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水の国の王は転生者

作者:Dellas
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第八十七話 トリステインの選択

 ゲルマニアに動乱が訪れようとしている頃、トリステイン王国の王都トリスタニアでは、大規模な増築計画が実行されていた。その中でも一際目に付くのは、トリスタニア大聖堂の増築作業だった。

 トリステイン独自の教育制度にロマリアが怒ってマクシミリアンを破門しないように、ご機嫌取りの為に着手した大聖堂の増築だったが、増築計画の他にも、ロマリア司教達に接待攻勢をしたことで、高額の出費を出してしまった。

 別にロマリア側が接待を要求してきたわけではなく、マクシミリアンが勝手に破門を恐れての接待だった。
 接待のお陰で、ロマリアはトリステインの教育改革を、表面上は見てみぬ振りの態度にさせる事に成功したが、この出費でトリスタニア増築計画と平行して、トリステインの鉄道網の開発計画は予算が確保できなくなり延期を余儀なくされた。

 ゲルマニア皇帝殺害から三日後、マクシミリアンは王宮の執務室で、ロマリアへの行き場の無い怒りを腹の中に為ながら、政務を行っていた。

「ロマリア坊主ども、ムカつくぜぇ~~」

 未だロマリアへの怒りが腹の中に溜まっていたマクシミリアンは、グチグチとロマリアへの愚痴を呟きながら羽ペンを操り、日が傾かない内に今日の分のノルマを終わらせてしまった。

「終わってしまった……こうなったら飲まずにやってられないな」

 手持ち無沙汰なったマクシミリアンは、杖を操り『レビテーション』で、離れた棚に置かれたブランデーを引き寄せる。

 だがブランデー瓶は、白磁の様な綺麗な手に掴まってしまった。

「マクシミリアンさま。最近酒量が多くなっていますよ?」

 いつの間に執務室に入ったのか、カトレアが空中を行くブランデーの瓶と掴み、マクシミリアンに注意した。

「居たのかカトレア。今日はアンリエッタの勉強を見ているんじゃなかったのか?」

「アンリエッタの件は済ませたので、こちらに寄ったのです」

「そうか。それよりもカトレア。そのブランデーを渡してくれないか?」

「駄・目・です!」

 カトレアは強めの口調で、ブランデー瓶を渡さないように胸元に抱き寄せると、元の棚に戻してしまった。

「むう、一体なにが悪いんだ?」

「何度も言いますけど、最近のマクシミリアンさまの酒量は多すぎます。これでは御身体を悪くしてしまいます」

「酒は百薬の長を言うぞ。むしろ身体に良いんだ」

「マクシミリアンさま。わたしがそんな嘘に騙されると思っているんですか?」

「いやいや、問題ない。僕の水魔法なら、体内のアルコールを瞬時に抜く事なんて朝飯前だ」

「魔法があるからと言って、強いお酒を飲んでいたら駄目です」

「弱い酒ならいいの?」

「そういう問題ではありません!」

「どうしても駄目?」

「駄目です!」

「むう、仕方ない」

 ブランデーを諦めたマクシミリアンは、仕事を終えたばかりの机の上に、両足をドッカリ乗せて足を組んだ。すこぶる行儀が悪かった。
 そんなマクシミリアンの態度を見て、カトレアは眉をひそめる。

「マクシミリアンさま。子供じゃないんですから、そんなに拗ねないで下さい」

「……悪かったよ。ほら、これで良いだろ」

 マクシミリアンは机に乗せた両足を下ろして、お行儀良くした。

 ここ最近の夫婦のやり取りは、夫が深酒をしようとして妻がそれを諌める……そんな事ばかりだ。
 カトレアは、愛する夫がロマリア関係でストレスを溜めているのが分かっている為か、それ程強く言わない。

