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魔法戦史リリカルなのはSAGA(サーガ)

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【プロローグ】新暦65年から94年までの出来事。
 【第7章】八神家が再び転居した年のあれこれ。
   【第4節】同85年の10月以降の出来事。



 また、10月になると、ミッド地上では「レジアス・ゲイズ中将の10回忌」が(いとな)まれました。
 享年54歳。47歳の若さで中将に昇進して以来、突然の「病死」に至るまで、最後の7年半は、ミッド地上本部で「総指揮官」を務めたという大人物です。
 明快な主張と抜群の行動力で、局内にも局外にも広く支持者がいる反面、実際の施策(しさく)に関しては問題点も多く、生前から何かと毀誉(きよ)褒貶(ほうへん)の激しい人物でした。
 しかし、最近では、また再評価の動きも高まっているようです。
【当然のことながら、「三脳髄」は存在していたこと自体が極秘情報なので、彼が中将に昇進して以来、その傀儡(くぐつ)に成り下がっていたことも、一般には全く知られていないのです。】

 なお、彼の一人娘オーリス(37歳)も、九年前、父親の1回忌の直後にラムロス家の末子と結婚し、新暦78年の春には30歳で1児の母となっていました。
 その頃には、局の側からももういろいろと(ゆる)されており、彼女は同78年の秋には、産休明けのような形で「ミッド地上本部」に復職しました。
 二年前には階級も上がり、それ以降は二等陸佐として「陸士統括局」に勤務し、首都圏のスラム問題や治安対策などに奔走(ほんそう)しつつ、各陸士隊への適切な人材の配置などにも心を砕いており、地道ながらも、その働きぶりは高く評価されています。
 少々キツい性格は相変わらずでしたが、彼女自身は(配偶者からの愛情にも恵まれており)もう決して父親のように道を踏み(はず)すことは無いでしょう。


 一方、同日にまた別の場所では、「イストラ・ペルゼスカ上級大将(享年65歳)の10回忌」も営まれました。
 祭主を務める長子ザドヴァン(50歳)は、今では管理局〈上層部〉の法務部長官で、少将待遇です。彼の長女マギエスラ艦長(25歳)も、すでに婿を取って83年の夏には23歳で1女の母となっていました。
 彼女も、かつては「祖父への評価」を巡って父親と対立していましたが、今ではもう、すべては自分の側の誤解だったのだと理解しています。

 彼女はこの席で、クロノ少将(34歳)には正式に10年前の非礼を詫びました。彼女の立場からすれば、はやての不在が()しまれるところでしたが、またいずれ直接に会って話をする機会もあるでしょう。
 クロノからも『またいずれ、正式に御紹介しましょう』と言われ、マギエスラは気長にその機会を待つことにしました。


 また、同10月の上旬には、IMCSの第33回大会の都市本戦がありました。
 アンナ(16歳)は昨年に続く二回目の都市本戦進出で、準々決勝では惜しくも敗退しましたが、最終的に5位に入賞しました。
 一方、期待の新人(ルーキー)ヴァスラ・クランゼ選手(12歳)は、2回戦でシード選手のテッサーラ(16歳)にKO負けを(きっ)しました。最終成績までもが「6年前のミウラと同じ」ということになります。
 結局のところ、この年は昨年に続き、無所属のテッサーラ・マカレニア選手が優勝しました。
【彼女は、昨年こそ都市選抜で苦杯を()めましたが、今年は無事にミッド代表となり、12月にはフェディキアでの世界代表戦でも、準優勝の成績を収めます。】


 なお、この年の10月1日からは、トーマ(19歳)も無事に就職していました。
 その一方で、同10月の中旬、都市本戦の終了後にようやくリハビリを終えたノーヴェは、同月の下旬、何もかもを振り捨てて(ナカジマジムの会長職もリグロマに譲って)『自分自身を見つめ直すために』ふらりと長旅に出てしまいます。
【そして、またふらりと戻って来たのは、丸一年あまりも後のことで、『一年以上も何処(どこ)で何をしていたのか』については、長らく誰にも何も語りませんでした。】


