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とある銀河の物語

作者:JK
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003 教授と博士とマティルダ

「十二時まで、あとどのくらいかな?」
ふらつく足取り、眠そうな声でマティルダか父親に聞いた。
ナップに助けられてから、時おり休憩を入れたがほとんど歩き詰めだ。疲れてもいるだろう。
泣き言も言わず、ひたすら歩くことに専念している。
この芯の強さは母親譲りだな。父親として十年、マティルダに何をしてやれただろう?
父親らしいことを、してやれたのだろうか?
いや、大した事はしていないな、と自嘲せざるを得ない。
家を空けることの多かった母親と、娘の扱いを知らない父親未満の男のところで、よくこんなに良く育ったものだ。
ま、子供は足りない親を反面教師にして育つということか・・・。
「あと二時間はあるな・・・ほれ。」
娘の前にしゃがみ、背中を出す。
「・・・なんかのテレビドラマみたい。」
「そうだな、たまにはテレビドラマみたいに格好つけさせろよ。」
「「背負われるほうは、格好悪いのよ。」
それでも、父親の背中に体重を預けた。気持ちよさそうな、大きなため息。
ズシン、ときた
「お・・け、けっこうあるな・・・」
「何か言った?」
「い、いや、なにも・・・」
「ドラマみたいに格好よくいくんでしょ?」
「あ、当た前だ。とにもかくにもあそこから出られたんだ。救出の可能性だって、ある。」
あの男、ナップはなかなか面白いやつだった。
鼻っ柱が強くって、エネルギーが有り余っていて、何かといじってやりたくなるタイプだ。
若いうちは前線に出して、いろいろと遠回りさせてみたら、面白い男になるかもしれない。
こんなところで、俺たちのために死なせるのは、惜しいな。
いや、マティルダのためになら死んでほしいが、俺のためにというほどではない。
でも年上が好みとか言ってたなぁ。俺とは気が合うかもしれない。
・・・・アメリア、無事でいるか・・・
「そう、ね・・・ナップさん、大丈夫、かしら・・・」
お前の願いと俺の願い、その真ん中にいるマティルダ。絶対に守る。
だが、俺はお前も守りたいんだ・・・。

十年前。
ニコラ・テスラ・アカデミー卒業の俊英名高いアメリア・ジョースター。三十四歳。MBT応用エンジニアリングの先駆者の一人だ。
本人が出版した著書は一切ないが、彼女のことを書いた本はそれこそ五万とある。それほど彼女が世の中に与えた影響は巨大なのだ。
この五万とある書籍の一ページ目には、必ず彼女のメッセージが挿入されている。
“私、アメリア・ジョースターはこの本に関しての権利を一切放棄しています。ですからこの本に書かれている内容に関して、一切の責任を持ちませんし、質問も受け付けません。インタビュー、メールなどにも一切返答いたしません。私に一切の迷惑をかけない範囲で、この本をお楽しみください。”
・・・賛否両論だったが、結局実績を出し続けた彼女の言い分が通り、逆に名物となって定着した。

