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星々の世界に生まれて~銀河英雄伝説異伝~

作者:椎根津彦
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敢闘編
  第七十一話 勝者のない戦い

帝国暦484年7月1日07:00
フォルゲン宙域、銀河帝国、銀河帝国軍、遠征軍、
ヒルデスハイム艦隊旗艦ノイエンドルフ、
ラインハルト・フォン・ミューゼル


 「左翼と中央は何をやっているのだ」
シューマッハ参謀長が思わす声を漏らした。参謀長の言う通りだ、叛乱軍艦隊の三千隻程度の部隊が左翼シュトックハウゼン艦隊の右側面を突き破って、その矛先は中央のゼークト艦隊にまで届いていた。敵ながら見事な運用だ、小部隊の優秀な指揮官は敵にも存在するという事か…。おかげで左翼の前衛部隊は敵第ニ艦隊からひどく叩かれ続け散々な目に遭っていた…救いたくとも此処からでは救えないし、その命令を下す権限は俺にはない。自然とシュトックハウゼン艦隊は後退し、意気上がる敵の第ニ艦隊は中央のゼークト艦隊にも攻勢を向けていた。
「叛乱軍にも知恵者は存在する様ですな。あの敵の突撃を左翼は想定していたとは思えません。まあ、突撃を敢行したあの小部隊も手酷い損害を受けた様ですが…成程、敵の第十二艦隊が派出元か。敵もよくやる」
ミッターマイヤーが概略図を見ながら半ば独り言の様に頷いている。敵の突撃部隊は半数を喪いながらも中央ゼークト艦隊の右側面を攻撃、そのまま変針して敵十二艦隊に合流していた。その敵十二艦隊は派出部隊合流後、ギースラー艦隊とクライスト艦隊にその矛先を向けている…。
「お陰で敵の第一艦隊の後退を許してしまった。奴等もしぶとかったが、この十二艦隊とやらも中々しぶとそうだな」
「ああ。我々の位置からでは攻撃出来ない。前進して攻撃すれば後退した第一艦隊から側面攻撃を受けるだろうな。一旦後退したとはいえ、我々が前に出れば必ず奴等は出てくるだろうよ」
おそらくミッターマイヤー、ロイエンタールの予想する通りになるだろう。敵の第一艦隊には敵艦隊戦力の四割ほどの損害を与えたのは確実だが、非常にしぶとく、戦意、士気共に不足している印象はない。味方の危機を見れば必ず前に出てくるだろう。どうするべきだろうか、せめて一個艦隊程度は減らしたいものだが……。



