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水の国の王は転生者

作者:Dellas
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第八十六話 野心家達の春

 ゲルマニア皇帝の死は、事件発生から僅か三日とせず、オーストリ大公アルブレヒトの首府ヴィンドボナに届いた。

 ヴィンドボナ市は、帝都プラーカに負けず劣らず、大都市として繁栄していて、多くの市民がこれから訪れる動乱に気づく事無く、日々の生活を送っていた。

 プラーカからの急使に、アルブレヒトはすぐさま面会をすると、急使の口から皇帝の死が告げられた。

「……なんと。皇帝閣下がお亡くなりになられたか」

「御意にございます」

「して、閣下の死因は? 老衰か?」

「いえ、それが……何者かによって窓から突き落とされたそうにございます」

「……なんと!」

 皇帝の死が自然死ではなく、何者かの手によるものと聴いた瞬間、アルブレヒト大公に電流が走る。

「伝令ご苦労! 一切休まずにこの報を届けてくれたのだろう。我がヴィンドボナで疲れを癒して欲しい」

 アルブレヒトは、急使に労いの言葉を送り退室させると直ちに家臣を呼び軍を召集を命令した。主の居ないプラーカを真っ先に抑える事が、次期皇帝への道だと思ったからだ。

(皇帝殺害の実行犯捜査の陣頭指揮を取る、と言えば大義名分も立つ。後はボヘニア王家の家臣らを懐柔するか、あるいは闇に葬れかすれば、皇帝の座はおのずと私の手の内に入るだろう。ついでにボヘニア王家もいただこうか)

 アルブレヒト大公は黒い思考をしながら、盟友であるバウァリア大公に手紙を送り協力を求めると、自身はヴィンドボナを守る僅かな手勢のみ率いて先発し、家臣達には動員した軍を率いさせて、先発したアルブレヒトの後を追うように命令した。

「いざプラーカへ!」

 アルブレヒトは、速さこそ、この段階でもっとも必要なものと考え、100騎も満たない僅かな軍勢で、遥かプラーカを目指してヴィンドボナを出発した。

 ……

 一方、オーストリ大公の政敵、ブランデルブルク辺境伯の首府ベルヴィンでは、プラーカからの距離の関係で、皇帝の死の報が1週間遅れて届いた

「なに、皇帝が殺された!?」

 ブランデルブルク辺境伯ヴィルヘルムが、プラーカからの急使の報告を聞き、驚きのあまり豪華な椅子から腰を浮かした。

「左様にございます」

 曲がりなりにも皇帝に対して礼儀を弁えないヴィルヘルムに、急使は難しい顔をしながらも無礼を聞き流した。

「ふむ、して、誰が皇帝を殺したのだ?」

「その事でございますが、私がプラーカを発つ時にはまだ何も分かりませんでした。ですが、距離的にも近いオーストリ大公閣下がいち早くプラーカ入りされて、陣頭指揮を取っておられると思われます」

「なんだと!!」

 オーストリ大公の名を聞いた途端、ヴィルヘルムは自慢のカイゼル髭が、Vの字に跳ね上がり、ヴィルヘルムは激高した。


「ぬうううう、出遅れたか!」

 ヴィルヘルムは犬歯をむき出しにして次期皇帝選出レースに遅れた事を悔やんだ。

 そして、これから自分が何をしなければならないか、答えを瞬時に出した。

「使者殿ご苦労! これより協議に入るため、我がベルヴィンで休まれるが良い、失礼する!」

「あ、あの……」

 急使はヴィルヘルムを呼び止めたが、頭に血が上ったヴィルヘルムの耳には届かず部屋から退室してしまった。

「はあ……ゲルマニアはどうなってしまうのだ」

 急使はため息を付いて窓の外を見た。
 窓の外には春が訪れたとはいえ、未だ寒風吹きすさぶベルヴィン市の姿が見えた。

 外出している市民は少なく、閑散とした雰囲気が市内を包んでいた。

 ベルヴィン市を始めとするブランデルブルク辺境伯領は、ハルケギニアでは北に近い位置にあるため、雪の量はそれ程でもないが、寒さで作物の育ちが悪く、土地は痩せていて、逆に南に位置するオーストリ大公のヴィンドボナは、温かく作物の育ちが良い為、国力においては天と地との差がある。