 また、その10月には、メルドゥナが二度目の挑戦で、執務官試験に(割とギリギリの成績で)合格しました。
【そして、翌86年の4月には、彼女は24歳で新人執務官として独立するのですが……彼女に関しては、「キャラ設定7」を御参照ください。
 なお、この年、アインハルトは初挑戦で惜しくも(ギリギリで)不合格でした。】


 さらに、同10月、カルナージでは、あの島の「一代限りの終身所有権」がルーテシアに譲渡された結果、島の名前が公式に「アルピーノ島」となりました。
【そして、数年後に島の常住人口が増えて来ると、簡易次元港からホテル・アルピーノに至る一帯は、その「中心人物」の名前を取って「メガーヌ(タウン)」と呼ばれるように、同様の理由で、その西方にできた漁村は「マラガン村」と、農村は「ドルニス村」と呼ばれるようになりました。
 また、島の東側を南北に走る山脈は、メガーヌの元の苗字を取って、ディガルヴィ山脈と名づけられ、そこから西へ向かって流れる三本の大きな川は、北から順に、彼女の父親と母親と夫の名前を取って、ザグロス川、リーファ川、セルジオ川と名づけられ、リーファ川の中流域にある大きな湖は、リーファの結婚前の苗字を取って、カルザム湖と名づけられました。】


 またさらに、この10月の末には、ユーノとクロノが〈無限書庫〉の管理室で人知れず「密談」を()わしました。
 管理室で二人きりになってから、クロノはようやく変身を解きます。
「やれやれ。変身魔法など使ったのは、一体何年ぶりのことだろうな?」
 クロノは少しばかり不満げな声を上げました。
 ユーノの席には、78年にヴィヴィオが見つけてくれた「マルデルの手記」が意味ありげに置かれています。
「周囲には秘密で、この僕を呼びつけるとは、一体何の用だい? と言うか、君は、体の方はもう大丈夫なのか?」
「ああ。おかげ様でね。実を言うと、先月にはカルナージで久しぶりに少し体を動かして来たんだが……やっぱり、脳も体の一部だから、たまには体も動かさないと、脳への血の巡りも悪くなるみたいだね。あれ以来、この一か月で、いろいろと考えが進んだよ」
「では、前置きはこれぐらいにして、そろそろ本題に入ってもらおうか」

「まず、ヴァルブロエム三姉妹と例の組織の来歴については、一昨年にも報告したとおりだ。覚えてるかい?」
「確か……〈永遠の夜明け〉は、あくまでも『人類の強制進化』を目指す集団で、古くは『薬物の利用』も視野に入れていた。かつて〈闇の賢者たち〉とつながりがあったのも、その時代の()()りだが、一方、あの三姉妹は何か全く別の目的意識を持って組織を利用していた。どうやら、ベルカ系の遺跡に強い関心があったらしい……という話だったな」
「うん。そして、今回は、遅ればせながら〈グランド・マスター〉についての話だ。周囲からそう呼ばれていた人物について、幾つか重大な事実が解った。まず、『プレシアの手記』に出て来る『あの人』というのは、おそらく〈グランド・マスター〉のことだ」
「なん……だと?(愕然)」
「次に、〈グランド・マスター〉の名前は、偽名かも知れないが、マルデルと言う。その名前からすると、おそらく、ベルカ系の女性だろう。そして、彼女の記録が完璧に抹消されている件に関しては、フランカルディ家が直接に関与している可能性が高い」

「フランカルディ家……。かつてのミッドチルダ総督家か!」
 それは、ミッドがまだベルカ聖王家の「直轄領」だった時代に、ミッドを事実上、統治していた一族です。当然ながら、今はもうかつてのような権力(ちから)は持っていませんが、それでも、ミッド中央政府にとっても管理局にとっても、今もなおあまり迂闊(うかつ)には触れることのできない「タブー的な存在」でした。
「いや、ちょっと待ってくれ。一昨年に聞いた話では『前後の文脈から考えて、「あの人」というのは、実際には「歴史上の偉人」などではなく、プレシアの親族か何かで、「プレシアが小児(こども)の頃、現実に会ったことのある人物」である可能性が高い』とかいう話じゃなかったか?」
「そうだよ。その可能性は今も高いままだ。つまり、プレシアとマルデルは、おそらく実際に血のつながった間柄で、また、二人ともフランカルディ家とは『何らかの重大な関連』を持っていた可能性が高い。極端な話、二人は総督家から分かれた、いずれかの『分家』の出身だったのかも」