宇宙暦793年7月1日07:00
自由惑星同盟、自由惑星同盟軍、アムリッツァ駐留軍第一任務部隊、旗艦アストライオス、
宇宙艦隊司令部、ヤマト・ウィンチェスター


 第一艦隊が後退し、再編成を行っている。兵力の約四割を叩かれたものの、その戦意は旺盛の様だ。三個艦隊にも及ぶ敵の攻撃を耐え抜いた、という事実がそうさせているのだろう。クブルスリーは旧作アニメでも高く評価されていたからな…。代わりに第十二艦隊がギースラー、クライスト艦隊と戦っている…一旦各艦隊を下げるか?
「お、敵さん一旦下がる様だぞ。ヤマト、此方も下がって再編成したらどうだ」
マイクが笑う。丸二日戦いっぱなしだもんな、考える事は敵も味方も同じか…。
「よし。全艦後退。各艦隊は再編成を行い、被害状況を報告せよ。その後別命あるまで待機」
「了解、示達する」
残念な事だけど、喪った艦艇数はすぐに集計が出る。問題は損傷を受けた艦艇だ。後送するのか、応急修理後に戦列復帰可能なのか。人員の損害はどれ程なのか…この状況次第でこの後の戦力見積りが変わる。例えば第一艦隊は約四割の損害を出したけど、四割の艦艇を喪失したのか、喪失艦艇を含めて四割の損害なのか、という事だ。喪失艦艇を含めて四割なら、幾らかは応急修理後に戦力として期待出来る……つくづく戦争、指揮官というものが嫌になる。報告は数字だけど、その数字は人の生き死にがかかっている訳だからな…。
 …はいはいフォーク大尉、報告を聞こうか。
「集計が出ました。第一艦隊…二千七百二十隻を喪失、三千二百八十隻が何らかの損傷を受けています。戦列復帰可能な艦艇は千八百五十ニ隻、戦力発揮可能な残存艦艇は合計一万八百五十ニ隻となります」
おお、なんとか一万隻は保ったか…。どれどれ、第二艦隊は約一万二千五百、第十二艦隊は…一万強?…ああ、十二艦隊はモートン分艦隊の被害が大きかったんだな。三千隻の内、千二百五隻喪失、九百三十一隻損傷…損傷艦艇の内、戦列復帰可能艦艇は四百七十隻…ううむ、三個艦隊合計で約一万ニ千隻の喪失と損害か。想像はしていたけど酷い、一個艦隊近い兵力が居なくなった事になる…敵はこの後どう出てくるか、ボーデンの味方はどう動くか…おそらくそちらには敵は来ないとヤンさんには伝えたけど確実ではないからな、うまく説得出来ればいいんだけど…。


7月1日12:00
銀河帝国軍、遠征軍、ヒルデスハイム艦隊、
旗艦ノイエンドルフ、
ラインハルト・フォン・ミューゼル


 再編成の結果、左翼だったシュトックハウゼン艦隊は後衛に下がり予備兵力として待機する事になった。そのままゼークト艦隊が左翼にスライドし、中央がクライスト艦隊と我々ヒルデスハイム艦隊、右翼はそのままギースラー艦隊、という並びに変更されている。シュトックハウゼン艦隊は八千隻強、ゼークト艦隊は約一万、クライスト艦隊は一万三千ほど、ギースラー艦隊は一万、一番最後に参戦した我々は一万四千隻弱…戦闘が再開されたら、前衛は四個艦隊合計約四万七千隻という事になる。おそらく叛乱軍は三万隻ほどに兵力を低下させているだろう。四万七千対三万…此方は予備八千隻が存在するから不利ではないが、一万五千隻近い損害を出した事になる…。

 
 シューマッハ参謀長の自室に呼ばれた俺とロイエンタール、ミッターマイヤーの三名は、参謀長のワインの相手をしていた。艦橋は私一人でいいから、と伯爵からの心遣いだった。それぞれシャワーを浴び、さっぱりした上で参謀長の部屋に集まった。何でも四百六十年物のワインがある、という事だった。
「消耗戦は避けたいが、現実はそうもいかないようだ」
そう言うと一息でワイングラスを空にして、腕を組んで何事か考えている。後を継いだのはミッターマイヤーとロイエンタールだった。
「叛乱軍の残存兵力が予想通り三万隻程度であれば、艦艇数において一個艦隊分の損害を与えた事になります。撤退するのに充分ではありませんか」
「そうだな…大佐、如何です、戦術単位としての一個艦隊の撃破には至っておりませんが、叛乱軍に対し損害は充分に与えております。それに残念な事ではありますが、我が軍の損害も無視は出来ません。撤退すべきです」
尤もだ、尤もな話なのだが…
「二人共、撤退はない」
参謀長の言葉に両中佐が顔を見合わせている。驚いているだろう、それはそうだ、俺も先程聞いて驚いたばかりなのだから。
「ヒルデスハイム艦隊司令部の総意として、閣下は総司令官に撤退を進言なさったのだが…総司令官は否と仰られた」
総司令官の気持ちは分かる。形として目に見える結果が欲しいのだ、叛乱軍に一万五千隻の損害を与えた、という結果はいかにも中途半端だ。規模は同じでも一個艦隊撃破と言うのとではかなり印象が違う。
「しかし時間がありません。おそらく叛乱軍は…」

