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星々の世界に生まれて~銀河英雄伝説異伝~

作者:椎根津彦
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激闘編
  八十二話 新たなる戦いの序曲

帝国暦486年4月2日12:00
ヴァルハラ星系、首都星オーディン、銀河帝国、銀河帝国軍、ミューゼル艦隊旗艦ブリュンヒルト、
ラインハルト・フォン、ミューゼル

 「閣下、今日の午後の予定ですが、ミュッケンベルガー閣下の元帥府にて艦隊司令官による作戦会議が開かれます」
「分かった…二人の時は閣下は止せ、キルヒアイス」
「恐れ入ります…ですがそうしてしまいますと、つい叱ってしまいそうで」
「何だと…なんで叱られなきゃいけないんだ」
「アンネローゼ様にきつく言われていますので…いたらない所があったら叱ってあげて、と」
「姉上もキルヒアイスも…いつまで俺を子供扱いするつもりなんだ?」
無機質で武骨な艦橋も、二人きりの時は穏やかな風が吹いている。
 到頭ここまでたどり着いた。俺の艦隊、そして俺の艦、ブリュンヒルトー正規艦隊の司令官たる中将には個人旗艦が下賜され、一度下賜された艦は没収される事はないー新機軸の実験艦という事だったが、そんな事はどうでもよかった。白亜の美しい艦形、正にワルキューレの戦乙女だ。
「乗艦時や下艦の際にこの艦を眺めているラインハルト様の姿はどうみても…欲しかった玩具を手に入れた子供にしか見えませんよ」
「…見ていたのか」
「当たり前じゃないですか、行きも帰りも一緒なんですから」
「まあ、確かにそうだな」
…子供扱いされても仕方ないな、本当の事なのだから。

 昨年のマッケンゼン艦隊の壊滅、俺の艦隊の前身でもあるヒルデスハイム艦隊の敗戦から一年が過ぎた。あの戦いの結果、ヒルデスハイム伯爵は軍から身を退き、俺が艦隊を引き継いだ。

“貴族は帝室の藩塀としての気概と実力を取り戻さねばならない”
そう言って軍に復帰したヒルデスハイム伯爵は志半ばでの退場を余儀なくされた。

”卿は勝てるか、あの男に“
”卿はこの現状を変えたいのではないのか“

叛乱軍の重要人物、ウィンチェスターの打倒、そしてヒルデスハイム伯爵の秘めた想いと俺の願望。伯は自らの進退と引き換えに俺を中将に昇進させた。帝国の実権を握り、姉上を救い出して皇帝を倒し、そして叛乱軍を倒し宇宙を統一する…伯がそこまで見抜いていたかは分からない。だが彼は俺に想いを託したのだ。その結果、俺はブラウンシュヴァイク一門の子飼いとして見られている。だが今はそれでいい。どんな手管を利用してでも、登り詰めてみせる……。


14:15
ミュッケンベルガー元帥府、ミューゼル艦隊司令部執務室、
オスカー・フォン・ロイエンタール

 「昼間からワインとは大層なご身分だな、ロイエンタール」
「そういう卿こそ手にしている物はなんだ、ミッターマイヤー」
「赤毛ののっぽから密告があったのさ、此処でワインの試飲会を一人でやっている奴が居るって」
「おいおい、独り占めしているみたいな言い方は止めてくれ、司令官から頂いた物だ。四百五十八年物の逸品だぞ」
「五十八年物…気持ちは分かるがな、家まで我慢出来なかったのか」
「持って帰る間に澱が舞ってしまったら、折角の風味が台無しだぞ。そんな事態になってしまう前に飲んでしまった方が司令官の御厚情に応えられるというものだ…ほら、グラスを出せ」
ミッターマイヤーは肩をすくめた…なんだ、腹が膨らんでいると思ったら、クラッカーを忍ばせていたのか。持つべき物はやはり話の分かる友だな。

 ミューゼル…あの金髪の若者が中将、艦隊司令官になると同時に俺達二人も准将に昇進した。他にも序列とは関係なく昇進している者がいるが、それは全てミューゼルの推薦した者達だ。赤毛ののっぽ…キルヒアイスも大佐となってミューゼルの副官をやっている。味方を、それも一個艦隊を壊滅に追い込んだ俺達が昇進するとは面白い時代になったものだ。そしてあの戦いの後、大きな戦いもなく一年が経った。お陰で艦隊戦力は充実し、錬成訓練もほぼ終了、今では出撃を待つだけだ。

