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魔法絶唱シンフォギア・ウィザード ~歌と魔法が起こす奇跡~

作者:黒井福
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AXZ編
  第186話:明かされる仮面の下

 
前書き
どうも、黒井です。明けましておめでとうございます! 

 
 あと一歩でアダムを追い詰められるかと言うその時、突如颯人の変身が解除された。何が起きたのかを理解する前に、サンジェルマンは苦痛の悲鳴を上げ全身を罅割れさせながら崩れ落ちる彼を抱き上げ必死に声を掛ける。

「颯人君ッ!? 颯人君、しっかり!?」
「うぐぅぅぅっ!? あが、あぁぁぁぁぁぁぁぁっ!?」

 サンジェルマンが必死に声を掛けるが、颯人は聞こえていないかのように悲鳴を上げ続け身を捩る度に皮膚が罅割れその下から不気味な光が漏れ出る。
 その光景にサンジェルマンは見覚えがあった。そう、嘗ての彼女の同志であり、今は狂気に堕ち敵となった元錬金術師のレンがファントムとなった瞬間だ。

「ハッハハハハハハハハハハッ!」
「アダム……!?」

 颯人の悲鳴が響き渡る中、同時にアダムの哄笑も響き渡る。この事態に彼が関わっていると感じたサンジェルマンは、暴れる颯人を抑えるように抱きしめながらアダムを睨み付けた。

「一体、一体彼に何をしたッ!?」
「何もしていないよ、僕はね。勝手に自爆しただけさ、彼がね」
「何ッ!?」

 アダムは愉快そうに苦しむ颯人を見ながら、今の彼がどういう状態なのかを話した。

「どうやら、随分と体を酷使したみたいだね。何をしたのかは知らないけど、成長する魔力に耐えられなくなったのさ。体がね」
「それは……」
「颯人ッ!?」

 アダムの言葉の意味を考えようとしたサンジェルマンの耳に、酷く焦った様子の奏の声が入って来た。そちらを見ると、顔を青くして目を見開いた奏がサンジェルマンの抱く颯人を奪い取る様に抱きしめ揺すりながら声を掛けた。

「颯人ッ!? 颯人どうしたッ!?」
「落ち着いてッ! 今の彼を動かすのは得策じゃないわッ!」
「サンジェルマンッ! 一体何が起きたッ!? どうして颯人はこんな事にッ!?」

 全身を罅割れさせて苦しむ颯人の姿に、奏は嫌な既視感を感じずにはいられなかった。これは嘗て、グレムリンにより見せられた悪夢の内容そのままだったからだ。当時こそ奏はその悪夢に翻弄され、一時は颯人達を裏切り彼と敵対までしてしまった。だがそれを乗り越えた今、あの夢はただ奏の動揺を誘う為のデタラメだろうと半ば忘れかけていた。

 だが今、颯人はあの時の夢と同じように今にも体が罅割れ中から怪物が飛び出しそうになっている。目の前に迫った颯人の死に、奏は半狂乱になりそうになっていた。

「颯人ッ!? 颯人ぉッ!?」

 狼狽え、目に涙を浮かべながら必死に颯人の名を呼ぶ奏の姿にサンジェルマンはどうすべきかと視線を彷徨わせ、ふと落ちている通信機を見つけた。颯人が身に着けていた物が暴れた際に落ちたのだろう。彼女はそれを見つけると、迷わず手に取り通信機のマイクに向け声を掛けた。

「これを聞いているのはS.O.N.G.だな?」
『あ、あなたは!?』
「結社のサンジェルマンだ! 詳しい事は後で話す。今は兎に角急ぎ救護をッ! そちらに魔法使いか錬金術師は居るか?」

 この症状は普通の医師では対処できない。魔力の存在を知る魔法使いか錬金術師の助けが必要だ。そう思いサンジェルマンが本部に控えている魔法使いか錬金術師の存在を訊ねると、それに応えるように彼女らの傍にウィズが転移してきた。

「颯人ッ!?」
「ウィズッ! 颯人がッ!」

 ウィズは颯人の状態を見ると珍しく心底焦った様子で近付き、危機的状況にあると知るとその場の全員を転移魔法で本部へと移動させた。

「くッ!」
〈テレポート、ナーウ〉

 サンジェルマンも含んだ4人が転移魔法に包まれその場から姿を消す。後に残されたのは、苦しむ颯人の姿を笑って見ていたアダムとティキの方へと向かおうとしていたカリオストロとプレラーティのみ。
 頼りにしていたサンジェルマンと何だかんだで頼もしかった颯人が一気にこの場から消え、残されたアダムがまだまだ戦力として健在である状況に2人は険しい顔になった。