「あなたが、あの名前負けで有名なニコラ・テスラ・ウッドね。」
一応、ニコラ・テスラ・アカデミーで教鞭をとっている私は、突然のこの挨拶に面食らった。
私の名前は、そう、ニコラ・テスラ・ウッドだ。もちろん、アカデミーの名前に由来する天才発明家とは何の縁もゆかりもない。
なるべく面倒を避けるため、自己紹介も、ラスト・ネームだけで済ませれる場合はそれで済ませてしまっている。名刺なんぞ持ち歩いたことも無い。
ただの偶然というやつだ。畑も違う。向こうは発明王の異名を持つ天才科学者、私は歴史の教師だ。しかも軍事史が大好きと言う、もうじき三十路を迎えるオタク系だ。
そして不覚にも、私はこのとき彼女が誰だかまったく分からなかったのだ。
「娘さんの学校見学ですか?それにしてはちょっと早すぎるようですがね。」
目を手元に戻しながらつぶやくようにいった。ぶしつけな言い回しに多少は気を悪くしている、ということがわかる程度のつぶやきだ。
キンダーに入るかはいらないかの、母親のスカートを左手でつかんだ女の子を連れていた。
もちろん本当に気を悪くしたわけではない。もうじき三十路の大人なのだ。
「あははは、いやね、来月からしばらくここで教えることになったの。急な話だったので住むところとか決まってなくて、とにかく連れて来ちゃったのよ。」
全然気にしていないようだ。
「そうですか、大変ですね。」
そう答えつつ自分の作業に戻った。と言っても昼食をとっているだけなのだが、ここは職員用のカフェなのだから何の不思議もない。
「そうなのよ、大変なのよ。」
そういいながら、空いている私の前の席に二人して座った。
何なんだろう、ほかにも席はたくさん空いているのに。
美人に話しかけられる幸運を喜ぶより、つい疑ってしまう。その程度の出会いしか、今までは無かった。
そんな自分が、こんな幸運に突然恵まれるとも思えない。喜んだって簡単に裏切られるのが落ちだろう。
「・・・甘いものが、好きなのかな?」
物欲しそうに私のトレイの上に載っている、デザートを見つめている女の子に話しかけた。
希望の無い、当たり障りのない大人の会話に気を使うより、こんな大人の会話につき合わされている小さな女の子に気を使うほうがよっぽどましだ。
「ほら、あそこにお皿がたくさんあるだろう?とっておいで、フォークと一緒に。」
嬉しそうに顔を輝かせながら、パタパタと走っていった。
「走っちゃだめよ、マティルダ!!」
女の子の背中にそういうと、私のほうに顔を向けた。あの女の子に負けない笑顔をして。
絶世の美女、というわけではもちろん無い。
大体美しさなんて、個人の好みで大きく左右されるものだろう。それでも馬鹿な男たちはそれすらも話題として取り上げ、白熱した議論を繰り広げるのだ。
ふむ、茶色がかった長い髪の毛。知的に輝く瞳とおおらかな物言い。ま、認めようう。この人は私の好みのタイプの女性だ。第一印象だけだが。
「ま、人を見る目には、結構自信があるのよ。すぐ結婚してくれとは言わないけど、まずは同居人から始めましょうか。」
なんだか、聞きなれない、予想だにしていない言葉が語られたようだ。
ここはひとつ、聞きなおしてみよう。多分私の聞き間違いだ。
「・・・何の話をしているんです?」
女の子が戻ってきた。女がお皿とフォークを手に持ち、私のトレイからデザートを取り始めた。
「私の目に狂いはない、と言っているのよ。」
どうやら私も観察されていたらしい。
それにしても、どうやったらこんな方向へ話が進むんだ?
「それは結構なことですが、結婚?同居人から?何なんです、いったい?」
「だから、私はあなたと結婚したいと思っている。でもいきなりではなんだから同居人からはじめましょ、ってことよ。」
あの時私はいったいどんな顔をしていたのだろう。
「部屋は余っているんでしょう?」
「・・・ちょっと、失礼・・・」
「夕方そちらに伺いますから。」

パニクっていた。
カフェを出ると、すぐ同僚に捕まった。
「おいおい、いったい何の話をしていたんだ?アメリア・ジョースター博士と。」
「・・・だ、誰だって?」
「何だよ、気がついていなかったのか。まさか失礼なこといったんじゃないだろうな?しばらくここで教鞭を取ってくれることになったらしいんだから、問題起こすなよ。」
「だから、誰だって?」頭が回らない。
「アメリア・ジョースター博士、MBT応用エンジニアリングの権威の。まったく、お前の好きな軍事にも多大な影響を与えているだろうに。」
「・・・その、MBT応用エンジニアリングの権威が、何だって私に・・・」
「まったくだなぁ。ま、小さな娘も連れていたし、話しかけやすかったんじゃなかったのか。・・・って結婚してたっけ、あの博士?」

午後の授業はどうやってこなしたのか、まったく覚えていない。思い出したくもない。
家に帰る段になって、やっと落ち着いた。
からかわれたのだろう。本気であるはずが無い。
どう考えたって、無理な展開だ。ドッキリか何かだろう。
とにかく、帰ろう。
夕方うちに来るとか言っていたような気がするが、くる訳も無いさ・・・。