 寒村と言っても差し支えない領土ばかり有するブランデルブルク辺境伯が、次期皇帝選出レースにおいて、最有力候補者であるオーストリ大公のライバルである最大の理由は、ゲルマニア最強の軍事力であるゲルマニア騎士団を配下に持っているからである。

 急使の報告を聞いたヴィルヘルムは、家臣達を前にゲルマニア騎士団の出動を命じた。

「このままオーストリ野郎に玉座をくれてやる訳にいかん。我らもプラーカに赴くぞ。すぐに騎士団に出兵の命令を出せ、今すぐにだ!」

「か、畏まりました!」

「各領地からも動員を始めよ。ぼやぼやしている暇は無いぞ早く行け!!」

 ヴィルヘルムの怒声に家臣達は怯え、蜘蛛の子を散らすようにそれぞれの仕事の散った。

 家臣達が居なくなった部屋で、ヴィルヘルムは大き目の椅子に腰を掛けると、自慢のカイゼル髭を撫でた。

「まったく。使えない奴らだ」

 減らない口で、一言ヴィルヘルムが呟いた。

 カイゼル髭の中年男、ブランデルブルク辺境伯ヴィルヘルムは好戦的な男だ。

 その有り余る野心の割りに能力はそれ程でもなく、さらに激しい性格が災いして人望は無い。

 そんなヴィルヘルムが、野心を隠す事無くむき出しにしても非難を受けないのは、全て強力なゲルマニア騎士団の後ろ盾があっての事だった。






                      ☆        ☆        ☆






 ベルヴィン市からさら北に行った所に、プロイゼン地方と呼ばれる土地があり、その地はゲルマニア騎士団の本拠地である。

 ゲルマニア騎士団は、元々はゲルマニア人を中心に構成されたロマリアの聖堂騎士隊 (パラディン)の一派だったが、何百年か前の聖戦に参加して戦いに敗れたものの、プライドの高さゆえか、ロマリアに帰るのを嫌がった騎士たちが、ゲルマニアのブランデルブルク辺境伯領周辺でうろついていた所を、時のブランデルブルク辺境伯に声を掛けられ、忠誠の代わりプロイゼン地方を与えられたのが始まりとされる。

 入植したての頃のゲルマニア騎士団は、ロマリアの聖堂騎士隊(パラディン)ゆえか、傲慢な騎士が多かった。
 だが、ハルケギニアのブリミル教圏において最も北に位置する厳しい環境が、傲慢な聖堂騎士隊(パラディン)の気風を調整し、厳しい環境でも弱音を吐かずに任務を遂行し、質実剛健をそのまま形にした軍人の鑑の様な男達に変化して行った。

 そんな騎士団が、色々と問題のあるブランデルブルク辺境伯に従うのは、彼ら騎士団は『例えどの様な主君であっても忠誠を尽くすのが本物の騎士』と、自分達が作り出した『騎士像』を追求する一種の求道者でもあったからだ。

 だが、そんなゲルマニア騎士団を悪く言う声がチラホラと見られた。

 例えばこういう事があった。

 『どの様な環境でも弱音を吐かず任務を遂行するのが本物の騎士』と、猛吹雪の中、上半身裸で何十リーグも雪中行軍する訓練が恒例化していて、苦しそうな顔を少しでもすると、周りの騎士から鞭が飛んだりと、常軌を逸した訓練が有名で、訓練で死んでしまう者も少なくない。

 口が悪い者からは『ドM騎士団』と言われていたが、その勇名はハルケギニア全土に轟いている。

 いまだ雪深いプロイゼン地方のゲルマニア騎士団の居城マリエンブルグ城では、主君であるブランデルブルク辺境伯からの出動命令で、戦の準備に明け暮れていた。

 騎士達は全身に銀色に輝くフルプレートアーマーを身に纏い、白地のサーコートにはゲルマニア騎士団の紋章である黒十字(バルケンクロイツ)が描かれていた。
 ちなみにサーコートとは、鎧の上に羽織るマントの様な衣服の事をいう。

 騎士たちが、身に纏った鎧をガチャガチャ鳴らしながら準備に右往左往している中、騎士団の長である総長(ホッホマイスター)の部屋では、一人の男が出発前の準備に追われていた。