「まっずいわねぇ」
「弱音か、らしくない」
「そう言う自分だって、何時になく焦ってるみたいだけど?」

 もう2人の中に、アダムを侮る考えは完全に消えていた。颯人とサンジェルマンも居て漸く対応できる相手に、自分達2人だけでどこまで抗えるか。しかも2人はただ抗うだけでなく、彼が守るティキを破壊するかしなければならないのだ。本気を出したアダムを、2人だけで突破してティキを破壊する。ハッキリ言ってかなり厳しい。

 だがやらない訳にはいかなかった。それがサンジェルマンの望みであり、彼女が自分の意思でやろうとした事なのだ。ならば、それに手を貸すのは当然であった。
 問題は現状だと戦力が全く足りていないと言う事なのだが……

「大丈夫ですかッ!」
「デースッ!」
「援護する」
「ッ! アンタ達ッ!」

 その時、2人に合流する者達が居た。既にイグナイトを起動させた、響と切歌の2人に、コスモスタイルとなったキャスターに変身しているガルドである。彼女達は奏と共に颯人の悲鳴を聞き、奏がこちらに向かう間にレギオンファントムの相手をしていたのだが、突然レギオンファントムがその場を離れてしまったので急遽こちらに増援として赴いたのだ。

「お気楽コンビじゃない、レンはどうしたの?」
「お気楽ッ!? コホン、あのファントムだったらどこかに行っちゃいました」
「アイツが狙ってた奴が全員この場から消えたから、戦う理由が無くなったんだろう。ともかくこれでこっちの手が空いた」
「私達も、お助けするのデースッ!」

 意気込む切歌に対し、プレラーティは小馬鹿にするように鼻を鳴らした。

「フンッ、相方の紅刃が居ない状態で戦えるのか?」
「プレラーティ? それはこの2人に負けたあーしに対する当てつけ?」
「あわわっ!? 喧嘩しないでくださいッ!」

 切歌と調のコンビに敗れたプレラーティと、切歌と響のコンビに敗れたカリオストロ。共に切歌を起点にそれぞれ敗北を喫した2人が唐突に火花を散らせたことに響が慌てていると、その様子を眺めていたアダムが纏めて吹き飛ばそうと火球を飛ばしてきた。

「フッ!」
「させるかッ!」

 ガルドは飛んできた火球を魔力で強化したマイティガンランスで切り裂いた。そこでやっと意識をアダムの方に戻したカリオストロとプレラーティに、ガルドは背を向けながら声を掛けた。

「喧嘩をしている暇はなさそうだ。今はアダムをッ!」
「分かってるわよッ!」
「後で覚えてるワケダ」




***




 ウィズにより本部に連れ戻された颯人と奏、そして成り行きで来てしまったサンジェルマンの4人はそのまま医務室へと直行した。医務室では透により一足先に戻ってきていたマリアとクリスの2人が、透とアルドに手当をされている最中であった。彼らの足元を、包帯や医薬品を持ってキャロルが駆けずり回っている。

「アルドッ!?」
「ウィズ? どうし、ッ!? 颯人ッ!?」
「えっ!? 颯人、何があったのッ!?」
「どういう事だよ、これはッ!?」

 奏の腕の中で苦しみ藻掻く颯人の姿に、クリス達も狼狽えずにはいられない。こんな彼の姿を見ることになるとは思わなかったのだ。戦闘で苦戦した時を除いて、彼がこうして苦しむ姿を見せた事は無かったので当然かもしれない。

 ウィズは医務室を見渡し、ベッドが空いていないのを見ると舌打ちをして近くの机の上の物を乱暴に退かした。何か割れたような音がした気がするが、そんな事に構っている暇はない。
 机の上に寝かせた颯人は未だに苦しんでいる。こうしている間にも罅割れは広がり、今にも彼の体が弾けそうだ。奏はそんな彼の手を取り、祈る様に両手で包み込んだ。

「颯人……颯人……!」
「ウィズ、何があったのですか?」
「私も詳しい状況は知らない。サンジェルマン、何がどうしてこうなった?」

 この中で颯人がこうなる直前まで行動を共にしていたのはサンジェルマンただ1人。ウィズは彼女に何故こうなったのかを聞き、そこで漸くクリスとマリアもサンジェルマンがここに居る事に気付いた。