「それから、実は、こちらが今日の本題なんだが……君に二つ、頼みがある。ひとつは、46年前、新暦39年にアレクトロ社が『大型駆動炉の暴走事故』を起こしたが、その際に管理局が押収したという、その大型駆動炉に関するデータを閲覧したい。
 あの一件における『プレシアの立ち位置』について調べ直すためにも、そのデータは必要なんだが、何故か『第一級の特秘事項』という扱いになっている。つまり、『将軍の階級が無ければ、閲覧すら許されない』ということだ」
「それで、僕の出番という訳か」
「うん。そして、もうひとつは、古代遺物管理部の『重要遺物保管庫』の過去データを洗い直したい。できれば、この僕が関与していることを、局の〈上層部〉には知られないような形で」

「そいつは、また穏やかな要求じゃないな」
「今年で〈ジュエルシード事件〉から20年。今さらだが、残された謎が解明できるかも知れない。つまり、幾つかのバラバラな『点』を、きちんと『線』で結べるかも知れないんだよ。
 プレシアは何故、アレクトロ社の無茶な要求にあそこまで付き合ったのか? また、何故〈ジュエルシード〉を使えば〈アルハザード〉へ行けると思ったのか? そして、一体何故、他でもない『あのポイント』から行けると思ったのか?
 さらに言えば、〈時の庭園〉は何故あれほどの高出力を出すことができたのか? 〈時の庭園〉の機関部は、プレシアとともに虚数空間に失われたと聞いたが、『本来の図面』を見る限り、あのサイズの機関部で『遠隔攻撃』ができるほどの出力を普通に出すことができたとは、とても考えられない」

【原作では、「次元跳躍攻撃」という用語が使われていましたが、その用語はあまりにも仰々(ぎょうぎょう)しいので、この作品では、単に「遠隔攻撃」と呼んでおくことにします。】

「実は、僕の方からも君にひとつ頼みがある。なのはやヴィヴィオたちには内緒で、ちょっと見てほしいモノがあるんだ。
 回収した〈ゆりかご〉の破片はどれも焼け焦げていて、復元は困難を極めたが、10年も経って、ようやくひとつ重要なモノを『かなりの精度で』復元することができた。こちらも局の〈上層部〉には知られないような形で『専門家』の意見を聞きたい」
「僕は必ずしも、その方面の専門家ではないのだが」
「取りあえずは口の堅い人物に、ということで、まずは君の意見を聞きたい。今はまだ、はやてが戻って来ていないからね」
「ところで、何故、〈上層部〉に知られたくないんだい?」
「それは、君と同じさ。10年前の時点で、あの三脳髄の傀儡(かいらい)が本当にイストラ・ペルゼスカ上級大将とレジアス・ゲイズ中将の二人だけだったとは考えにくい。
 何らかの形で奴等の精神を受け継いでいる者や、スカリエッティのような犯罪者らに情報を流し続けている者が、今も〈上層部〉の中に(ひそ)んでいる可能性は否定できない」
「それは同感だね。ところで、一体何を復元したんだい?」
「ゆりかごの〈玉座〉だよ」
「ああ……。だから、なのはとヴィヴィオたちには内緒なのか」
「あの二人にとっては、思い出すだけでも、嫌すぎるだろうからね」

 こうして、その日の「密談」は終了しました。


 その後、〈ヴォルフラム〉は11月初日に、代わりの艦と無事に交代し、その翌日には、オルセアから〈本局〉へと戻って来ました。
 少しばかり「被弾」していたため、そのまま「ドック入り」します。
 また、はやては『いずれ必要となる〈ヴォルフラム〉の本格的な改修に備えて、できれば、もう一隻、自分専用の艦が欲しい』と〈上層部〉に申請しました。
(提督の「二隻持ち」は、現実には滅多に無いのですが、制度上は可能なのです。)

