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IS《インフィニット・ストラトス》‐砂色の想い‐

作者:グニル
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援護軌道

 時刻は午前11時半。
 真夏の容赦ない日差しが砂を焼き、その砂浜が風圧により吹き飛んだのが遠目に確認できます。

 飛んでいくのは真っ白な『白式』とそれを背に乗せた真紅の『紅椿』。一夏さんを背中に乗せた箒さんが猛スピードで上昇し、そのまま300m付近まで急上昇すると加速して一瞬で視界の外に行ってしまう。
 でもそれを見送る暇は私たちにはありません。

「すいません! この調整を!」

「一々すいませんつけなくてもいいって言ってんの! 時間もったいないでしょ!」

「あ、はい! お願いします!」

「こっち終わったから寄越して!」

「はい!」

 そこにあるのは高機動制空型パッケージ『スカイ・ルーラー』を装備した『デザート・ホーク・カスタム』。
 私の前にはISに接続された投影型モニターが4つにコンソールが二つ。その二つのコンソールを叩きながらモニターが映し出すデータを見てほぼ同時に処理していきます。
 右隣には鈴さんが、左隣にはシャルロットさんが同じ状況でパッケージの調整を手伝ってくれています。私一人では30分以上はかかってしまうので仕方ありません。

「左翼ブースターオールグリーンを確認! そっちはどう!?」

「右翼ブースターオッケーよ! カルラ!」

「待ってください! あと30秒!」

 お二人とも流石です! 最後、これ!
 最後にスラスターとメインブースターの調整の終了を表す画面が赤から緑に変わり、全てのチェックを終えたことを伝えてくれる。

「終わりました! いつでも行けます!」

「何とか間に合ったね」

「はい、お二人ともありがとうございます」

 シャルロットさんの言葉に私は二人に素直に頭を下げます。

「ま、高機動パッケージはカルラとセシリアしか送られてきてないから」

「うん、いざとなったら一夏と箒を頼むよ」

 一夏さんと箒さんに追いつけるのは、高機動パッケージを元から装備していた私と送られてきているセシリアさんだけ。
 セシリアさんの方にはラウラさんと山田先生が手伝いに入っています。本来ならその国の戦力の一部であるパッケージのインストールや調整を他国の人に手伝ってもらうのはあってはならないことですが……友達の危機に比べれば安いものです。私の場合は、ですけどね。

「で、セシリアの方は終わったのかしら?」

「様子見に行ってみる?」

「そうですね。あちらはインストールも調整も終わっていませんし……」

「こちらも終わったぞ」

「「「え?」」」

 3人同時に声の聞こえた方に顔を向けるとそこには眼帯を外したラウラさんと真っ青な顔のセシリアさんが歩いてきていました。

「『越界の瞳』使ったんですね」

「ああ」

 右目と違う、綺麗に光る琥珀色の左目を眼帯で隠しながらラウラさんが言いました。

「あれ、山田先生は?」

「作戦室に戻りましたわ……」

 ああ、そうですよね。で、何でセシリアさんはそんなに顔が真っ青なんですか?

「ちょっと、セシリアなんでそんなフラフラなのよ」

「いえ、ちょっと……」

「ちょっとした酔いだろう。通常の視覚ではいくら代表候補生といえど『越界の瞳』の反応速度についていけんからな」

「ど、どうってことはありませんわ……これくらい……」

 セシリアさんはそう言って口元を押さえて地面に蹲ってしまいます。
 擬似ハイパーセンサーとも呼べる『越界の瞳』と教師1名による高速作業。流石に何の補助も無いセシリアさんにはつらかったのでしょう。