「いぃっ!? こいつパヴァリアの幹部だろッ! 何でここにッ!?」
「今は後よクリス。それより、何があったの?」
「私にもよく分からない。ただ、アダムは颯人君が体を酷使しすぎたとか言っていたけれど……」
「ッ!?!?」

 サンジェルマンの言葉に奏が目を見開き息を呑んだ。体を酷使しすぎて限界に達した……それが意味するところなど、一つしかない。

「ま、まさか……おいウィズッ! まさかこれ、前に颯人がアタシの絶唱の負荷を肩代わりしたのが原因なんじゃ……!?」

 嘗て颯人は、捨て身の覚悟で奏が絶唱した際彼女と自分の間に魔力的なパスを作り彼女が受けるバックファイアを全て請け負っていた。それ以降奏が戦い際に受ける反動は全て颯人が負担し続け、時にはそれが原因で窮地に陥る事もあった。
 それも最近は奏が負担を感じる事自体が少なくなってきたので半分忘れかけていたし、ともすればその繫がりが彼との絆へとなりつつあっていた。それがここに来て牙を剥いたかと、奏は心臓が縮み冷や汗が止まらなくなる。

「……いえ、それだけではありません」
「何?」
「確かに奏さんの絶唱の負担を肩代わりした事も無関係ではないでしょうが、最大の原因は颯人自身が持つ魔力の膨大さと成長率にあります」
「成長率?」

 これまでの戦いで、颯人は何度も肉体を魔力的にも酷使してきた。奏の負担をずっと請け負い続けただけでなく、限界を超えた魔法を発揮した事もある。魔法少女事変の終わりには奏とキャロルを守っただけでなく、殆ど魔力が無い状態でハンスに無理矢理魔力を分け与えもした。
 それらの無理が積み重なった結果、魔力の器としての颯人の肉体に限界が来た事がこの事態を引き起こした要因の一つである事は疑いようが無い。だがアルドの見立て通り、最大の理由は颯人の魔力が大きく成長しすぎてしまった事にあった。

「……今の颯人は、大きく成長しすぎた魔力に肉体が耐えきれなくなった状態だ。何事も無ければ押さえ込めたはずが、これまでの無茶が祟って……」
「つまり……やっぱり、アタシの……」
「奏ッ!?」

 自分を助けたりしなければ、颯人がこんなに苦しむ事は無かった。罪悪感に苛まれた奏は、その場に崩れ落ちそうになりマリアが慌ててそれを支える。絶望に打ちひしがれる奏に、サンジェルマンが宥めるように声を掛けた。

「それは違うわ。天羽 奏、それは違う」
「サンジェルマン?」
「これは誰にも予想は出来なかった。颯人君が無茶をする事は彼らの想定内。ただ一つ計算外だったのは、彼の持つ才能が誰の予想をも上回っていたから。そうでしょ?」

 同意を求めるようにサンジェルマンがアルドを見れば、彼女は小さく頷いた。それを見てサンジェルマンは小さく息を吐くと、彼がこうなった原因以上に気にすべきことをアルドとウィズに訊ねた。

 それは即ち、彼の治療方法だ。

「それより、どうすれば彼は助けられるの? 助ける方法はあるの?」
【颯人さんの症状は、サバトに掛けられた人の体が崩れるのに似ています。自力で魔力を抑え込めた颯人さんなら、今回も自力で生き残る事は出来ませんか?】

 筆談の手間も惜しんで、透が魔法で空中に文字を書きウィズとアルドに問い掛ける。確かに颯人は奏への愛を糧に、暴れる魔力を押さえ込み魔法使いとして覚醒した。であれば今回も耐えられるのではないかと透は考えたが、それはアルドにより否定された。

「いえ……今の颯人は、その時とは状態が違います」
「え……?」
「最初に魔法使いとして覚醒した時は、謂わば穴が空いた魔力の器に蛇口の付いた栓をするようなもの。対して今の颯人は、蛇口が付いた器そのものが内側からの内圧に負けて破裂しそうになっているようなものなのです。だか、ら……だから…………!?」

 そこまで言って感情が抑えられなくなったのか、アルドはその場に崩れ落ちて噎び泣き始めた。それは何よりも雄弁に颯人に対しては手の施しようが無い事を意味しており、彼女の鳴き声が響き渡る医務室に重い沈黙が舞い降りる。