「お酒は駄目ですけど、紅茶はいかがですか?」

「……本当は酒が欲しかったんだけど仕方が無い、貰おうかな」

「すぐに淹れますね」

 何処から持ってきたのか、カトレアは魔法のポットと紅茶葉で紅茶を淹れ始めた。

「メイドコンビじゃなくて、カトレアが自分で淹れるのか」

「二人の足元にも及びませんが」

「いや、カトレアが淹れたのも飲んでみたいな」

「楽しみにしてて下さい」

 カトレアは、以外に手馴れた手付きで紅茶を淹れ始め、暫くしてカトレアの淹れた紅茶がマクシミリアンの前に置かれた。

「どうぞ、お口に合うか分かりませんが」

「なに、カトレアの淹れたお茶だ、不味い事は無い」

 マクシミリアンは、砂糖やミルク等は一切入れず、カトレアの紅茶を一口含んだ。

「いかがでしょう?」

 カトレアは不安げな表情でマクシミリアンを見た。

「美味しいよ」

「良かった」

 マクシミリアンの答えにカトレアはニッコリ笑った。

 一方のマクシミリアンも、カトレアの気遣いに触れ、ロマリアへの不満を忘れた。
 だが、そんなマクシミリアンを驚かせ不機嫌にさせる報せが届いたのは、夫婦のやり取りから3時間後の事だった。






                      ☆        ☆        ☆ 






 ゲルマニア皇帝がチェック貴族に殺害された第一報が届くと、トリステイン王国の各閣僚が緊急に王宮に集められ、対策の為の御前会議が行われる事になった。

 閣僚達が会議室で対策を行っている頃、マクシミリアンはカトレアとセバスチャンら使用人達に手伝って貰いながら、御前会議に出席の為の準備を行っていた。御前会議という事で、マクシミリアンは重い王冠を被った正装で出席しなければならなかったからだ。

「カトレア。今日は遅くなりそうだから先に休んでてくれ」

「分かりましたマクシミリアンさま」

 マクシミリアンが国王に即位して王宮に移ってから、マクシミリアンとカトレアの寝室は別々になってしまったが、マクシミリアンやカトレアが風邪などの体調不良で無い限り、大抵マクシミリアンはカトレアの寝室で夜を明かした。
 毎夜毎夜の営みで、周囲は人々がカトレアの懐妊が期待したが、未だにその傾向は無い。

 マクシミリアンは、コートの様に分厚いマントを羽織ると、次の日には絶対に肩の凝るほど重い王冠を被った。

「被り慣れないな……ではカトレア、行ってくる」

「はい、マクシミリアンさま。いってらっしゃいませ」

 マクシミリアンはマントを翻すと、セバスチャンと共に部屋を出た。

 腹の中のイライラをカトレアに悟られないように、廊下を進むマクシミリアン。窓の外は漆黒で、双月も厚い雲に隠れてしまっていた。

(策士、策に溺れる、って奴か? まったく……)

 と、内心毒気づいた。
 カトレアにはゲルマニアへの謀略を喋ってはいない。それどころか闇の部分に関しては一切触れさせていない。
 何故触れさせないかというと、謀略に携わっていることが知られる事で美しいカトレアが穢れると思ったからだ。

(感情を持たないガーゴイル相手ならこんな事は無かったのだが……まあ良い経験になったと思っておこう)

 無理矢理ポジティブに考え、会議室の前に立つと、守衛の兵士がマクシミリアンの到着を会議室の面々に知らせた。

「国王陛下。おなぁ~~~りぃーーーーー!」

 守衛の声に会議室の全ての臣下が一斉に起立すると、入室したマクシミリアンに礼をした。

 会議室は長机がU時を描いて設置されていて、層々たるメンバーが席について議論を交わしていた。

 会議に参加している主な閣僚は、宰相兼内務卿のマザリーニ、外務卿のペリゴール、財務卿のデムリ、空軍卿のトランプ提督、最後の陸軍卿はマクシミリアンが兼任していた為、代理に総参謀長のラザールが出席していた。
 他にも次官クラスの人材が会議に参加していたが、情報局のクーペの姿が無かった。

 入室したマクシミリアンは、会議室の上座に設置されている玉座の前に立つと、マザリーニら御前会議参加者に着席を命じた。

「着席してよい」

 ガタタ、とマクシミリアンが着席を促した事で、臣下達が一斉に、予めタイミングを計ったかのように同時に着席した。

「早速だが、今までの議論の詳細を聞かせて欲しい」

 玉座に座ったマクシミリアンは、今までの会議の内容を聞くと、会議の議事進行係を努めていたミランが立ち上がり詳細を語りだした。

 議論の結果、トリステインはゲルマニア国境を無期限の警戒態勢を発令させる事と、外務卿のペリゴール主導でゲルマニアの情報収集をさせる事と、いざ内乱となった場合に備えて、ゲルマニア国内のトリステイン人の早急な国外退去を促す事などが会議で決まった。