ミューゼル艦隊(一万三千隻)
艦隊司令官:ミューゼル中将
艦隊参謀長:ケスラー准将
作戦参謀:ワーレン大佐
同参謀:ミュラー中佐
副官:キルヒアイス大佐
旗艦艦長:シュタインメッツ大佐
分艦隊司令:ミッターマイヤー准将
同司令:ロイエンタール准将
同司令:メックリンガー准将

 「…こんなに旨いワイン、中々お目にかかれないな」
「だから言ったろう、今飲むべきだと」
「卿に誘われた記憶はないんだが…しかし、司令官はワインがお好きなのかな」
「嫌いではないと思うが、何故だ」
「これ程上物のワインともなると、たとえ将官といっても中々手の出せる額ではあるまい」
「ヒルデスハイム伯爵から頂いた物だそうだ。司令官は自分は嗜む程度で味の良し悪しが分からない、それでは伯にも申し訳ないし、ワインとしても味の分かる者に飲まれた方が本望だろう、だから貰ってくれないか…と仰ってな」
「味の分かる者ねえ…だが卿の場合はワインの味より女の味の方が得意だろうな。また、変えたのだろう?」
「まあな…それより女と言えば、ヒルデスハイム伯爵家の御令嬢が、司令官に大層御執心らしい」
「ほう…このまま行くとラインハルト・フォン・ヒルデスハイムという訳か?少し語呂が悪いな…それより、息災なのかな、ヒルデスハイム伯は」
「今は…幕僚副総監という役職に就いて居られる筈だが」
「幕僚副総監…クラーゼン元帥のお守りという訳か。あの敗戦は俺達にも原因がある…申し訳ない事をした」
ミッターマイヤーは呟く様にそう言うと、空になったグラスを突き出して来た。
「おいおい、もう少し大事に飲んで欲しいものだな…そうだな、確かに申し訳ない事をした。だがあれはあれでよかったと思っている。あの戦いで帝国軍全てが叛乱軍のウィンチェスターという男の危険性を認識した筈だ。奴は自らを囮に完璧な包囲殲滅戦を演出した。今にして思えば児戯にも等しい単純な罠だったが、奴を討つ千載一遇の機会だったことは間違いない…まあ、生き残れたからこそ言える事だがな」
「アッシュビーの再来か。厄介な奴が出てきたものだ、本当にそうなら、これから先俺達はもっとひどい目に逢うという事になるが」
「本当にそうならない事を今は祈るしかないな」
アッシュビーの再来か。あの時は冗談半分に聞いていた…俺達の司令官はあの男に勝てるのだろうか。あの戦いから一年、艦隊戦力も充実している。そろそろ何かあってもいい頃だ…今日ミュッケンベルガーに艦隊司令官達が呼ばれたのもそういう事だろう。



宇宙暦795年4月3日12:00
バーラト星系、首都星ハイネセン、自由惑星同盟、自由惑星同盟軍、ハイネセンポリス郊外、統合作戦本部ビル、
ヤマト・ウィンチェスター

 「艦隊司令部のスタッフ、かなり入れ替えた様だな」
「第九艦隊司令部の前スタッフは知らない面子ばかりなので。気心知れている方が楽ですから。元の十三艦隊のスタッフの半分はヤン少将と親しい面子ですから、そこは残して来たんですがね…とは言うものの小官が第九艦隊司令官というのは未だに納得いきませんけどね」
俺の前にはお馴染みのポーズ、組んだ手の上に顎を乗せて座っているシトレ親父が微笑をたたえている。
「貴官はコーネフを本部次長に推薦した。それを意気に感じたコーネフが君を第九艦隊司令官に推薦したんだ。本当に好きなポストに就けると思っていたのかね?そんな訳ないだろう」
 中将へ昇進した。親父に好きなポストを選べと言われたから、人事部長と言ったら却下され、査閲部長と言ったらまた却下されてしまった。何でだろうと思ったら推薦があったのね……。昇進して大将になったコーネフさんは年もそうだしシトレ親父の下だともう頭打ちだろう。だったら…と次長に推薦したんだけど…余計な事言ったせいで人生設計が狂ってしまった。おとなしく十三艦隊のままでいいって言うんだった…でもなあ、第十三艦隊司令官って俺じゃないよなあ。やっぱりヤンさんじゃないとなあ…。


