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冥王来訪

作者:雄渾
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第三部 1979年
曙計画の結末
  美人の計 その3

 
前書き
 ひさしぶりに6000字ごえになってしまいました。 

 
 木原マサキの扱いは、日本政府にとって頭痛の種だった。 
核戦力のない日本にとって、天のゼオライマーの登場は福音だった。 
そして、木原マサキ自身が望んで、日本政府に帰順したことは天祐であった。
 だがマサキ自身は、毛頭そんな事を考えていないのは、公然の事実。
おまけに美女や美丈夫に弱く、東西ドイツの計略に乗せられそうになったこともあった。
そんな折、マサキを揺るがす話が帝国議会で持ち出される。 
 

 事の始まりは、週刊誌に載った記事であった。
「近衛軍将校が外人女性と外地で入籍した」
その報道がなされると、間もなく衆議院の予算委員会での野党からの国会質問で行われた。
政府および城内省は、「事実関係の確認に勤める」という形で逃げ切った。
 「篁の事が掘り返されるのではないか」
事態を重く見た城内省は、独自の調査を始める。
 調査結果は、驚くべきものであった。 
野党議員に話を持ち込んだのは、ソ連大使館の参事官。
 おそらくGRUかKGBの工作員。
彼らの狙いは、篁を離婚させて、曙計画の次の計画である次期戦術機開発計画を遅らせることではないか。
 篁の元からミラが去ったりすれば、日米関係は悪化する。
ではどうすべきか。
 篁のスキャンダルを、マサキの話しにすり替えればよい。
マサキとアイリスディーナの件ならば、日本政府の損害は少なくて済む。
その様に、城内省は考えたのだ。

 では、真相はどうだったのか。
野党の下に情報を持ち込んだのは、外交官に偽装したKGB工作員だった。
 この非公然工作員は、野党ばかりではなく、出版社や新聞社などのマスメディア、官界におけるソ連スパイ網、財閥などと接触をした。
 その際、マサキに関する根の葉もないうわさを流して回ったのだ。
以下のような内容であった。

「木原マサキは、東独軍将校の妻と不倫関係にある」
或いは、
「マサキは、西ドイツ軍のシュタインホフ将軍の孫娘と極秘入籍している」
もっとひどいものだと、
「木原マサキは、東独に隠し子がいる」
などである。

 無論、これらの話は、事実無根のうわさ話であった。
マサキにしてみれば、ベアトリクスの事は好きだった。
だが、まともに手すら握ったこともなかったし、ましてや不倫など考えたこともなかった。
 たしかに頭の中では、口にも出せぬ猥雑な事を思い描いた。
それとて、美久にすら話したことがなかった。
 キルケの件も、確かにシュタインホフ将軍に騙されかけた。
密室につれこまれ、キルケが花嫁衣装で近づいてきたが、咄嗟の機転で脱出したことがあった。
そして、この話を知るのは、指折り数える物しかいなかったのだ。
 東独に隠し子などという噂は、人を食う様な話だった。
マサキはこの世界に来てから、この世界の女と戯れる事はなかった。
 せいぜい、アイリスディーナと数度キスをしたようなものである。
確かにアイリスディーナは、今すぐ抱きしめたい存在であった。
だが、マサキ自身が自分の前々世の年齢を気にして、躊躇していたのだ。
 それに彼自身が、あの可憐な少女をおもんばかって、美久以外の人間を近くから排除していたのも大きかった。
 かつて、鎧衣の前で大言壮語した様に。
マサキはこの世界に来てから、まったく童貞と同じような生活をしていたのである。
 
  
 マサキの事を恨んでいるものや、嫉妬している関係者は多かった。
親ソ反米を掲げる、陸軍の大伴一派ばかりではない。
 ソ連・シベリアでの資源開発に参加している河崎重工や大空寺財閥系の総合商社などであった。
ソ連ビジネスを生業とする彼らにとって、マサキは目の上のたん瘤。
この報道やいかがわしいうわさを機会に、潰す気であった。

