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星々の世界に生まれて~銀河英雄伝説異伝~

作者:椎根津彦
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激闘編
  第八十五話 激戦の予感

宇宙暦795年9月15日14:00
エル・ファシル星系、惑星エル・ファシル近傍、自由惑星同盟、自由惑星同盟軍、
第九艦隊旗艦グラディウス、
ヤマト・ウィンチェスター

 今ウチの艦隊はエル・ファシルの近くを航行中だ。カイタルまでは予定通りならあと十五日。俺達と同じ様にカイタルに向かっているのは…。
「閣下、第十艦隊ですが、九月三十日の到着予定に対し日数にして二日の遅れが出ている模様です」
「原因は?」
「ワープ機関に不調をきたしている艦艇が若干数存在している様でして、その修理が終了するまで待機中との事です」
「仕方ない事とはいえ、困ったな」
「はい。帝国艦隊の侵攻に間に合えばいいのですが…」
「カイタルには五個艦隊が居るんだ。大丈夫だよ」
カイタルの艦隊根拠地が完成した事によって、同盟軍の兵力配置にも再度変更がなされていた。現在アムリッツァ星系カイタルには五個艦隊が駐留している。イゼルローン要塞には要塞駐留艦隊と二個艦隊、ハイネセンに六個艦隊。イゼルローン、カイタルへの駐留期間は二年。二年毎に艦隊がまるっと入れ替わる。ウチと第十艦隊はローテーションに従って二年間の要塞駐留任務に就く為にイゼルローン要塞に向けて航行中だったんだけど、帝国軍出兵の報を受けて要塞駐留任務ではなくそのままカイタル増援に向かう事になった。万が一を考えての措置だった。同盟五個艦隊と帝国六個艦隊は艦艇数だけ見れば互角ではあるものの、だからといって互角に戦えるとは限らない。援軍は多ければ多い程いいのだ。

 ミリアムちゃんは報告が終わると、お茶を用意しますね、といって艦橋を下りていった。お茶…最近俺は緑茶にハマっている。湯呑みと急須も用意させたのだ。この世界、この時代には日本茶という概念はないものの、ちゃんと緑茶が存在していたのだ。湯呑みと急須は陶芸家に作って貰った一品物だ。電気ポットと急須と湯呑み…ミカンがあれば最高だな。みたらし団子も捨て難いな…うう、食べたくなってきた…。

 ワイドボーンが怪訝そうな顔をして質問してきた。ヨダレでも出てたかな…。
「本当に帝国軍は出て来るのでしょうか」
「それは帝国軍に聞いてみないと分からないよ」
「それはそうですが…戦略的に意味のある出兵とは思えません。六個艦隊といえば確かに大兵力ではありますが、それだけではアムリッツァやイゼルローン要塞を再奪取するには足りないのは明らかです」
フェザーンに派遣したバグダッシュから情報がもたらされたのは先月の半ば頃だった。フェザーンの証券取引市場で、帝国軍に物資を納めている企業を中心に株価が上がっているという情報だった。調べてみると、確かにその通りで、同盟内でも主にフェザーン関連の企業の株価に影響が出ていた。今回のアムリッツァへの増援もこの情報が元になっている。
「私は経済には詳しくないが、帝国軍に軍需物資を納める企業の株価が上がっているという事は、帝国内でそっち方面の動きがあるという事だろう?バグダッシュはそこから探っていったんじゃないか」
「そのバグダッシュ大尉ですが、本当に信用出来るのでしょうか」
「部下を信用しないでどうするんだ。それとも情報関係の人間を毛嫌いする理由があるのかい?」
「いいえ、特には…」
「バグダッシュは悪い人間じゃない。参謀長が彼を信用出来ないとしてもだ、情報を扱う事にかけてはバグダッシュはプロだ。プロは雇い主にいい加減な事は言わないだろうよ」
「了解しました」
ワイドボーンはため息をつくと艦橋から出ていってしまった…どうしたんだろう、疲れてるのかな?

