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冥王来訪

作者:雄渾
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第三部 1979年
曙計画の結末
  篁家訪問 その3

 
前書き
 ミラ・ブリッジス編まとめ回 

 
 世界征服を企むマサキは、情報収集に怠りはなかった。
常日頃より、新聞雑誌は元より、テレビやラジオも見聞きした。
 この1970年代には、われわれの時代のようなインターネット通信回線はなかった。
マイコン通信と呼ばれるものが出てくるのは、1980年代後半を待たねばならなかった。

 マサキは、この異世界で発行部数の多い新聞を読みながら、考えていた。
この時代は、まだ携帯電話も、パソコン通信も未発達だったな。
人と人との距離が近いのはよい面もあるが、色々と煩わしいものよ……。
 再び新聞の一面に目を戻す。
『対BETA戦争、国連へ一本化
バンクーバー協議 実効性は不透明』
 マサキが見た一面記事は、国連安全保障理事会に出されたある提案であった。
ソ連の提案によるもので、統括のない戦闘がBETAの拡大を招いた。
それを反省して、戦争を国連主導で行おうという決議案である。

 次に目が留まったのは、城内省の戦術機開発の記事だった。
『時期戦術機策定計画 大手三社参加
国産機開発 82年度中めど』 
 ついに城内省で戦術機の選定作業が始まるのか。
そうすれば、グレートゼオライマーの建造は遅れる。
 いつまでも篁やミラと他愛のない話をしていては仕方もなかろう。
マサキは大々的に動くことを決意した。

 夜遅くまで語り合ったマサキは、そのまま篁家に一泊した。
ミラ手ずから作った朝食を取ってから、篁家の送迎で帰ることとなったのだ。
「木原さん、朝餉が出来ました」
 ミラに呼ばれた先には、すでに朝食の準備がなされていた。
マサキは膳の前につき、ミラの用意した朝餉を食べている間も思い悩んでいた。
 食後に、ミラの淹れた玉露を呑んでいる折である。
不意にマサキは、先ほど読んでいた新聞を広げた。
「美久!」
「はい」
 そういって向かい側にいた美久が、マサキの前に跪いて、新聞を覗く。
懐から火のついていない紙巻煙草を取り出し、一面記事に載る写真を指差す。
それは、BETA戦争を国連に一本化するバンクーバー会議の写真だった。
「この集まりは、邪魔で目障りだな」
 ちょうどその場には、篁もミラもいなかった。 
ミラは膳を下げて台所に、篁は外に煙草を吸いに行ったらしい。
 わざわざ冬なのに煙草を外に吸いに行くとは、とマサキは訝しんだ。
聞き耳を立てる篁がいなければ、仮にミラが来ても大丈夫だ。 
 彼女は日本に来て1年弱で、それほど日本語が得意ではなかろう。
昨晩の会話は、ほぼすべてが、英語だったからだ。
だから、マサキは己のたくらみを美久に明かしたのだ。
「潰せ」
「ニューヨーク市警とFBIが厳重に警備している集まりをどうやって……」
「裏から手を入れさえすれば、簡単であろう」

 間もなく篁とミラがマサキたちの前に戻ってきた。
マサキが呼んだのだ。
「実は、二人に頼みがある。日米の親善を深めてほしい」
マサキの唐突な提案に、篁は色を変えて、
「よくもぬけぬけと日米親善などといえるのだな。君は。
両国の間の関係は必ずしも穏やかではない」

「先のF-4ショックも、あって日米間の感情は悪化してしまった面がある」
 F-4ショックとはBETA戦争初期に日本に納入されるはずだった戦術機12機。
欧州での戦線拡大を理由に、次年度発注分までが、欧州に横流しされた。
このことは、日本の財界や国防関係者をして、米国に失望させる原因となった事件である。
「大きな誤解があるようだな」
「何!」
「たかが、戦術機数台で」
「たかが戦術機だと」
「そうだ、たかが戦術機だ。
戦争の成否に比べれば、たかが戦術機。
求めるべきものは戦争の勝利よ」
「何を馬鹿な事を……同盟関係にある日米二か国ですら戦争の合意が不十分なのに」
「だからこそ、篁。お前に頼んでいるのだ」
 マサキは着ていた丹前の(たもと)から、ホープの箱とライターを取り出す。
「日米はあの戦争の前から、長い間争い続けていた。
このまま争い続ければ、双方が疲れ果て、いずれはBETAに滅ぼされてしまう」
おもむろに火を起こすと、タバコに火をつけた。
「いや、狙っているのはBETAばかりではあるまい。
北のソ連や国際金融資本など、今のままでは危ういのは、火を見るよりも明らか」
火の点いたタバコを持ったまま、両手を広げ、
「だが、日米が手を握るには、これまでの怨念があまりにもありすぎた」
 不動明王の天地眼(てんちげん)を思わせる目が、篁を射抜いている。
彼は、動くことが出来なかった。
「篁、貴様は米国南部の名門の令嬢を(めと)った。
お前の寵愛を受けたミラとの間に子供を……」
「……」
「ミラには、なんとしても息子を産んでもらうしかない」
 マサキはこの時、よもやミラが懐妊しているとは知らなかった。
彼女が、篁家の後継ぎをその身に宿しているとは夢想だにしなかった。
「そうすれば、その子は篁家とブリッジス家の血を引く子供だ。
両国の名門の血を引く子供になる。
その子が日米親善の架け橋の一つとなる」
 マサキは唇をほころばせた。
篁は、自分の心の奥底まで見透かされたような気がして、俯いた。
「なんとしても、俺はお前たちの関係というものは守って見せる。
BETAを撃つためにも、ソ連を破滅させるためにも……」
マサキは簡明に答えてやった。