”司令部参謀は艦橋に集合“

俺の言葉を艦内マイクが遮って、集合を告げている。何か急が起きたのだろう…。

 「休んでいる所を済まないな。状況が変わった、撤退だ」
「何かあったのですか」
俺達を代表して参謀長が質問した。いい変化なら有難いが…。
「ボーデンにて隠密監視を行っていた通報艦からの情報だ、ヴィーレンシュタインに向けて叛乱軍が動き出した様だ」
「まずいですな…動き出した叛乱軍艦隊の規模は分かるのですか?」
「うむ。一個艦隊規模らしい」
一個艦隊だと?叛乱軍は何を考えている?




7月1日10:30
ボーデン宙域、自由惑星同盟軍、アムリッツァ駐留軍第二任務部隊、第九艦隊旗艦ヘーラクレイダイ、
宇宙艦隊司令部、ヤン・ウェンリー

 
 一個艦隊では駄目だ、せめて二個艦隊欲しかった…。
「済まないヤン、俺のせいで」
「本来なら私が言わなくてはならなかったんだ。気にするな」
ワイドボーンが深々と頭を下げる。宇宙艦隊司令部参謀である我々と、ワイドボーンの言葉に明らかに気分を害した提督達との感情の行き違いを懸念したコーネフ提督が、折衷案を出したのだ。

『ヴィーレンシュタインに進出する。進出は当艦隊が行う、残りの各艦隊はボーデンに残り増援到着まで現地を警戒せよボーデン残留の各艦隊の先任指揮官はバウンスゴール中将とする』

 コーネフ提督は全兵力で進出したかった様だが、スタッフや指揮官の間に遺恨を残すのはまずいと判断したようだ。確かに指揮官同士の感情の行き違いが作戦に及ぼす影響は大きい。ルーカス司令長官代理の方針は防衛が基本方針なのだから、これはこれでよしとすべきなのだが…。
 既に第九艦隊はヴィーレンシュタインに向けて移動を開始している。現地到着は明日未明。アストライオスには此方の動向を報せてあるが、中途半端なのは否めない。済まない、ウィンチェスター……。



7月1日12:30
銀河帝国軍、遠征軍、ヒルデスハイム艦隊、
旗艦ノイエンドルフ、
ラインハルト・フォン・ミューゼル


 “伯が殿を務めると申されるのか”

「総司令官は全軍を連れて戻らねばなりませんぞ」

“それはそうだが”

「自慢ではないが、私の艦隊が最近では一番戦い慣れていると自負しておるのでな。此処は私に任せて頂きたい」

“…承知した。無理はなさらぬよう”

「叛徒共と心中する気はない。頃合いを見て退く故、安堵なされよ」

“武運を祈る”

総司令官クライスト大将との通信が終わると、伯は俺達に向き直った。
「卿等がまだ戦い足りなさそうなのでな、つい殿を引き受けてしまったが…まずかったかな?」
伯の言葉に参謀長が笑い出した。
「いえ。戦い足りないのは閣下の方ではございませんか?」
「はは…それにこのまま逃げ帰ったのでは無名の出師という事になる。殿を務めつつ、敵に出血を強いる。よいな」
「はっ!」
確かに我々は不完全燃焼だった。とは言え味方を守って死ぬつもりは毛頭無い。それに伯の言う通り、このまま逃げ帰ったのでは出撃したのは何の為だったのか、という事になる。多分に政略的な遠征だったからこそ、何らかの結果は残さなくてはならないのだ。出血を強いる…いいじゃないか。




7月1日13:00
自由惑星同盟軍、アムリッツァ駐留軍第一任務部隊、
旗艦アストライオス、宇宙艦隊司令部、
ヤマト・ウィンチェスター


 マイクが通信文を手にしている…なんでそんなに済まなそうな顔をしているんだ?第九艦隊から?
…ふむふむ、成程、ヤンさんはヴィーレンシュタインへの進出を進言したのか。有難い事だ、蓋をしようと思ったんだろう……ん?第九艦隊のみ??……全艦隊、いやせめて二個艦隊いないと進出する意味がないぞ…そうか、ヤンさん達では弱かった…。俺はまだともかくヤンさんはまだ佐官だからな、上に受けのいいワイドボーンがいても進言を通せなかったか…まあ、ヤンさん自身が乗艦している第九艦隊が進出してくれるのはありがたい…んん?