「うぅ、ぁぁぁ……!? こ、こんな……こんな筈じゃ……!?」
「ウィズ……本当か? 本当にもうどうしようもないのか?」

 一縷の望みに賭けるように奏がウィズに問い掛けるが、ウィズは何も答えず俯き顔を背けた。

 それを見た瞬間、奏は悲しみ以上に怒りを感じ、気付けばウィズに掴み掛り彼を壁に押し付けていた。

「何そんな簡単に諦めてんだよッ!? 何とかしろよッ!?」
「待って奏ッ!?」
「先輩押さえろってッ!?」
「天羽 奏ッ!?」

 棚に入っている薬瓶なんかが床に落ちるのも構わず乱暴にウィズを壁に叩き付ける奏に、マリアとクリス、そしてサンジェルマンが慌てて奏を宥める。だが彼女は3人からの制止を振り切り、涙を流しながらウィズの襟元を掴み何度も彼を壁に叩き付けた。それは自身の無力さへの苛立ちへの裏返しでもあり、同時に戦いに颯人を駆り立てた彼らに対する怒りであるのも事実だった。

 だがそれ以上に奏がここで彼らを許せないのは、彼らが足掻こうとせず既に諦めムードだったからに他ならない。何とか出来るなら奏だって何とかしたいのに、奏には魔力に関する知識が微塵も無い為何かをしたくても何も出来ない。大切な愛する男が苦しんでいるのを指を咥えて見ているしか出来ないのだ。しかしウィズ達は違う。彼らは魔力に関する知識がある。例え絶望的な状況だろうと、最後の瞬間まで彼らが足掻かず誰が颯人を助けると言うのか。

「うぐっ!? う、ぐぅぅぅぅぅ……!?」

 颯人は苦しみながらも、死の運命に抗う様に脂汗を流しながら堪えている。当の本人が抗っているのに、ウィズとアルドの2人が諦めているのが奏には我慢ならなかった。

 奏がここまで彼らに怒りを露にするのには理由があった。それは…………

「それが……それが…………




それが颯人の、自分達の息子に対する態度かよッ!!」




 奏が激情に任せてそう口にした瞬間、その場の時間が止まったような錯覚を誰もが感じた。アルドも思わず泣くのを止め、唖然とした目をフードの下から向けている。

「か、奏……!? 今、何て言ったの?」
「息子? ペテン師が、コイツ等の息子だって……!?」
「と言う事は、この2人は……!」

 サンジェルマンが驚愕の表情でウィズとアルドの顔を交互に見る。仮面とフードでそれぞれ顔を隠した2人は、奏の発言とサンジェルマンの視線に狼狽えた様に視線を彷徨わせるが、先にアルドの方がフードに手を掛けた。ウィズはそれを止めようと手を彼女に向ける。

「ッ、ま、待て……!?」

 アルドを制止しようとするウィズだったが、彼女は嗚咽を漏らしながら首を左右に振った。

「もう……止めましょう。もう、無理です。私には、もう…………」

 弱々しく言葉を紡ぎながらアルドがフードを脱ぎ去ると、ブロンドの髪が零れ落ちる。その下にあったのは、泣き腫らした妙齢の女性の顔だった。サンジェルマンはその顔に見覚えがあった。

「やはり……アリス…………」
「こうしてお会いするのは、お久し振りですね。サンジェルマン様」

 言葉を失うサンジェルマンに、アルド改めアリス……アリス・D・明星は頭を下げた。

 パートナーのその姿に、ウィズも遂に観念した。どの道もう誤魔化しようはないと察した彼は、奏に襟元を掴まれたまま変身を解除した。一瞬光に包まれ変身を解いた後に姿を現したのは、何処か颯人と似た顔立ちの壮年の男性。その男の顔にサンジェルマンは今度こそ息を呑んだ。

「明星……輝彦……! 生きていたのか……!」

 驚愕し、だが心の何処かで喜んでいる様な声色で輝彦の顔を見るサンジェルマン。彼は彼女の言葉には答えず、疲れたような顔で奏に問い掛けた。

「一つ、聞かせてくれ……颯人はこの事に?」
「とっくの昔に気付いてたよ。アンタらが自分の両親で、ずっと傍に居たんだって事にね」
「颯人……!」

 奏の言葉にアリスが再び泣き崩れる。一方の輝彦も、鉛を飲み込んだような顔になり今なお苦しむ颯人の方を見た。

「颯人……」
「何故……何故あなた達は、颯人に真実を伝えず戦わせたの?」
「そ、そうだよッ! 生きてたんなら、何でペテン師に本当の事を……!」
「……どうして父親面が出来る。息子を戦わせるような男に等……!」

