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魔法絶唱シンフォギア・ウィザード ~歌と魔法が起こす奇跡~

作者:黒井福
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AXZ編
  第193話:愛と涙を宝石に

 
前書き
どうも、黒井です。

お待たせしました。今回遂にお待ちかねのあのフォームが登場します。 

 
 仲間の装者達がワイズマンや他の魔法使い達と激闘を繰り広げている頃、奏は変異が進み半ば暴走しているといっても過言ではない状態の颯人を必死に宥めようとしていた。

「颯人ッ! 颯人しっかりしろッ!」
「グゥゥゥゥゥッ! ガァァァァァッ!」
「颯人さんッ!?」

 奏と響の2人が賢明に声を掛け続けるが、彼は異形と化した腕を振り回し近くにある物を無作為に破壊している。ただその暴力が奏達に直接向いていないのは、まだ彼の中に残っている明星 颯人としての意識が必死に自分を抑え込もうとしている証拠なのだろう。事実、まだ人間的な部分を残している上半身左半分の腕は暴れる右腕を押さえようとしている。彼自身も己の体が今にも弾けそうになっているのを、必死に堪え自分自身と戦っているのだ。

 彼1人に孤独な戦いをさせる訳にはいかない。奏は危険を承知で更に颯人に近付き、彼に直接声を届けようとした。

 そんな彼女に襲い掛かる新たな異形の姿。レギオンファントムが奏と響に襲い掛かった。

「ハァッ!」
「ッ!? チッ、コイツッ!」

 振り下ろされるハルメギドを奏が槍で防ぐ。薙刀で押さえ込まれ、力技で地面に押し付けられる彼女にレギオンファントムは鼻先が触れ合う程にまで顔を近付けてきた。

「もう諦めろ。あの男はもうお終いだ」
「何をッ!」
「だから代わりにお前の心を壊す。まずはそこで、あの男が人でなくなる瞬間をじっくり見ておけ。その後、お前の心を完全に壊してやる」
「ふざ、けるなぁッ!?」

 好き勝手な事を宣うレギオンファントムに、奏が激昂し槍を押し返す。ギアを纏っても尚圧倒的に力の差があるファントムを押し返すだけの力を見せつけた奏だったが、しかし彼女に出来た抵抗はそこまでであった。

「フンッ!」
「グッ!?」

 レギオンファントムは更に強い力を加え、一度は持ち上がりかけた奏の腰を再び落とさせる。今の彼女は殆ど膝で体を支えている状態で、その姿はまるでレギオンファントムを相手に跪いている様であった。

 その奏の危機に、響が助太刀する。彼女は奏を抑え込むのに全力を出しているレギオンファントムに対し背後から殴り掛かった。

「奏さんから離れろッ!」
「むっ!?」

 予想以上に重い拳が何発も背中に突き刺さり、レギオンファントムの奏を抑え込む力が緩んだ。その瞬間奏は一瞬全力でレギオンファントムを押し返し、僅かに開いた隙間から転がり出るようにしてレギオンファントムの拘束から逃れることに成功した。

「くっ、やっと抜け出せた……」
「大丈夫ですかッ!」
「あぁ、助かったよ。しかし……このままじゃ」

 こうしている間にも颯人の変異は進んでいた。異形化は残りの上半身にまで及び、残っているのは左腕と顔の左半分である。その顔も両目に関しては溢れ出る魔力で怪しく光っており、もう彼に何処まで人間性が残っているのかも怪しかった。

 このままだと本当に手遅れになる。一か八か奏は颯人に抱き着く勢いで近付きたかったが、その彼女達の前にレギオンファントムが立ち塞がった。

「行かせはしない。お前達はそこで、あの男がファントムになる瞬間を指を咥えて見ているがいい」
「ハッ! そんな事言われて、はいそうですかと諦めると思ってるのか?」
「颯人さんは、絶対に助けますッ!」

 絶対に颯人を助けるという決意を胸に戦う意思を見せる奏と響。この絶望的状況を前にしながら尚も希望を諦めない2人の姿に、レギオンファントムは改めて奏達の心の強さと美しさに歓喜の声を上げた。

「フフッ、ハッハッハッ! やはりお前達は良いッ! 実にエキサイティングッ! あの男の心を壊せなかったのは残念だが、お前達だけでも十分すぎる程の快楽を得られそうだッ!」
「変態野郎が、良いからそこを退けッ!」
「うぉぉぉぉっ!」