 政府が一枚岩でない様に、業界団体も一枚岩ではなかった。
マサキに今、失脚されては困るグループもいた。
 政府高官では、御剣雷電や榊政務次官である。
マサキをうまく利用して、BETA戦争を終わらせようと考えている集団である。
 次に、業界団体では、恩田技研や反・大空寺系の総合商社である。
彼らは、マサキの交友関係を軸として、北米や西欧諸国のコネクションを増やそうと計画していたからである。
 マサキを陰謀から、一時的に遠ざけるにはどうしたらいいか。
本当に結婚させてしまえばいいだけである。
そういう訳で、マサキの見合い計画が、ひそかに始まったのであった。

 岐阜基地司令の見合い話や、富嶽重工業の専務の娘の縁談を断ったマサキ。
そんな彼の様子を鎧衣から聞いて、城内省はあれこれ考えていた。
 マサキはアイリスディーナと引き合わされたとき、露骨に、思うさまな感情を示した。
どんな深窓の女性を、彼の目の前に出せばよいのだろうか。
 それも豪農商家の類は、問題でない。
彼が欲していたのは、いわゆる上流社会の女性で、貴種でなければならなかったのではないか。 
 そういう経緯から、崇宰(たかつかさ)姻戚(いんせき)にあたる(おおとり)家の娘に狙いが定まった。
彼女をマサキと引き合わせることにしたのだ。



 晩餐を終えた(おおとり)栴納(せんな)は、居間で過ごしていた。
メラミン色素の薄い茶色の髪は、彼女の母親譲りで、癖がなく太い髪質だった。
腰まである長い髪を結わずに伸ばし、リボンや髪飾りの類は着けていなかった。
 それは質素を旨とする武家の娘、という事ばかりではない。
変に飾り付けるより、光り輝く髪の艶だけで、十分見栄えがするためである。
 瑞々しい柔肌は、色もまるで雪化粧を施されたように、飛びぬけて白かった。
目の色は、明るい茶色で、若干吊り上がったようなシャープな瞳。
 飛びぬけて端正な顔立ちに加え、その体つきも年相応の物であった。
たっぷりとした双丘と、それを強調するように括れた腰付き。
臀部は、たわわに実った白桃を思わせた。
離れてみれば、はっきりとした陰影を作るほど、見事な体つきであった。 
 しかし、栴納にとって、その冴えた美貌は非常にコンプレックスの元でもあった。
事あるごとに男たちから淫猥な目線を向けられ、女学校の同級生たちから羨望と嫉妬の入り混じった視線を感じるからである。
 彼女の母は、鳳家の側室の一人、一般社会でいう妾である。
いつもは母と二人で過ごしているのだが、今日は珍しく父が来ていた。
 父は正室、婚姻関係のある正式な妻と同居しており、本宅で過ごすことも珍しくなかった。
これは、武家社会の子孫繁栄のためのシステムである。
 武家に限らず、貴人の血を引く家や豪商、素封家の常として、血筋をまず残すことを求められたためである。
妾腹であり、女の身空の自分が、文句を言ってもどうしようもない。
 
 
「お父様、これはどういうことですか」
近衛騎兵連隊長を務める(おおとり)祥治(しょうじ)中佐は、娘の反応を当然のように受け流した。
 騎兵連隊という名称であるが、その実態は戦車と自走砲で編成された戦車連隊である。 
航空戦力として、少数の米国製のUH-1ヘリコプターと戦術機を有していた。
 鳳中佐は、渋面のままの娘を見据える。 
そして、呻く様に漏らした。 
「栴納、妾腹とはいえ、お前も弓箭(きゅうせん)の出の者だ。
かしこくも、殿下の思し召しに背くような振る舞いは、するまい」 
 父は型通りのことを言うも、娘の栴納には受け入れがたかった。
16歳になったばかりの少女とはいえ、彼女もまた、現代の女である。
 敗戦後の価値観の変容の影響を、もろに浴びた世代である。
映画・小説などから、自由なアメリカ文化を知らぬわけでもない。
 マスメディアや、その他の影響もあって、恋愛結婚こそすべてであった。 
見ず知らずの男の下に嫁ぐ古風な習慣など、受け入れがたかったのだ。