「なかなかのタイミングね。私たちもちょうど今着いたところよ。」
「・・・ま、とりあえず、お茶でも・・・」
ごにょごにょとつぶやいた。

アカデミーの由来とは何の関係もない私の両親、ラウロ・ライヒとその妻フルーは、私にこの大きな、祖父から受け継いだ家と土地だけを残して他界した。十五年前の事だ。
両親だけでなく結婚式に参加していた親戚一同、一瞬にして命を奪われた。爆弾テロだ。正確には爆弾テロで狙われた航空機が墜落して巻き込まれたのだ。
当時十六歳になったばかりの私は、学校の授業のスケジュールとの折り合いがつかず、また、それほど近い親戚でもないため、一人家に残っていた。
奨学金と保険金でそれほど惨めでない生活を送りながら、生前の両親の口癖だった、「お前と同じ名のアカデミーがある。そこには入れるくらい頑張れ。」をひとつの目標とした。
それが本当に両親の願いだったのかどうか、今でも分からない。また、知るすべもない。
それでも何とか合格し、上級アカデミーで歴史学の研鑽を積み、そのまま教授のアシスタントとしてアカデミーに残ったのが五年前。二年前から体調の優れない教授の変わりに、あくまで臨時の立場で教鞭を取っている。あからさまに世話になったと言うことはないが、要所要所で助言をしてくれた恩人の席を、いかなる理由であれ取りたいとは思わなかった。
そこそこに無難に日々を送らせてもらっていた。
政情不安な星系があちこちにある中、辺境に近いここはまだ平和だった。
今日の昼までは。

部屋は空いているとはいえ、掃除もしていないのにいきなり使わせるわけにもいかない。
時間もなかったので、"何でも屋“を呼んで掃除をしてもらった。
掃除をしてもらっている間に三人で買い物に行く。
「このままレストランにでも行きますかね?」
「うーん、それはまた、次の機会に。たぶんマティルダはずいぶん疲れていると思うから、すぐに休ませたほうがいいわ。」
「・・・本当の母親みたいな言い方ですね。」まったく、余計なことを言ってしまったもんだ。
「ええ、本当の母親よ、誰がなんと言おうと。」
まっすぐ私の顔を見て言った。気負いのない、自然な目をしていた。
「そうか・・・そうですね。」
女の子が不思議そうに見上げている。

質素だが意外なほど満足感のあった夕食を終え、眠そうに目をこする娘を無理矢理シャワーに連れて行った。
「一緒に入ってあげたほうがいい、とにかく今日は。使い方は、分かりますね。」
「ちょっと古いタイプね、いい感じだわ。大丈夫だと思う。」
「ここにタオルを余分に置いておきます。」
「ありがとう。・・・同居人でいる間は、のぞきに来ちゃだめよ。」
「・・・・・・・・」