 最初輝彦は颯人の知らない所でジェネシスとの戦いに身を投じていた。だが何時までも彼に真実を隠す事に対して限界を感じていた。我が子ながら、息子の察しの良さに2人はいずれ必ず隠し切れなくなり、そうなれば必ず彼は2人の戦いに首を突っ込んでくる。
 それを防ぐ為、2人はジェネシスの襲撃に乗じて自分達の死を装い颯人から距離を取った。颯人を巻き込む事無く、ジェネシスとの戦いに集中する為に。

 だが皆神山での出来事が全てを狂わせた。あの出来事で颯人は魔法使いとしての才能の片鱗を見せてしまった。輝彦ですら唸る程の才能だ。薄々予想してはいたが、やはり颯人は両親の才能を受け継ぎ魔力を操る才能に長けていたのだ。
 こうなると何時までも知らんぷりしては居られない。颯人の才能に目を付けたワイズマンにより、颯人が連れ去られるかもしれない。それを防ぐ為にも、彼は予定を変えて颯人を手元に置いておくしかなかったのだ。

「その時、私は颯人の父親である事を止めた。例え恨まれる事になろうとも、颯人に自分の身を守れるだけの力を持たせようと思った。ウィズとはその為の名前だ」

 輝彦の話を聞いて、マリアとクリスは何も言えなくなった。彼らは愛する息子を守る為に、颯人の両親としての自分を殺して他人として接する事を選んだのだ。息子を愛するが故に…………

 一頻り話を聞いて、奏も落ち着きを取り戻したのかゆっくりと輝彦を解放した。重苦しい沈黙が訪れる中、最初に口を開いたのは意外な人物であった。

「ったく……勝手にネタ晴らしするなよ奏」
「ッ! 颯人ッ!?」

 声の主は颯人だった。何時の間にか意識を取り戻していた彼は、依然として今にも死にそうな顔をしつつ上半身を必死に起き上がらせ奏達の事を見ていた。奏はそんな彼に近付き、彼をもう一度寝かせた。

「馬鹿、無理するなッ! 自分が今どういう状態なのか分かってるのかッ!」
「そうもいかないだろうが。肝心の俺が、ぐっ!? くぅ……俺が話をしないで、誰がするってんだよ」

 颯人はそう言って脂汗を流しながら笑みを浮かべると、その顔を久し振りに見る実の父の顔に向けた。

「よ、こうして会うのは久しぶりだな父さん」
「颯人……済まない。私が、私が愚かだった。あの時、私がお前を魔法使いにせず、傷の手当だけをして解放していれば、こんな事には……!?」

 輝彦は心の底から公開していた。皆神山での事件が起きた時、彼は颯人の才能がジェネシスに狙われる事を恐れて彼を魔法使いにする事を選んだ。だが彼を魔法使いにするのではなく、奏共々あの場から助け出し、魔法の事等必要以上に知らせず普通の生活に戻していれば…………

 しかし颯人の心には、今まで自分を偽っていた両親に対する怒りは微塵も存在しなかった。今彼が感じているのは、久方振りに親子として触れ合える嬉しさだけであった。

「んな昔の事は言いっこなしだぜ。今更言ったって仕方ねえ。俺が父さん達に言いたい事は、たった一つだ…………ありがとう。何だかんだで父さん達のお陰で、俺は奏を助けられた」

 今までずっと言いたかった言葉。ウィズとアルド相手には絶対に言えなかった言葉を今口に出来て、颯人は束の間苦痛も忘れて穏やかな笑みを浮かべる事が出来た。その笑みに遂に輝彦の涙腺も決壊した。

「颯、人……! 颯人……! すまない! 私は、私は……」
「ゴメンなさい、颯人……! ゴメンなさい……!」

 今まで本心で触れ合えなかった分を吐き出す様に、輝彦とアリスが泣き崩れ只管颯人への謝罪の言葉を口にする。

 只管に謝罪を続ける2人に、颯人は何かを告げようと口を開きかける。

 その時、突如本部が揺れ照明が明滅した。 
 

 
後書き
と言う訳で第186話でした。

今回の目玉はウィズとアルドの正体が颯人の両親であった事につきますね。実は颯人とウィズ、アルドの3人は時間を見る時に懐中時計を使うと言う共通点何かがあったりしました。ここら辺、もうちょっと露骨にしても良かったかなと言う気はしてます。

颯人の身に起きたのは彼自身の才能とこれまでの無理が祟った結果引き起こされたトラブルでした。このままだと颯人は自分の中の魔力に殺されてファントムを生み出してしまう訳ですが…………

今年も応援よろしくお願いします!

次回の更新もお楽しみに!それでは。 
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