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魔法戦史リリカルなのはSAGA(サーガ)

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【第一部】新世界ローゼン。アインハルト救出作戦。
【序章】ベルカ、新たな〈次元航路〉の出現。
   【後編】アインハルト、指名を受ける。

 さて、〈次元航路〉というものは、必ず「世界と世界を直線的に結ぶ形で」存在しているものなので、この新たな航路(ルート)の先にも必ず「いずれかの世界」が存在しているはずなのですが、『我々の世界にも新たな〈次元航路〉が接続した』という報告は、「そちらの方角」にあるどの世界からも全く入って来ませんでした。
 つまり、この新航路は「未知の新世界」に接続している、ということなのです。
【特定の航路がどちらの方角へ伸びているかは、実際にその航路に入るまでもなく、事前に「おおよそ」の見当がつきます。ただし、正確な方角や、向こうの世界までの「距離」などに関しては、ほとんど見当がつかないので、実際に行ってみるしかありません。】

 新たな「世界」の発見など、もうかれこれ70年ぶりとなる大事件です。
 なお、今でこそ(無人世界まで含めて)600個あまりの世界が知られていますが、実のところ、ミッドでは、旧暦の時代には(正確な座標という意味では)まだ全部で100個あまりの世界しか知られていませんでした。
 その100個あまりの世界が分布している領域が、今で言う〈中央領域〉です。

 ちなみに、「主要な世界」というのは、元々は「中央領域に分布する22個の管理世界」を指して言っていた用語なのですが、最近では、中央領域の外にまで、もう少しだけ範囲を拡げて「35個の管理世界」を指して使われることもあるようです。

【劇場版では「管理世界は全部で35個」という設定になっていたようですが、TV版では「スプールスは第61番の管理世界」という設定なので、この作品の設定としては、『35個というのは、あくまでも「主要な」管理世界の数だ』ということにしておきます。】

 そんな旧暦の時代の末期に(今から百年以上も前に)今もなお普通に使われ続けている「BU式駆動炉」が初めて実用化された結果、次元航行船の巡航速度は従来の33%増しになり、その平均的な航続距離もまた従来の二倍以上にまで伸びました。
 そのため、〈統合戦争〉の終結を記念して暦が「新暦」に改められると同時に、〈大航海時代〉が始まり、それからわずか四半世紀の間に、既知の世界はすべて発見し尽くされたのです。
 その後、「BU式」に代わる「新たな方式の駆動炉」の研究もそれなりに行なわれてはいるのですが、結果としては、まだどれも実用化にまでは至っていません。(←重要)


 なお、〈第97管理外世界・地球〉もまた、新暦11年(昭和22年・西暦1947年)に発見されると同時に、そのまま基礎調査が行なわれました。
 この世界には生憎(あいにく)と「魔法文化」が存在していませんでしたが、それでも、地理的な条件はそれほど悪くはなく、〈中央領域〉から東方へ、さらには北方へと伸びた「一等航路網」の末端に位置していました。
【だからこそ、新暦65年に、ユーノが〈無128ドルバザウム〉の遺跡で〈ジュエルシード〉を発見した時にも、局は当然にそれを「地球経由」で〈本局〉に送ろうとして、地球の上空で事故に()ってしまったのです。】

 しかし、その地理的な条件の良さ(ゆえ)に(?)新暦15年の夏には、地球を舞台に「思わぬ大事件」が起きてしまいました。
 犯罪者が「とあるロストロギア」を本局の「古代遺物管理部・重要遺物保管庫」から盗み出して、当時は「最辺境の世界」のひとつだった地球にまで逃げ込み、日本列島の敷浜(しきはま)市の近辺で担当執務官の率いる追跡部隊を相手に、現地の住民たちをも巻き込んでしまうような激しい戦闘を幾度となく繰り広げたのです。
 しかも、その犯罪者集団の首謀者は、現役の管理局員(天才的な技術者)でした。
 管理局にとっては「高名な局員による一大不祥事」なので、一般にはその事件に関する情報など全く公開されてはいないのですが、局内では首謀者の名を取って〈GV事件〉と呼ばれ、その後も一部で(ひそ)かに語り継がれて行きました。