コロンビアにでもするか。彼女はコーヒーは好きだろうか?
否が応でも、思いの中に割り込んでくる。確かに魅力的な女性ではある。
確か私がアカデミーに入学したときはすでに上級アカデミーに行ってたはずだ。
三才か、或いは四才年上と言うことになる。すごい美人というわけではないが、やはり一芸に秀でている人物は輝きが違う。
確固たる実績と名声がある。富だって、それこそ使いきれないくらいあるだろう。
その気になれば高級ホテルを買い取ることだってできるに違いない。
「住むところが決まってなくて・・・ね。まったく・・・」
食後のコーヒーは日課のようなものだ。自分で豆を挽いて入れる。
凝った機械は使わない。普通に紙フィルターで飲みたいときに、飲む分だけ入れる。
今日は二人分だが、量としては三人分以上作った。
話が長くなるかもしれないと思ったからだ。
「ああ、いい匂いね。少しもらってもいいかしら?」
「そこに座って待っててください。」
お湯をカップにも注ぐ。コーヒーを注ぐ前に、カップを暖めておくのが私のやり方だ。
ゆっくり、それほど高くない温度のお湯を挽いたコーヒーの上にたらす。たらしていく。
お湯が全部の粉にいきわたったところで、しばらく蒸らす。
「うわぁ、コーヒーって、こんなに香りが出るものなの?」
「ふむ、豆にもよるし温度にもよりますよ。」
「あとは、腕にも、ね。」
「腕、というほどのものでもないな。コツはあるような気がするけど。」
粉の高さを超えない程度に、減った分だけお湯を注いでいく。少しずつ、ゆっくりと。
「ま、毎日入れていればなんとなくわかってくるものです。はい、どうぞ。」
「ありがとう。」
自分のコーヒーを持ち、彼女の向かいに座った。
「もう、彼女は寝たんですか?」
「ええ、やっぱり、相当疲れていたみたい。」
そのあと、しばらくはお互いに黙っていた。
一方は何かを言わなければいけないと思い、一方は何か聞かなければと思っている。
しかしこうしてコーヒーの香りに浸っているうちに、きっかけを見失ってしまったようだ。
食後に好みの女性と二人っきりのコーヒータイム。
夢にまで見た光景のはずなんだが、あまりにも現実感が無い。
私が信じていないのだ、この現実を。信じれるわけが無い。
「・・・おいしいコーヒーって、こんなに気分が良くなるものなのね・・・」
「いままで眠気覚ましのためだけに飲んでいた人の言い方だ。」
「うん、眠気覚ましのためだけに飲んでいた。」
もう一口。
なんか、なごむなぁ。これが現実だったら・・・。
「美味しい・・・いつもこれを飲んでいると、アカデミーのやつなんか飲めないでしょう?」
「それはそれ、これはこれです。・・・ま、私のデスクにコーヒーメーカーを持っていっていますけどね。」
「あはは、やっぱり飲めないんだ。」
「いや、やっぱり飲みますよ、眠気覚ましのためにとか。」
なんとなく、お互いに微笑を交し合った。
深い瞳だな。私は思った。深い色。コーヒーの色に似ている。
自分のカップの中のコーヒーに目を落とした。
この奥に、いったいどのような思いが隠されているのか。
「・・・・なぜです?」
コーヒーに話しかけるように、そっとつぶやいた。
彼女の視線もいつの間にかコーヒーに注がれている。
「何かの陰謀に巻き込まれているとか、そんなことを考えているのかしら?」
コーヒーを飲み干し、カップをテーブルに置く音が聞こえた。
その音に誘われたように、顔を上げる。
「なぜです?」
静かに立ち上がり、コーヒーテーブルをまわってカウチに座っている私の足元のカーペットに直接横座りした。
左ひじをカウチに乗せ、私を見上げる。
「覚えていない、この位置関係?十二年前。あの時はカウチではなかったし、こういう部屋の中でもなかったから・・・」
「・・・もっとヒントをください・・・」
こういう部屋の中でも無かったって、いったいどういう部屋の中だったんだ?
だいたい、十二年前と言ったら、私がアカデミーに入学した年だ。
彼女との、いや、女性との出会いなんて、これっぽっちもなかったような・・・。
「図書館」
そりゃあ読書は好きだから、入学当初から結構行っていたけど・・・・。
「今日もそうだったけど、あなた、私の事分からなかったわねぇ、最後まで。」
「さ、最後まで?」
「ま、十二年前は私もそんなに知名度は高くなかったけど、少なくともアカデミー内では結構知られていたのにね。」
最後までって、いったい、俺は何をしたんだ?またパニックに陥りそうだ。
「ひ、人違いでは、ないですか?」
「うーん、まだ思い出さないか・・・じゃ、立って。」
立った私の場所に自分が座って、
「ここに座ってもらえる?」
と彼女が座っていたカーペットを指す。黙って従った。
「・・・どう?」
「ど、どうといわれても・・・」
肩をすくめながら答えた。どうやら彼女は明確に覚えているようだ。だが私の記憶にはまったく無い。
大体この位置、女王様と僕の位置関係だろう。
「これなら、どう?」
そういわれて見上げると、黒縁の大きめの眼鏡をかけ、長い髪を後ろで束ねた彼女がいた。
「・・・・・・え?」