 槍を手に立ち向かう奏と拳を握り締める響。2人の攻撃を、レギオンファントムは手にした薙刀一本で軽々と受け止めてしまった。

「フンッ! ハハッ! どうした、その程度か?」
「くそ、このッ!」

 奏は大きく跳びあがり、落下の勢いを利用して槍を突き立てようとする。だがレギオンファントムはそれを軽く身を捻るだけで回避してしまった。しかし回避ないし防御される事は想定の範囲内。槍が狙いを外れ地面に突き刺さると、奏は突き刺さった槍を軸に腰のバーニアを噴かして鉄棒の大車輪の様に体を回転させレギオンファントムに蹴りをお見舞いした。

「らぁっ!」
「ぐっ!?」

 この攻撃は流石に予想外だったのか、腹に直撃を喰らい蹴り飛ばされる。そこに更に響に追撃で飛び蹴りが決まり、レギオンファントムは地面に叩き付けられた。

「おりゃぁぁぁぁっ!」
「ぐぉっ!?」
「よし、行けるッ! このまま畳み掛けるよッ!」
「はいッ!」

 まずは邪魔なレギオンファントムを片付けようとする2人であったが、そこに半狂乱になった様に暴れる颯人が乱入した。彼は全身を苛む苦痛に耐えるように体を震わせながら、やり場のない破壊衝動に突き動かされ2人にまで襲い掛かった。

「ガルァァァァッ!?」
「なっ、颯人ッ!?」

 奏に向け振り下ろされる異形の右腕。鋭い爪の生えた右手が奏の体を切り裂かんと迫るが、済んでのところで攻撃は僅かに逸れ爪は奏のアームドギアを破壊するだけに留まった。

「は、颯人……!」
「グ、ア……カ、奏……」

 目を血走らせ、全身を罅割れさせながらも彼の目は確かに奏を捉えた。そして彼は、震える唇を必死に動かして彼女に向け言葉を紡いだ。

「ハ、離レロ……ア、危ネエ、ゾ……」
「ッ!!」

 こんな状況、こんな状態でも颯人は奏の事を想っているのだ。と言うより、最早彼の中に残っているのは奏への愛だけと言っても過言ではない。奏に対する愛が唯一今の彼の人間的な部分を保たせているのだ。
 彼の一途だが途方もなく強い愛に、奏も堪らず顔をクシャクシャにして涙を流しながら彼に近付きその顔を両手で包む様に掴んだ。

「しっかりしろ、負けるな颯人ッ! そんな自分の中に巣食ってる化け物なんかに負ける程、お前は弱くない筈だろッ! 頑張れ颯人ッ!」
「ア……アァ……! ア、グっ!? グ、ァァァァァッ!?」
「ッ!? 奏さんッ!?

 至近距離で奏の涙を流す顔を見たからか、颯人の顔に僅かだが理性が戻ったように見えた。だがそれも本当に束の間の事で、次の瞬間には再び獣の様な叫び声を上げ凶悪な爪の生えた手を奏に向け振り上げた。それに危機感を感じた響が思わず奏を突き飛ばし、彼女を守ると同時に振り下ろされた爪を自身が両手で受け止めた。

「響ッ!?」
「く、ぁっ!?……ぐっ、だ、大丈夫です……!」
「グルルルルッ!」
「は、颯人さん、自分を見失わないでッ! 奏さんも、私も皆も、颯人さんを待ってるんですよッ! 私、今日、誕生日なんですッ! 颯人さん、こういう所で手品するの大好きなんですよねッ! 私も皆も、勿論奏さんも、皆颯人さんが見せてくれる手品を楽しみにしてるんですッ! だから、戻ってきてください颯人さんッ!」
「グゥ、ア、ガァァァァァッ!?」

 響の懸命な説得が颯人の心に響く。それが関係しているのか、明らかに颯人が先程とは違う感じで苦しみ始めた。自身の内側で暴れるファントムと彼自身との戦いが激しくなっているのか、罅割れた所から漏れ出る魔力の光が明滅し始めた。

