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冥王来訪

作者:雄渾
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第二部 1978年
迫る危機
  危険の予兆 その2

 
前書き
 連載開始から1年半以上たって、やっと、影の政府の大本、CFR出しました。 

 
 さて、ホワイトハウスでは。
テキサスにあるジョンソン宇宙センターからの一報を受けて、緊急会議が招集されていた。
 会議の冒頭、航空宇宙(NASA)局長が立ち上がって、上座の方を向いた。
「今回の隕石は、情報分析によりますと、着陸ユニットと思われますが……」
 白版に張られた地図を見ながら、副大統領は、
「うむ」
と、航空宇宙局長の意見に深くうなずき、
「諸君らも、月面のハイヴの隆盛をみれば、膨大なG元素が眠っているのが一目でわかる」
思わず声を上げて笑った。
     
 哄笑している副大統領に、意見をはさむものがあった。
彼との関係が微妙である、CIA長官であった。 
「副大統領!G元素集めに無駄な時間を割くより、例の計画を進めた方が得策かと……」
 副大統領の目が途端に鋭くなる。
彼は精悍な顔つきをしている為に、かなりの迫力を感じさせた。
「まだ、こだわっているのか」
腕組みを解いて、席より立ち上がった。
「悪いとは言ってはいません。私は、貴重な味方の戦力を無駄にはしたくないだけです」
 国防長官は、その言を聞くや、いつにない激色を見せ、
「ならばこそ、例の計画を進めるために、G元素の収集を続けているではないか」
と、席から立ち上がって、CIA長官を叱りつけた。
「その通りだ。心配はいらん。
調査隊の成果を楽しみにしていたまえ」
 そういうと副大統領は、会議場から辞した。
CIA長官は、立ち去る彼に、懸命に食い下がった。
「犠牲を……、最小限にとどめたいものですな」
議場に残った閣僚たちは、CIA長官に冷ややかな目を向けるばかりであった。



 
 ホワイトハウスでの秘密会合から、わずか数時間後。
場所は変わって、ニューヨークにある国連日本政府代表部。
 全権大使の御剣は、ある人物の非公式な訪問を受けていた。
米国の諜報をつかさどるCIA長官であった。


 黒塗りの公用車で来たCIA長官は、代表部の一室に差し招かれて、
「結論から申し上げます。
殿下並びに、元帥府も、内閣も、このBETA戦争を終結させるものは新元素爆弾であると……
その様な考え方を否定なさらないと思います」
 御剣が鋭い目でしげしげと見おろしながら、たずねる。
「それで……」
「多額の予算を投入したにもかかわらず、我が合衆国はいまだにG元素爆弾を完成しておりません」
男は意味ありげに、深い深呼吸をした後、
「ですが……、状況に深刻な変化が出たと申し上げなくてはいけません」
「ロスアラモス研究所で、新元素の分裂実験に成功したという件かね」  
「やはりご存じでしたか」
「しかし、余りにも大きく、航空機にも、大陸間弾道弾にも搭載できぬという話だが……」
「ですが、彼らは戦略航空機動要塞という途方もない手段を思いついたようです」