 そして、その翌日、はやては〈本局〉の技術部で、クロノから極秘裡(ごくひり)に〈玉座〉を見せられた後、素直な感想を述べました。
「で? 具体的な話、〈ゆりかご〉本体がもう無いのに、これは一体何の役に立つんや?」
「それは、まだこれから考えるところだが……有力候補としては、『全艦一括制御システム』とかかな。最終的には、ただ一人で戦艦を動かせるようになるかも知れん」
 クロノの声には、珍しく熱がこもっています。
 しかしながら、その「試作艦」が完成するまでには、ここからなお九年半の歳月を要したのでした。


 また、その数日後(11月上旬)には、八神家が再び引っ越しをしました。
 首都新市街の北部郊外に建つ「古びた洋館」には、まだ四年ほどしか住んでいません。海辺の家には九年以上も住んでいたことを考えると、転居のタイミングとしては、まだ少し早いような気もするのですが、今回は私的な理由の上に公的な理由まで重なってしまったため、もう転居するより他に仕方が無かったのです。

 まず、私的な理由というのは、もちろん、ミカゲの問題です。
ミカゲは何かの拍子に「やらかして」しまう子なのですが、洋館の庭先は人目にも付きやすく、このままでは『生身の人間は、実は、はやてだけ』という「八神家の秘密」を守り続けることすら難しくなってしまうことでしょう。
(ヴィータとしても、ミカゲに少し稽古(けいこ)をつけてやりたいのは、やまやまなのですが、「守護騎士とユニゾンデバイスの組手(くみて)」など、とても一般人に見せられる代物ではありません。)
 さらに、公的な理由としては「提督昇進」に(ともな)う「自宅における機密保持能力を強化する必要性」という問題もありました。
 要するに、管理局の基準で言えば、この洋館は明らかに「一佐の自宅」に必要とされるセキュリティの水準を満たしていないのです。
〈上層部〉の本音としては、八神家をどこかの「官舎」に押し込めて監視の目を光らせたいところなのでしょうが、はやてたちとしては、何かと自由の()かない「官舎」に押し込められるのは避けたいところです。

 そうした考えも踏まえた上で、今年の4月に、シャマルとザフィーラが見つけて来た転居先は、首都クラナガンから北へ100キロあまりも行った場所(ところ)にある、『周囲は360度、地平の果てまで小麦畑しか無い』という、とんでもなく辺鄙(へんぴ)な土地でした。
 地理的には「タナグミィ地方(広義の首都圏地方)のド真ん中」なのですが、全く文字どおりの意味で「人里(ひとざと)を遠く離れた土地」です。敷地の門扉(もんぴ)から北へ伸びる「私道も同然」の道路を何百メートルも行かないと、一般の道路に出ることすらできません。
 元々は、ここ一帯の大地主が住んでいた「広大な屋敷地」だったのですが、ミッド貴族の末裔であるその大地主夫婦が、『息子たちも口を揃えて、「悪いけど、父さんの後は継がない。今時、こんな辺鄙(へんぴ)な土地には暮らしたくない」と言うし、もはや老朽化した家屋を建て替えるだけの気力も無い。最近では、耕作者の大半が自分の耕作地を買い取りたがっているし、もういっそのこと、土地も何もかも売り払って、自分たちも「便利なクラナガンの郊外」で余生を過ごそうか』などと言い出したので、本来の相場よりもだいぶ安い額で譲ってもらったのです。

 さて、ミッドの〈中央部〉には、大昔から「岩盤が()き出しになった、ドーム状の丘」があちらこちらに(特に、首都圏地方から、クヴァルニス地方、トゥヴァリエ地方、ザスカーラ地方にかけて)点在していました。
 直径は大半が1キロメートルたらず、高さも大半は100メートルたらずで、いずれも「岩山」と呼んでしまうには、いささか小さすぎ、傾斜も(ゆる)すぎます。
 その屋敷地も、もう何百年も前に、そうした「ドーム状の丘」の堅固な岩盤を地面に近い高さにまで水平に削り取って強引に作られた土地でした。
 周囲の農地と比べると、高さは人間の背丈の二倍ほど高くなっており、上面の直径はほぼ500メートルほどです。
【つまり、上面の総面積はおよそ20ヘクタール・六万坪ほどで、斜面の部分まで含めれば、土地の総面積はざっと一割増しとなります。
ただし、地価は都心部の宅地と比べると、ほとんど一千倍もの開きがあるので、首都クラナガンの都心部で言えば70坪たらずの土地と似たような金額なのですが、それでも、日本円に換算すると「本来の」相場は軽く億を超えています。】