 金髪碧眼で長身の青年、ゲルマニア騎士団総長のフリードリヒは、主君のブランデルブルク辺境伯からの指令書を読み終え、指令書を木製のテーブルの上に置いた。

(いくさ)か、久々の人間相手の戦だ。腕が鳴る」

 少々高めの声色が室内に響く。
 ここ数十年のゲルマニア騎士団は、プロイゼン地方よりさらに北の寒くて人が住めない土地から侵入してきたモンスターの退治が主な任務だった。

「しかし、曲がりなりにも、公文書である指令書に、『皇帝が死んだ。オーストリ野郎を皇帝にしたく無いから手を貸せ』と、赤裸々に書くなんて……脇が甘いんじゃないですか? 叔父上」

 フリードリヒは、先代のブランデルブルク辺境伯の嫡子と生まれたが、父親の弟であるヴィルヘルムがフリードリヒの父親を謀り、暗殺すると自らが辺境伯の座を奪い、フリードリヒを追放同然にゲルマニア騎士団に入団させた。

 無理矢理、騎士団に入団させられたフリードリヒは、再び辺境伯に返り咲くべく、野心を内に隠して、表面上はヴィルヘルムに徹底した忠誠を尽くした。

 徹底した忠誠にヴィルヘルムは、フリードリヒがゲルマニア騎士団の気風に染まったと思い込み、騎士団を完全に掌握しようと、あろう事かフリードリヒを総長にさせる支援を始めた。

 元々優秀なメイジの才能持っていた事と、(かたき)の支援を最大限に利用して、フリードリヒは20代前半でゲルマニア騎士団総長に登り詰めた。

 ノックの後に、騎士が一人フリードリヒに報告してきた。

「総長、各騎士団の出動の準備が整いました」

「分かった。すぐに行く」

 フリードリヒは返答すると、テーブルの上に置かれた鉄のグレートヘルムを小脇に抱え、騎士の後に続いて部屋を出た。
 グレートヘルムのデザインは、頭部全体を包むグレートヘルムに牛の角を思わせる角が付けられていて、さらにその角には羽毛で装飾を彩られた、騎士団の総長に相応しい豪華なデザインだった。

 まだ雪の降りしきるマリエンブルグ城。
 城内に設置された練兵場には、主力を担う500人を超す完全武装した騎士たちと、彼らと共に戦う飛竜が集結していて、練兵場の外にはリヴォニヤ帯剣騎士団と呼ばれるゲルマニア騎士団の分団が800騎集結していた。
 
 フリードリヒが率いる、主力のテュートン騎士が騎乗する全ての飛竜には、鱗の薄い部分を守る鎧と、騎士たちと同じ白地に黒十字のサーコートを着ていた。
 一方のリヴォニヤ帯剣騎士は、白いサーコートは同じだが、赤い二振りの剣を交差させた紋章が描かれていた。
 ゲルマニア騎士団は、僅か1000騎程度の軍勢ながら全員がメイジで、全ての団員が一騎当千の(つわもの)だった。

「諸君、集まっているようだな」

 フリードリヒは騎士達の前に立つと、出陣の前の演説を始めた。

「ゲルマニア騎士団総出陣の今回の戦は、今までの様なモンスター相手のちっぽけな戦いではない。詳細は言えないが、我らの働き次第でゲルマニアの未来はいかようにも変わる大事な戦いだと思って欲しい!」

『オオッ!』

 騎士たちから歓声が上がる。

 騎士達の士気は上々、フリードリヒは今回の戦も勝利を確信し、フリードリヒは小脇に持ったグレートヘルムを被ると、出陣の命令を出した。

「では出陣っ! 始祖ブリミルの御照覧あれ!」

 騎士たちを乗せた飛竜たちは一斉に羽根を広げ、雪の振る大空へと飛び立つ。

 フリードリヒも自分の飛竜に乗り込むと、大空へ飛び立った。

 空をゲルマニア騎士団の主力であるテュートン騎士が500騎が行き、地上をリヴォニヤ帯剣騎士800騎が騎馬で進軍した。

 かくして、3人の野心家は、それぞれの野心を胸に帝都プラーカへ向けて進軍を開始した。

 
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