が自身で設計し日本人の大工が建てた我が国最古の木造洋式建築物であるグラバー邸をはじめリンガー邸、オルト邸等の邸宅が立ち並んでいる。これ等の邸宅はどれも美しく見る人の目や心を楽しませ歴史の持つ深い味わいを教えてくれる。邸宅だけでなくこの長崎を舞台としたオペラ『蝶々夫人』のタイトルロールを当たり役とした我が国最初の国際的オペラ歌手三浦環の像やこのオペラの作曲者プッチーニの像もある。 
 この園は長崎にあるから当然坂も多い。その為エスカレータや歩く道も設けられている。
 今この歴史と芸術を伝える美しい園に異形の者達がいた。黒い服に赤いマスクの戦闘員達である。
 「本郷猛は来たか」
 カメレオロイドはグラバー邸の前で戦闘員の一人に問うた。
 「いえ、まだ見えておりません」
 その戦闘員は敬礼をして答えた。
 「そうか。時間はもうすぐだが」
 「怖気づいたのではないでしょうか」
 別の戦闘員が言った。
 「そんな筈が無い。こちらには人質もいるし爆弾も仕掛けられている。来ない筈がない」
 カメレオロイドは表情を変えずに言った。
 「そう、人質だ。奴の性格からして助けに来ない筈がないのだ」
 「そうなのですか」
 「そうだ」
 彼は邪な笑みを浮かべた。
 「仮面ライダーという者達は人間が捕らえられているならば必ず助けに来る。たとえそれが一人であっても、死地に飛び込むと解かっていてもな。それが仮面ライダーという連中なのだ」
 「わかりませんな。たった一人の人間の為に死地に飛び込もうとするなど。奴等は愚か者なのですか」
 「愚か者か、確かにそうだな」
 戦闘員のその言葉にカメレオロイドは別の種の笑みを浮かべた。他の者を見下した笑みだった。
 「奴等は愚か者だ。我等に刃向かうな。だが一つ忘れてはならない事がある」
 彼は顔から笑みを消した。
 「それは?」
 戦闘員が尋ねた。
 「奴等により今までの全ての組織が壊滅させられている。これは事実だ」
 「はっ・・・・・・・・・」
 それを聞いて戦闘員達の態度が硬くなった。
 「いいか、油断はするな。このグラバー園を奴の墓標とする為にな」
 「はい・・・・・・」
 戦闘員達は緊張した様子で答えた。
 「奴は我々が倒す。そして我等が理想社会を築くのだ」
 彼はそう言うと邸内に入った。戦闘員達はそれを敬礼で見送った。
 
 ライダーはその時グラバー園の中にいた。緑の中に隠れるようにして進んでいる。
 「まずは爆弾を探さなくては」
 見たところ戦闘員達が槍を手に警護を固めている。その中でもオルト邸の辺りの警護が特に厳しい。
 「あそこか」
 緑の中からでる。そして邸の裏からそっと忍び寄る。
 「ギッ」
 戦闘員の一人を後ろから首を絞めて倒す。そして裏手から中に入っていく。
 素早き動きで中の戦闘員達を倒していく。どの者も声を出させないようにして喉や腹を次々に撃って倒していく。
 「爆弾は・・・・・・」
 中を見回す。見れば奥の部屋の端にあった。
 「これだ」
 素早く駆け寄る。そして時限装置を外した。
 「これでよし」
 ライダーは爆破装置が停止したのを見て頷いた。
 「後はルリ子さんだ」
 策があった。彼はオルト邸を出ると再び緑の中に身を潜めた。
 