「…カヴァッリ大佐」
「何でしょうか、閣下」
「参謀長のカウンセリングをお願いします」
「なんでアタシが…じゃない、何故小官が」
「司令部内務長じゃないですか。司令部スタッフの心情把握な司内長の立派な任務ですよ。どんな事でもいいから話を聞くだけでいいんです。カウンセリング研修、受けてますよね?」
「はい…参謀長の様子を窺ってきます」
パオラ姐さんは肩を落とさなくていいんですよ!
「いやはや…見ていて飽きませんな、閣下」
「副司令官…」

 俺とワイドボーン、そしてパオラ姐さんとのやり取りを見て、シェルビー副司令官が笑いをこらえている。
「彼はスランプなのでしょう。閣下もお若いが参謀長もまだ充分に若い。優秀で、若くして高位を得た者にはありがちな事です」
「そうなのですか?」
「どうしても肩肘を張ってしまうのです。上位者が閣下やヤン少将だけだった頃は、皆年も近いですし本人も意識する事はなかったでしょうが、今は小官が居りますからな。それに彼はこの艦隊の参謀長です、責任感がそうさせてしまうのでしょう」
「へえ…意外だなあ」
「そうですか?」
「ワイドボーン参謀長は自信の塊の様な人ですから」
「そういう人ほど陥りやすいのですよ。まあ、乗り越えるしかありません…参謀長の代わりに話を戻しますが、帝国軍は本当に出て来ますかな」
「あると思いますよ、情報畑の人間からの情報ですから。バグダッシュ大尉も生半可な事ではこんな事言わないでしょう」
「そうですな…ですが参謀長の言う通り戦略的に意味があるとは思えないのも事実です」
「戦略的に意味が無いのは確かでしょうね。ですが帝国の国内向けには充分に意味があると思いますよ」
「帝国の…国内向け?」
バグダッシュはどうやって調べたのか、帝国内で大貴族の叛乱があったとも言っていた。カストロプ公のボンクラ息子の反乱だ。原作だとキルヒアイスが鎮圧するやつだ。艦隊戦力を増強しつつある帝国軍にしてみれば、艦隊の実力を試すいい機会だろう。
「ええ。帝国は対外的…我々との戦争では負け続けていますからね。そろそろ勝ち星が欲しいところでしょう。専制国家は軍隊が勝てないと国民のフラストレーションの捌け口が指導者に向きがちです。国内向けの政治的アピールとして出兵せねばならないんですよ。政府だけではなく、帝国軍自身も国内に向けて存在価値を示さねばならないですし」
「という事は必ず勝ちに来ると…?」
「ええ。まあ…戦争しているんですから当たり前なんですけどね」
「それでは帝国軍が動かす兵力は六個艦隊とは限らないのではないですかな」
「いえ…一応負けた時の事や国内の政治情勢にも配慮しなくてはならないですから、公式発表の通り六個艦隊がいいところでしょう。多くて七個、少なければ四個艦隊くらいじゃないですか」
「ふむ…」

 シェルビー副司令官と話していて気付いた事があった。原作の話だ。国内情勢に配慮しなくてはならないからこそ、帝国が同盟内に侵攻する際の兵力規模は四個から五個艦隊ではなかったのか…。目からウロコだこりゃ。
「国内情勢と仰いますと…帝国国民の反乱に備えねばならない、と?いや、違うな。貴族ですか?」
「いえ、反乱などではありません…おっと、お茶の用意が出来たみたいです、副司令官もどうですか、緑茶」
「いや、遠慮しときましょう。小官は非番なので自室に戻っております。ではまた後程」
あ、非番だったんですか…美味しいんですけどね、緑茶…。

 


帝国暦486年9月18日14:00
シャンタウ星系、銀河帝国、銀河帝国軍、ミュッケンベルガー艦隊、帝国軍総旗艦ヴィルヘルミナ、
ラインハルト・フォン・ミューゼル

 総旗艦ヴィルヘルミナの作戦会議室で、宇宙艦隊司令部による最終的な作戦会議が行われる事になった。出撃した各艦隊司令官とその参謀長が勢揃いしている。帝国政府の公式発表では六個艦隊による出兵とされていたが実際には八個艦隊が動員されている。

ボーデン方面
ミュッケンベルガー艦隊:二万隻
シュムーデ艦隊:一万三千隻
ゼークト艦隊:一万三千隻
シュトックハウゼン艦隊:一万三千隻
ギースラー艦隊:一万三千隻