アカデミー内では今までにない高い評価を得た卒業論文だったが、世の中の反応は厳しすぎるくらい厳しいものだった。
画期的かつ具体的、現実的な内容でまとめたつもりだった。
MBTをエンジニアリングに応用する事によって、大幅な手順とコストを削減する事ができる。
それによってできる余剰資金と人材、そして時間の価値はいかほどのものとなるのか。
無から有が生じたに等しいではないか!!
めまいがするほどの怒りで、我を忘れていた。
どのくらいこうしていたのか、気がつくと若い青年が自分のだろう、男物の大きめのハンカチで私の手を拭っていた。
怒りに任せてコーヒーの入った紙コップを握りつぶしてしまっていたらしい。
「ほおって置くと、痕が残るかもしれません。ちょっと待っていてください。」
足早に立ち去り、一分と待たせずに充分にぬれたタオルを持って帰ってきた。私の手を手早くくるむ。
「しばらくこのままにしていてください。熱さえとってしまえば、大丈夫なはずです。」
そういって、すすいできたらしい自分のハンカチで、今度はコーヒーのこぼれた机を拭き始めた。そして床も。
「ご、ごめんなさい、いやだ、わたしったら、何してるんだろう・・・」
青年は優しく微笑んで、言う。
「大丈夫、心配しないで。」
しゃがんだまま私の手を取り、タオルを裏返して巻きなおす。冷たさが心地よかった。
「ごめんなさい・・・ありがとう。」
床を拭き終わったらしい青年がハンカチを横に置いた。
「ちょっと失礼・・・」
ゆっくりとタオルをはずす。人差し指で私の手の甲をなぞった。
背筋に電撃が走り、頬が紅潮してくるのが分かる。
「痛いですか?」
「・・い、いえ・・・大丈夫です。」
「うまく荒熱は取れたようです。このままでも大丈夫だとは思いますが、女性ですからね、ドクターに見てもらう事をお勧めします。」
「女性、だから?」
「肌に痕が残るのは、お嫌でしょう?」
そういって濡れたタオルとハンカチを持って、青年は行ってしまった・・・