 御剣は、CIA長官の発言にほとほと感じ入った様子で、
「なんと……」
脇にいた次席公使も驚きの声を上げる。
「それは初耳です」

「実は」
と、CIA長官は注意深く、大使館の周囲を覆う竹林の外を見て。
「G元素の反応を利用した機関を乗せた大型攻撃機を月面に近づけて、地表で炉を暴走させる計画なのです」
 長官は口を切った。
御剣はうなずいた。――大いに聞こうという態度である。
「NASAによりますと、着陸ユニットの発射源は月の静かの海にあると言う事です。
クレーターを抉り、地下に建設されたハイヴらしく、空爆やミサイル攻撃による損害を与えることは難しく、特殊作戦は不可能と結論がなされました」
 御剣は息を内へ飲んだ。
「つまり正攻法で行くしかありません。
合衆国は国家の命運をかけ、相当の損害を覚悟のうえで、大規模な月面降下作戦を実施する事にいたしました」
「実施時期は……」
「ロケット燃料充填や人員の確保、月面の温度が上昇を勘案しますと、早くとも半月後になります。
詳細は追って、連絡いたします」
 CIA長官は席から立ちかけて、
「大統領閣下からの伝言でありますが、貴国には、ぜひ、ゼオライマーの作戦参加をとのことです」
 御剣はひとみを正した。
長官の終りの一言によってである。
 男は、それを猛烈な反駁の出る準備かと覚悟した。
今回の依頼が、無理を承知の上でしていたからである。
「わかりました」
 案外、御剣は、幾度も大きくうなずいた。
決して、軽々しくではない。歎息して言った。
「元帥府、内閣との検討の上に可及的速やかに返答を申し上げましょう」
御剣も同意の色を満面に見せた。
「よろしくお願いします」
 男は、御剣に深い礼をした後、静かに部屋を後にする。
迎えに来た屈強な護衛たちと共、に車でマンハッタンの町へ去っていった。 


 
 CIA長官が帰って間もなく、執務室から人払いをした御剣は、大急ぎ電話を掛けた。
既に米国ニューヨークは昼下がり、6時間先の西ドイツのボンは夜の時間帯になっていた。
「御剣だ。大使館付武官補佐官に連絡して、訪独中の彩峰大尉を呼んでくれ」

 それから5分ほどもすると、電話は彩峰につながった。
「御剣閣下、彩峰です。火急の要件とは……」
「木原は、どこにいる……」
「ゼオライマーを出撃させろと、いうんですかッ」
 彩峰は御剣の問いかけを聞いて、本音を漏らした。
いや、口に出せない感想もまだあるのだ。
「まぁ、聞いてくれ。
先ごろ、米国のNASAで月面から異様な飛翔物の発射を確認した。
それに対応するために、近々米軍の降下部隊を送ることが決まった」
「じゃあ、どうやって安全な場所に送り込むのですか。
10年前のサクロボスコクレーターでの、接触事件以来……
ただ、月面がどうなっているかわからないのですよ……」
 その先を言うか迷った。
出過ぎたことをしゃべって、彼の逆鱗に触れたら、大変だ。
「簡単な事だよ。
降下作戦が始まるまでに候補に挙がっている月面のハイヴ全てを破壊すればいいだけだよ」
「エッ」
「それが帝国に対する米国のやり方なのだよ」
 そこで、御剣は口をつぐんでしまう。
彩峰は受話器を握りながら、相手の反応を待った。

 御剣は口を開くなり、受話器の向こうに問わせた。
「木原はどこにおる」
「いずれも、まだ確かなるところは」
彩峰の手元にも、まだ的確な情報はないような返答だった。
「では……木原を探し出しまいれ」
御剣は、彩峰にいいつけ、それも、
「ニューヨーク時間の月曜午前8時までに」
と、時を()った。
「了解しました」
 受話器を置くと、彩峰は、窓の向こうの、夕闇に染まり始めたボンの街並みを見つめた。
(『赦せ、木原。これが薄く汚れた政治の世界の現実なのだ……』)
権力者の手の上で踊らされる一人の青年の身の上を、人知れず涙していた。



 同じころ、CIA長官といえば。
マンハッタン島中心部にあるセントラルパークの近隣に、こじんまりとした建物があった。
その建物こそが、米国の内政外交に影響を与える奥の院、外交問題評議会本部である。
 最上階の会長室では、数人の男たちが集まり、今密議が凝らされていた。