フォルゲン方面
メルカッツ艦隊(先任指揮官):一万三千隻
ミューゼル艦隊:一万三千隻

ハーン方面
クライスト艦隊:一万五千隻

帝国本土に残るのは六個艦隊。残留ではあるものの、状況によっては援軍として投入される事が決定している。

ケルトリング艦隊:一万三千隻
フォーゲル艦隊:一万三千隻
カイテル艦隊:一万二千隻
ドライゼ艦隊:一万二千隻
ノルトハイム(アントン)艦隊:一万二千隻
ベルタ・ノルトハイム(ベルタ)艦隊:一万二千隻

ヒルデスハイム伯爵家に属する者として、伯爵が幕僚副総監に就任した後のノルトハイム兄弟は、ヒルデスハイム家に残された艦隊戦力の錬成に当たっていたが、改めて正規艦隊司令官として抜擢されていた。ケルトリング、フォーゲル、カイテル、ドライゼの各中将は何れもミュッケンベルガー家やケルトリング家の一門縁者で、古くからの武門の家柄だった。第二次ティアマト会戦後は没落してしまったが、軍事貴族復活の為にミュッケンベルガーが子飼いとして見守って来た家門の跡取り達だった。ノルトハイム兄弟の能力は言わずもがなではあるが、残りの四名の指揮能力に関してはかろうじて平均水準といったところだろう。能力に関してはともかく、出自や過去の経緯からミュッケンベルガーへの忠誠は絶対だった。

 ミュッケンベルガーが会議の口火を切る。
「皆に集まって貰ったのは他でもない。此度の出兵の作戦目的とその細部について皆に理解してもらう為だ。活発な質疑応答を期待する。グライフス、始めてくれ」
グライフスは起立してミュッケンベルガーに深々と一礼すると、作戦の説明を始めた。
「今回の作戦の目的はアムリッツァを不当に占拠する叛乱軍艦隊に対し一撃を加えると共に事に、近い将来行われるであろうアムリッツァ及びイゼルローン要塞奪取を目的とする作戦行動を容易ならしめる事にある。今作戦は三つの段階に分けて実施される。まず第一段階として、来たる九月二十八日迄にミュッケンベルガー閣下の直卒する五個艦隊がボーデンに布陣する。メルカッツ艦隊及びミューゼル艦隊は九月三十日にフォルゲンに布陣を完了せよ。クライスト艦隊はこの作戦会議終了後ハーンに向けて移動を開始、十月二日迄にハーンに布陣を完了せよ。あくまでも敵艦隊の殲滅が目的ではあるが、状況が許せばアムリッツァ進攻も予想される。各方面の指揮官はこれを忘れる事無く任務を遂行して貰いたい」

 それぞれの星系への布陣時期に時間差をつける事で、叛乱軍の対応に困難を強いる訳か。よく考えたものだ。一見兵力の逐次投入と似ているが、これは似て非なるものだ。帝国政府の公式発表は六個艦隊による出兵…だが実際は八個艦隊。ボーデンに五個艦隊が出現すれば、叛乱軍はそれを主力と判断するだろう。しかし一個艦隊少ない。叛乱軍はそれを兵力を分散させる我々の作戦とみてフォルゲンに残りの一個艦隊が現れると判断するだろう。どちらにせよ叛乱軍はフォルゲンにも兵力を割かねばならない。となると、叛乱軍は我々の公式発表と同数の六個、または七個艦隊で防ごうとする筈だ。何故なら一個艦隊当たりの艦艇数は奴等の方が多いから、動かす艦隊の数は少なくて済む。援軍は多いに越した事はないが、出来るだけ少なく済ませようとするのも軍事組織の通例だった。我々六個艦隊とカイタルの叛乱軍五個艦隊の艦艇数はほぼ互角…だがハーンに我々の艦隊が現れる事は、おそらく叛乱軍は想定外の筈だった。この航路はオーディンまで遠廻りな上に、帝国、フェザーンの流通航路であって、軍が作戦行動用航路として使用すると帝国の経済活動そのものに悪影響を及ぼす。昨年の戦いでハーン側から会敵したのはノルトハイム兄弟の機転によるもので、案の定あの戦いの後はフェザーンから苦情が出ていたという。フェザーン…帝国を宗主国とする自治領なのだから帝国の軍事行動に文句を言うなどあってはならないのだが…だが今やフェザーン無しでは帝国は成り立たない。叛乱軍との交易が黙認されているフェザーンの存在があるからこそ向こう側の情報が入手出来る。たとえそれが叛乱軍の公式発表に過ぎなかったとしても、情報を得る事が出来るというのは大きい。だが弊害もある。帝国の自治領とはいえフェザーンは別国家に等しい。彼等が彼等自身の利益の為に帝国、叛乱軍の情報を使用するのを止める事は出来ない。