 その時、奏と響により一時的にこの場から遠ざけられていたレギオンファントムが、颯人の説得に集中して周囲への警戒が疎かになっていた響に襲い掛かる。

「邪魔だ、小娘ッ!」
「はっ!?」

 背後から聞こえてきたレギオンファントムの声に慌てて振り返るが、彼女が迎え撃つ態勢を整えるより先にレギオンファントムの振るう薙刀が彼女を捉える方が早かった。鋭い刃が彼女の体を切り裂き颯人から引き離す。

「うあぁぁぁぁぁっ!?」
「響ッ!?」
「ぐっ!? くぅ……ま、まだ、まだ……!」
「フンッ!」
「がっ?!」

 切り裂かれながらも立ち上がろうとする響だったが、そこにレギオンファントムからの追い打ちが放たれる。足を切り裂かれ、更にはその部分に赤い亀裂を作られ響の体はそこに縫い付けられてしまった。必死に足を動かそうとする響ではあったが、空間そのものを縫い付けるレギオンファントムの魔法から抜け出す事は難しく、魔法に対しては無力な彼女では何も出来る事が無かった。

「くっ!? こんな……動いてッ!? 動いてよッ!?」
「そこで見ていろ。あの女が壊れる所をな」

 響は暫く戦力外。そして颯人は理性を失っている。今なら誰にも邪魔される事無く奏を壊せると、レギオンファントムがゆっくりと奏に向け歩み寄る。奏も立ち上がり拳を構えるが、先程颯人の攻撃によりアームドギアを失った事で今の彼女は無防備に近い。アームドギア自体の再生は問題無いが、それをレギオンファントムが許してくれるとは思えなかった。
 それでも諦めず奏は素手でも戦う覚悟で身構える。その彼女の不屈の精神を満足そうに眺め、それを蹂躙する楽しみに期待に胸を膨らませながらレギオンファントムが彼女に近付いていく。

 そこに颯人が襲い掛かった。尚も浸食が進み、左腕も半分ほどが変異しつつあるというのに彼は明確にレギオンファントムを狙って攻撃を仕掛けたのである。

「ゴルァァァッ!」
「ぬっ!?」
「颯人ッ!」

 技術もへったくれも無いただの引っ掻き攻撃ではあったが、それでもファントム化しつつあることで制御のされていない一撃は強烈な一撃となってレギオンファントムに襲い掛かる。背中を大きく切り裂かれ、レギオンファントムはもんどりうって倒れた。

「ぐぉぉっ!? な、何ッ!? 貴様……!」
「ガ、ガァァァァァッ! ガナデッ! ガナデニ、ヂガヅグナァァァッ!」

 最早殆どの理性も失った状態で、彼は奏を守る為だけに動いていた。その勢いは凄まじく、まるで命を燃やしているかのような炎を纏った攻撃を前にはレギオンファントムも防戦一方となっていた。
 だが所詮は理性の無い直線的な攻撃。目を見張るのはパワーと勢いだけで、恐れる程の事は何もない。事実レギオンファントムは、雑な颯人の動きに直ぐに対応してみせ攻撃の合間の隙にハルメギドを一閃し逆に彼の体を切り裂き自身から引き離してしまった。

「グァァァァッ!?」
「颯人ッ!? させるかッ!」
[LAST∞METEOR]

 このままでは颯人が危険だと、奏がアームドギアを再生させレギオンファントムに斬りかかる。穂先を回転させ竜巻を発生させる『LAST∞METEOR』を放ちレギオンファントムを攻撃するが、奴はこれを亀裂を作り出す事で攻撃その物を縫い留めてしまった。

「ハッ!」
「なっ!?」

 物理的な攻撃はともかく、こんな技まで止めてしまえるとは思っていなかったので奏は一瞬動きを止めてしまった。それが致命的な隙となり、彼女自身の攻撃の陰に隠れて接近してきたレギオンファントムの薙ぎ払った薙刀の一撃だ彼女は大きく吹き飛ばされた。

「うあぁぁぁぁぁっ!?」
「奏さんッ!? く、早くッ!? 早くッ!?」

 耳に届いた奏の叫びに、響は自身の足を拘束している亀裂から必死に足を引き抜こうとしていた。先程に比べれば少しずつだが亀裂が小さく泣てきている。あともう少しで亀裂が無くなり自由に動けるようになりそうだったが、それまでに颯人と奏が持つかどうか。