 三浦環の像の前。ルリ子はそこに縛られ吊るされていた。
 像の真下に吊るされていた。その下は水が流れている。
 「時間だ。ライダーはまだ姿を見せないか」
 カメレオロイドが現われた。配下の戦闘員達も一緒だ。
 「はい。何処にも姿を見せておりませんが」
 「そうか・・・・・・。逃げたとは考えられんが」
 彼は考える目をした。
 「まあ良い。爆弾のスイッチを入れろ」
 「はっ」
 彼の指示の下戦闘員の一人がリモコンのボタンを押した。
 「あれっ!?」
 その戦闘員が目を点にした。
 「どうした!?」
 カメレオロイドが思わず声をかけた。
 「いえ、爆弾が作動しません」
 「何っ、まさか・・・・・・・・・」
 カメレオロイドの目の色が一変した。
 「おいっ、すぐにオルト邸の方を見に行け」
 「はっ」
 すぐさま戦闘員のうち何名かがオルト邸に向かった。
 「もしかすると・・・・・・」
 それは充分予想された。だから今も姿を現わさないのか、彼は顔に焦燥感を浮かべた。
 戦闘員達が戻って来た。彼はそれを認めるとすぐに口を開いた。
 「どうだった!?」
 それに対する戦闘員達の答えは彼の予想通りだった。
 「残念ながら・・・・・・・・・」
 「やられたか・・・・・・」
 彼は表情を変えることなく口の中で歯噛みした。
 「間違いない、奴はここにいる。すぐにこちらにも来るぞ」
 彼は戦闘員達に伝えた。
 「ここに全員集結しろ、一刻も早くだ」
 「はっ!」
 彼の指示通りグラバー園にいる全ての戦闘員達が集結した。そして三浦環の像を取り囲む様に集まっていた。
 「油断するな、奴は奇襲が得意だ」
 カメレオロイドはその中心で戦闘員達に警戒する口調で言った。
 「どういった方法で来るかわからん。充分に警戒しろ」
 「はい・・・・・・」
 戦闘員達も緊張していた。最早その眼はルリ子からは離れていた。そう、彼等の眼はルリ子を見ていなかった。
 「トォッ!」
 不意に後ろから声がした。そして銅像の側に着地するとルリ子を救い出した。
 「ライダー!」
 ルリ子が喜びの声をあげる。その声にカメレオロイドも戦闘員達も顔を一斉に後ろに向けた。
 「しまった、後ろか!」
 「そうだ、まんまとかかったな!」
 ルリ子の縄を解いた彼は彼女を護る様にして像の横に立っていた。そして彼等を指差しながら見下ろしていた。
 「俺の奇襲に警戒している間にルリ子さんから注意が離れる、それを狙ったのだ!」
 「おのれ、ぬかったか!」
 「約束通りルリ子さんは返してもらうぞ」
 ライダーはそう言うとルリ子を抱いて高く跳んだ。そして像の後ろの壁の上に着地する。
 「さあルリ子さん、今のうちに。ここは俺が引き受ける」
 「え、ええ」
 ライダーに促されルリ子はその場を去った。
 「よくも私の策を破ってくれたな」
 カメレオロイドは顔に怒りを浮かべながらこちらに上がって来た。
 「貴様等がどの様な策を用いてもこのライダー、必ず打ち破ってみせると言った筈だ!」
 ライダーはカメレオロイドを前にして言った。
 「そうか・・・ならばその礼をしてやろう」
 カメレオロイドは口の端を歪めて笑った。
 「私の真の姿を以ってな」
 目を閉じる。それに右手の親指と人差し指を当てる。
 それを外す。目を開ける。七色に光るカメレオンの目だった。
 それを合図に身体が変化していく。肌が緑色の鱗になりそれが全身を覆っていく。
 両手は金属の鉤爪となった。尻尾が生え口は尖り長い舌が見える。
 そこにいたのは人とカメレオンの合成獣だった。間違い無く改造人間であった。
 「それが貴様の正体か」
 ライダーは怪人に対して言った。
 「そうだ。私の力、これまでの組織の怪人と同様に考えないことだな」
 戦闘員達が襲い掛かる。ライダーとカメレオロイドの戦いの火蓋が切って落とされた。
 「イィーーーーッ!」
 戦闘員達が槍を投げる。ライダーはそれを手刀でことごとく打ち落とす。
 「喰らえっ!」
 ライダーがそのうちの一本を掴み投げ返す。それは戦闘員の胸を貫いた。
 戦闘員達は接近し槍で突き拳を繰り出して来る。だがライダーはそれを全て防ぎ逆に拳や手刀で倒していく。
 「どういうことだ、これまでより戦闘力が遥かに上がっているが」
 戦闘員達を次々と倒していくライダーを見てカメレオロイドは首を傾げた。
 「よもや強化改造を受けたのか・・・・・・」
 「そうだ。このライダー、貴様等と戦う為再び改造手術を受けたのだ!」
 ライダーは怪人に対して言った。
 「貴様等悪の手先と戦う為なら例えこの身がどうなろうとも我等はやる!」
 そこには強い決意の色が現われていた。悪の組織に自身の身体を改造されそれから長きに渡って戦い続けた者だけが言える言葉であった。
 「フン、戯言を」
 それに対しカメレオロイドは冷ややかに言った。
 「我等が理想社会を築く為の礎になる事を拒んだ愚か者めが。死してその罪を償うがいい!」
 両手の鉤爪を伸ばして来る。ライダーはそれを蹴りで弾き返した。
 それが合図だった。戦闘員達は既に全員倒されていた。ライダーと怪人の一騎打ちが始まった。
 怪人は舌を鞭の様に振るう。ライダーはそれを身を屈めてかわす。
 「・・・・・・どうやら運動能力が以前とは比較にならない程上昇しているな」
 怪人は舌を収めて言った。
 「運動能力だけではない。今までのライダーと思ったら大間違いだ!」
 拳を繰り出す。一撃で右の鉤爪を叩き壊した。
 「成程。パワーもかなり上昇しているな」
 壊れた右腕を見下ろしつつ言う。
 「ならば私も全力を出そう。貴様を葬る為にな」
 その姿が徐々に消えていく。そして完全に溶け込んだ。
 「・・・・・・隠れたか」
 ライダーはそれを見て身構えた。カメレオンの怪人の戦法は知り尽くしている。
 ライダーは息を潜める。そして辺りの気を察している。
 (必ずここにいる。必ず)
 ライダーは知っていた。怪人の考えをそしてどう動くかも。
 後ろから何か音がした。ライダーは咄嗟に動いた。
 「そこだっ!」
 後ろから鉤爪が来る。その姿は見えない。だが鉤爪が切った空気の感触でその動きを感じた。
 後ろに宙返りした。そのまま足を思いきり蹴る。
 それは怪人の後頭部を直撃した。姿は見えない。だがそこに怪人はいた。
 鈍い音がした。後頭部を上からオーバーヘッドキックの要領で蹴り飛ばされた怪人は姿を現わした。そして倒れ込んだ。
 「グオオオオオ・・・・・・・・・」
 両膝を着き呻き声をあげる。どうやらかなりのダメージのようだ。
 「そうか、風の動きで私の位置を知ったのか」
 怪人は立ち上がりながら言った。かなりのダメージだがそれでも立ち上がってくる。
 「そうだ。姿は消せてもその動きまでは消せない」
 ライダーは怪人に対して言った。
 「フフフ、流石はライダー一号、見事だ。しかしな」
 怪人の目が妖しく光った。
 「これだけでこのカメレオロイドを、誇り高きバダンの改造人間を倒したと思わん事だ!」
 その長い尻尾を絡めてきた。そして思いきり投げる。
 「ウォッ!?」
 何とか着地した。そこはグラバー邸の前だった。
 「死ね!」
 左腕を鉤爪から人形の手に変化させる。そしてそれを口の中に入れた。
 舌が剣となって出て来た。それを手にライダーの前へ跳んで来た。
 剣を縦横無尽に振り回しライダーに斬りつける。かなりの腕前だ。これにはさしものライダーも次第に追い詰められていく。
 半歩退いたライダーはふと草に引っ掛かった。転びはしなかったがバランスを崩した。
 「その首、もらったぁ!」
 その機を逃すカメレオロイドではなかった。剣を横に一閃させライダーの首を刎ねようとする。
 だがライダーはそれをしゃがんでかわした。そして怪人のガラ空きとなった足下を蹴りで払う。
 「うわっ!」
 怪人は転んだ。倒れる怪人を見てライダーは勝機を悟った。
 「今だっ!」
 ライダーは跳んだ。そして空中でその身体を楔状激しく回転させる。
 「ライダァーーーーッスクリューーーーーキィーーーーーック!!」
 高速回転しながら蹴りを放つ。それはようやく起き上がったばかりの怪人の胸を直撃した。
 「ガハァッ!」
 その蹴りを受け再び倒れる。だがまた起き上がってきた。
 「何ッ、あの技を受けて立ち上がるとは」
 これにはライダーも驚いた。だが怪人は最早立っているのがやっとだった。
 「見事だ、ライダー。よくぞこの私を倒した」
 カメレオロイドは人の姿に戻りながらライダーに言った。
 「この長崎での作戦は失敗だ。私は貴様に敗れたのだからな」
 「カメレオロイド・・・・・・」
 怪人とはいえ見事な潔さであった。
 「だが覚えておくがいい。最後に勝つのは我がバダンだ。そして私はいずれ甦り再び貴様等の前に現われるだろう」
 そう言うと天高く跳んだ。
 「その日までさらばだ。偉大なるバダンの首領に栄光あれーーーーっ!」
 カメレオロイドは空中で四散した。欠片がパラパラと落ちて来る。
 「バダン怪人軍団・・・・・・。恐ろしい奴等だ」
 爆発と砕け散った強敵を見上げながらライダーは呟いた。