 どこからともなく、すすり泣きの声がながれていた。
ミラが突っ伏すような格好で、嗚咽していたのだ。
 そんな様子を不憫に思ったマサキが尋ねた。
「なにを泣いていた?」
「はい」
「遠い他国に輿入(こしい)れして、嫁務めが辛くなったか」
「そんなことはございません」
「では、なんで泣いた」
「どうしたのか、わかりませんが……」
 ミラは両方の眼を袖でかくしながら、身を起こす。
彼女は顔から袖を離して、呟いた。
「既に木原さんの宿願は叶っていますわ」

 そうか、ミラは妊娠していたのか。
マサキは、狐につままれたような気がした。
びっくりしたように、坐り直して、呟く。
「一体どういうことだ」
呆然とするマサキに、ミラは静かに語りかけた。
「私は、祐唯(まさただ)を知って、愛の何たるかを知りました。
その時から、父から聞かされていた日本への憎しみも失いました。
憎しみは何も生じません。
でも、愛はあらゆるものを生み出します」
 ミラの眼には、つきつめた感情が燃えていた。
早朝の無気味な静寂は、語気の微かなふるえまでを伝える。 
どう答えていいかわからず、マサキはミラの顔を見つめていた。
「愛は、この私に喜びを与えてくれました。
祐唯(まさただ)、貴方を本当に愛したのです。
彼は、生まれて初めて、この世でたった一人だった私が、本当に愛した男なのです」
 さしもの美久も、思わぬ展開に呆然としてしまった。
彼女は理知的とは言えども、所詮はアンドロイドという機械である。
女の、花の盛りを心の中で抑え、一人堪えていたミラの心は理解できなかった。
「愛は何物よりも勝ります。
憎しみよりも強いものは、愛だと確信しています」
 その言葉は、マサキの骨髄に徹するものだった。 
あの30有余年前の大戦争の事を引きずる彼には、衝撃的であった。

 脇で見ていた篁は、おどろきのあまり、声を出さなかった。
彼は、話し終えたミラをいたわるように抱きしめる。
 マサキは、その様を見ながら、ひとりで()みはじめた。
天満切子のガラス杯から全身に、()み入る気がした。
「…………」
 酔い得ない酒だった。
寒々と、ほろ苦くばかりある。
「ミラよ。お前は強い女よ」
 彼は、強いて、からからと打ち笑うような気を持とうと努めた。
しかし酒を含むたびに、心に冷たく沁みる。
どこかで、粛々とすすりなくのが、身に逼るような心地がする。
 マサキは、元来、多情な男である。
その多情が働きだすと、他人事(ひとごと)ながら、声をあげて泣きたい気持ちがしてきた。
「……もし自分が、(たかむら)祐唯(まさただ)の身であったら」等と、思いやったりした。
ところが、そう考えてから、ひどく気が変わって来た。
「しかし、男女の仲はわからぬものよ。
この木原マサキに、冷や汗をかかせるとはな……」
 一人つぶやいて、また一杯、唇に含んだ。
その一杯から、ようやく普段の味覚が戻ってきたように、感じられて来た。

 早速、自宅に帰ると、美久を金庫に連れて行った。 
1町歩ある邸宅の地下に、200坪ほどの金庫を秘密裏に作っておいたのだ。
 そこには、眩いばかりの金銀財宝が並んでいた。
金ははじめ、銀・プラチナなどの希少金属、ダイヤ、ルビーなどの約70種ほどの未加工の宝石。
「この日のために、俺は311万トンに相当する金塊を準備しておいた」
(1978年末の金の平均価格、1トロイオンス=226米ドル。1トロイオンス = 正確に 31.103 4768グラム。)
 金塊は、海水中に含まれる金の成分を抽出し、生成したものであった。
 マサキの作ったマシンに雷のオムザックというのがある。
物質を原子レベルに分解するプロトン・サンダーという機能があった。
 マサキは、それを次元連結システムの応用で部分的に再現した結果、金の抽出に成功した。
ただ海水1トン当たり金1グラムなので、311万トン作ったところで、マサキの気力がなくなってしまったのだ。
 金以外の希少金属と鉱物資源は、マサキがハイヴ跡から持ち出したものである。
無論、ミンスクハイヴでのG元素採掘の際に拾い集めたものも含まれていた。

マサキは、いつになく落ち着き払っていた。
「手始めに、100キロの金塊は、各国の政財界の要にばらまく。
ソ連の提案を否決させ、バンクーバー決議を廃案に追い込むために」
マサキの本音を聞いた美久の顔つきは、ひどく複雑だった。
「残り100キロは、マスコミだ。
そうよの、ソ連の支配下にあった東ドイツを悲劇のヒロインに仕立て上げる為に」
唖然とする美久を見て、マサキは悪魔の哄笑を浮かべた。 
 

 
後書き
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