 さて土曜日になると、マサキは京都にいったん戻った。
市内の()る屋敷に招かれ、そこで見合い相手の女学生と引き合わされた。
 あった娘は、年のころは16歳で、清楚な美少女だった。
確かに顔のつくりも、背丈も平均的で悪くはない。
 ただ話していて、気が強そうなのと、思ったより体の線が平坦なのにはショックを受けた。
この辺は、マサキの好みの問題もあった。
 栴納は、振袖そのものの美を重視するあまり、体型を犠牲にする着付けにした。
自身がコンプレックスに思っている大きな胸を晒しで巻いて、平坦にしていたのだ。
括れた腰や豊かな尻も補正下着をつけて、なるべく平坦に作っていた。 
 無論、マサキは、そんな事は知る由もない。
彼は、美久や八卦衆の女幹部を作る際に、グラビアモデルを参考にして造形した節があった。
卑近な言い方をすれば、出る所が出て、締まるところが締まっている体つきを目標とした。
 マサキは美久を豊満な方とはみなしてはいなかったが、それは設計者としての面が大きい。
彼女の体格は、非常に均整の取れたもので、1970年代の日本女性の水準では十分な巨乳の部類だった。
体のラインを強調する、鉄甲龍のボディコンシャスな支那婦人服(チャイナドレス)の幹部制服を着ても、恥ずかしくない様に女性の黄金律である「1:0.7:1」の比率で作り上げていたのだ。


 マサキ自身、この見合いに乗り気ではなかったのもあろう。
内心ではそんな風にマサキは考えていたのだが、流石に口には出さなかった。
 彼は、ひどく単純な快楽主義者といったような男ではなかったからだ。
 それのみでない。
マサキは、自分の不人望を知っている。
 昨日まで友と頼ったものに裏切られ、己の信じた正義も、ある日を境にすべてが悪に変わった日々を。
 愛など、夢など、希望だのはとうの昔に捨て去ったのに……
人間を超越する存在になるべく、無敵のマシン・天のゼオライマーを建造し、世界征服を企んだのに。

 なぜだろう。
マサキは、心の中で自問自答していた。
 全世界を征服し、冥王となるべくしてこの世界に復活した自分が、どうしてアイリスディーナという少女にだけ、やさしくなれるのだろうか。
 人間が、人間の女など汚らわしいだけの存在であり、肉欲を充足させるだけにあればいいとしていた。
事実、自分は前世において、そうやってふるまってきたではないか。
 彼女が、愛というものに苦しんでいたからかもしれない。
その苦しみを、自分の力で取り除いてやったからではないか。
 それこそ、美久のようなアンドロイドに、魂を入れてやったように……


 結果的に、見合いはマサキの意向で断ってしまった。
彼は、日頃の疲れをいやすために、京都からほど近い有馬温泉に来ていた。
露天風呂付きの旅館を取って、美久と一緒に一泊二日の小旅行をすることにしたのだ。
 露天風呂から見る月は、ちょうど満月であった。
マサキは、露天風呂のへりに寄りかかりながら、腰のあたりまで湯につかっていた。
後ろにいる美久も、同じように湯船につかっている。
 ふと、マサキは振り返り、美久の裸身をまざまざと見た。
こうしてみると、全く人間と変わらない。
 風は冷たいが、温泉からは限りなく湯気が立っている。
湯けむりが立ち込めて、真冬の寒さを緩和してくれている。
 温泉の熱さと、降り積もった雪による冷たさを堪能していると、不意に入り口が開く音がした。
こんな深夜に、来るやつがいるのだろうか……
 いくら11時過ぎとはいえ、ここは旅館。
とりあえず温泉につかる客は、いるだろう。
貸し切り状態でなくなってしまうのは、残念な話だ。
相変わらず愚かな考えよと、思わずため息が漏れる。
 
 すると、入ってきた人物が声をかけてきた。
「いや、先生。探しましたよ。
何処に行くかぐらい、連絡が欲しいですな」
 湯けむりが立ち込める中、現れたのは護衛の一人である白銀だった。
しかも手ぬぐいで体を隠さず、その青年の逞しい肉体を誇示していた。
 後ろにいた美久は慌てふためきながら、両手で乳房を隠しながら湯船に肩までつかる。
ところが白銀は裸身を晒しながら、ゆっくりと湯船に入り、マサキの方に近寄った。
「氷室さん、そんなに慌てて、どうしたのかな」
「だって……ここは貸し切りにしたはずですよ」
 白銀は美久の言葉が分からないかのように首を傾げた後、ぽんと手を叩いた。
「な、何を……」
「この旅館はもともと混浴ですし……
僕の方で事情を話したら、旅館の人にOKをもらいました」
「えぇ!ええええ――」
「はぁ、ああああ、馬鹿か!」
 マサキと美久が驚愕の事実に声を上げた瞬間、白銀は柔和な笑みでつぶやく。
「いくら僕たち以外に客がいないからって、深夜に大声出すのは問題ですよ」
「で、でも、だからって、あの……」
 単純に、マサキはあきれていた。
とにかく驚かされたのは、白銀が堂々と入ってきた挙句、旅館側も躊躇することなく入浴を認めたことだった。
護衛と説明したのもあろうが、前世ではこんなことあっただろうかと、訝しむほどだった。
「もう、先生も事前に連絡くださいよ。こんな遅くになっちゃったじゃないですか」
「そ、そういう問題じゃないと思うんですけど」
困惑する美久をよそに、白銀は、ため息を吐きながら、肩にお湯をかける。
「ああ、いいお湯ですね。景色もきれいで最高だ」

