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冥王来訪

作者:雄渾
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第三部 1979年
姿なき陰謀
  如法暗夜 その1

 
前書き
 2024年4月27日、約二年ぶりに、暁の日間ランキング一位を取らせていただきました。
ご評価を頂いた読者様、毎回見てくださっている方々には、感謝の念しかございません。 

 
 1979年に入ってからのマサキは、思うように動けなかった。
それは彼自身が、すでに国際政治の陰謀の中にいる為でもある。
だが、それと同時に気を遣うようなことが増えたためである。 
 日米両政府、対ソ関係から陰ながら重視した中共政権。
ユルゲン、アイリスディーナのベルンハルト兄妹、ベアトリクス・ブレーメ。
彼等を筆頭とした東ドイツの面々などのためである。
 先ごろ行われた、カナダでの国連軍に関する協議を潰すのに、労力を取られたのも大きかった。
この決議を潰すのに、マサキは海水から作った純金200トンをカナダの政財界にばらまいた。
その結果として、会議自体をご破算にしたのだ。
 その手法は、核保有国の常任理事国による提案は受け入れられないという形をとった、非暴力の大規模デモだった。
マサキが関与したと足がつかぬように、準備した。
バンクーバー在住で、西ドイツ出身のクリストファーという青年を200万ドルで買収し、反核運動を組織した。
 反核運動を組織するにあたって、日本の原水爆反対運動を参考にした。
会議に参加する各国の国連大使に、陳情や請願という名目で押し掛ける手法を行った。
 夜討ち朝駆けは、当たり前。
太鼓や銅鑼を鳴らし、聖書の一説を読経させて、相手の思考力を奪うという方法であった。
 カナダの警官隊もこの非暴力のデモに対して、騎馬警官隊を繰り出した。
だが、次第に流血の事態になると、世論はデモ側によることとなった。
 ニューヨークの国連本部前では、キリスト教・イスラム教・仏教などの各宗教の聖職者を集めた。
無制限のハンガーストライキなどを行い、国際的に注目を浴びるように工作したのであった。
 国内世論の反対を受けたアメリカの態度変化は、西側諸国の足並みの乱れを招いた。
「統括のない戦闘がBETA支配領域拡大を招いた」という事で始まった協議は、結果として物別れに終わった。 

 東京での、第五回先進国首脳会議が近づいていたある日。
マサキは、京都市内の篁家の一室にいた。
 ミラが用意してくれた戦術機の管制ユニットの資料を基にして、機密情報を分析していた。
機密情報とは、マライが言っていた西ドイツの女スパイの会話である。
 戦術機に搭載される新型ソフトウエアには、米国内にあるスーパーコンピュータにリンクする機能が追加される。
もし本当ならば、すべての軍事作戦は、米国の手の上という事だ。
 コンピューターのキーボードを連打しながら、過去の記憶へと徐々に沈潜していった。
紫煙を燻らせながら、つい先日のマライとの会話を思い出していた。
 ニューヨークのセントラル公園の近くにある、某ホテルにマライを連れ込んだ時である。
彼女は、マサキに、東ドイツに肩入れする目的を詳しく尋ねたことがあった。
「それじゃあ、貴方は最初から東ドイツを乗っ取る気だったの!」
「そうだ。俺が書いた脚本通りで。
もっとも、お前の様な得難い存在を手に入れたのは予想外だったがな」
マライは、マサキの言葉にびっくりして、引き下がった。
「な、なんて人なの!」
 途中、彼女の目が涙に潤んでいることに気が付いた。
だがそれについて、マサキは何も言わなかった。
「目的のためならば、国までを動かすなんて……貴方はとんでもない悪党ね」
 マサキは、最初、見て見ぬふりをしていた。
ただの女の哀願も、切々と聞いている内には、マサキは一層、マライという女が(あわ)れまれた。
嫌厭(けんえん)も憎しみも湧かず、いよいよ不憫(ふびん)を増すばかり。
 男にとれば、強迫とも感じられるような、マライの烈しい紅涙。
それは、マサキを、だらしのない、懊悩(おうのう)に苦しむ男にしていた。
 
 ……そうだ。
それを悪というのならば、俺は悪党なのだ。
 だが、正義とは何だ、悪とは何だ。
何も知らない頃だったら、法を犯せば悪党だった。
 しかし、本当にそうなのだろうか。
自分の利益のために組織を動かし、損失をだせば、犯罪者。
 だが、同じ理由にしても、組織に多大な利益を与えれば、英雄だ。
国家のために戦い、数千、数万の人間を殺せば、人は称賛されるのは青史が証明している。 
 ゼオライマーさえなければ、そんな事は疑問に思わなかったろう。
いや、この世界に来なければ……
 心のささやきは、マライに決して届くものではなかった。
だが、マサキの偽らざる本音であった。