 「ヤマト、敵が動き出した…あれは攻勢準備をしているんじゃないのか」
マイクが珍しく緊張を露にしながら概略図を指差している。敵は前衛にヒルデスハイム艦隊、中段に横並びでゼークト、ギースラー艦隊、その後ろにクライスト艦隊、最後尾はシュトックハウゼン艦隊…全艦隊で紡錘陣形を形成しつつあった。
一番傷の浅いヒルデスハイム艦隊が前衛か!
「各艦隊に連絡、後退せよ。後退しつつ陣形を再編、第二、第十二各艦隊は横陣形を取れ。第一艦隊は急速反転し更に後退、第一、第十二艦隊の後方につけ」
敵味方共にお互い有効射程圏外からかなり距離を取っているから、陣形の再編は間に合うだろう。先鋒はヒルデスハイム艦隊か…信じ難い事だがあの艦隊は今の帝国艦隊の中では有力な艦隊だ。トップは平凡な大貴族でもスタッフが優秀だからな…それに一昨年から連戦し続けてその練度は高い。イゼルローンの時も殿戦を任されていた。
「敵さんは遮二無二突破を目指す様だな」
マイクは何故か舌なめずりしている。緊張しているのか面白がっているのかどっちなんだ?
「ああ、敵先鋒は約一万四千隻、嫌になるな。フォーク、このまま状況が推移した場合、予想会敵時刻はどれくらいだ?」
「そうですね…こちらは後退していますから、約一時間有るか無いか、ではないでしょうか」
一時間…ふむ…後退し続ける訳にもいかない…。
「オットー。ちょっとさ、強いヤツを頼むよ」
「強いヤツ?…ああ、待っててくれ」

 オットーが艦橋を出て行く。ちょっと気付けに一杯やって……早いな、もう持って来たのか。
「ありがとう………何だこりゃ!」
「強いヤツって言うから、一番気付けにいいやつと思ったんだが……駄目だったか?」
ブランデーを想像してたのに、何でロンリコなんだよ!…
そもそも何故ロンリコなんてこの艦は積んでるんだ?くそ、喉が焼ける!まあいい、気付けにはなった!
「いや、気合いが入ったよ、ありがとう……よし、全艦隊に通達。全艦陣形固定後、現座標で停止せよ。各艦隊は旗艦にて射撃管制を行え。照準座標を固定する。目標、敵先頭艦。目標が有効射程に入り次第、各艦隊は発砲せよ。斉射三連、射撃命令を待て」
「了解した…二万隻で一点集中砲火か。見物だな」
「第二艦隊にお手本を見せてやろうと思ってね」
オットーは笑っていたけど、中々使う機会がないからな。使用してもその場では一度限り、使用条件も限られるんじゃ中々主要戦術足り得ない。

 ”敵艦隊、増速の模様。イエローゾーンに入ります。敵前衛艦隊、味方有効射程圏内まで約十分“
十分か…長いな。戦闘中はどの局面でもそうだけど、やたらと時間が長く感じる。戦闘開始から一時間経ったかな、なんて思ってもまだ二十分も過ぎていない、なんてザラにある。その二十分という短い時間で戦いの潮目が変化する、なんて事もしょっちゅうだ……なんだ?停止?

