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冥王来訪

作者:雄渾
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第二部 1978年
迫る危機
  慮外 その1

 
前書き
 閉会式大混乱の巻 

 
 さて、ボンサミットはどうしたであろうか。
今一度、首脳会合の場に戻ってみることにしよう。
 ボンにある茶色い弐階建ての真新しい建物。
それは連邦首相府で、今回の先進国首脳会議の本会合の場であった。
 日米英仏伊加の六か国の首脳が、ハンブルク空港に着くと、間もなく大規模な車列がボンに入った。
厳重な警備の中、開催されたボンサミットの本会合は、つつがなく二日間の日程を終えた。
 
 われわれの世界と違って、11月開催となった理由。
それは、パレオロゴス作戦が6月22日に開始されるため、西ドイツ政府の意向で変更になったためである。
その閉会式がライン川沿いのシャウムブルク宮殿で行われていた。
 同宮殿は、1976年までドイツ連邦首相府で、大統領府ヴィラ・ハンマーシュミットの目と鼻の先だった。
元々は豪商が立てた別荘を基に数度の改築を繰り返すも、手狭であった。
その為か、今は隣接する敷地に、茶色い連邦首相府の建物を新設した。
(新設された連邦首相府は、今日、ドイツ連邦経済協力開発省として使用されている)

 ボン・サミットの最後として、閉会式という名の壮大な夜会が開かれた。
立食形式(ビュッフェ)のパーティーで、ドレスコードも略礼装の簡単なものだった。
 マサキにとっては、いずれにしても退屈であったが、ダンスがなかったのは幸いだった。
また知らぬ女を紹介されて、一緒に踊る気にはなれなかったのだ。
 マサキ達は、部屋の隅で固まりながら、今後の事を話し合っていた。
その際、東独の話となり、アイリスディーナが議題になったのだ。
 最初に声をかけてきたのは鎧衣だった。
彼は、いつも通りの茶色い背広姿。
流石に、愛用の中折れ帽と脹脛までの長さのあるオーバーコートは脱いでいたが。
「困ったものだな、木原君。
アイリスディーナさんの事ばかり考えて、夜も眠れなくなってしまうだろう。
そんな事では、高高度からの偵察任務でさえ、墜落事故を起こしかねない」
鎧衣が気遣っているのは、マサキの気持ちではないことはわかった。 
「君は、軍人失格だ」
両腕を広げて、不敵の笑みをたたえる。
「ほっといてくれ。
いずれ、時が来れば、アイリスディーナの事を迎えに行く。
そう約束してきた……という訳で、一件落着となった。
あとは、返事を待つだけという訳さ。
既に、お前が出る幕ではない……という事だよ」
 黒のイブニングドレス姿の美久は、右手でぐっとワイングラスを握りしめる。
周りにいる白銀や、近くから見ている彩峰ですら、彼女の苛立ちが分かるほどであった。
「ひとこと、言わせていただきます。
あの小娘から、別れると言う断りを入れてくるまでは、私もあきらめません」
 マサキは、美久の態度を真剣に受け取っていない風だった。
満面に、不敵の笑みを湛えながら、
「……言うな、美久。
あのような薄幸の美少女の悲しむ姿……見るのは忍びない」
「明らかな罠と分かっていながら何故、それほどまでに執着なされるのですか」
 苛立つように、美久はまくし立てた。
自分でも、なぜそんな言葉を言うのか、訳が分からない。
言っている美久自身が、困惑するほどに、唐突に出た言葉であった。
「本当に、不甲斐無い!」
 一旦、口から出た負の感情は、独り歩きを始めた嫉妬心は、もう止まらない。
そんな心が自分にもあるのかと怪しみながら、いよいよ切なさを募らせていた。
 マサキは、紫煙を燻らせた後、タバコを握る右手を額に乗せる。
不意に目をつむって俯きながら、会心の笑みを漏らした。
「フハハハハ、執着は、男の甲斐性(かいしょう)よ」
 いつの間にか邪険な雰囲気になる二人。
周囲の彩峰たちは、置いてきぼりになっていた。 
 白銀が意味ありげに、美久へ目配せをする。
「氷室さん……」
美久は鬱陶しそうに、白銀へ答えた。
「白銀さん、これは私と木原の問題です。
どうぞ、ご心配なく」
 そして、いうなりこらえきれず、美久は一人でせかされるように部屋を後に知った。 
取り付く島もなく長い髪をたなびかせ、部屋を出ていく美久の後ろ姿を、マサキは振り返って目で追う。