 会議室を出ると、メルカッツに呼び止められた…ウィリバルト・ヨアヒム・フォン・メルカッツ中将。外連味の無い堅実な用兵に定評のある男だ。
「ミューゼル提督は艦隊司令官としては此度は初陣だったな。卿はどう思う、此度の戦いを」
「元帥閣下は麾下の艦隊の実力を試したいとお考えです。その為には必要な戦いだと思いますが…メルカッツ閣下には何かご懸念がお有りですか」
「…いや、何も無い。ただ、叛乱軍が此方の思惑通りに動いてくれるかどうかが気になってな」
「叛乱軍が、ですか」
「そうだ。戦局の主導権を握っているのは奴等なのだ。だが叛乱軍は自らを受動的な立場に置いて戦っている。奇妙だとは思わんか」
「そうですね…奴等のアムリッツァ堅守の姿勢は理解出来ますが」
「我々は誘い出されている、そうは思わないか」
「…叛乱軍は我々の誘引撃滅を企図している、と?」
「そうだ」
おそらく、というか確実にそうだろう。一昨年はともかく、昨年の叛乱軍の行動は我々の誘引撃滅を狙った物だ。メルカッツの言いたい事は解る。無理に戦わない方がいいというのだろう。むしろ奴等を誘い出すべきなのだ。だが叛乱軍は出て来ない。出て来ない以上此方から出向くしかない。誘い出す策はある。だがその策は非常に危険度の高い物だ。帝国内の状況が安定していないと無理に近い。絶対に勝てる、という自信、確証が無いと実行出来ない策だった。

 「おそらくそうでしょう。たとえそうだとしても、我々は進まねばなりません。皇帝陛下の御心を安んじる為にも」
皇帝陛下の御心か、こういう言い方しか出来ない自分の地位が恨めしい。
「皇帝陛下の御心か…そうだな、全くその通りだ」
そう言うメルカッツの表情は変わらなかった。内心では理解しているのだろうが、ひたすらに軍人たろうとしているメルカッツが羨ましくもあり、歯痒くもあった。



9月24日04:00
アムリッツァ星系、カイタル、自由惑星同盟、自由惑星同盟軍、アムリッツァ方面軍司令部、
ドワイド・D・グリーンヒル

 「ヴィーレンシュタインにて隠密偵察中の通報艦アルゴスⅢより通報、帝国軍艦隊を発見、ヴィーレンシュタイン外縁部、シャンタウ方向、約七万隻」
「そうか。通報艦は退避出来たのかな」
「いえ…この報告もボーデンで活動中の通報艦が中継してきたものです」
「残念だな。第十三艦隊の位置はどうか」
「はっ。おそらくフォルゲン宙域中心部、フォルゲン星系付近かと」
「正確な位置をトレースしろ。位置判明後、第十三艦隊に命令。貴艦隊はヴィーレンシュタインにて活動中の通報艦を統括するともにフォルゲン宙域に展開する通報艦の避退行動を援護せよ。その後哨戒及び警戒任務に当たれ。以上だ」
「了解いたしました」
「当基地駐留の各艦隊に命令。直ちに出撃準備に入るとともに出撃可能日時を報告せよ」
「はっ………第一及び第ニ、第三艦隊より連絡、出撃準備完了予定、本日一〇〇〇時…第四艦隊より連絡、同予定、本日一二〇〇時」
「了解した。命令、各艦隊は一二三〇時を以て出撃、アムリッツァ星系外縁部にて集合……私も出るぞ。直衛艦隊の出撃準備はどうか」
「はっ……命令示達完了、直衛艦隊の出撃準備は既に整っています」
「早いな。第九、第十艦隊に連絡。可及的速やかにカイタルへ移動せよ。連絡後、イゼルローン要塞司令部及びハイネセンへ状況を報告せよ。内容は任せる」
「はっ」


