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金木犀の許嫁

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第四話 同居の準備その五

「別に豊臣家はな」
「そうだったのね」
「それでだ」
「秀頼さんの息子さんも」
「見て見ぬふりをしてな」
「見逃していたのね」
「そうだったんだ」
 こう娘に話した。
「それでだ」
「ずっと豊臣家は残っていたのね」
「ああ、秀頼さんもな」
「薩摩に逃れて」
「死んだとされていてな」
 そうしてというのだ。
「ずっとな」
「生きていたのね」
「幸村公もで」
 主のというのだ、自分達の祖先の。
「そしてだ」
「十勇士もなのね」
「生きていたんだ」
「そして私達はいるのね」
「今こうしてな」
「大阪に」
「戻ってきたんだ」
 そうなったというのだ。
「有り難いことにな」
「そうなのね」
「そしてお前達はな」  
 姉妹はというのだ。
「これからな」
「神戸に来た十勇士のお家に」
「そこに入って暮らすのね」
「そうなる、まあうちの歴史もな」
「知っておくことね」
「そのことも大事ね」
「そうだ、うちは猿飛家の分家でな」
 そうした家でというのだ。
「真田家と十勇士の家は大坂の陣の後で薩摩までだ」
「秀頼公をお連れして」
「そこで江戸時代の間ずっと暮らしていたのね」
「そして秀頼公のご子息も生きていた」
 彼もというのだ。
「そしてお家は明治の中頃まで嫡流は続いていたんだ」
「大坂の陣で滅んだと思ったら」
「実は、だったのよね」
「木下家の分家でな、そして幕府は知っていてもな」
 ことの真実をだ。
「元々命を奪うまでは考えていなかったこともあってな」
「死んだってことになったし」
「見て見ぬふりをしたのね」
「幕府はそうしたところもあったんだ」
 実は中々以上に情をいったものを大事にしていた、刑罰にしても一等か二等減じるのが普通であったのだ。
「実はな」
「何か矢鱈刑罰が厳しくて残酷でって」 
 真昼が言ってきた。
「言う人いるけれどね」
「打ち首とかあるからか」
「石責めの拷問とかね」
「拷問するにも奉行さんが許さないと駄目だったんだ」
 江戸時代の法ではだ。
「一番きつい拷問は老中さん、大坂だと大坂城代の人がいいと言わないとな」
「出来なかったのね」
「死罪もな」
 これもというのだ。
「老中さんがいいって言わないとな」
「出来なかったのね」
「書類で決めないとな」
「好き勝手じゃなかったのね」
「それで苦しめることもな」
「なかったのね」
「魔女狩りとは違ったんだ」
 幕府の拷問それに処刑はというのだ。 
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