 その中で、家屋が建てられているのは中央の100メートル四方、1ヘクタールほどの区画だけでした。
 そうした居住区画の外側は、元々はドッグランに使っていた以外にも、わざわざ周囲の農地から土壌を持ち込んで「趣味の菜園」などに使っていたようですが、今では、それももうすっかり荒れ果てています。
 はやてとザフィーラが半年間の「出張任務」で出かけている間に、シャマルとリインはまず業者を呼んで、上面の土地をすべて更地(さらち)に戻しました。
 その上で、「私道も同然」の道路を整備し直す一方、シグナムとヴィータには休暇を取らせて、新居に「地下室」を設けるため、その敷地の中央部の堅固な岩盤を「およそ40メートル四方、深さ8メートルほどの直方体」の形に掘り抜いてもらいました。
(シグナムは当初、『騎士に土方(どかた)の仕事をしろと言うのか?』などと、かなり不満げな様子でしたが、そこは我慢してもらいました。)
 さらには、そうして切り出された「岩のブロック」を素材にして、その敷地全体を取り囲む円形の高い壁を築き、また、中央の「1ヘクタールほどの居住区」だけを囲む方形のより高い壁を築き、その上で、中央部に「地上3階、地下2階」の、まるで要塞のように飾り()の無い「広大な家屋」を新築します。

 基本は「自給自足」で、『上水は相当な深さから地下水を汲み上げて濾過(ろか)して使い、排泄物(はいせつぶつ)は「細菌活性魔法」で堆肥(たいひ)に変えて家庭菜園で使い、それ以外の下水も濾過した上で菜園に()く。小型の魔力駆動炉を購入して電気も自給し、野菜類も大半は菜園で自給し、鶏を飼って肉と卵も、ある程度までは自給する』という徹底ぶりです。
 設計者であるリインに言わせれば、単に『街が遠いので、買い出しの量や回数を減らしたい』と思って、このようにしただけだったのですが、管理局の〈上層部〉からは『確かに、セキュリティを高めろとは言ったが、いくら何でもやり過ぎだ!』とか、『八神はやては籠城(ろうじょう)でもするつもりか?!』などと、半ば(あき)れられ、半ば(おそ)れられてしまいました。


 さて、はやてとザフィーラは半年に及ぶ出張任務を終えた後、〈本局〉で何日か時間を取られてから、ミッド首都中央次元港に降りると、そこまで車を持って来ていたシグナムと合流して、「つい先日に完成したばかり」という新居に向かいました。
(四年ほど住んだ例の洋館は、取り壊して更地(さらち)に戻してみたところ、意外にも良い値が付いたので、すでに売り払ってあります。)
 シグナムやザフィーラの運転も、もう慣れたものでした。最初の頃は『これなら、自分で飛んだ方が早い』などと不平を漏らしたりもしていましたが、最近は二人とも割とノリノリでドライブを楽しんでいる様子です。
 実際に、都市部を抜けるまでは少し時間がかかりましたが、一度(ひとたび)郊外に出てしまえば、あとは快適そのものでした。

【もちろん、現代では、すべてのオートモービル(自動車)に高度な「運転制御AI」が搭載されており、人間の運転手がいなくても交通事故など滅多に起こりません。
(と言うより、無人運転の時の方が、むしろ事故率は低くなっています。)
 それでも、万が一、問題が発生してしまった場合には、誰かが「責任」を取らなければならないので、その「責任者」を特定するためにも、一般の車両においては(たとえ完全に「AI任せ」の自動運転になっていたとしても)必ず「誰か」が運転席に座っていなければならないのです。
(運営会社が責任を取るタクシーの(たぐい)ですら、運転席にはしばしば「会社を代表する存在」として機械人形(アンドロイド)が座っています。)】

