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同盟上院議事録~あるいは自由惑星同盟構成国民達の戦争~

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自由惑星同盟の最も長い3カ月
  ロボス元帥は機動を試みる

 
前書き
我々が求めるのは要塞ではありません。艦隊とその迅速な展開を支援する能力の強化です。我々が戦争を終わらせるのに必要なのは、侵攻の抑止ではなく、敵の機動戦力を撃破することです。ゴールデンバウムを首魁とする専制主義軍閥に対して最も必要なのは星間機動戦力を撃破することです。さらに強調するのであれば、艦隊決戦によって高級将校をすりつぶさせることは、オリオン腕の統治機構の屋台骨に切れ目を入れることになるのです。これに対し、要塞による回廊封鎖が引き起こすリスクは未知数であります」(ロジャー・パウンド統合作戦本部長(744年)、最高評議会安全保障小委員会において、アッシュビー・プランの構想に対する見解を問われ) 

 
 自由惑星同盟の最高軍令機関は政治的内紛があっても業務を止めてはならない。彼らの上位者は議員達であり、遺憾な事ながらこの内紛はシトレ派・ロボス派・そして地上軍(地上軍と後方勤務員を基盤とするトリューニヒト派は静観に徹している)と軍というコップの中で起きているものである以上、血を流さぬように終わらせねばならない。
 故にD・グリーンヒル艦隊総司令部総参謀長は、彼と対話をせねばならなかった。
「ギュルセル地上軍総監殿」
 声をかけられた疲れた温和そうな顔つきの初老の男性が振り返る。彼の職責の正式名称は地上軍幕僚総監、地上軍統括管理や防衛計画の策定が任務である。
 地上軍といっても陸海空軍を総括する(とはいえ海軍の影は薄く、空軍は宇宙軍の単座戦闘艇のように航続距離が非常に長い物が多く、地上軍航空隊兼防空軍といった方が正しいだろう)もので要するに惑星内の軍とってもいい。
「これはこれは、グリーンヒル総参謀長殿、どうも最近は互いに部内の騒々しさに振り回されておりますな」
 どちらも統合作戦本部の次長を兼任している。本来的には2人は同格である――実態は異なれども。実際のところ、自由惑星同盟の首席は統合作戦本部長であることは疑いの余地はない。だがナンバー2は宇宙艦隊司令長官であり、ナンバー3・4は艦隊総参謀長と統合作戦本部事務総長が争い、地上軍を束ねる幕僚総監はナンバー5から動くことはない。
 ならば無力、弱体かというと当然そのようなわけもない。地上軍は、侵攻時には星系拠点の防衛や要所となる施設と住民を保護する。そのため駐留も居住区である。宇宙軍が宇宙軍は宇宙港から宇宙港へ星系間を行き来する「同盟軍の顔」なら、地上軍は「同盟軍の舌」である。
特に構成邦軍への影響力が高く、国防委員会防衛部は珍しく地上軍の将校が宇宙軍を上回る数が配置されている。(輸送艦を除く星系間機動戦力を持つ構成邦軍はそれこそ交戦星域の最有力構成邦のパランティア連合国などごく少数にとどまる)。
「地上軍総監部の御懸念は承知しております」
 グリーンヒルの丁重な言葉を受け、ギュルセルの顔に苦いものが走った。
「軍の成り立ちからして地上軍はいつだって日陰者だよ、君。憲兵隊が一番の花型だよ」(始まりは数千隻程度とはいえ)宇宙軍こそが同盟軍であり、産声を上げたばかりの同盟政府にとって唯一の法執行力だった。実際は海賊や企業傭兵の討伐と構成邦間の紛争や植民競争の調停のための抜かずの宝刀であり対外戦争はダゴン星域会戦まではなかたとしても、だ。
「宇宙軍の兵站は地上軍の活躍があればこそです。構成邦にとってはより地上軍の貢献は見知っているでしょう」
 ギュルセルは苦笑いを浮かべるだけだった。グリーンヒルが気を使っているのも本心から褒め称えていることも分かる。
 だが地上軍からすると苦いものが混じった脱力感がある。いやまあ、頭ではわかっている。宇宙軍が無ければ星間移動はない。同盟地上軍はイゼルローン要塞攻略の拠点確保や要塞への資源供給網への攻撃が主であった。
 攻略や防衛に投ずる星間機動戦力の兵站を守る事こそがこの30年近く固定化した戦略状況における、地上軍の主たる役割であった。
 それでも合意を形成する必要がある。いずれにせよ船がなければ地上軍が同盟全土に展開することすらできない。宇宙軍こそが同盟軍を同盟軍たらしめるのは現実である。ギュルセルは溜息をついた。
「いいですか、地上軍”も”軍縮は不可避であることは理解しています。ですが物事には程度というものがある。軍内の発言権を恣意的に変更し、人事権を猟官化するために軍制改革を急進化させるのは問題でしょう。ニーズがあるのは星間流通を担う人材であるだろうに」
「ご指摘の通りです。故に此度の案は宇宙軍の総意ではないと御理解いただきたい」
 ギュルセルは微笑んでグリーンヒルに握手を返す。
「総参謀長、我々はともに軍人です。であるからには共通する点も多い」
 グリーンヒルは内心ほっと一息ついた。だがギュルセルは地上軍総監であり軍官僚であり政治プレイヤーとして相応しいと地上軍から選ばれた男である。
「――例えば信頼について、です。我々は常に厳しい実践を積み重ね、それでもなお共に戦うモノを常に好むものです。違いますかな?」
 グリーンヒルは一瞬、硬直した後に力強く腕を振った。
 ――ええもちろんです、ギュルセル総監