 カメレオロイドとの決戦を終えた本郷は船の中にいた。今出港を告げる汽笛が鳴った。
 「今度は沖縄ね」
 傍らにいるルリ子が尋ねた。
 「ああ。あの地でもバダンが何かと暗躍しているらしい。おやっさんから連絡があった」
 「そう。おじさんも相変わらずお元気みたいね」
 「おいおい、何を言うんだ。おやっさんはまだそんな歳じゃないぞ」
 ルリ子に対して笑って言った。
 「あれっ、そうだったの?もうお孫さんがいるようなお歳だと思っていたけれど」
 「まあ外見はそうだけれどね。まだまだ充分にやっていけるよ」
 「そうだったの。なんか大分御会いしていないから忘れちゃったわ」
 「ルリ子さんは滅多に日本に帰って来れないからね。仕方ないか」
 「けれどいいわ。この戦いが終わったら久し振りにアミーゴへ行くつもりだし」
 ルリ子は笑って言った。
 「うん、是非そうした方がいい」
 本郷は微笑んで頷いた。
 船が動きはじめる。二人は話を止め海の方へ顔を向けた。
 目の前に青いサファイアを溶かしたような海が広がっている。二人は束の間の休息を楽しみながらその美しい海を
眺めていた。そして新たな戦場に向かうのであった。

 影の男  完


                               2003・12・3

 
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