9月24日04:45
ヴァンフリート宙域外縁(イゼルローン回廊方向)、自由惑星同盟、自由惑星同盟軍、第九艦隊旗艦グラディウス、
ヤマト・ウィンチェスター

 「グリーンヒル閣下と繋がります、どうぞ」

”ご苦労。艦隊はまもなくヴァンフリートを抜けるのだな“

「はい。急いだ方がいいと思いまして…敵は七万隻という事ですが、帝国の公式発表の通りの様ですね」

”うむ。帝国艦隊はヴィーレンシュタインで艦隊を分けるのだろう”

「でしょうね。どちらにせよ我々もボーデンとフォルゲンの両方に戦力を配置せねばなりません」

”既にフォルゲンには第十三艦隊が進出している。ヤン提督が索敵及び警戒を実施中だ。おそらく帝国軍も第十三艦隊の存在は確認しているだろう“

「帝国艦隊主力がどちらに向かうか、ですね」

”第十三艦隊を邪魔者とみなせば、敵主力は一気に押し潰すだろう。邪魔されたくないと思えばボーデンに向かう筈だ。我々の主力はアムリッツァ外縁で待機する事にしている。奴等の動きを見極めてからボーデンまたはフォルゲンに移動する“

「了解しました」

”何か、思うところはあるかね?もしあれば聞かせて欲しい。正直、不安でね。君達が到着するまでは我々の方が劣勢だからな“

「いえ、ありません。もし何かありましたら再度此方から連絡致します」

”了解した。イゼルローンで補給を済ませて、速やかに我々と合流してくれ“

「はっ」

…スクリーンからグリーンヒル大将の姿が消えた。不安、ね。不安だろうな。イゼルローンを攻略した時は三個艦隊を指揮してもらったけど、あれは前もって攻め方が決まっていた。今回の様に純粋な艦隊戦となると指揮官の性格、各艦隊司令官との普段からの意志疎通の度合いや彼等の能力把握等で戦い方が決まる。おまけに戦闘開始当初は味方の方が劣勢だ。
「六個艦隊七万隻…途方もない数ですな。味方もそれに対応する訳ですから、十万隻以上の艦艇が向かい合う事になる。…宇宙艦隊司令長官自らが出馬してもおかしくはない規模の戦いです。アッシュビーの再来としては、どうお考えですかな?閣下」
「冷やかさないで下さいよ副司令…規模大きいですが、帝国との雌雄を決する戦いではありません。まあ大敗すれば話は変わって来ますが」
いつの間にか司令部艦橋にはスタッフが勢揃いしていた。皆、俺と副司令の会話を静かに聞いている。
「ハイネセンを出発する前にシトレ閣下と話をする機会があったのですが、おそらく今回の帝国軍の目的は彼等の正規艦隊の実力を試す為ではないか、と仰っていました。アムリッツァに侵入出来れば儲け物…くらいに考えているのだと思います。まあ、閣下とて推測で仰ったのですけどね…もしそうだとしても七万隻です、中途半端な戦いでは終わらないでしょうね」


9月25日12:00
フォルゲン星系、自由惑星同盟軍、第十三艦隊旗艦ヒューベリオン、
ヤン・ウェンリー

 「閣下、ヴィーレンシュタインで隠密行動中の通報艦カピュスⅡより通報です…帝国艦隊ノ位置、ヴィーレンシュタイン中心部、ボーデン宙域に向カウト推測…敵ニ分進ノ兆候ナシ…以上です」
「了解した、グリーンヒル中尉……ムライ中佐、ヴィーレンシュタインに向けて通常発信…各艦、撤退の時期を見誤るな、返信無用…以上だ」
「失礼ですが閣下、平文での発信は帝国艦隊に傍受されるのではないでしょうか」
「通信を傍受した帝国艦隊は索敵の為に行軍の速度を落とさざるを得ない。時間稼ぎだよ。それぞれが単艦で行動している通報艦を見つけるのは至難の技だ。それなりの時間は稼げると思うよ」
ムライ中佐への答えに成程、とパトリチェフ少佐が力強く頷いている。偉丈夫と例えてもおかしくはない少佐が頷く姿は、皆を納得させるのに充分な説得力があった。帝国艦隊七万隻、彼等が分進しないという事は、七万隻全てがボーデンに向かうという事だろう。