 亡命者系同盟市民の総本山、アルレスハイム王冠共和国が首都ヴァルシャワの迎賓館の一室。そこにラザール・ロボス元帥は腰を沈めていた。艦隊司令長官、軍のナンバー2である彼が交戦星域に帝国軍と争うためでなく訪問するのは実に数年ぶりである。
 彼がここにいるのは、オリオン腕亡命市民政互助協会によるイゼルローン要塞陥落を祝う祝賀会に参加するためだ。帝冠の守護者‥‥アルレスハイム統領、マリアンヌ・フォン・ゴールデンバウムが参加する。
 ロボスの政治工作は、まず至上目的としてシトレが他派閥を一掃しようとしている人事案を粉砕することだ!そしてトリューニヒトと妥協し逆にこちらが次の人事案の主導権を握るためには『玉』を手に入れる必要がある。
亡命者に対して欠片も権限を持たず・・‥‥そのくせ計り知れない影響力を持つ彼女を!当然ながらこれには危険が伴う。道理から外れ、政局をもって下克上を試みていると思われた場合は――軍歴を汚し、行き場を失うことになるだろう。
 ロボスは不機嫌そうに唸り声をあげる。古株の副官ならば「シトレの馬鹿者め!まさかあそこまで『辣腕』と振る舞うことに惹かれるとは!!」と怒声を必死にかみ砕いて飲み下そうとする姿を読み取れたかもしれない。
 これは大博打だ。勝てばいいが負ければ――
 ロボスの思索をノックの音が遮った。
 セキュリティを解除すると、司令長官に同行するやや疲労の色が濃い青年准将が緊張した面持ちで入室した。
「司令長官閣下、アルレスハイム“統領”閣下です」
 ロボスは目を伏せた。こんな目的での面会はまっぴらであった。下手を打てば亡命者からの支持を失ってしまう。畜生、本部長から先のキャリアを考えるなら同盟弁務官か代議士を一期務めて適当な天下りで4年ほどは悠々自適に過ごせるはずなのに。あの阿呆は何を考えて――
「あぁ、その陛下とお呼びしたほうが‥‥?」
 司令長官の沈黙を誤解したフォーク准将は神経質そうに軍礼服の埃を払いながら訪ねた。
「統領閣下でいい。私がどう呼ぶかは気にするな。これでもこの星のゆで卵を貪ってこの体を育てた時期も長くてな」
 声をあげて笑うがフォークは頬を攣らせただけだった。
「はっ」
 相も変わらずやや青ざめた顔のまま准将はロボスの後ろに控えた。
 実際のところこの青年を便利使いしすぎたかもしれない、とロボスは少しばかり反省している。彼の父はバーラト工科大学出身で技術官僚として結構な地位にあり、政界へのパイプも太い。シトレに対抗するため、中央への影響力が強い彼には、大いに働いてもらっている。
「お久しぶりです、元帥。最後にお会いしたのは第4次ティアマト会戦の祝勝会以来でしたか」

「マリアンヌ…閣下。わざわざお招きいただきありがとうございます」

「フフフ、時間の貴重さを最も知っているのは作戦を考える軍人でしょう?特に勤勉な軍人であればなおさら」
 ですから手早く”本題”をほのめかしに来たの、司令長官殿。
 マリアンヌは悪戯っぽく唇を釣り上げた。
「貴方の率いる同盟宇宙軍の偉業に対しお祝い申し上げます。貴官は長きに渡り侵略の業火から自由惑星同盟の市民達を守ってきました。お父上のように。アルレスハイム星域会戦をアルレスハイムは忘れていません。この交戦星域を守ってきた事実を、ね」