「がはっ!?」

 レギオンファントムの攻撃で吹き飛ばされた奏が地面に落下する。そこには偶然か、それとも壊れ行く彼を間近で見せる為にレギオンファントムが狙ったのか颯人が居た。もう後どれ程の時間の猶予が残っているかも分からない程に変異した彼は、完全に変異してしまった異形の手を彼女に向け伸ばした。

「アァ、ァァァ……! カ、カナ、デ……!」
「颯人……!」

 左ではなく右手を伸ばしてきた事に、奏は僅かながら身構える。だが彼は、奏に向けて伸ばしていた手を意志の力で引き離すと逆に左手を伸ばしてきた。震える左手がまるで助けを求めている様に自分に向け伸ばされてくるのを見て、奏は迷わずその手を取った。

「颯人……安心しろ。アタシはここに居るから。ずっと、ずっと颯人の傍に居るから」
「ッ!? ダ、ダメ、ダ……ハ、ハナレロ……カナデ……! オ、オレハ……モウ……」

 颯人は分かっていた。もう自分は戻れない。後数分も経たずに自分はファントムとなり、奏達の敵となって襲い掛かってしまう。それよりも早くに彼女を引き離し、残された命と引き換えにしてでもレギオンファントムを倒さなければ。残り少ない理性でそんな事を考えていた颯人だったが、奏はそれに対して否と答えより強く彼の手を握り締める。

「諦めるなッ! まだ、まだ終わってないッ! お前の希望はここに居るッ!」

 そう言って奏は彼の手を自身の胸元に押し付ける、温かな胸に包まれた手からは確かに彼女の心臓の鼓動が伝わり、それが場違いな安心感を彼に与えた。

「ア、ァァ……」
「奇跡ってのは、最後まで手を伸ばし続けた奴だけが掴めるんだ。だから颯人も、生きるのを諦めるなッ! お前の希望はここに確かにあるんだ! アタシの希望はそこに居るんだッ! だから、だから……!」
「カナ、デ……!」

 説得しながらも、彼女の目からは涙が零れ落ちていた。その涙が顎を伝って彼の左手に降り注ぐ。自らの手に滴る彼女の涙に、颯人は残された理性を総動員して彼女の体を抱きしめた。それを彼女は拒絶する事なく受け入れ、明滅する魔力の光を浴びながら小さな願いを口にした。

「だから……戻ってきてよ……颯人……」
「奏……俺、ハ…………!」

 奏の体を絞殺さない様に力を押さえながら抱きしめる颯人の、残された彼の顔の人間的な部分が全て罅に覆われ異形へと変異する。次の瞬間には彼の体は弾け、その下からファントムとしての姿を現すだろう。その瞬間を少し離れた所からワイズマンが今か今かと待ちわびていた。

「さぁ、来るぞ来るぞ……! 最高の絶望の瞬間がッ!」

 無邪気な子供が楽しみの瞬間を待ちかねたように仮面の奥で目を輝かせるワイズマン。だが離れていた彼は気付かなかった。

 顔が完全に異形化する直前、彼の目から一粒の涙が零れ落ちた事を…………

 その涙が、奏が握り胸に包む様に抱いた彼の左手に滴った事を…………

 愛し合う2人の、互いを想い合う涙が一つに合わさり、彼の左手を濡らした。

 その瞬間、奏が抱きしめた颯人の左手の中から眩い光が放たれた。

「ッ! な、何がッ!? うッ!?」
「うぉっ!?」

 突然胸元から溢れ出た光は、目を開ける事も難しい程の明るさとなって奏と颯人の視界を覆いつくす。その光は遠目から見ていたワイズマンや輝彦の目にも届き、本部から様子をモニターしていたアリスもその光景に思わず目を見開いた。

「あれは……! あの、光は……!」




***




「――――ん?」

 ふと気付けば、奏は暗闇の中に居た。周囲全てが闇に覆われ、上も下も分からない奇妙な空間。

 だがふと右手に違和感を感じたので、そちらを見てみればそこに居たのは元の姿に戻った颯人だった。彼は奏の手を握った状態で立ち尽くし、眠った様に目を閉じてジッとしている。

「おい颯人? 颯人ッ!」
「ん、お……? え? ここ……俺は…………?」

 奏の呼び掛けに目を開けた颯人は、彼自身も今の自分に何が起きているのか分からない様子で元の姿に戻った自分の体をまじまじと見ている。そんな彼の姿に奏は彼が助かったと思い、嬉しさに涙を流しながら彼に抱き着いた。