 ”敵艦隊停止!陣形を変える模様“
オペレータの金切り声が、概略図の敵状の変化を如実に表していた。敵先頭のヒルデスハイム艦隊が陣形を再編しようとしている。本隊は横陣、右翼、左翼は円錐陣…中央は大きく左右に広がりつつある…艦隊としては横陣だけど左右両翼はいつでも飛び出せる、って印象を受ける……突破では無くがっぷり四つに殴り合う気なのか?
「敵さん、まともにやりあうつもりらしいな」
「ああ、停止して陣形を変えるなんて、そうとしか考えられない」
いつの間にか俺のすぐ横にはマイクとオットーが並んで立っている。二人の意見は俺の印象を肯定していた。
「二人共そう思うか」
「ああ」
「だが、陣形を変えているのはヒルデスハイム艦隊だけだ。奴等は何がしたいんだ?」
確かに陣形を変えているのはヒルデスハイム艦隊だけだ。概略図に映る他の帝国艦隊には変化がない……ん?概略図からシュトックハウゼン艦隊が消えかかっている……。
「概略図の投影範囲を拡げてくれ」
「ん?了解した」
オットーが急いで概略図の投影範囲を調節した…シュトックハウゼン艦隊は最初の位置から動いていない。クライスト艦隊もそれは同様だった。
「後方の二つの艦隊は動いていないな」
「そうだな、縦に間延びしている」
何なんだこれは…今度はゼークト、ギースラー艦隊が動き出した。両艦隊は、ヒルデスハイム艦隊の両翼の後方にそれぞれが遷移しつつあった。三つのが艦隊がそれぞれを頂点に、二等辺三角形のような位置関係を作り出していた。二つの艦隊はいつでもヒルデスハイム艦隊を援護出来る位置にある…。後ろのシュトックハウゼン、クライスト艦隊は後方にあって動いてはいない。何なんだ一体…。

 ”敵が停止しました!……僅かずつですが後退しています“
後退……?
「……各艦隊に通達。先程の命令を取り消す。射撃管制を通常に戻せ。命令、各艦隊は艦隊速度強速にて前進せよ」
「おい、ヤマト」
どうした、とオットーが言いたげだったが今は気にしていられない。敵は……。


13:30
銀河帝国軍、遠征軍、ヒルデスハイム艦隊、
旗艦ノイエンドルフ、
ラインハルト・フォン・ミューゼル

 “叛乱軍艦隊、前進!まもなく射程圏内に入ります……入った!”
「│撃て《ファイエル》!」
敵の前衛は二個艦隊、位置関係が変わっていた。右翼は第二艦隊、左翼は第十二艦隊。その後方に我々に叩かれ続けていた第一艦隊…。
我々の一点集中砲火を受けた第二艦隊は、陣形の中央部に大きな穴が開いていた。敵の取った戦法を真似た訳だが、効果は絶大だった。横陣として左右に広がっていた為に陣形に厚みがなく、開いた穴は敵第二艦隊を完全に分断していた。
「真似してみるものだな。射撃管制を通常に戻せ。アントンに連絡、前進せよ。敵の左翼には本隊とベルタで対応する」
上機嫌な伯爵は第二艦隊の醜態を見逃さなかった。自分達が使用した戦法をすぐに真似されるとは思っていなかったのだろう、敵の右翼は前進を止めて後退に転じていた。こうなっては敵の左翼は下がる訳にはいかない。ある程度踏みとどまって第二艦隊を援護に回らなければならない。
 
 結果として叛乱軍の戦列には変化が起きていた。前衛に第十二艦隊、その右後方に第二艦隊、左後方に第一艦隊…という序列に変化していた。
「アントンは後退、戦列に復帰せよ。アントン復帰後、後退だ」
ヒルデスハイム伯の指示は冴えていた。帝国の藩屏とやらも中々やりますな、とロイエンタールが呟くのが聞こえた…。