 その事件は、最終的に、首謀者以外の(実は、金で雇われていただけの)犯罪者どもはすべて逮捕できたものの、『一流の空戦魔導師でもあった首謀者ゲルダ・ヴァレーリと、彼女とは旧知の仲だった担当執務官ガイ・フレイルはともに死亡し、問題のロストロギアも深い海の底に失われる』という、ほとんど最悪の結果に終わりました。
 また、その当時、ガイ(28歳)もゲルダ(27歳)も管理局の中では非常に人気の高い「憧れの人物」であり、その上、『二人は嵐の中で戦い、力尽きて一緒に夜の海に落ちた』という、ガイの弟でもある若き補佐官ヴァル・フレイル(18歳)の「涙ながらの目撃証言」があっただけで、実際には、二人の遺体も「盗み出されたロストロギア」も最後まで見つからないままでした。

 そのため、その事件の後も『あの二人が死んだなんて、とても信じられない』という局員は全く(あと)を絶ちませんでした。その上、〈GV事件〉そのものが非公開となったために、この二人のことをよく知る人々の心の中では、ガイとゲルダは「死亡」ではなく、あくまでも「消息不明」という扱いになっています。

【管理局の判断も当初は「行方不明」でしたが、それから「8年間の期限」が過ぎた後には、ガイもゲルダも当然に「死亡と推定」されました。
(この期限は、新暦40年代には、一連の法改正によって「10年」に延長されました。)
 そして、単なる偶然の一致ですが、ガイもゲルダも両親はすでに他界しており、親族はそれぞれ弟が一人いるだけだったので……新暦23年の夏に、ガイとゲルダの個人財産はそれぞれの弟が単独で相続した「はず」です。】

 また、事件の翌年の3月に、ヴァル・フレイルが「心を病んで」管理局を自主退職した後、一部の局員は『実は、ガイとゲルダは昔から恋仲で、人知れず何処(どこ)かの管理外世界へ駆け落ちしたのだ』などという根も葉も無い(?)噂話すら口にしていました。
 もちろん、ともに独身だった二人が普通に結ばれてはならない理由など、何処(どこ)にも無いはずなのですが……今となっては、もう「真相は(やぶ)の中」です。
 なお、ヴァル・フレイルは退職後も、長らく管理局から「極秘の監視対象」とされていたのですが、彼はしばしばそうした監視の目をすり抜けて行方(ゆくえ)(くら)まし、最終的には新暦24年の目撃例を最後に、完全にその消息を絶ちました。
 その後のヴァル・フレイルの行方は、誰も知りません。

 なお、この事件で被害者となった現地の住民たちの中には、『当時の地球の技術ではまだ治せない種類の(しかも、放置すれば死に至るほどの)傷を負ったために、「治療のための緊急措置」として、転送で管理局の次元航行艦の中にまで運び込まれた人々』が、累計で何百人もいました。
 その大半は傷を治された後、当然に地球への帰還を望んだため、管理局の医師たちは彼等の脳から「今日(きょう)一日(いちにち)」の記憶をきれいに消去した上で、彼等を現地へと送り返しました。
 しかし、中には少数ながら、記憶消去や地球への帰還を望まず、むしろミッドへの移住を積極的に希望する人たちもいました。
【あるいは、彼等はこのまま故郷に帰っても「満足には食べて行くことのできない人々」だったのかも知れません。敗戦から()も無い時代のことで、当時の日本はまだまだ貧しかったのです。】

 管理局は(元々は自分たちの失態が原因だったので)やむを得ず、特例措置として彼等の希望を認め、「彼等の故郷と比較して気候や文化がなるべく似ている土地」を選び、彼等(総勢数十名の日本人)を全員まとめてそこへ移住させることにしました。
 そして、当然ながら、管理局は現地に(当時の地球の技術水準では、決して見破れないレベルの精巧な)彼等の「ダミー死体」を残して行きました。
 なお、こうして日本列島の太平洋岸にある「敷浜市」からミッド南岸部のアラミィ地方にある港町ヴィナーロへと集団移住した人々の中には、まだ結婚(駆け落ち?)したばかりの「ナカジマ夫妻」(ともに18歳)も含まれていました。
 これが、ゲンヤ・ナカジマの両親です。

【私も自分なりに、『ゲンヤのような「魔法文化の無い世界で生まれ育った魔力ゼロの人間たち」がミッドチルダへの移民を許可された理由』というモノを、真面目(まじめ)に考えてみたのですが……やはり、これぐらいしか思いつきませんでした。(汗)】


 さて、新暦95年の3月15日に、ベルカ世界から〈未知の新世界〉へと向かう新たな航路(ルート)が開かれると、管理局〈上層部〉は大急ぎで「第一次調査隊」の編成に取りかかりました。
 また、大航海時代に制定された法律では『新世界への調査隊には執務官の同行が必要である』ということになっていたのですが、その条文は今もなお改正されないまま生き残っていました。
【法律の世界では、よくあることです。(苦笑)】