統合作戦本部長:シトレ元帥
同次長:コーネフ大将
宇宙艦隊司令長官:ルーカス大将
同司令部総参謀長:オスマン中将
同司令部作戦主任参謀:アル・サレム少将
同司令部情報主任参謀:ロックウェル少将
同司令部後方主任参謀:ドーソン少将

第一艦隊:クブルスリー中将 一万五千隻
第二艦隊:パエッタ中将 一万五千隻
第三艦隊:ルフェーブル中将 一万五千隻
第四艦隊:パストーレ中将 一万五千隻
第五艦隊:ビュコック大将 一万五千隻
第六艦隊:ホーランド中将 一万五千隻
第七艦隊:マリネスク中将 一万五千隻
第八艦隊:アップルトン中将 一万五千隻

第九艦隊:ウィンチェスター中将 一万五千隻
同司令官副官:ミリアム・ローザス大尉
同副司令官:シェルビー少将
同参謀長:ワイドボーン准将
同作戦参謀兼司令部内務長:カヴァッリ大佐
同作戦参謀:フォーク中佐
同作戦参謀:スールズカリッター中佐
分艦隊司令:ダグラス准将
分艦隊司令:バルクマン准将
分艦隊司令:ガットマン准将
分艦隊司令:イエイツ准将

第十艦隊:チュン中将 一万五千隻
第十一艦隊:ピアーズ中将 一万五千隻
第十二艦隊:ボロディン中将 一万五千隻
第十三艦隊:ヤン少将 七千五百隻

イゼルローン要塞司令官兼駐留艦隊司令官:ウランフ大将 一万隻
アムリッツア駐留軍司令官:グリーンヒル大将 
同副司令官:ビロライネン中将

 こうなったら艦隊の司令部と分艦隊司令はそう入れ替えだ!という事で、解体された旧EFSFのメンバーに来て貰う事にした。シェルビー少将には副司令をやって貰って、イエイツさんには分艦隊司令をやって貰う…っと。ヤンさんに近いメンバーはそのまま十三艦隊に残して来たから、ここにフィッシャーさんやムライさん、そしてパトリチェフのおっさんが来るんだろうな。そして七百九十四年度士官学校次席卒業のフレデリカちゃんを推薦して…と。人事部に念押ししといたから大丈夫だろう。 

 「この一年間、帝国軍は大人しかったな。始まると思うかね」
「うーん、大人しかったという事は兵力の蓄積に励んでいた訳でしょうからね。今の帝国軍は艦隊を幾つ保持しているのです?」
もう慣れっこだ、勝手にコーヒーを淹れさせて貰う事にする。俺が自分の分だけ淹れるのを見て、シトレ親父は苦笑しながら自分の分を淹れ出した。
「フェザーン経由の情報だと、十個艦隊は存在している」
「十個艦隊…多いですね、厄介だな…艦隊司令官の名前は判明しているのですか?」
…ここに来るといつも話が長くなるからな、次からは甘い物でも持って来よう…。
「まず宇宙艦隊司令長官ミュッケンベルガー元帥直卒の二万隻、クライスト艦隊が一万五千、ケルトリング艦隊一万三千、メルカッツ艦隊一万三千、ゼークト艦隊一万三千…」
シュトックハウゼン、フォーゲル、シュムーデ、ギースラー…皆聞いた事のある名前だ。メルカッツも正規艦隊を率いているのか…あれ?
「閣下、ヒルデスハイム艦隊も居るんですよね?」
「いや、ないな。あとはミューゼル艦隊という艦隊が存在している」
「ミューゼル艦隊…」
「イゼルローンの停戦の時、ヒルデスハイム伯爵の随行者にミューゼルという若者が居たな。君が危険視していた」
「はい…多分その男で間違いないと思います」
ヒルデスハイム艦隊が居なくてラインハルトの艦隊が存在するって事は、昨年の戦いでヒルデスハイムは死んだのか?いや、だったら一緒にラインハルトも死んでいてもおかしくない…という事はヒルデスハイムは重傷か何かでラインハルトが艦隊を引き継いだのか?でも何でラインハルトが艦隊司令官になっているんだ?死んでないにしてもあれだけボコボコにされたら、昇進なんて出来ない筈だ、ましてや艦隊司令官なんて有り得ないだろ……くそ、主人公補正ってやつか?
「大半の名前は昨年の内には判明していた。常に前線に出ていたヒルデスハイム艦隊が居なくなり、代わりにミューゼル艦隊という新しい艦隊が編成されたという事だな」
いやー、まずいですね…早くヤンさんにフル編成の一個艦隊を率いて貰わないと…。
「そうみたいですね」
「仕掛けてくると思うか」
「どうですかね、此方がイゼルローン要塞を落とした時の様に全艦隊で、という事はないでしょう。十個艦隊という数が正しければ、我々の方が戦力は多いですから」
「……十個艦隊という数字は欺瞞だと?」
「おそらくは。もしかしたら定数の十六個艦隊を揃えるつもりかもしれません。現在、戦力として期待出来るのが十個、という事かもしれませんし」
「という事は今も艦隊戦力の増強は進んでいる、という事かな」
「そう考えていた方がいいでしょうね」
「…君の行っていた帝国の辺境との工作はどうなっている?」
「順調ですよ。あまりおおっぴらにも出来ませんから、穀物の生産に必要なプラントの類いを運んだ後は、此方が関わるのは辺境同士の貨客船の運行のみにしています。それでも住民感情はだいぶ和らぎましたよ」
「ほう。占領後の手間が省けるな」
「占領はやめた方がいいと思います。住民感情がどうとか関係なく、占領は益がありません」
「帝国を倒す上で必要な措置だと思うのだが。違うかな」