「先生、お呼びで」
 訪ねてきたのは白銀だった。
「本当に、資料はこれだけなのだな」
マサキが白銀に問いただしたのは、ユルゲンに接触したアリョーシャ・ユングに対する情報であった。
西ドイツ総領事館の秘書官を名乗る、謎の女の事を、マサキは帝国陸軍の情報網で探索していた。
涼宮(すずみや)君に調べさせたのですが……
当日の会合に出入りしていた、関係者の名簿はこれだけです。
詳しい内容は、シークレットサービスの管轄下で、これを持ち出すだけでやっとでした。
通常、こういう名簿は国務省の管轄なのですが、シークレットサービスとなると……」
「つまりは、正規の職務とは別に、何者かが動いているという事か」
 マサキは色を失った。
マサキとてそれを考えていないではない。
 だが、白銀が心の底から将来の禍いを恐れている。
その様子を見ると、彼も改めて、深刻に思わずにいられなかった。
白銀は、さらに言った。
「僕の推測によれば、ベルンハルト大尉と会っていた人物は、既に西ドイツに出国した後かと」
「俺は、いささか悠長(ゆうちょう)に事を運び過ぎたのかもしれん」
そこで暫し歓談をしていると、鎧衣が不意に、入ってきた。
「どうだった」
「いやはや、木原君、調べてみたがさっぱりだ。
西ドイツの政府職員名簿にないところを見ると、アリョーシャ・ユングというのは偽名だろうな。
ただ……」
「ただ?」
「親しくしている米国の友人に聞いたところによれば……
ユングと名乗る女性は、外交問題評議会という、ニューヨークの会合に、頻繁に出入りしているらしい。
会員制の会合で。政財界のお偉方を相手にしていて、紹介料は100万ドル以上からだそうだ」
「何!」
 紹介料は100万ドルは、恐らく相手を欺く表向きの理由。
実際は、紹介者を通じて、簡単に入会できる。
会員となれば、専用のVIP(ヴィップ)ルームで、何か秘密会合が持たれていることは間違いない。
「私としても、確証がつかめない。
彼も、うわさとして聞いた程度だからな……」
 こういう国際的な対策に微妙な計を(あん)ずるものは、さすがに鎧衣をおいてほかにはない。
マサキは、この諜報員の言を珍重して、すぐに対策をとることにした。
「白銀、大至急、ロールス・ロイスのシルバーシャドウを用意してくれ。
年式は77年型で、出来れば新車が良い……」
 シルバーシャドウとは、ロールスロイスの高級サルーンである。
4段階変速ATで、エアコンディショナー搭載の最新車種であった。
「ちょ、ちょっと待ってください」
「何、俺が乗り込んで、調べようっていうんだ。文句はあるまい」
 そういって、タバコを懐中から取り出した。
話を、別なところへ持っていく手段である。
「鎧衣、俺に、三極委員会の人間を紹介しろ。
そうだな、若手の国会議員か、官僚でいいだろう」
 言葉を切ると、タバコに火をつけた。
マサキは、紫煙を燻らせながら、自分の意識の中に思索していった。

 BETAの戦いは、ただその屍山(しざん)血河(けつが)の天地ばかりでない。
今は外交に舞台を移し、その上での駆け引きや人心の把握(はあく)にも、虚々実々が火花を散らし始めてきた。
着陸ユニットが支那に降り立った序戦と比べると、もう戦争そのものの遂行も性格も全然違ってきたことが分る。
 すなわち、かつてのように部分的な戦勝や戦果を以て、祝杯に酔ってはいられなくなったのである。
 いまや、東西両陣営は、その総力をあげて、BETAへの乾坤(けんこん)を決せねばならぬ時代に入った。
それと同時に、この東西冷戦という対立の形が、変化してきた。
 世界各国は、一対一で戦うか、変じて、その二者が結んで、他の一へ当るか。
そういう国際的な動きや外交戦などに、より重大な国運が賭けられてきたものといってよい。
 大戦の舞台裏には、なお戦争以上の戦争がつねに人智のあらゆるものを動員して戦っている。
その様な表裏の様相を、この時代の戦争にもまた観ることができるのである。