 「中尉、カイタルへ通報してくれ。敵は全力でボーデンに向かうと」
「了解いたしました」
兵力を分散させる事なく進んでいる、という事は…帝国艦隊は短期決戦を企図しているのだろうか…今頃は我々を除いた四個艦隊もカイタルを出撃しているだろう。今行った通報の結果として、おそらく我々には増援はない。という事はこのまま我々だけでフォルゲンの警戒にあたる訳だが…。

第十三艦隊
艦隊司令官:ヤン少将
副官:グリーンヒル中尉
副司令(分艦隊司令兼務):フィッシャー准将
艦隊参謀長:ラップ大佐
同参謀:ムライ中佐
同参謀:パトリチェフ少佐
分艦隊司令:アッテンボロー准将

 「閣下、帝国軍の意図は何なのでしょう。ウィンチェスター提督は今回の帝国軍の出兵目的は彼等自身の実力を図る為、と仰っていたそうですが」
「その両方だろうね、参謀長。無理はしない、だけど此方に隙があれば容赦はしない、そんな所だろうね」
「なんかこう…中途半端な気がしますが」
中途半端…ラップのいう事は尤もだ。上に立つ者としては確かに部下の実力を知るのは大切なのだが…そんな事の為に戦わされる将兵は堪ったもんじゃないだろう。
「中途半端な戦力だからこそ、敵は分進する気がないのかも知れない。だが大兵力には違いない。アムリッツァ、イゼルローンの奪取ではなく、アムリッツァ駐留の同盟軍を撃破または打撃を与える事に徹するには充分な兵力だろうね」
「ですが敵は我々にも増援が現れる事態も予想している筈です。七個艦隊では我々の増援に対処出来ないのではないでしょうか」
堪らなくなったのか、ムライ中佐が会話に割り込んで来た。
「こればかりは帝国軍の都合だからねえ。ただ…」
…これを話してもいいものか。確定事項ではないし、希望的観測に過ぎない。だがウィンチェスターが言っていた事だ。裏付けはなくとも聞けば聞く程納得させられる内容ではあった。彼等を安心させられる事は出来るだろう。
「ただ、帝国軍にはこれ以上の兵力を前線に出せない理由があるんだ」
「それは…?」
「皇帝の寿命さ。フリードリヒ四世は健康とは言えない状態らしい」



9月28日14:00
ボーデン星系、自由惑星同盟軍、アムリッツァ方面軍総旗艦ペルクーナス、
ドワイド・D・グリーンヒル

 ヤン提督の通報は正しかったという事か…だがおかしい、敵は五個艦隊に見える。六個艦隊ではないのか…?
「どうやら敵は宇宙艦隊司令長官自らお出ましの様ですな。後衛の艦隊旗艦はヴィルヘルミナです」
前衛は四個艦隊、後衛の予備に一個艦隊、しかも二万隻ほど…ヴィルヘルミナは同盟軍にも名の知られた帝国艦隊の親玉、ミュッケンベルガーの座乗艦だ。
「参謀長、敵は本気の様だな。まあ当たり前の話ではあるが」
「敵にも策士がいる様ですな、七万隻と聞いて六個艦隊と早合点してしまいました。敵の公式発表通りなら、もう一個艦隊居る筈です。我々の増援は二個、ハイネセンに増援を要請しても、確実に三十日はかかります。最短で呼べるのはイゼルローン駐留艦隊しかありません」
「止むを得ん、ウランフ司令官に要請だ」
「了解しました」
「第十三艦隊にFTLを。敵に一個艦隊規模の増援があると思われる、警戒せよ…参謀長、増援の二個艦隊のうち一つはフォルゲンに回さねばならないと思うが…第九、第十、どちらを回した方がよいだろうか?」
「…旨いサンドイッチを作るには具材とパンとの相性が大事で、見た目の豪華さや奇をてらった物は中々成功しないものです。ヤン提督にはウィンチェスター提督の第九艦隊が宜しいでしょう。美味である事間違いないと思われますが」
…参謀長がパン屋の二代目と言われる理由が判る気がする。それはともかく、少ない兵力で最大限の効果をあげるにはこの二人の組み合わせは間違いないだろう…。



 
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