 やっぱり説明しないと解って貰えないかなあ…シトレ親父、優秀な人なんだけどなあ。帝国の圧政から解放する、聞こえはいいけど、それは民主化を強要するって事なんだ。俺が生きていた現実の世界でもそれはあった。イラク戦争、アフガニスタンでの戦争…社会体制が違えば、他人から強要された価値観は中々受け入れられないものだ。俺にとっての大昔のフランス革命もそうだった。フランス以外の西欧諸国は革命の精神を自国に持ち込まれるのを恐れたし、ソビエト式の社会共産革命も恐れられた。社会システムの変更は、それを強いられる人々にとって痛みを伴うという事を理解出来ないのかもしれない。何しろそれが最後に起きたのは銀河帝国が出来た頃の話だもんな……。
「占領ではなく、彼等の方から同盟に参加したいと考えさせるべきです。彼等自身が考え、選択する。当然彼等の中で話し合いが起きるでしょう。話し合いの過程で多数決という選択が出てくると思います、民主主義の第一歩ですよ」
「成程な。だが彼等が帝国に残ると決意した時はどうするのだ」
「その意思決定は尊重するしかないでしょう、民意ですから。ですが民意というものは流動的ですからね。それに、彼等にはほぼ軍事力と呼べる物が無いのですから、たとえ帝国に残ったとしても短期的には我々に影響はありません」
「確かにそうだな。だが短期的と言ったな?」
「はい。理想的に事態が進行して、我々が帝国中枢を降したとします。その場合、帝国に残る事を選択した辺境の彼等がそのまま帝国である事を選択するとは思えません。最低でも中立化を望むでしょう。となると長期的に見た場合、同盟や帝国残党とは異なる経済圏が生まれる訳ですが、同盟参加を望まなかった彼等が同盟に好意的であるとは限りません。そうなると軍事的には補給の面で不都合が生じるでしょう。占領せずに彼等の民意に任せた場合、そうなる可能性も考えねばなりません。ですから彼等の民意がどうであれ交渉は必要になるでしょうね。同盟参加を望むのなら地位を決定せねばなりませんし、中立や帝国残留を望むのなら和親条約や不可侵条約の締結をせねばならないでしょう」
「条約の締結か…軍の仕事ではないなそれは」
「ですが、軍じゃなくても誰も考えた事はないと思いますよ。それに一番先に帝国辺境と接するのは我々軍なんですから、作戦方針の中に外交的な余地を入れて提示してあげないと、どこの委員会も考えてはくれないと思います」
「ふむ…話を聞いていると、私などより君が政治家になった方がいいと思うがね」
「ハハ…私では若僧過ぎて重みがありませんよ。だからこそトリューニヒト委員長も閣下を選ばれたのだと思います」
「だがな、私が政治家になったとして何が出来る、という思いはある。精々軍の統制がいい所だろう」
「まさしくそれを求められているのだと思います。当然ながらトリューニヒト氏は安全で確実な政権運営を求めるでしょうから。自分の主な支持基盤である軍にぐらついて貰っては困るでしょうし。それに軍は得点を稼ぎ過ぎました。対帝国戦の結果が国内政治に直結しているとはいえ、現在の社会情勢を作り出したのは軍、国防委員会です。他の委員会と協調路線を取っているとしても、それに対する妬みや嫉みは存在します。今後、軍がどれだけ成功を収めたとしてもでかい顔をさせない配慮が必要になります。シビリアン出身の国防委員達ではそれは難しいでしょう。正確に軍の内情を知る方が必要なのです」
「…軍からは嫌われそうだな、私は」
「そんな事はないと思います。大丈夫ですよ」