「颯人ッ! 良かった……! 元に、元に戻れたんだな……!」
「いや、そう考えるのは早計だ。多分ここは――――」

 落ち着いてきた事で今の状況が颯人には何となくだが分かった。ここは以前、修行の際に何度も目にする事になった自分の内面。アンダーワールドとも違う、だが自身の魔力と向き合う事が出来る特別な空間。現実とは違うここに奏も居る事が分からなかったが、少なくともここには他にもう一つ居る奴が存在する。

 その存在の声が周囲に高らかに響き渡った。

「ギャオォォォォォッ!」
「なっ!?」
「奏ッ!」

 突然周囲に響き渡った声に驚く奏を、颯人が守る様に抱きしめる。するとそれを待っていたかのように、2人の周囲を白銀の体を持つ1体のドラゴンが飛び回る。
 2人が警戒しながら飛び回るドラゴンを見ていると、ドラゴンは2人の前に降り立ち顔を近付けてきた。次にドラゴンが何をするつもりなのかと固唾を飲んで2人が見ていると、突然頭の中に声が響き渡った。

『全く、お前達には驚かされる。まさかこんな形で俺を宥めてしまうとはな』
「んんッ!? えっ? お前もしかして喋れたのッ!?」
「知らなかったの?」
「だってコイツ今まで喋った事一度もねえんだもん」

 何となくだが言わんとしている事は今までも分かって来た。だがまさか、テレパシー的な感じでコミュニケーションが取れるだなんて思ってもみなかったのだ。話せるならさっさと話せと颯人はドラゴンに対して文句を言わずにはいられない。

「何で今まで話さなかったんだよッ!」
『フン、お前は見ていた方が面白かったのでな。それに、お前と喋るよりも彼女の歌を聞いている方が遥かに心地よかった』

 ドラゴンはそう言って奏の事を見た。威圧感のあるドラゴンに見つめられ、思わず奏も身を固くしてしまう。颯人はそんな彼女を守るように抱きしめると、ドラゴンは小さく鼻を鳴らした。

『正直、お前が羨ましかったのはある。彼女のその歌を、独り占めしているお前がな。だが……』
「だが……何さ?」
『お前が居るから、彼女の歌はより輝くという事がよく分かった。それに、お前達の強い愛が、俺の猛る力を押さえつけた。認めよう、お前は俺の力を使うのに相応しい。今、俺は本当の意味でお前の……いや、お前達の希望となってやろうッ!』

 ドラゴンが颯人の体の中に飛び込んでくる。それを彼は、恐れる事無く受け入れた。今の彼に、己の魔力が形となったドラゴンを警戒したり恐れたりする心は微塵も無い。何故なら今この瞬間分かったからだ。ドラゴンも結局は颯人自身、彼と同じように奏を愛し、彼女の歌に魅了された存在であるという事が分かった。
 いわば同志と言える存在が力を貸してくれるというのであれば、これ程心強い事はない。

 颯人がドラゴンをその身に受け入れた。その瞬間、再び2人の視界は眩いばかりの光に包まれる。

 そして…………




***




 突如颯人と奏を覆い隠すほどの光に、レギオンファントムだけでなく周囲のメイジ達も軒並み戦いを一時中断していた。朝日よりも尚眩い光は、数秒ほどで納まり隠されていた2人が姿を現した。

 そこに居たのは、互いに手を握り合った奏と元の姿に戻った颯人であった。彼が元の姿に戻った事に、響達は歓喜し笑みを浮かべる。

「颯人さん、元に戻った!」
「やったな、奏ッ!」
「へっ、心配掛け過ぎなんだよ」
「全く……あの2人は……」
「でも良かった」
「これで安心デース!」
「後残るは、コイツ等か」

 最大の懸念であった颯人が元の姿に戻た事に、装者やガルド達は素直に安堵した。一方訳が分からないのは輝彦やワイズマン達である。輝彦は颯人の中でドラゴンを倒さない限り彼が助かる道はないと思っていたし、ワイズマンに至ってはもう颯人は助からないと思っていたのだから。