「以上でございます。国王陛下のご聖断を頂きたく……」

 そう言ってミランは深々と頭を下げた。

「決を下す前に、二三聞きたいことがある」

「は、何なりと」

「現段階で、トリステインが動員できる兵はどのくらいか?」

『ざわ……ざわ……』

 マクシミリアンの言葉に会議に参加していた閣僚から、ざわめいた声が上がった。

「控えぃ! 陛下の御前なるぞ!!」

 ミランが一喝すると、会議室はシンと収まった。

「ああ、勘違いしないで欲しい。別に今すぐ侵攻する訳じゃない。今のトリステインにそんな暇は無い事はわかる」

「でしたら、私が説明いたしましょう

 マクシミリアンの言葉に、ラザールが立ち上がり、動員数諸々を喋りだした。

「皆さんも知ってのとおり、トリスタニアでは増築計画が発動中で、それ程多くの兵員は動員する事は出来ません。トリステイン経済に悪影響しない動員数は、およそ2万。それ以上の動員は経済活動に悪影響が出ると、我ら参謀本部が換算いたしました」

「たったの2万か……」

 各閣僚からため息に似た声が上がった。

 近代戦とは即ち総力戦だとマクシミリアンは思っている。
 どこかの国と戦う場合は、もちろん兵力も必要だが、国民を根こそぎ動員しては経済を回す事が出来ない。

 マクシミリアンが即位してから1年。
 先のエドゥアール王の時代から工業化を推し進めるトリステインだったが、小国ゆえか、少ない人口で戦争しながら経済活動が出来るほど国力は無い。
 ギリギリの兵員動員数が僅か2万では精々一会戦分の兵力しか確保できなく話にならないと、ラザールは閣僚らの前で熱弁した。

 戦争どころではない理由は他にも在る。
 
 マクシミリアンはトリステイン軍の軍制改革に着手し、ハルケギニアでは常識だった徴兵制から志願制に少しづつシフトするように改革を進めた。
 少ない兵力しかないトリステインの苦肉の策として、少数精鋭の軍にする事が、小国であるトリステインのとる道だと参謀本部は答えを出し、マクシミリアンはその実践を始めた。

 今すぐ徴兵制から志願制に変えれば、大混乱になるのは必須な為、時間をかけての改革とはいえ、少数精鋭への道は未だ途中。今現在のトリステインの状況では、トリステイン側からゲルマニアへの侵攻など自殺行為とラザールはマクシミリアンら閣僚に説明した。

「陛下。可能な動員数については以上です。我がトリステインがゲルマニアと杖を構えた際には限界でも2万。国内の防衛に割く分を計算に入れれば、その数はもっと少なくなり、ゲルマニアに侵攻した場合、兵力不足で一ヶ月と持たないでしょう」

「ありがとう、ラザール。座ってよい」

「御意」

 ラザールが着席すると、会議室は重苦しい静寂に包まれた。
 各閣僚の顔色は悪く、夢から覚めたような顔の者がチラホラ見かれられた。
 マクシミリアンは、この光景を見て内心ほくそ笑んだ。まさに『計画通り』だった。

(よしよし、これで良い)

 何故、マクシミリアンがこの様な事をしたには理由がある。
 それはマクシミリアンが、新世界から戻ってきて、王宮を包む気の抜けた空気に気づいたからだった。
 未知の世界で常に気を張り警戒しながら暮らした経験からか、トリステインを包む浮ついた空気に、マクシミリアンは心配になって独自に分析してみた。

 分析の結果、好景気の影響の為か、それとも何をやっても大成功な影響の為か、トリステイン全体が
緩みきった気配が王宮を支配していた。古い言葉で例えればイケイケ状態と言ってよい雰囲気だった。

 数年続く好景気に、警戒心を無くした一部の閣僚から今回のゲルマニア皇帝の死に乗じて、ゲルマニア領に侵攻しようという空気を、マクシミリアンは会議室に入った瞬間感じ取った。