 窓のないこの部屋で、親父は遠い目をした。見ているのは先の見えない未来か、それとも政治などという面倒な事を考えなくてもよかった昔の事だろうか。
「話を戻そう。帝国軍が出兵するとして、その目的はアムリッツアやイゼルローン要塞の奪還を目的とした物だろうか」
「うーん…本部長が帝国軍のミュッケンベルガー元帥のお立場なら、どうお考えになりますか」
「そうだな…奪還云々はまず置いといて、麾下の艦隊の実力を試したいだろうな。去年の様な不様な負けはミュッケンベルガーとて御免だろう」
「ですね、小官もそう思います」



4月7日12:00
ハイネセン、ハイネセンポリス、シルバーブリッジ三番街、ウィンチェスター邸
ヤン・ウェンリー

 「ええとね、そのお皿はあっちのテーブルに並べてくれる?」
「わかりました、ミセス・ウィンチェスター」
「やだぁ。エリカでいいわよ、ユリアン君」
「は、はい…わかりました、エリカさん」
今日はウィンチェスター邸にお邪魔している。第九艦隊司令部と第十三艦隊司令部の主だったスタッフとでホームパーティを開く事になったのだ。私は引っ越すのが面倒なので佐官時代のままの官舎に住んでいるが、ウィンチェスターは将官用の高級官舎に引っ越した。とにかく広い。こんな所に引っ越したらユリアンだけでは掃除に手が回らなくなるだろうな…。
「たまにはこういうのもいいでしょう。キャゼルヌ少将はアムリッツアですし、我々も所属が別々になってしまいましたからね」
「そうだね…またこういう事が出来るとも限らないからね。とりあえず、乾杯」
「乾杯」
こうして見るウィンチェスターは穏やかな顔の好青年だ。だがその頭の中身は同盟の至宝といってもいいだろう。彼は私生活も派手ではないし問題発言もしないから、アッシュビー提督の様に目立つ事は少ない。目立つ事はないが、ここ近年の同盟の軍事的成功は全て彼が絡んでいる。私など彼のおかげ、あるいは彼のせいでとうとう艦隊司令官になってしまった。私などがそうなのだから、このままいけばウィンチェスターは当然軍の最高位に立つだろう。
「ウィンチェスター、私に何が出来るかは分からない、だが約束しよう。君を精一杯支えるよ」
「…どうしたんです、急に」
「前にキャゼルヌ先輩と話した事がある。君が現れてから物事の動きが加速している気がする、ってね」
「そうですか?」
「うん。同盟と帝国、この二つの国家の争いに変化が訪れている。まあ、この先どうなるかは分からない。どうせならこのまま同盟に有利に進んで欲しいけどね。それで戦争が無くなるなら、どういう形であれ人類社会に平和が訪れる訳だ。私も君を手伝おうと思う」
「急にやる気を出してどうしたんです?」
「まあ…あの子が、ユリアンが戦争に行くのは見たくないからね。どういう形であれ、戦争が終われば次に来るのは平和だと信じたいし、平和な世界でユリアンには幸せになって欲しい…とまあ、ささやかながら保護者としての義務を果たそうという訳さ」
「ささやかながら、ですか。私の知る貴方が頑張った訳をやっと理解する事が出来ましたよ」
「…何の話だい?」
「いえ、こっちの話です…本当に」