「・・・うそぉ?」
「やっと、思い出した?矯正したから、眼鏡は必要ないんだけど、賢そうに見えるそうだから伊達をね、持ち歩いているの。」
髪を元に戻しながら彼女が言った。
「え・・でも・・あの・・いや・・・・え~!!」
カーペットに正座したままでいることも忘れている。この日二回目のパニックだ。
「初恋、しかも一目ぼれだったなんて、信じてもらえるかしらね。」
心持ち頬を紅潮させながら微笑んでした。でも多分私の顔のほうが紅かっただろう。心臓もバクバクしていた。
「・・・でも、もう十二年も前の話じゃないですか。」
何で十二年前に言ってくれなかったんだ、などとは言ってはいけない。それくらい、わかるよね。
十二年越しの告白。
だからといって、いきなり同居だ、結婚だ、になるものかね?
「そうよ、だから純潔を守り通してきたなんていわない。恋もしてきたわ。今はフリーよ、もちろん。でも、そんなこんなの三十四年間で今の私があって、巡り巡って初恋の人が勤めているアカデミーで働けることになった。」
「私のこと、知ってたんですか。いや、どうやって知ったんです?」
「そりゃあ、十二年前のあの図書館の出来事のあと、いろいろとあなたのこと調べたから。」
「いろいろと?」
「そう、いろいろと。さっきも言ったように、アカデミー内ではそれなりに名が通っていたから結構無理を利いてもらえたのよ。」
「うーん、知らないところでプライバシーが侵害されてたんだ・・・」知られて困るようなこと、何かあったかな?
「侵害なんて生易しいものではなかったかもね。どんな些細なことでも知りたいと思っていたから。」
おいおい・・・
「気を悪くしたなら謝るわ。本当に、心から・・・」
いまさらそういわれてもねぇ・・・
「・・・言い訳になるけど、あのときの私にとって、あなたのことを知るということは、宝箱の中身を知ることに等しかったのよ。」
意外なほど申し訳なさそうな顔をしている。あんなにあっけらかんとした人なのに。
そんなに私は怒った顔をしているのか?そんなつもりはないのだが・・・
「あなたの誕生日は私の記念日になり、あなたのご両親のことを知ったときは一晩中泣きはらしたわ・・・」
うつむき加減で告白する声がだんだんと小さくなっていった。
「・・・でもそのあと数ヶ月して、星系外の研究所に移ることになった。これくらいは知っていたわよね?」
「・・まぁ、ね・・・」
「本当かしら・・・この、あまりに早いほかの研究所への移動はとても条件の良いもので、この時この研究所へ行っていなければ今の私はなかったと思う。」
「それは、まぁ、わかる。」
「十二年間、いろいろあったわ。でもそれなりにひと段落した。そして、母校での教鞭をとる機会が巡ってきた。気まぐれで開いた母校のデータベースの臨時教授にあなたの名前があった・・・」
彼女が右手を差し出してきた。釣られたように私も手を出す。
私の右手を握り、自分の右手の甲が上になるように手首を返した。
「ここ、うっすらと、見えるでしょう?」
女性らしい、繊細な手に握られるのは何ヶ月、いや何年ぶり?
「ドクターに見せなったのかね?」
首を横に振りながら、微笑んだ。
「痛みは無かったし、それなりに忙しかったからね。でも、この痕に気づいたのはつい最近なのよ。」
確かに、よく見ないと気づかないくらいの痕。ほんのちょっとした色の違いといってもいい。
「母校のデータベースであなたの名前を見て、この手の痕を見て、いてもいられなくなって、来てしまった・・・あーあ、我ながら何やってんだろうね!!」
元の表情に戻った。
「やっぱりだめね。なんか私の頭の中だけで全部ストーリーが出来てしまっていたのよ。なんとか博士とか呼ばれていながら、もう、馬鹿丸出しね。」
やはりこの人には明るい顔が似合う。
憑き物が落ちたように、色々と話し始めた。
アカデミーを出てからのこと、最初に実用化した機器のこと(なんと、家庭用品だった!)、その後の特許の扱い方や利権のトラブル。
さして高くない研究員としての本来の給料以外は、とある財団法人に自動的に寄付されるようにしているらしい。
ホテルを丸ごと買うなんて、到底無理な話しだ。付き合ってきた男性の話まで、出た。
昼にカフェで会ったときから、明るい笑顔とおおらかというかぶしつけというか、とにかく個性的な言い回しをしていた彼女だが、それでもまだ被っていた仮面があったのだろう。
今は本来の彼女の顔が、表情があった。明るさも、美しさも、悲しみも、怒りも、醜ささえ交じり合いながら、それでもなお輝きを失わない。
どのくらい彼女の話を聞いていたのだろう。どのくらい、見つめていたのだろう。
この顔をずっと見ていたい。と、思った。
「同居人から、始めよう。」
自然と口から出た。
「・・・・で、そのとき私は・・・・え?」
あれだけ豊かに変化していた彼女の表情が、一瞬にして硬直した。
この顔を見たいんじゃ、無いんだ。ちゃんと聞いてもらわなくては。
「あなたの言ったとおり、同居人から始めたい。」
表情がさらに硬くなる。
「・・・ありがとう、でも同情で答えてほしくないの。私のほうから誘っておいて、本当に申し訳ないけど、自分の過ちをあなたの過ちで修正なんてしたくないし、出来るはずも無いわ。」
「誰も過ちなんて犯していない。まだ始まってもいないんだから。」
少しだけ、言葉に力を込めた。思いを、気持ちを伝えたい。
彼女の、コーヒー色の瞳が私を見つめる。
「そうだろう?」
表情が幾分柔らかくなった。
ああ、彼女も、何とか自分の思いを伝えようとしていたんだな。
「この,天使が運んできてくれた出会いを、貴重に思いたい。大切にしたいんだ。」
ちらりと視線を二階に向け、彼女に向き直る。
彼女の表情と、から全体からすっと力が抜けて、柔らかくなった。
「結婚は、私があなたを愛しているという確信がもてたら、私があなたに申し込む。それまで待ってくれ。」
決めてしまった。言ってしまった。まったく、私もどうかしている・・・でも、わかっている。絶対に後悔しない。
「・・・ありがとう・・・そのマティルダのことだけど・・・」
「君の娘だろう?それでいい、充分だ。」
彼女は握ったままの私の右手を拝むように持ちながら自分の頬にあてがった。小声でつぶやく。
「・・・ほら、私の人を見る目は絶対に確かなのよ・・・」
女の涙も、やわらかくて暖かいんだな、と思った。