 首都クラナガンから遠くベルカ自治領にまでつながる「中央幹線道」を真っ直ぐに100キロあまり北上し、左折して小麦畑の只中を行く道を20キロほど西進し、また左折して「私道も同然」の道路を600メートルほど南へ戻ると、そこが八神家の新居でした。
 敷地内はもちろんのこと、私道にも監視カメラや各種センサーが設置されており、セキュリティは万全。また、壁の内側には外からの目も届かないので、ヴィータとミカゲが少しぐらい暴れても全く大丈夫です。
(我ながら、ごっつい家を建ててしまったものやなあ。これなら、もう少しぐらい家族が増えても大丈夫やろ。)
 はやてはそんなことを思いましたが、実際にまた「家族」が増えるのは、これからさらに四年後のこととなります。


 そして、同11月の中旬には、バムスタール・ノグリザ元陸曹(戸籍上、43歳)が「全身外骨格」を着込んだ姿で、ゲンヤ・ナカジマ三佐(56歳)の住む官舎を訪れました。
 バムスタールは「ゼスト隊の生き残り」の中でも最後まで昏睡を続けていた人物です。この8月に(つまり、三か月ほど前に)18年ぶりで覚醒したものの、まだまだリハビリ中でした。
「全身外骨格」は、最近では車椅子の代わりにも用いられる、最新式の便利な医療器具です。外見的には、『細かく組み合わされたパイプの枠組みが、全身をぴっちりと覆っているだけ』ですが、出力レベルを調整すれば、ほんのわずかな筋力でも全身を軽々と動かすことができます。
(そのため、その用途はリハビリに限らず、自力ではもう歩けなくなった老人たちなどのためにも使用されています。)

 さて、平日なので、家にいるのは、ゲンヤとディエチだけです。
(事前に話を聞いたゲンヤは、彼と個人的に会うために、今日はわざわざ有給休暇を取ってくれていたのでした。)
 バムスタールは、新暦67年当時はまだ25歳で、クイント准尉の直属の部下でした。だから、ゲンヤとも決して「初対面」という訳ではありません。
 彼は、肉体的には今でもほぼ当時のままなのですが、リンカーコアが損壊(そんかい)していて、もう魔法は全く使えないので、先日、正式に退役して来たのだそうです。
 バムスタールはまずゲンヤに丁重な挨拶をして、ディエチが応接間の二人に茶を出して退室してから、『先日は、昔の上官であるクイント准尉の墓参りにエルセア地方まで行って来た』という話をしました。
「クイントは享年26歳だから、あと8年で『祀り上げ』になる。間に合ってくれて良かったよ」
「ゼスト隊長も亡くなられたと聞きましたが、メガーヌ准尉は今どちらにいらっしゃるんですか?」
「ああ。実は、君が眠っている間に、カルナージにも人が住めるようになってな。彼女は今、そちらで暮らしているんだよ」

 そんな会話が一段落した後、バムスタールはふとした疑問を口にしました。
「ところで、お嬢さんはあんな顔立ちでしたっけ?」
「いや。あれは別の娘だ。クイントが死んでから、いろいろあって、また何人か養子を取ったんだよ。今では、男女合わせて8人の子供がいる」
(それは、ちょっと取りすぎなのでは……。)
 バムスタールには、兄弟姉妹は弟が一人いるだけなので、なおさらそう思えました。


 そして、12月の半ば、バムスタールは外骨格による補助が無くても普通に歩けるようになると、早速、ゲンヤから教わったとおりにチャーター便でカルナージへ行き、メガーヌ(戸籍上、45歳)の(もと)(たず)ねました。
「准尉殿。長らく御無沙汰しておりました」
「あらあら。ゲンヤさんから話には聞いていたけど……バム君ったら、本当に随分と若返っちゃって。(笑)」
「いや。決して若返ってはいないんですけどね。ただ単に『ほぼ当時のままだ』というだけのことで。(苦笑)」