14:30
同所、エリカ・ウィンチェスター・キンスキー

 「ああもう。ホント男って食べて飲んでばかり。そう思わない?ミリー」
「そうですね。でも楽しいですよ。ちゃんと私が手伝いますから大丈夫です」
艦隊から離れる事になったのは寂しいけど、代わりにローザス大尉…ミリーが副官やってくれるから大丈夫よね。でも、本当にとんでもない人と結婚しちゃったんだなあって思う。ただの下士官だったのが今では中将…しかもただの中将じゃない、ある意味帝国を向こうに回して一人で戦っている同盟の英雄。ヤン少将もそうだけど、二人とも英雄になんてちっとも見えない。パパやママも喜んでくれているけど、全然英雄なんかじゃなくていいのに…。
「あの、ありがとうございます。エリカさん」
「え?どうしたの」
「ミリーなんて呼ばれるの久しぶりで。そう呼んでくれたのは家族だけでしたから」
「友達なんだから当たり前じゃない。あまり渾名では呼ばれなかった?」
「お爺ちゃんがお爺ちゃんなだけに…友達も遠慮しちゃって」
「そうなのね。みんなにも呼んで貰えばいいじゃない、今はプライベートなんだし」
「あ…そういえばダグラス准将はそう呼んでくれていたような…」
「ああ…あの人はね。昔から女の子には目がないから。仲いいの?」
「え?ええ…よくゴハンとか誘ってもらってます」
「女友達多いし、気をつけてね。昔からモテてたけど、ローゼンリッターに所属してから一層ひどくなったみたい」
「そうなんですか?」
「何でも上官のせいだとか言ってたなあ。ちゃんと捕まえとかないとダメよ」
「え?そんな仲じゃないですよ。それに女の子の知り合い多いんですよね?困ります」
「あ、でも…確かにモテてたし、女友達は多いけど、自分から誘うのは本気の女だけって言ってたわよ」
「え…ええ?」
「まあ悪い人じゃないし、頑張ってね」
「は、はい」



 同時刻、同所
ワルター・フォン・シェーンコップ

 「まあ、いっちゃって下さい…乾杯」
「乾杯…ウィンチェスター閣下、この様な席にお呼び頂けるのはありがたいが…我々は場違いではないのですか」
そう、場違いだろう。マイクから誘われたから、リンツやブルームハルト達も連れて来たが…聞けば第九艦隊、第十三艦隊それぞれの司令部のスタッフの集まりだという。
「お気になさらずに、シェーンコップ大佐。イゼルローンでは一度お会いしたきりで、それからまともにお礼も出来てませんでしたからね。部下の皆さんも楽しんでいただけているといいのですが」
「お気遣いありがとうございます。充分に楽しんでいますよ」
せっかくだから楽しませてもらっている。ケータリングはウィンチェスターの奥方の実家からという事だし、酒も申し分ない。
「ご存知でしょうが、こちらはヤン少将。同盟の誇る若き英雄です」
「君の方がもっと若いんだぞ…はじめまして、ヤン・ウェンリーです。よろしく」
「これはこれは…ヤン少将、お初にお目にかかる、小官はワルター・フォン・シェーンコップと申します。宜しくお見知り置きを…同盟軍、いや、同盟の今後を担うお二人の知偶を得られて、まことに光栄の限りですな。小官の未来も少しは明るくなりそうだ」

 ウィンチェスターにヤン・ウェンリー…アッシュビーの再来にエル・ファシルの英雄。こんな異名の付く男達が存在する時代…それはまさしく動乱の時代だろう。全くいい時代に生まれたもんだ。
「全くです。大佐の活躍の場はこの先どんどん増えますからね」
「ほう。軍内部の余所者に、その様な場がありますかな?」
「余所者…今では少し変わったのではないですか?」
ウィンチェスターの言う通りだった。今ではローゼンリッターへ一般隊員が配属される事も珍しくなくなっている。誰が言い出したかは知らないが、『同盟市民は皆帝国からの亡命者の様な物ではないか、差別は良くない』という事らしい。今までは補充兵にすら困っていたのが、この先旅団規模への拡大の話も出ていた。ある意味、目の前の男のお陰だった。それほどイゼルローン要塞一番槍、の功名は大きかった。実際、要塞内部ではほぼローゼンリッター独力で戦っていたと言っても過言ではなかった。
「閣下のご配慮のおかげです。ありがとうございます」
「私は何もしていませんよ。ローゼンリッターが先陣と決めたのはシトレ閣下ですから」
「ウィンチェスター閣下…謙遜も度を越すと嫌味に近くなりますよ、そうではありませんか、ヤン少将」
「そうだね。聞いててたまに嫌になりますよ。能力があるのにどこか他人事で」
「それはヤン少将、貴方の事でしょう…それはさておき、大佐、上に掛け合うのはこれからですが、艦隊勤務は如何ですか?」
「艦隊勤務、ですか」
「第十三艦隊付、もしくは私の艦隊付、という事になります。どうでしょう」
「構いませんが、陸戦隊の出番がありますかな?」
「さっき言ったじゃないですか、大佐の活躍の場はこの先どんどん増えると」
「増える、ではなく作って頂ける、という事ですか。それならば喜んで請け合いましょう」
ウィンチェスターにヤン・ウェンリー…これから楽しくなりそうだ。




 
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