14:20
自由惑星同盟軍、アムリッツァ駐留軍第一任務部隊、
旗艦アストライオス、宇宙艦隊司令部、
ヤマト・ウィンチェスター


 敵ながら見事というしかなかった。此方の採った戦法をすぐさま真似て、此方の追い足を止めた…。相変わらず敵は微速で後退している。もう一度あれをやられたら、と第二艦隊は追撃に及び腰になっていた。そのお陰で、というかそのせいで各艦隊とも微速で敵に追従する有り様だった。敵は撤退を目的として積極的に攻勢に出たんだ…とするとヒルデスハイム艦隊が俺達を待ち構えているのは明らかだった…こうなってしまうとどうしようもない。クブルスリー提督が第一艦隊も前に出る、と申し出てくれたが、そうなるとヒルデスハイム艦隊の後方の二つの艦隊も前に出てくる事は容易に想像出来た。
「後ろのシュトックハウゼン艦隊、クライスト艦隊が急速に後退して行くが…追うのか」
オットーの声にも力がない。もう司令部の誰もが敵の意図を理解していた。
「追撃は続行する。今追撃を止めてしまえば、敵は全艦隊で急速にこの宙域から去るだろう。そうなってしまったらヴィーレンシュタインに向かっている第九艦隊だけでは抑えられない。追撃は敵がフォルゲン宙域を去る迄でいい…一歩も引かない、という姿勢を見せれば充分だ」
「…俺達もヴィーレンシュタインに向かえば第九艦隊と挟撃出来るんじゃないのか?」
「…敵は負けて退く訳じゃない。充分に体勢を整えて退いて行くんだ。このまま行けば最初に退いた二個艦隊が第九艦隊の相手を、俺達の相手をするのは目の前の三個艦隊だ。相手は待ってましたとばかりに攻撃してくるだろう。此方も負けはしないだろうが、負けに等しい戦いだ。これ以上の損害は許容出来ない…戦力の回復に時間がかかる。追い返した、これで充分だ。第九艦隊に超光速通信(F T L)を。無理をするな、監視に留めよ、と」
「了解した」
オットーが俺の肩を叩いて通信オペレータの元に向かった。奴の心遣いが嬉しかった。敢えて挟撃するのか、と聞いて来たのは、皆に戦闘が終結に向かっている事を悟らせる為だったのだろう。確かにヴィーレンシュタインに向かっている第九艦隊と挟み撃ちすれば結果はまだ分からない。だがそれは消耗戦覚悟の戦いとなる。それだけは避けなくてはならなかった。

 「ほらよ」
マイクがお疲れとばかりに褐色の液体の入ったグラスを手渡す。またこれか…。
「…ふぅ。ありがとよ」
「作戦目的は果たした。成功だ」
「助かったよ」
「何もしちゃいないさ。各艦隊司令官に通達、だろ?」
「ああ。各艦隊に通達、陣形を再編し、追撃準備を整えよ。追撃は敵がフォルゲン宙域を出る迄とする」
……おや、早速意見具申が来たか…。

”総参謀長、ヴィーレンシュタインに向かっている第九艦隊と連携すれば、敵を叩けるのではないでしょうか“

「パエッタ提督、帝国艦隊は去ろうとしています。我々はアムリッツァ防衛、帝国艦隊の迎撃という任務を果たしたと考えますが提督は如何お考えでしょうか」

“それは…そうですが、敵はまだ健在です。後顧の憂いとなるのではないでしょうか。挟撃のチャンスかと…”

「我々の任務はアムリッツァの防衛です。おそらく敵には二万隻を越える損害を与えたと思います。しばらくは攻めては来ないでしょう。此方にはボーデンにまだ無傷の三個艦隊の味方もいます。それくらいは敵も想像出来ると思いますが…」

“そう…ですな。了解致しました。ご命令通り追撃はフォルゲン宙域内でうち切ります。では”

 パエッタめ…随分しおらしくなってたな。最後の敵の一撃が効いたのかな。奴にも流石に帝国艦隊の撤退の意図は理解出来ただろう…敢えて意見具申する事で失点を取り返したかったのかもしれない。ヒルデスハイム艦隊のあの攻撃は誰も予想していなかったからな。だけど誰も予想していなかったとは口が避けても言えない。誰も責めるべきではない、責めてはいけない事もある…。




 
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