「先生、話は変わりますが……」
「どうした」
「アイリスさんの事が忘れられないんですか」
「何を……」
「この際です、僕と裸の話し合いをしてみませんか。
先生の本心が聞いてみたい」
 一瞬困惑するマサキに、寄り添う美久。
彼女は、後ろから滑らかな素肌を背中に寄せてきた。
柔らかい体がぴったりと密着してきて、思わず何も考えられなくなる。
「私に遠慮せずに、どうぞお話しください。
それに、人間は裸の方が真実を話すと言いますから……」
 今度は白銀のほうが意外そうな顔をする。
余計な事を口走ってしまったみたいで、情けなく狼狽した。
「い、いやっ……別に深い意味は……」
 短いため息を漏らしながら、目の前に広がる雪化粧を見つめるマサキ
その表情には、暗い影が見え隠れし始めた。
「アイリスディーナが、俺を愛していないかって……そいつは愚問だな。
相手がどう思うか知るまいよ、この俺が愛したんだ」
 マサキの問わず語りに、白銀は何と声をかけてよいか思いつかなかった。
マサキが落ち込んでいるとは思わなかったが、あえてこの2か月ほど結婚に関して聞かなかったのだ。
「片思いで結構。愛されてなくて結構。
俺が愛したんだからな」
 しかし部外者である白銀が心配したところで、問題が解決するわけではない。
何かできるわけではないと、これまで触れてこなかったのだ。
「東ドイツという国籍も、東ドイツ軍将校という身分なんて関係ない。
年齢の差なんってのも関係ないさ。
愛するってのは、己の心を一人の女に捧げることさ。
相手の心を知るとか、確かめるとか、そんなのは必要のない事よ」
 そういって、マサキは湯船から立ち上がる。
白銀の正面に来ると、深々と湯けむりの中に体を沈めた。
「だが、それだけの心を、それだけの愛を男から奉げられてみよ。
その男を憎む女がいるか、どうか。
その男を愛さぬ女がいるか、どうか」
 かける言葉が見つからないと、意気消沈する白銀。
そんな反応を見ながら、マサキは苦笑した。
「俺自身にためらいがあるとすれば……
本心から、アイリスを愛していないからこそそういう恐れを抱くのではないか。
俺が作ったマシンも、財産も分けてやるつもりだ。
それで捨てられたら、それはそれでいいのではないかと……
本当に愛したんだからよ、満足できるではないかと……
そう思えてくるのだよ」
 美久は、まるで気が詰るかのような動機に似た感情を覚えた。
かつてないほどの、鮮烈な感情の衝撃であった。
「俺が疑心暗鬼になればなるほど、彼女にも伝わるはずだ。
そして、それは俺に帰ってくる。
もし、アイリスが俺を愛していないのなら、それは俺の不甲斐無さのせいさ」
 白銀は、マサキが本気でアイリスディーナの事を思っていることを内心ビックリした。
というのも、彼はマサキがキルケの時のように遊びだと思っていたからである。
遊びではなくて、本気で恋をしたというのなら違う。
 マサキが悶々と悩んでいたのは……そういう弱みがあったからと、納得した。
それにしても許せないのは、東側の人間である。
アイリスディーナ嬢の純情を弄んだのだから。
 白銀は、マサキの見合い話を思いながら、彼の純情さに思わず小さな笑みを浮かべた。 
 

 
後書き
 とりあえず、年内はこれで終わりにします。 
ご意見、ご感想お待ちしております。 
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