「きついようでしたら私だけで行きますが……」

「いえ、大丈夫ですわ。いけます」

 そう言うとセシリアさんが立ち上がって『ブルー・ティアーズ』を展開しました。さすが代表候補生。
 私もISを展開して準備を整えます。

「では行ってきます」

「二人とも! 一夏と箒のこと頼んだわよ!」

「しっかりね。僕たちもいざとなったら駆けつけるから!」

「嫁のことを頼むぞ」

「はい」

「お任せください」

 3人の言葉に左手の親指を立ててから、一夏さんたちから遅れること2分。正面を向いて空へと飛び上がり、高度1000mまで上昇する。

 今から始まるのは実戦。この作戦の要はつい先ほどまで専用機をつかったことのない箒さんと、それよりはましという程度の稼働時間しか行っていない一夏さん。正直不安しかないです。
 作戦は至ってシンプル。移動は全て箒さんに任せ、一夏さんは温存したエネルギーを全て攻撃力に回して一撃で落とすという一撃必殺(ワンアプローチ・ワンダウン)作戦。
 攻撃チャンスは一度きり、しかも失敗した後は二人でどうにかするしかないという……それしかないにしても無茶が過ぎますよ。作戦は本来2重3重に仕掛けるもので一つの性能に頼りすぎるのは危険だと思うんですけど……でもあの束博士が誇る最新鋭の第4世代型IS……きっと大丈夫、だと思いたい。

 高度を上げて待機すると、強襲離脱用高機動パッケージの『ストライクガンナー』を装備したセシリアさんが上がってきました。
 『ストライク・ガンナー』はビットの射撃機能を封印してそのエネルギーを全て推力に回し、『スターライトmkⅢ』よりも大きい全長3メートルのレーザーライフル『スターダスト・シューター』によりビットの分の制圧力を確保。バイザー状の超高感度ハイパーセンサー『ブリリアント・クリアランス』によって最高速度での高速射撃を可能としています。

 そして私の高機動制空型パッケージ『スカイ・ルーラー』。
 『デザート・ホーク・カスタム』の背後に大型の平行翼と後進翼、合計4枚を追加し、背中から見るとアスタリスクを横にしたような形が特徴的です。そしてエアロシェル状の超高感度バイザーを頭に被ることによってこちらも高速戦闘を可能としています。さらに装甲の一部と常備装備を外して、その部分にブースターを追加することでさらに速度の上昇には成功していますが……その分常備装備を全て量子化してしまっているので対応できる武装の展開時間がかかるのが弱点。それを補うように各翼には5連装小型ミサイルポッドが合計で4つ追加されています。

『えっと、本当によろしいのですか?』

「大丈夫です」

『では失礼しますわね』

 そう言うと少々の重量が私の背中にかかって、セシリアさんが私の翼の上に乗ったのが分かります。
 これがこの『スカイ・ルーラー』の1つの特徴。大型の翼を利用して他のISを載せることでエネルギーを使わせないで現場まで輸送することを可能としています。重量的に乗せられるISは1機だけですが、2機が現場に急行できれば大抵の状況には対応できます。

「今回はバックアップですか……」

『仕方ありませんわ。一撃で落とせるだけの武装が無いのですから』

「はい、一夏さんたちの成功を祈ります」

 私の独り言に近い言葉にセシリアさんが相槌を打ってくれます。
 高機動パッケージを装備した私とセシリアさんは二人が失敗した場合の回収部隊、もしくは二人の援護、いざとなれば変わって戦うという可能性もあります。なので私たちは出来る限りエネルギーを使わず接近するため、現在は翼で風を受けることでグライダーのように飛行しています。そのため、通常よりも遅い速度で先行した2人の後を追っている状態です。 
 この速度の場合接敵まではおよそ5分。一夏さんたちと先に戦闘することから7分と見積もっていいでしょう。
 願わくばそれまでに二人が成功して無事に帰ってこれることを神に祈りましょう。

 私は小さく右手で胸の前に十字架を切る。

『あら? 神頼みですの?』

 私の動きがISを通して見えていたのか、セシリアさんが話しかけてきました。

「ええ、一応私はキリスト教徒なので」

『あら、そうでしたの。今まで気づきませんでしたわ』

「そこまで熱心な信者ではありませんからね」

『無駄話をするな! 作戦中だぞ!』

『「は、はい!」』

 オープン・チャンネルからの織斑先生の一喝で私もセシリアさんも再び黙って前を向きます。
 それにしても、バランスがとりづらいですね………今私はPICと翼だけで風に乗っている状態です。ブースターを使わず航続距離を伸ばすためにこういうことも可能なのですが、通常時のバランスが背中に集中しすぎなんですよ。無茶しすぎでしょうこれ。
 データを微調整しながら再度風を読んで翼で受けつつ飛行を続ける。軽い向かい風、これならハンググライダーの要領でなんとか……