「何だ……あの男、何故生き残ったッ!? 一体何があの男を生き残らせたッ!?」

 珍しく動揺を露にするワイズマンの前で、2人がゆっくり目を開けた。そして意識が現実に戻ってきた事に小さく息を吐くと、不意に奏は彼と指を絡めて握り合っている手の中に何かがある事に気付いた。

「ん、あれ? 颯人、何か持ってる?」
「え?」

 奏に言われて颯人がゆっくりと手を開く。そこには”透き通った水晶のような見た目の指輪”ともう一つ、”燃え上がるような赤い指輪”が握られていた。颯人はその内の片方、フレイムウィザードリングなどと造形が似通った透き通った方の指輪を手に取った。

「コイツは…………そうか、なるほど」

 手に取った事で、指輪からドラゴンの意思が伝わって来た。為すべき事が分かり、颯人は赤い翼のような造形の指輪を奏に渡して透き通った方の指輪を左手の中指に嵌めた。

「こっちはドラゴンから、奏へのプレゼントらしい。受け取っときな」
「ファンからのプレゼントなら、大事にしないとな」

 2人は軽口を叩き合いながら、しかし視線は真っ直ぐレギオンファントムに向けられていた。レギオンファントムは今目の前で起きた現象が分からず、困惑した様子で2人の事を見ている。

「お前達……今何が……」

 狼狽えるレギオンファントムの姿に、颯人は口角を吊り上げて笑みを浮かべると魔法で腰にウィザードライバーを出現させた。それは彼が問題なく魔法を使える事の証明であり、先程まで彼の中で彼をファントムにせんと暴れていた魔力が大人しくなった事の証でもあった。

〈ドライバーオン、プリーズ〉
「さっきまではよくも好き放題やってくれたな? こっからは俺の舞台だ。タネも仕掛けも無いマジックショー、楽しんでいけッ!」
〈シャバドゥビタッチ、ヘンシーン! シャバドゥビタッチ、ヘンシーン!〉
「変身ッ!」

 レバーを操作して左手に合わせたハンドオーサーに、颯人が指輪をはめた左手を翳す。すると彼の体からクリスタルで出来たドラゴンが飛び出し、かと思えば上空から覆い被さるように彼の体に飛び込んだ。

〈イィィンフィニティ!〉

 ドラゴンが飛び込むのを奏は心配する素振りも無く見ている。

〈イィィンフィニティ!〉

 一方ワイズマン達はそれを信じられないという様に見ていた。

〈イィィンフィニティ!〉

 颯人の仲間達は、次に彼が何を見せてくれるのかと期待を込めた目を向けている。

〈イィィンフィニティ!〉

 そして輝彦とアリスの2人は、息子の無事と彼が手にした新たな力の正体に気付き驚愕と希望を胸に抱いた。

 様々な視線を受けながら、彼の体が白く眩い光を放つ魔法陣に包まれ、そして彼の姿を真の希望を齎す魔法使いへと変えていった。

〈プリーズ! ヒースイフードー! ボーザバビュードゴーーン!!〉

 その姿は、まず第1に美しいという表現が出る程のものであった。煌めく淡い水色の様な白銀の鎧を身に着け、頭を覆う仮面はダイヤの指輪の様な、或いは王冠の様な見た目をしており非常に煌びやかだ。だが決して下品な華美さがある訳ではなく、思わず見惚れてしまいそうな美しさを感じさせた。

 それは1人の女性との愛を育み、愛する人を、そして……彼女が済む愛する世界を守る為の希望の魔法使い。

 その名はインフィニティ―スタイル。颯人と奏の愛の結晶とも言える姿がそこにあった。

「さぁ……開幕だッ!」 
 

 
後書き
と言う訳で第193話でした。

今回は兎に角インフィニティ―スタイル登場シーンまでの道のりでかなり頭を使いましたね。本作のウィザードである颯人は兎に角奏への愛で動いていますから。ただそこで颯人ばかりにスポットを当てる訳にも行かなかったので、奏と颯人、2人の愛の相乗効果でドラゴンの力を完全に抑え込む事に成功したって感じです。

本格的なインフィニティ―スタイルの戦闘、そしてドラゴンから奏へのプレゼントは次回に持ち越し。これまでの鬱憤を晴らす様に次回は派手に暴れてもらいます。

執筆の糧となりますので、感想評価その他よろしくお願いします!

次回の更新もお楽しみに!それでは。 
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