 そうして、バムスタールは、在職中には上司のクイントにすら語る機会の無かった家庭の事情をメガーヌに語り始めました。
 まず、自分の実家「ノグリザ家」が、決して「格式のある名家」という訳ではないけれど、相当の資産を持った「それなりの良家」である、ということ。
 次に、自分は長男だったが、家はとっくの昔に弟が継いでいた、ということ。
 そして、あの当時、自分は新婚で、妻も妊娠中だったが、その愛妻もいつの間にやら弟と再婚しており、自分の娘ももう17歳になっていた、ということ。
 さらには、彼女自身は継父を実父と信じて育っており、すでに彼女には「(たね)違いの弟妹」もいて、(もと)妻にも『何故(どうして)あなたが普通に生きているの? 今さら私にどうしろって言うのよ!』と泣かれてしまった、ということ。

「あまりにも気まずくて……あと一か月ほどでリハビリも完了するんですが……いくら正式に退院しても、自分にはもう帰るべき家がありません。18年の昏睡は、あまりにも長すぎました」
 それを聞いて、メガーヌも、『自分も8年ほど昏睡していたが、目覚めた時には、もう夫もその両親も自分の両親も死んでおり、娘が一人、生き残っていただけだった』という話をします。
「そうか。あれから18年ということは、あの時のお嬢さんが、もう二十歳(はたち)になってるんですね……」
「念のために言っておくけど、バム君。あなたに娘はあげないわよ。(笑)」
「そんなコト、一言も言ってませんよ!」
「実は、もう一人、19歳になる養女もいるんだけど、念のために言っておくと、彼女もあなたにはあげないからね。(笑)」
「だから、そんな要求、最初からしてませんってば! 自分が社会的には、もう四十代のオッサンなんだってことは、実家の方で嫌と言うほど思い知らされましたから!(泣)」

 今のバムスタールには、どうにも昔のような気力や覇気がありません。
(そうか。私には娘がいてくれたから、「娘のため」と思えば生きる気力も湧いて来たけど……。バム君はもう、自分の妻や娘を抱きしめることすらできない立場になってしまったんだ……。)
 メガーヌは、つい「昔のように」バムスタールを軽くイジってしまってから、そう気がつきました。
 生き別れは、ある意味、死別よりもずっと(つら)いことです。『自分は離婚に合意などしていないのに、いつの間にか離婚されていた』というのであれば、それはなおさら(つら)いことでしょう。
 やはり、彼をこのまま「18年後の世界」に一人きりで(ほう)り出す訳にはいきません。亡きクイントの身魂(みたま)も、きっとそう思っていることでしょう。
(あるいは、クイントの供養にもつながるかも知れない。)
 メガーヌはそう考え、真顔に戻ってバムスタールにこう言いました。
「それじゃあ、バム君。あなたが私の娘たちには手を出さないことを『前提』として言うけど……本当に行き場が無いのなら、ウチに来る?」
「はい~?」
 全く予想外の提案に、バムスタールは思わず、変な声を上げてしまいました。

「見てのとおり、私は今、『シュミで』小さなホテルをやってるんだけどさ。近いうちに局からの資金投入も打ち切られるし、そろそろ真面目に黒字を出すことも考えないといけないのよ。まあ、娘はそれなりの『高給取り』だから、赤字のままでも特に困りはしないんだけど」
(いや。継続的な赤字はダメでしょう……。)
「そんな訳で、当ホテルは今、優秀な従業員を約一名、募集中です。(笑)」
「いや……。自分は、その種の経験は全く無いんですが……」
 やはり、今のバムスタールはその種の積極性に欠けています。
「魔導師以外の人生なんて今さら思いつかない、という気持ちも解るけどね。リハビリの次は職業訓練をするぐらいのつもりで来てくれれば……取りあえず、私は昔話のできる相手がいてくれて楽しいかな? ああ。もちろん、従業員の仕事も実際にやってほしいんだけど」
「まあ、話し相手になるだけでメシを食わせてもらう、という訳にもいかないでしょうからね」
 それからも、いろいろ話し合った末に、バムスタールは半ば押し切られるようにしてメガーヌの提案を受け入れ、一旦はミッドのリハビリ施設に戻ったのでした。