 そこでマクシミリアンは、緩んだ空気を払拭する為に、ゲルマニアへの侵攻がいかに無謀かラザールの口から説明させ綱紀粛正を図った。

「次、空軍卿のトランプ提督、現在の空軍の艦船の状況を報告して下さい」

「ははっ」

 ミランの催促にトランプ提督が立ち上がり、玉座のマクシミリアンに一礼した。
 空軍卿となったトランプ提督は空軍の正装で出席していて、顎から胸の辺りまで白髪で真っ白になった長い髭を垂らし、持っていた資料を読み上げた。

「今現在、空軍は既存の艦船に水蒸気機関を取り付け作業を急ピッチで進めておりますが、肝心の水蒸気機関を作成できる技術者が、ラザール殿を含めたほんの一握りしか居ない為、改修作業は遅々として進んでおりません」

「ゲルマニアと事を構えると仮定して、トリステイン空軍はどの程度の艦船を投入できる?」

 マクシミリアンがトランプ提督に聞いた。

「改修を終えた汽走戦列艦が8隻、それ以下の汽走小型艦艇20隻が投入できます」

「改装が完了した艦艇はそれだけか」

「御意。他にも改装待ちの艦船は大小あわせて30隻以上あります」

「水蒸気機関の生産数は少ないからな。ありがとうトランプ提督」

「ははっ」

 トランプ提督は一礼すると着席した。

「陛下。他に何かございますか?」

 ミランがマクシミリアンに聞くと、マクシミリアンは手を挙げて玉座から立ち上がり語り始めた。

「さて、現状の戦力ではゲルマニアへの侵攻は難しいが、等のゲルマニアがトリステインに対しどう動くか僕には分からない。そこで、ゲルマニアがトリステイン側の国境を越えても手早く対処できる様に、先日延期になった鉄道網の設置を復活させたいと思う」

 マクシミリアンの狙いは、鉄道網を整備する事で、少ない兵力を最速で最前線に送る事でゲルマニアへの備えを整えたかった。

 語り終えたマクシミリアンが座ると、マクシミリアンこの発言に財務卿のデムリがミランの許可を得ずに慌てて立ち上がった。


「お、恐れながら陛下!」

「財務卿、発言は手を挙げてから行ってください」

 ミランがデムリを注意するとマクシミリアンは『よいよい』と手で発言を許可するジェスチャーを送った。

「ははっ、本年分の予算配分は既に終了していて、新しく補正予算を組む必要があります」

「ならば、補正予算を組む様に取り計らってくれ」

 とマクシミリアンが当然の様に言う。

「ですが、昨今のロマリアへの寄付金で、わが国の経済は少なからず圧迫され、大規模な補正予算を組むには、難しいと思われます。せめて来年に持ち越しする事をご検討下さい」

「むう」

 教育改革で背負わなくてもいい重荷を背負ってしまった手前、ロマリア関係で突っ込まれるとマクシミリアンも弱い。
 だが、マクシミリアンもここで妥協する訳にはいかない。

「なにもトリステイン全土に鉄道網を敷けといっている訳じゃない。敷いて欲しいのは三つお路線だ」

「三つの路線ですか?」

 今まで会議の行く末を見ていた宰相のマザリーニが、初めて口を開いた。

「そうだ。ゲルマニアと対峙した際に考えられる三つの戦線。トリスタニアからロレーヌ、リュエージュ、ラ・ヴァリエールの三つの路線を早急に整備する。財務卿、これならば予算の確保は可能では無いか? 検討して欲しい」

「か、かしこまりました、ただちに検討いたします7」

 デムリは汗をだらだら掻きながら、マクシミリアンに一礼をした。

 その後も御前会議は滞りなく終わり、当面のトリステイン王国の行動指針は、様子見の為に中立を保つ事に決まった。
 また、会議後デムリが持ち帰ったマクシミリアンの案を、財務官僚らが検討した結果、予算が下りることになり、三つの路線の工事が進められる事になった。
 鉄道が完成すれば、大量の兵力を迅速に国境に輸送させること期待できる。
 小国だからこそ、富国強兵に一切の妥協をしないマクシミリアンの努力は続く。
 
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