「私にCIA長官をやめろというのですか」
CIA長官の問いを受けて、上座にいる男が顔を上げる。
「このあたりで考えてみては、どうですかと……。
ご相談しているのです」
「今のは退職勧告と同じではないか、私にはそう聞こえますが!」
 別な男が、口つきの紙巻煙草をもてあそびながら、長官をにらむ。 
「はっきり言おう。我々はゼオライマーの活躍を支援する君を……
いや、今後もそんな主張をする君を今後も支持するわけにはいかんのだよ」

「そこまで聞いて分かったぞ」
と、たまりかねたように、長官は言った。
「副大統領をそそのかし、G元素獲得工作を進めているのは君たちなのだね」
「長官、我々がゼオライマーを、木原マサキを支援してきたのは……
BETAの進行によって、経済活動が立ち行かなくなる懸念が増大してきたことへの不安だったのです」

「だが、状況は大きく変わった。地球上にあったハイヴは消滅した。
脅威であったソ連はBETA戦争で国力が疲弊し、コメコン諸国も西側との連携を模索し始めている」
「そんな事で、本質は変わってはおりません。
BETAはまだ月と火星におるのですよ!」
 
 はなはだしく不快な顔をした男達は、興奮する長官を責め立てる様に、一斉に口を開く。
「かもしれません。
でも国際政治とは、常に変化するものです、生き物ですよ。
少しでも現実に即したものを選ばなければ、我が合衆国は、時代に取り残されてしまいます」
「我らにとって、黄色い猿の科学者、そして彼の作った超マシン……百害あって一利なしだ」

 長官は瞋恚(しんい)もむき出しに、机から立ち上がった。
無敵の存在であるゼオライマーが失われれば……
BETA戦争はまた、かつてのように凄惨な結末を迎える。
その様な懸念を抱いて、彼らに反撃したのだ。
「皆まで言うのか……。
宜しい!ならば私も言わせていただこう。私は()めぬぞ」
赫怒のあまり、机を何度もたたく。
「諜報機関の長として、守らねばならぬのは、君たちだけではない。
合衆国を支える、2億の民を思えばこそ、職責を全うせねばならん。
その様に、決意を新たにした」

 しかし、誰もが一瞬、その面を研いだだけで、しんとしていた。
来るべきものが来たという悽愴(せいそう)な気以外、何もない。
「残念ですな……
中間選挙の結果が開票される前に、辞任していただきたかったのですが……」
「明日も早朝からの閣議があるので、失礼させてもらうぞ」
長官は、きつい口調でそのように告げると、背を向けて逃げるようにして、その部屋を後にした。
彼にできることは、ドアを勢い良く閉める事だけだった。

 CIA長官が去った後、会議室の中は冷たい笑いに包まれていた。
上座の男は、パーラメントの箱から、タバコを抜き出すと、紫煙を燻らせ、夜景を覗いた。
 ビルの最上階からは、壮大な絵画の様な、精緻(せいち)(まばゆ)い夜景が広がっている。
他の男たちは、肩を揺すって笑い、そして、二言(ふたこと)三言(みこと)囁き合っていた。
「あのバカ者は、別といたしまして……」
「木原という黄色猿はどうしますか」
「しかし、まったく不可能とされたハイヴ攻略を単独で成し遂げるとはな……」
「パレオロゴス作戦の参加……
活躍させない為の、無理難題であったのにな。
おかげで日本政府まで、奴を重視し始める結果になった」
「しかしあれだけの行動ができる男を失うのは、惜しいがね……」
 上座の男は、初めて強い調子で答えた。
「自分で行動のできる猿などいらぬ。
主人の言う事を聞く有能な猿が欲しいのだよ」
「なるほど」
「で、どういう筋書きで……」
「心配はありません。
月面偵察にかこつけて、機械もろとも、宇宙の海の藻屑にするつもりです」

 上座の男は、つい微笑を持った。
「黄色い猿の見る夢など……、この世界にはなかったと言う事か」
地上のハイヴ攻略はなった、この上は危険なゼオライマーと木原マサキは消えてもらう。
彼の腹はできたのである。 
 

 
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