 そこで、3月の27日には、今回の調査隊に同行する執務官として、アインハルト(28歳)が〈中央評議会〉から直々(じきじき)に指名を受けました。
 未知の「新世界」は、古代ベルカと文化的につながりがあった可能性が高いので、当然に「古代ベルカ関連の専門家」を選んで同行させるべきでしょう。
 そして、もちろん、執務官の中にも「その方面の専門家」は大勢(おおぜい)いたのですが、アインハルト以外のそうした執務官たちは(ヴィクトーリアを始めとして)今は大半が特定の案件を(かか)えている最中で、現在休暇中のそうした執務官たちの中では、アインハルトが「一番の実績」の持ち主だったのです。
【アインハルトも今年の4月で勤続、丸8年。もはや「新人」ではなく、立派な「中堅」です。】

 また、管理局としては本当に例外的な措置なのですが、3月も中旬のうちに「新航路の出現」と「調査隊編成中」の情報は一般に公開され、ミッドでもマスメディアは連日、この話題で持ちきりとなりました。
 実は、前述のとおり、3月の半ばには「もう一つの大事件」(テロリスト集団の暗躍)が起きていたので、管理局は人々の注意をそちらの事件から()らすためにも、わざとこちらの情報を多めに流していたのです。
 各種メディアは、新暦81年の〈エクリプス事件〉の時などと同様に、管理局の情報操作にまんまと乗せられた形となりました。
【なお、〈ルートメイカー〉の存在を秘匿したままなので、新航路の出現はあたかも「自然現象」であるかのように説明されましたが、管理局の専門家たちから『ベルカ世界の荒廃によって自然に消滅した航路が、世界の復興によって、また自然に再生したようです』などと真顔で解説されると、正確な知識の無い一般の人々は容易にそれで納得してしまいました。】


 ここで、話は少しだけ(さかのぼ)ります。
 アインハルトの事務担当補佐官パルディエ・ノードリス(23歳)は、昨年の11月にはアルピーノ島での合同訓練に同行せず、ミッド地上で健康診断を受けていたのですが、その際に思いがけず、すでに妊娠2カ月であることが発覚したため、今年は(親友のマルセオラよりも一足先に)3月の末から産休に入ることが事前に決まっていました。
 彼女はまだ独身なのですが、どうやら、何か事情があって「秘密の恋人」との正式な入籍や挙式は後回しになるようです。
 そんな訳で、アインハルトはあの合同訓練の後、12月からまた新たな案件を担当していたのですが、今年の3月になって、その案件も無事に解決し、報告書の提出などもすべて終えた後、パルディエはおよそ三か月後の出産に備えて産休に入りました。
 また、ヴィヴィオも2月の末からすでに産休に入っていたので、アインハルトもしばらくは長期休暇を取って「愛する妻」の(かたわ)らにいることにしたのですが……20日には、フェイトが全く予定外に高町家に帰宅して、アインハルトに次のような内容の話をしました。

『実は今、とあるテロリスト集団が暗躍しているのだが、自分は彼等と「浅からぬ因縁」があるので、その案件を「秘密裡に」担当することになった。しかし、自分はすでに顔や名前や家族関係を彼等に知られてしまっているので、最悪の想定としては家族を人質として拉致(らち)される可能性がある。となると、最も危ないのは身重(みおも)のヴィヴィオなので、あなたは(そば)にいて彼女を護っていてほしい』

 かつてルキーテ執務官が妊娠中に拉致(らち)されたことを考えれば、これもまたフェイトとしては当然の懸念(けねん)であると言って良いでしょう。
 その日のうちに、カナタとツバサ(12歳)もいきなり「家庭の事情による長期休暇」を取らされて、ベガティス地方の陸士245部隊から帰宅しました。
 当人たちも、何故いきなり自分たちが休暇を「取らされる」ことになったのか、よく解っていなかったようですが、フェイトから直接に話を聞くと、『及ばずながら、兄様に手を貸して、ともに姉様の身を護るためだったのだ』と納得します。
(どうやら、自分たちもまた「護られる側」だという意識には乏しいようです。)

 そして、翌21日には前述のとおり、なのはとマルセオラの「すり替わり」が実行されました。
 アインハルトとヴィヴィオとカナタとツバサは、フェイトに導かれて極秘裏に「局員専用病院の特別病棟」を訪れ、二重隔壁による完全防音の、二部屋つづきの特別病室の「奥の間」で、マルセオラとブラーニィ医師の立ち会いの(もと)、なのはから『この「すり替わり」は絶対の秘密だ』とよくよく念を押されます。
 そして、四人はまた何食わぬ顔で、アラル市の高町家へと戻って行ったのでした。