【それでも、年が明けてリハビリがすべて終了した頃には、もういろいろと気持ちに整理がついていたのでしょう。バムスタールは1月のうちに「法定絶縁制度」を利用してノグリザ家とは正式に縁を切り、カルナージに転居して、そのままホテル・アルピーノで従業員として働き始めました。
 ガリューやプチデビルズたちには「通常の接客」ができないので、彼は随分と重宝され、結果として、ルーテシアとファビアはそれ以降、いよいよホテル・アルピーノの方に関与する必要が無くなっていったのでした。】


 また、少しだけ(さかのぼ)って11月の半ば、フェイト執務官はごく簡単な仕事でミッド地上のアルマナック地方を訪れました。
 内容的には、それは、ただ単に『アルトセイム山脈の北側にある地方都市で大暴れをした凶悪な魔導犯罪者が、山脈を越えて南側の自然保護区にまで逃げ込んだ』というだけの話だったのですが、何分(なにぶん)にも、その場所は『本来ならば、足元の野草を踏み荒らすことすら許されない』というほどの厳重な自然保護区です。
 そうした土地ですから、一般の陸士たちが大挙(たいきょ)して押し寄せる訳にもいきませんが、それでも、その犯罪者は、少人数の陸士では「返り討ち」に()ってしまうほどの(おそらくは、陸戦AAAランク相当の)魔導師です。
 そのため、この事件は急遽(きゅうきょ)、執務官案件とされました。
 そこで、一仕事(ひとしごと)終えたフェイトが少し長い休暇を申請したところ、その申請どおりの休暇を認める代償として、フェイトはこの件に駆り出されたのです。

 一般の陸士たちが尻込みするほどの凶悪な魔導犯罪者でも、フェイトとアインハルトの二人にかかれば、どうと言うほどのものでもありません。二人は現地(アルマナック地方の北部)に到着した次の日には、早くもその犯罪者を見つけてサクッと捕縛し、陸士隊の手に引き渡しました。
 これで、報告書さえ上げれば、フェイトとシャーリーとアインハルトは、年が明けるまで(余り日も含めて)一か月半の休暇となります。
【そして、フェイトが現地で報告書を書いている間に、アインハルトは全く思いがけず、早くも妊娠中のエーデルガルト・バルカスと再会し、少しばかり話し込むこととなったのですが、それはまた別のお話です。】


 さらに、12月には、『なのはとフェイトとはやてが、また地球を訪れ、アリサやすずかと五人で「友だち結成20周年」を祝った』などという出来事もありました。
 なのはとフェイトとはやては、そこで改めて「4年前には結婚式に出られなかったこと」について、二人に詫びを入れました。
 もちろん、アリサもすずかも残念がってはいましたが、別に怒ってはいません。結婚式に出られなかったこと自体は、お互い様なのですから。
 翌日には、五人そろって仲良く高町家を訪れ、カナタやツバサ(2歳)とも遊んで来ました。

【なのはとフェイトは、その後も必ず年に何回かは(フェイトの仕事が一段落する度に、なのはも休暇を取って、大抵はヴィヴィオも連れて)カナタとツバサに会うために地球を訪れることになります。】

 地球で2泊してから、三人でミッドに戻ると、はやては早速、なのはとフェイトをそのまま新居に招き、二人はこの家の「初めての客人」となりました。
 あまりのデカさに、フェイトはちょっとビビっています。(笑)
「話には聞いてたけど……これ、一般の民家のサイズじゃないわよね?」
「いやいや。私は資料でしか見たことないけど、昔、フェイトちゃんが住んどった〈時の庭園〉の方がもっと大きかったやろ?」
「いや。アレはそもそも民家じゃないし……。て言うか、知らない人が見たら、これ、何かの施設だと思うんじゃないの?」
「このサイズの豪邸だったら、普通はもう少し飾り立てるものだよねえ。(苦笑)……と言うか、何だかものすごいセキュリティなんだけど」
「まあ、この家でなら、他人(ひと)に聞かれたくない内緒話でも、堂々とできるというものや。(笑)」
 はやては冗談半分でなのはにそう返しましたが、それからわずか3か月後には、実際にその機会が巡って来たのでした。


 
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