「我々はなすべきことが沢山あります。優れた将帥は適切な選択肢を選ぶと信じています」

 ラザール・ロボス元帥は乾いた唇を舐めた。眼前のインテリゲチャの言葉の意味を推し測る。
「同盟軍は常に市民の安全を保障するためにあります、陛下」
 帝冠の守護者は一瞬だけ、知的好奇心に満ちた光を瞳に走らせた。
「期待しています、元帥」
「私もこのパーティーのゆで卵には期待していますとも」
 ゆで卵はアルレスハイムのソウルフードだ。亡命者の実質的な収容所から革命と戦災復興を経験した歴史――貴族社会・侵略者へのレジスタンス・革命・そして廃墟からの再起、その全ての象徴である。
「あら、元帥がいらっしゃると聞いてシャシリクの料理人も張り切っていらしたわよ」
 笑い声を交わし、主賓たちはホールへと向かう。

「・・‥‥同盟市民の団結、アルレスハイムと同盟構成邦間の緊密な連携はこれからより重要になるだろう。私たちは、亡命者のみなさまのこれまでの貢献に感謝するとともに、引き続き団結して国難を乗り越えるための団結を求める。そしてなによりも、皆と共にこの節目を迎えたことを喜ばしく思う」
 マリアンヌはゆったりと亡命者たちを眺める。頭を下げることはない。ハイネセンポリスの同盟議会であれば頭を下げることもあるだろう。構成邦の元首同士であれば相手が下げれば下げる。だが、この亡命者政治連盟において彼女が――否。マリアンヌ・フォン・”ゴールデンバウム”が頭を下げることはけしてない
 敬礼する者、万歳を唱える者、拍手をするもの、思い思いのやり方であるが、彼らは賛意を示していた。
 マリアンヌは司会に頷くとゆっくりと壇上を降りる。ロボス元帥は彼女に敬礼を捧げ、そして司会の声を待つ。
「それでは!ラザール・ロボス元帥に来賓を代表してご挨拶を!ようこそいらっしゃいました」
 ラザール・ロボスは壇上に立った。彼は直系の亡命者系ではない。彼の母は亡命者であった。彼はこの地で育ち、何より武勲が彼をここに受け入れさせた。
「皆さん、おめでとうございます。私はただ一介の武弁として同盟軍という組織が皆さまの安全保障の実現に大きな成果をあげたことを誇りに思います」
 無難なあいさつだ、と皆が思った。だがそうはいかない。”ラザール親爺”は機動戦術を愛する。常に子飼いの部下を信任し、幕僚と中堅指揮官に委任をし、そして想定外のところから攻めたてることで彼は元帥まで登り詰めてきた。
「自由惑星同盟も、同盟宇宙軍も長きに渡る侵攻により傷ついています。それでも、今も精強に皆さんを守るために存在します」
 観衆たちはざわつき始めた。この元帥は何か意図をもって艦隊が傷ついていることを認めたのだ。
「人材の不足、特に下士官、兵士の確保、そして民生への負担について多くの方が不安を抱いていることは存じております」
 アルレスハイムだけでない、パランティア、エル・ファシルの地方財界人、構成邦議員たち、それにエルゴンから来た同盟政府出先機関の役人たちすらもこちらを見ている
「あえて申し上げます。私どもはそれを否定しません。我々は国内状況の変化と国民の身命・財産の防衛の在り方を検討します。軍は健全な社会に属する健康な市民がいてこそ成立するのです!」
 
「艦隊総司令部は常に帝国の情報を収集し、そしてその上で議会・政府へ助言を行い、その判断に従うでしょう。それこそが自由惑星同盟の軍隊に通底する理念であります」
 何かを断定したわけではない。道理を再確認しただけだ。しかし、【艦隊司令長官を務める元帥が道理を確認する】ことを何かを仄めかしていると判断しない者がいたら、それは政治的な感覚が著しく欠けていると言わざるを得ないだろう。
「それでは、半年ほど早いですがこの言葉で乾杯させていただきたい」
 蜂蜜酒が注がれたグラスを掲げる。
「今年の勝利に!来年も勝利を!!」
 来賓たちも杯を掲げ、その数秒後に拍手が響いた。

 ――歓談が始まると楽団は『燃え盛るユグドラシルのタンゴ』を奏で始めた。

 
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