 一方、フェイトは、ティアナやスバルやエリオやキャロなど、ごく一部の親しい人たちだけに、全く何気ない日常会話のような口調で一斉メールを打ちました。

『なのはが入院して、今日からしばらく音信不通になるけど、単に精密検査のためだから心配はしないでね。なのはも「こんな姿は、あまり人に見られたくない」なんて言ってるから、お見舞いには来ないであげて。と言うか、世間的には入院してること自体が「第三級の特秘事項」という扱いだから、そこのところ、よろしくね』

 つまり、フェイトははやての指示どおり、『敵を(あざむ)くには、まず味方から』という手法を実践したのです。わざわざ「盗聴の可能性」がゼロではない通常回線を使ったのも、もちろん、意図的な行為でした。
 こうして、フェイトは極秘裏に「マルセオラに(ふん)したなのは」を臨時の補佐官として、即日、またテロリストどもの足取りを追う仕事に戻ったのでした。


 ところが、27日になると、アインハルトは前述のとおり、「未知の新世界への調査隊に同行する執務官」として指名されてしまいました。
 なのはとフェイトは今、極秘の任務に就いているので、実のところ、アインハルトの側からは直接に連絡する手段がありません。
 アインハルトが『中央評議会からの直々の指名とあっては、下手に辞退することもできないが、さて、どうしたものか?』と思い悩んでいると、翌日の早朝に、フェイトの方から特別回線でこんな「秘密の連絡」が入りました。

『あなたの置かれた状況はすでに把握しています。この際だから、ヴィヴィオとカナタとツバサは三人とも、聖王教会本部の方で預かってもらうことにしましょう。教会には、私の方から今日中に話をつけておきますから、あなたはまた明日にでも連絡を入れてみなさい』

 それを聞いて、アインハルトもようやく〈本局〉に朝一番で「指名受託」の連絡を入れました。
 ヴィヴィオは妊娠中のためか、メンタルもいつになく不安定になっており、今回はかなり心細い気持ちもあったのですが、それでも、彼女は元気に笑って「夫」のアインハルトを送り出すことにします。
 大航海時代の資料にざっと目を通した限りでは、新世界の「基礎調査」にかかる期間は一か月程度が相場でした。その一方で、ヴィヴィオの出産予定日はまだ二か月も先のことなのですから、まさか『それまでに、アインハルトが戻って来られない』などということは無いでしょう。
 アインハルトもヴィヴィオに『それまでには必ず戻って来る』と約束し、その翌日(3月29日)に、フェイトの指示どおりに特別回線で教会本部へ連絡を入れました。
 もちろん、話はすでについています。
 その日の昼には、教会系列の運送業者が高町家を訪れ、ヴィヴィオとアインハルトの指示どおりに、彼女らの衣類や手荷物、各種の貴重品から「ニコラスの遺品」である文書類まで次々に専用の大型車両に積み込み、高町家の四人よりも一足先に教会本部へと向かったのでした。


 そうして、さらに次の日、アインハルトはいつもの車に、愛する妻とその妹たちと「昨日は積み残した幾許(いくばく)かの手荷物」を乗せて、アラル市の南東地区にある高町家を後にしました。
 これから長らく留守をすることになりますが、すでに大切なモノはすべて持ち出しているので、今ならば、たとえ()き巣に入られたとしても、それほどの被害にはならないでしょう。
 車はまず東へ向かい、クラナガンの北部郊外から「中央幹線道」の北上路に乗って、(うち)寄りの高速車線に入りました。アインハルトはそこで運転を自動に切り替え、AIは法定速度(およそ時速160キロ)を守って、ただひたすらに北上を続けます。
 200キロほど進んだところで道は下り坂となり、トンネルに入って「北の大運河」の下をくぐりました。上り坂を経て再び地上に出ると、そこはもうヴァゼルガム地方で、そこからさらに200キロほど北上すると、中央幹線道もいよいよ終着点となります。
 一般道に降りてさらに北へ行くと、すぐにまた「東西に走る水路」が見えて来ました。こちらは、「大運河」とは違って「小舟(こぶね)が普通にすれ違える程度」の幅しかありませんが、それでも、全長は「大運河」と同様に600キロにも達する長大な水路です。
『何世代もかけて少しずつ築かれた』と伝えられるこの水路が、ベルカ自治領の南側の境界線でした。

