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魔術師の娘

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第三章

「お酒はないです」
「はぁ!?」
「うちはアクセサリーを売っていて占いをしていて」
「ないっちゅうんか」
「はい、お酒はないです」
 事実をそのまま述べる。
「申し訳ないですが」
「おい、申し訳ないで済むか」
 こうした話は酔っ払いには通用しないことが多い。そして実際にそれは効かなかった。男は唯の言葉に顔を顰めさせて言い返した。
「俺はマッコリが欲しいんや」
「それはわかってますけれど」
「じゃあ出さんかい。酒あるんやったらな」
「うちにお酒はありません」
 唯はまたこう答えた。
「ですから他のお店に行って下さい」
「御前俺を誰や思うてるんや」
 今度は恫喝だった。顔でもすごんできた。
「鹿目田やぞ、阿呆高のな」
「阿呆高の」
「そや、知ってるやろ」
 県内最低クラスの学校だ。偏差値三十を下回るという記録だけではない。常に事件を起こす県内札付きの高校だ。
「そこのボクシング部やぞ」
「そう言われましても」
「わかったらはよ出せ」
 酔っ払いは両手をズボンのポケットに入れて背中をやや曲げてその姿勢でまたすごんできた。
「ええな。酒や」
「ですから」
「出さんとどうなるか知らんぞ」
 またしても恫喝だった。
「ここで暴れるぞ」
「あの、それは」
「わかったらはよ出せ」
 酔っ払いはこう言ってだった。そうして。
 実際に何処からか鉄パイプを出してきた。それを両手に持って暴れようとする。だがここで。
 男の動きがいきなり止まった。まるで石になった様に。
 喋ることもなくなった。唯は急にそうなって目を瞠った。すると店の奥から。
 小百合が出て来た。いつもの黒のドレス姿だ。その彼女がやれやれといった顔で出て来て言うのだった。
「全く。こうした馬鹿は減らないわね」
「お母さん?」
「それに十八までって思ったのに」
 小百合は店の中に入りながら苦笑いになっていた。
「唯ちゃんに魔術を見せるのは」
「魔術?」
「私魔女なのよ」
 今明かす衝撃の事実だった。
「それで今のもね」
「魔法なの?」
「そうよ。魔法よ」
 まさにそれだというのだ。
「それを使ってその酔っ払いを動けなくしたのよ」
「そんな、魔法って」
「秘密にしてたのはね」
 自分が魔女であること、そして魔術のことをだというのだ。
「あれよ。魔術っていうのは勉強をはじめる時があって」
「それがなの」
「そう、十八の誕生日なのよ」
 まさにその日にだというのだ。
「その時から教えるって決まりがあるのよ」
「そうだったの」
「全く。このゴロツキのせいでね」
 小百合はやれやれといった顔で自分の魔術で硬直したまま動かない酔っ払いを見て言う。如何にも人間として最底辺を歩んでいそうな顔と雰囲気だ。
 その酔っ払いを見ながらこう言うのだった。
「こいつは後で溝にでも捨てておくけれど」
「溝って」
「いいのよ。こうした連中は相手にしていても仕方ないから」
 所詮その程度の輩だというのだ。
「だからね」
「捨てておくの」
「そう。とにかくこういうのはどうでもいいから」
 酔っ払いは実際に溝に捨てて終わりだというのだ。
「後はね」
「ええと。魔術のことは」
「お母さんが魔女だってことはもう言ったけれど」
 このことは既にだった。言ってしまったことは戻らない。 
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