彼女のおおらかな性格には、秘密とか、隠し事とかそんなものはほとんど通用しない。
行動もストレートだから瞬く間にアカデミー内でうわさが広まる。
また彼女も明るく肯定する。
あっという間に“誰もが納得しないカップルNo.1”と呼ばれるようになった。
彼女は逆に面白がり、聞かれるままに図書館でのエピソードまで喋ってしまったのには参った。
私にしても、三十年の人生でこれほど注目を浴びたのは初めてだ。
これをネタに、どこぞの誰かがまた印税を儲けるのだろう。
やれやれ。

この半年後、アメリアは次の研究所に一人で出向していった。
籍を入れたのはさらに半年後だった。

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最近のVTOLは性能がいい。
消音効果がとても高く、機械的な手段がない場合はよほど近づかないとわからない。
だから、突然上からサーチライトで照らされたニコラ・テスラ・ウッドはなすすべもなくその場で固まってしまった。
追っ手か?
十二時まではまだ二時間はあるだろう。パス・コードも発信していない。
逃げなければ。
せっかくナップに拾われた命。せめてマティルダだけでも。
携帯用ジェットの光が降りてくる。四つ、いや五つか。
六つ目がすでに近くに来ていた。
「ウッド教授、クリスです。」
突然後ろから話しかけられ、心臓が止まるくらい、びびった。が、見覚えのある顔だ。
そう、ウォルフの相棒、クリス・ウリジンだ。
光が二つ、親子が歩いてきたほうに飛び去っていった。
「時間がありません。とにかく“キャッツ”に。」
またか。
しかしこんなところでクリスに会うとはな。
「その“キャッツ”とやらにはあいつも乗っているのかね?」
その答えの代わりに、二人のコマンドに両脇から挟むようにして抱えられた。
マティルダはもう一人のコマンドが横抱きにしている。さすがに目を覚ましてしまった。
ちゃんと、ストラップは巻いてあるようだ。
「あなたが先よ。」
マティルダを抱いたコマンドに向かって言う。
頷いたコマンドは、危なげない動作でジェットをふかし、上昇していく。
サーチライトのおかげで行方がはっきりとは見えない。
「行って。」
二人がジェットをふかす。
後からクリスもついてきた。

「時間がありません。」
そういって案内されたのは、万能型宇宙船“キャッツ”の情報処理ルームだ。
「出来る限りのデータをそろえました。一分でも、一秒でも早く、“戦術予報”を作成してください。」
「何だって?おいおい俺はただの歴史の教師だぜ。」
「あなたの職業には何の興味もありません、今のところ。今必要としているのは、あなたの別の才能です。」
そういって、私を無理矢理コンソールに向かわせた。
「大体の事情はこちらでも把握しています。あなたと娘さんは、奥様、つまりアメリア博士に対する脅迫材料として監禁されていたのでしょう?」
「そ、その通りだ。助けてもらったことには感謝している。特にナップには。しかし、だからといって、俺に戦術予報なんて、出来ない。出来るわけがない。」
「時間がないのです、やって貰わなければ。すでにチームが向かっています。」
「何だって?いったい何のチームだ?」
「レスキュー・ミッションです。隊長はウォルフ。目標はアメリア博士。あなたの奥様です。」