『目標を捕捉した! 接触まで約10秒!』

 オープンチャンネルで聞こえた声にパッケージ確認を終わらせて武装を確認します。

『行くぞ!!』

『……うおおおおおおぉっっ!!』

 今私は箒さんの視界共有システムで戦場を見ています。
 初めての超音速飛行からの突撃。相手の動きも予測して攻撃できるタイミングは一瞬しかありません。
 『零落白夜』を発動して瞬時加速での一撃。映像を通してでも分かる。一夏さんは最高のタイミングで攻撃した。本当に初めてかと疑いたくなるほど相手の速度に合わせたピッタリの攻撃。

 それを『銀の福音』は……避けた。
 福音は一夏さんたちを確認した瞬間に体を後退の体勢に移行、振るわれた『雪片弐型』の斬撃を回転することで、刀身までわずか数mmのところを避けて見せた。PICを搭載しているISでさえ難しいと言われる機動を難なくこなした福音はそのまま箒さんと一夏さんに相対する。

『くっ……あれを避けるだと!? あの翼があんな急加速を可能にしているのか!?』

 箒さんの悲痛な叫びが聞こえる。銀の光弾だったものは止まることでその姿をようやく視認できる。名前の通り全身が銀色に光り輝く機体。
 そして背中にはまるで天使の羽のように広がる翼。それこそが福音最大の武装。合計36砲門を誇るウィングスラスターは高密度に圧縮されたエネルギー弾を全方位へ射出する広域殲滅兵器であり、同時に急加速、急制動の行える高出力多方向推進装置を複合した『銀の鐘(シルバー・ベル)』。

『失敗……!』

 上のセシリアさんの悲痛な叫び声が聞こえます。同時にオープンチャンネルで織斑先生の声が響き渡る。

『オルコット、カスト。状況によってはお前らに任せる可能性もある。準備しろ』

『「了解!」』

 そう言うとセシリアさんが私の上から離れて自力での飛行に移行します。
 本来なら作戦失敗の時点で二人は離脱するべき。しかし二人は離脱できない。出来るタイミングが掴めていません。稼働時間が100時間も超えれば自然と味方との連携で同時に離脱することが出来ます。しかし一夏さんも箒さんも稼働時間が少なすぎます。どちらも離脱のタイミングがつかめず、下手をすれば片方が置き去りになってしまう。経験不足、最も単純な理由で二人は窮地に立たされています。
 慣性飛行から通常のブースターを吹かすことで速度を上げる。

『あの二人がしくじるなんて……』

 セシリアさんの呟きに私も思わず一人で頷いてしまいます。それこそ想定外の事態としか……

『オルコット! カスト!』

「ひゃい!」

『は、はい!』

 再び、でも先ほどよりも焦った風な織斑先生の声が聞こえました。映しだされた顔はいつも通りですが声が明らかにいつもより焦っています。

『一隻の船が海域封鎖を無視して戦闘空域に侵入した!』

『な、なんですって!』

「そんな……」

 そんな馬鹿なことが! 教師陣だって訓練機とは言えIS装備でしょう! それを無視!?

「どういうことですか!」

『こちらでも詳細が掴めん。だがこれ以上は先行した二人のエネルギーもまずい』

 詳細不明? 一体この海域で何が……!