 その水路には(ベルカ式の単位系に基づいて)およそ16.2キロメートルごとに大きな橋がかけられていました。そして、それらの橋の途中には、いずれも検問のような遮断機が()りています。
 とは言っても、現代では、それらの検問はすべて機械化・簡素化されており、アインハルトがAIに執務官の身分証を提示すると、あっさりと遮断機が上がりました。本気で「敵の侵入」を警戒して検問を敷いている訳では無く、ただ単に「誰がいつ来たのかを記録しておくために」そうしているだけだからです。
 車で橋を渡ってそのまま道なりに進むと、やがて大きな十字路に出ました。そこを右折すれば農業エリアに、左折すれば都市エリアに行き着くのですが、アインハルトは当然にそこを直進します。
 すると、やがて、今度はまた長大なフェンスが見えて来ました。高さはそれほどでも無く、一見した限りでは簡単に乗り越えられそうにも見えますが、実は、こちらは(橋の上の検問とは違って)相当にセキュリティのしっかりとした「外壁」です。
 このフェンスに囲まれた32.4キロメートル四方、およそ1000平方キロメートルの土地が、教会騎士団本部の「直営地」でした。

 この直営地は、ベルカ自治領の中でもいささか特別な場所であり、一般の車両は外部から直接に乗り入れることが許可されていません。アインハルトは「正面ゲート」の手前に広がる広大な駐車場の端に車を止め、四人で手荷物を片手に車を降りました。
 こちらのゲートでは、生身の人間が二人、門衛を務めています。
「お待ちしておりました。どうぞ、お通りください」
 身分証など提示するまでもなく、門衛たちはヴィヴィオの顔を見るなり、頭を下げて四人をそのまま通しました。いわゆる「VIP待遇」です。
 しかし、カナタとツバサは、そこでいきなり自分たちの通信端末に「圏外」の表示が出たので、少し驚きました。どうやら、このフェンスには(見かけによらず)通常回線の通信電波をすべて遮断してしまう効果があるようです。
 ひとつには、〈冥王イクスヴェリア〉の存在を秘匿(ひとく)するためでしょうか。新暦80年代以降、この教会本部直営地は「通常回線による」自治領の外部との連絡を完全に遮断していたのでした。

 ゲートをくぐると、一行の正面には広大な庭園を(はさ)んで、城のように巨大な(やかた)がそびえ建っていました。正式名称は「聖王教会ミッドチルダ総本部・騎士団本部総合庁舎」といういささか仰々(ぎょうぎょう)しい名前ですが、ヴィヴィオにとっては小児(こども)の頃から繰り返し訪れている「おなじみの建物」です。

【原作では、この建物が「深い山の中」にあるかのような描写がしばしば見受けられるのですが……交通アクセスの問題を真面目に考えると、その設定には少々無理があるような気がするので、この作品では、本当に山の中にある「司祭団の本部」と、実は平地にある「騎士団の本部」とを分けて考えることにします。】

 その巨大な館の正面玄関の前で、シスター・セインが四人を出迎えてくれました。彼女の案内で、一行はまずカリム総長の執務室を訪れます。
 アインハルトは、その場でカリムたち一同にヴィヴィオとカナタとツバサのことをよくよく頼んでから、新世界への「第一次調査隊」に参加すべく、早々にその本部庁舎から退出しました。自分の車を駐車場に置いたまま教会側の送迎車に乗って、まずは中央幹線道を100キロほど南に戻ります。
 そして、アインハルトは、地理的にもヴァゼルガム地方の中央部に位置する同地方の中心都市トスフェトカの郊外に設けられた転送ポートを使って、旅行用のトランクを片手に、独り〈本局〉へと即時移動をしたのでした。

【新暦70年代までは〈本局〉への転送ポートも「四大都市圏」にしか設置されていませんでしたが、80年代に〈本局〉の側で「大増設」が敢行(かんこう)された結果、ミッドでは他の幾つかの「百万都市」からも直接に〈本局〉へ行けるようになった。……という設定です。これもまた、交通アクセスの問題を真面目に考えた結果ですので、悪しからず御了承ください。】


 さて、調査隊の出発は三日後(4月3日)の予定です。
 その晩、アインハルトは八神はやて提督と会食の機会を得て、その席で提督から密かに「とある懸念」を伝えられました。新世界には、未知の危険なロストロギアが「秘蔵」されているかも知れない、と言うのです。
 アインハルトは、その件に関しても本業を(さまた)げない範囲内で調べてみることを提督に約束したのでした。


 
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