二週間前に我々は拉致された。
すぐにアメリアとは引き離され、私とマティルダは例の収容所に連れて行かれた。
旧式アンドロイドだけの、プログラムされたことだけをこなす旧式アンドロイドだけの施設だ。
すでに破棄が決定されており、私たちの監禁、そしてアメリアが要求を呑まなければ私たちの処刑を最後に爆破されることとなっていた。
私たちは処刑される寸前だったから、アメリアも必死で抵抗し続けていたのだろう。私たちの、願うとおりに。

同居人として生活している間に、いろいろと現実的な話をした。
つまり、アメリア・ジョースター博士は充分テロの対象となるくらいの重要人物なのだ、という話だ。
この事を、あらゆる意味ではっきりさせておかないとアメリアとの結婚は、単なる夢物語だ。
「自分の命よりも、あなたの命よりも、マティルダの命を優先したいという女を愛してくれますか?」
「俺の命よりも、君の命よりも、マティルダと後に生まれてくる子供たちの命を優先したいという男と、まだ結婚したいと思ってくれるかね?」
「今はまだお互いに言葉だけだわ。実際に試すなんてこと、出来ないんだからとにかく自分自身で洗脳するしかないわね。」
テロの対象は第一にアメリア自身、次に彼女の研究、そして家族だろう。
考え付く限りの状況を洗い出し、一つ一つにどう対処していくかを詰めていった。
アメリアが捕らえられ、私とマティルダが人質となってアメリアに協力を強要するという今回の状況も、もちろん、あった。
私は、ただ全力でマティルダを守る。アメリアは、とにかく答えを引き伸ばす。
そして引き伸ばせなくなったら、つまりマティルダの命に関わる段階になったら、協力する。ある程度までは、協力するしかない。
協力して、時間を稼いで、状況の変化を待つ。そして、その跡に究極の選択が待っているのだが・・・

今、私たちは処刑される寸前で救出された。
抵抗を続けていたアメリアに対して脅迫材料がなくなったやつらは、いったいどうする?
どの程度まで、アメリアは譲歩していたのだろう?或いは、まったくしていなかったのか?私たちは銃殺される寸前だったのだ。
プログラムされたことだけを実行する旧式のアンドロイドだけしかいなかった。
何処までプログラムされていたのか。されていなかったのか。
情報が少なすぎた。タイミングが、きわどすぎた。
不意に、無様なほどに、身体が震えてきた。まだ、続くのか。この恐怖が。
家族を失うという、恐怖。
「・・・・・・く、・・・・くそっ・・・し、しかし・・・俺が・・・・俺には・・・・」
マティルダのためを思って耐えてきた恐怖。失いたくないから、耐えてきた。
目の前にマティルダがいるから耐えられたのだ。耐えてこれたのだ。
やっと、マティルダは、マティルダだけは救えると、アメリアと私の願いの通りに、それだけを思っていたのに・・・・私にはもうひとつの恐怖があったのだ。
アメリア。
何処にいるかもわからない、連絡なぞ取りようも無い。何をしているのか、どう扱われているのか、まだ生きているのか・・・。
頭ではわかっている。もし、私に出来ることがあるのなら、やらなければならない。わかっている。
しかし、身体が言うことを利かないのだ。恐怖に縛られ、震えが・・・・・
・・・・・震えが、とまった。
声が聞こえたのだ。また、聞こえた。
「お父さん。」
マティルダの目は、アメリアの目だった。
私を頼っている目ではない。悲しんでいる目でも、恐怖している目でもない。
アメリアの目は、たとえ色は違ってもまだ諦めていないと言っている。
コンソールを見つめる。
ここに、可能性がある。
強い意志を持って、取り組まなければならない。
諦めて、たまるか!!
背筋を伸ばし、コンソールに向かう。
「マティルダ、コーヒーを頼む。濃い目にな。」
「はい、お父さん。」
「クリス、三つのスクリーンで作業がしたい。調整してくれ。」
「了解。」
クリスが、本来の部屋の主に目で合図する。
「それぞれにキーボードを付けてくれ、出来れば、だが。」
「了解。」
本来の部屋の主が、頷く。
「それが終わったら、マティルダ以外、誰も入ってこないでくれ。」
設定が終わり、再びコンソールに向き直った。
「マティルダ、コーヒーはまだか?」
 
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