『オルコット、カスト両名は現場に急行! 福音の撃墜は後回しで構わん。先行した二人を援護、可能であるなら撤退しろ!』

「り、了解です!」

『分かりましたわ!』

 すぐさま私とセシリアさんが超高速飛行に入る。
 エアロシェルで頭を覆うと同時に、追加された4つの翼に搭載された大型ブースターを点火。体が押しだされ一気に加速する。点火3秒で速度はマッハ3を超え、速度と加速ならセシリアさんの『ストライクガンナー』を上回る。
 周囲の景色が一瞬スローに、そこから段々視覚が慣れ始め、景色が高速で後ろに流れていく。

「セシリアさんは一夏さんの援護を頼みます!」

『カルラさんはあの『紅椿』を捉えられますの?』

 既に肉声は届かない距離。私の後ろにいるはずのセシリアさんとオープンチャンネルでやりとりをします。

「『スカイ・ルーラー』の名は伊達じゃないということをお見せしましょう」

『そこまで言うのでしたら箒さんの方はお任せいたしますわ』

 セシリアさんがそう言った瞬間、正面の空が爆発した。距離は結構あるけどものすごい数の爆発が太陽よりも明るく空と海を照らしています。

 箒さんと一夏さんは左右から同時に福音を攻めていて、追い詰めているように見える。こちらのハイパーセンサーで二人が確認できる距離まで近づいたとき、箒さんがエネルギー弾の雨を掻い潜って福音に肉薄するのが見えた。そしてその攻撃を受けて福音も流石に大きく避けるしかなく、隙が出来た。攻撃するならここしかない正に千載一遇のチャンス、そのチャンスに一夏さんが……いなかった。

 一夏さんは『銀の福音』の反対方向に瞬時加速を行い……流れ弾のエネルギー弾を『零落白夜』でかき消した。

『な……何をしている!? せっかくのチャンスに……!』

『船がいるんだ! 海上は先生達が封鎖してるはずなのに……!』

 一夏さんの真後ろの位置を確認すると確かに船が見えた。どこの国の旗も立っておらずこちらのセンサー登録にも無い明らかな違法行為。つまりは密漁。あれがISの警備を無視した船!

 その確認を行っているとISから警告音が鳴り響く。

―『白式』エネルギーempty! 危険域に突入!―

 はっとした。
 今のでエネルギーを使い切ったのでしょう。一夏さんの『雪片弐型 』から光が失われた。
 『零落白夜』を使えない。それは作戦の完全なる失敗を意味します。

『馬鹿者! 犯罪者などを庇って……! そんな奴らは……!』

『箒!!』

『……!』

 オープンチャンネルでも感じる程の悲しみを含んだ一夏さんの声に、こちらに向けられているわけでもないのに一瞬心が飛ぶような感じに陥ってしまう。

 接敵まで30秒!

『箒…そんな…そんな寂しいこと言うな。言うなよ。力を手に入れたら、弱いやつのことが見えなくなるなんて……らしくない! 全然らしくないぜ箒!』

『わ、私は…私はただ……』

 その言葉に呆然とした箒さんの手から刀が滑り落ちるのを確認し、粒子となって消えたのを……見た!
 恐れていた警告が再び発せられる!

―『紅椿』エネルギーempty! 危険域に突入!―

 なんて……こと! どちらもエネルギー切れなんて!
 エネルギーの切れたISの装甲は驚くほど脆い! あの広域殲滅型のISの攻撃を受けきれるわけが無い!

 接敵まで後10秒!

「セシリアさん!」

『無理ですわ、こちらもこれで精一杯! この距離から撃っても……!』

 セシリアさんの焦った声が聞こえる。
 肉薄していた箒さんに体勢を立て直した『銀の福音』の全ての砲口が向けられる。

 接敵まで5秒! その5秒が……果てしなく、遠い!


 間に………合わない!


「箒いいぃぃぃっ!!」


 聞こえるのはオープンチャンネルからではなく周囲の空一帯に響き渡るほどの叫び声を上げた一夏さんと、その二人(・・)を包み込む爆発。
 驚くべきことに一夏さんは自分のことを一切考えず箒さんとの間に割り込んだ。

 その結果は……確認なんてする暇ありませんよ!
 一夏さんはセシリアさんに任せたんです! 私は……私の役目を果たすだけ!!
 右手に武装を展開……

「行きます!」

 セシリアさんに伝えるために叫ぶ。
 右手に展開した突撃槍『メガホーン』を両手で支えて前に出し、最高速度を保ったままで福音に突き刺した! 
 

 
後書き
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