 マサキは暮夜密かに、京都市内の繁華街、四条河原を訪ねていた。
そこは、榊政務次官の妾の経営するスナックであった。
 榊、彩峰と共に酒杯を酌み交わしながら、密議を凝らしていた。
半酣(はんかん)(ほろ酔い加減)の頃、榊はマサキに向って、
「君に会わせたい人物がいる。
君も好むと好まざるとに関わらず、会わねばならんのだ」
 間もなく、ある人物が尋ねてきた。
ドアを開けて入ってきた、開襟シャツにカンカン帽姿の男を、榊は指さして、
「内務官僚の、瀧元(たきもと)君だ。
彼は、私の大学の後輩で、今は警保局長(今日の警察庁長官)をやっている」
 瀧元は一礼して、
「どうも木原さん、瀧元です。
貴方の事は、我々の方ですっかり調べがついている」
 内務省警保局ということは、ただの警察の関係者ではなく、生え抜きの内務官僚である。
男は、経済安全保障にかかわる話をマサキの下に持ち込んだのであった。
「彼はね、三極会議の創設時からのメンバーで、外交問題評議会にも親しい友人を持っている。
ユングとかいう、怪しげな女の正体を探るにはもってこいだろう」
瀧元は、ようやく面をあげて、
「まったく貴方は、本当に大した男だ。
先のレバノンの事件と言い、これまで貴方が関わった案件には舌を巻くものがある」
そういって男は、高級国産たばこの「ピース」を取り出すと、火をつけた。
「おそらく貴方のような男は、今の斯衛(このえ)にも陸海軍にもおらんでしょう」
「では、俺をその会合に連れて行ってくれるのだな」
「私の個人通訳という事で、氷室さんをお借りしたい。
貴方の場合だと、すでに人相が知れ渡っているし、むやみに表に出ない方が良い」
 マサキは、しばらく黙考してから、
「美久は、ただの女ではない。
大変優秀な人形(おんな)だ。大切に扱ってもらわねば困る」 
 すると、それまで、口をつぐんでマサキの様子を見ていた榊の妾は、眼を以て、彼の心を見た。
榊を陰になり、日向になり、支えてきた彼女にとって、同じような立場の美久が羨ましく思えたのだ。
 囁くような声は、女の鳴き声となって、マサキの鼓膜を震わせた。
愛されていると思っていた榊の妾・祥子にも影の部分がある。
 ミラもマライも、簡単に幸せを手に入れられないのは、世の常だろうか。
薄幸の美少女、アイリスディーナに対しても、そう言えるのではなかろうか。
 もしかしたら、アイリスディーナは、俺に遠慮をしているのではなかろうか。
マサキは改めて、自分が不完全な人間であること再認識させられた。


「榊、貴様を見込んで、もう一つ、頼みたいことがある。
戦術機開発に携わっていて、なおかつ電子工学に明るい人間を集めてほしい。
それも、本人にもわからぬようにな……」
 榊は、さっそくに、いぶかり顔をしてみせた。
だがマサキには、他人事であった。
彼には苦笑ものらしい。
「今、米国では新型の戦術機のソフトウェア開発が進んでいるらしい」
「新型?」
 マサキの言う話は、おそらく本当の事だろう。
だが榊は、何となく、後味の悪さは(ぬぐ)いきれない顔つきだった。
「新型が何を意味するかは、分からん。
ただそいつは、想像を絶する性能を有したソフトウェアなのは、確かだ。
もし日本を通じて、ソ連の手に渡れば、これからの戦争は厳しいものになる」
 脇で黙って聞いていた彩峰たちは、ぎょッと顔から顔へ(ざわ)めきを呼び起こした。
明らかなうろたえが表に出た。
しかしマサキは、気に掛けなかった。
「俺の方では、2か月前から、そいつを追いかけていた。
やっと、西ドイツと日本からの技術流出が影響しているらしいことが、分かったのだ。
そうなる前に、俺が新しい電子機器の会社を立ち上げて、奴らを潰す」
 榊は、一驚した。
「どうして、私たちにそんな事を!」
「榊、お前は俺に関係したときから、すでに後戻りのできない修羅(しゅら)の道に入り込んでいる」
ぐっと、みな息をつめ、そしてどの顔にも、青味が走った。
「お前の妾も同じだ。
ならば……天のゼオライマーという庇護のもとに、権力をその手でつかめ」
 マサキの思わぬ一言に、さすがの榊も、胸を掻きむしられた。
やはり彼も妾の祥子を愛していたというほかはない。
こんな愛憐を一人の女に集中して、理性も何も失いかけるなどは、これまで彼も覚えなかったことだろう。
とつぜん、自分の中の埋火(うずみび)があげた炎に、困惑していた。
 ……いつの世も愚鈍な大衆を導くのが、政治家の役目。
そんな使命を担う自分が、私情を持ち込むなんって……
 しばしの沈黙の後、マサキは懐中からホープを取り出した。
煙草に火をつけて、燻らせた後、
「おい女、お前は祥子といったな。
祥子、貴様には、俺が作る、電子機器の会社、国際電脳の表の社長になってほしい。
顔の知れた俺や、代議士の榊、軍人の彩峰では、司直の手から逃れられん。
一方、お前は、ただの妾だ。政治家の妻ではない。
……とすると、色々と議会などでは追及されにくくなる。
悪いが、貴様の命、この俺に預けさせてくれ」
 マサキはちらりと、祥子の顔を見た。
祥子の顔はどこか、寂しそうであった。 
 

 
後書き
 榊祥子は榊千鶴の生母です。
名前はネット上で調べたら出てきたので、二次創作なのかもしれません。
公式資料である「Muv-Luv Memorial Art Book」では、離婚した千鶴の母としか書かれていませんでした。
千鶴の名字が離婚した父と代わっていないのは、離婚しても旧姓に戻さない女性が一定数居る為、不自然ではありません。
 瀧元は、榊政権の重臣、瀧元官房長官です。
故・後藤田正晴・元官房長官がそうだったように、内務官僚にしました。

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