 マサキは、大広間を出ていった美久の事を追いかけた。
シャウムブルク宮殿の庭で、一人で歩いてく彼女の姿を見つけるなり、 
「美久、俺の話も聞いてくれ」
「よしてください、今更言い訳などとという女々しいことは……」
美久が振り返るより早く、右手をつかむ。
「いいから、ちょっと来い」
そういってからマサキは、来た道を帰っていった。
 まず二人が入ったのは、誰もいない2階のバルコニーだった。
握っていた美久の腕を放すなり、マサキが切り出した。
「なあ、美久。
この俺が、女遊びにうつつを抜かしている色きちがいにみえるか。
無論、あんな珠玉の様な女性(にょしょう)に惚れたのは事実だ。
だが、それとて策の一つよ、保険を掛けたにすぎん」
少しおびえたような上目遣いを向け、美久は尋ねる。
「え、それは……」
 マサキは、茶色の長い髪の彼女の顔を、じっと見つめていた。
なにかに(かわ)いている唇が、その激しい胸の高鳴りに耐えているさえ、思わせる。
「俺をBETA退治にケジメが着いた今、一番危険な存在は何か。
この木原マサキの存在よ。奴等は必ず俺を殺しに来る」
マサキは言葉を切り、タバコに火をつける。
「この俺が鎧衣や綾峰の前で、我を忘れて、色道におぼれる様をみせた。
その理由は、真の敵と戦うためよ」
美久は表情を変えず、マサキに訊ねた。
「既にソ連も見る影もございませんが……国際金融資本とて」
「国際金融資本の操る影の政府と言う物が有る。
やつらの間者は、いたるところに居る。
敵を欺くのには、まず味方からというわけさ……」
 マサキからの言葉を聞いた瞬間、美久の顔がパッと明るさを取り戻した。
急な態度の変化ぶりに、逆にマサキの方が引いてしまうほどだった。
「やはりそうでしたか。
あなたが、東ドイツやチェコスロバキアに近づいたのも……何かの考えがあっての事。
大軍団をもってして東欧への再侵略の機会をうかがう、ソ連を牽制するため。
あるいは、G元素爆弾を開発し、世界制覇の野心を隠そうともしない国際金融資本……
彼等の暴挙を阻止するための、計略であった。
そう信じて、ただただ……お待ちしていた甲斐がありました」
驚きのあまり、マサキは苦笑いを浮かべるぐらいしか、出来なかった。
「フハハハハ、呑み込みが早い。
流石に、優秀な推論型AIだ」
立て続けに、新しい煙草に火を付けながら、
「ついでに、ベアトリクスのことも明かしてやろう。
ベアトリクスが欲しい、我が物にしたい……半分本当で、半分は嘘だ。
本当の狙いはベアトリクスの夫、ユルゲン・ベルンハルトのほうだ。
やつは俺の分身として、欧州に工作をするためには、ふさわしい存在。
故に、俺はアイリスやベアトリクスに近づいた。
それだけの事さ」
 マサキは再び、美久との距離を縮める。
彼女の顔を、両腕の中にいれてじっと見ていた。
「何故その様な、回りくどい事を……」
 そういってしなだれてくる美久を、マサキは広い胸で受け止める。
マサキの表情に、硬さは残っていたが、口元は緩んでいた。
「ユルゲンは、東ドイツのエースパイロット。
軍人と言う立場だけではなく、奴は白皙の美丈夫で、SED幹部の娘婿、議長の養子だ。
時が来れば、政治的後継者として、いずれは立身出世しよう……
その時、ベアトリクスと政府が対立をしたらどうなる。
……ベルンハルトの進退に差し障るのは必至。
そうすれば、困るのは俺だ。
故にユルゲンに憎悪が向かわぬように、俺が悪人になったまでよ……」
 そういうと、二人は沈黙に入った。
要するに東ドイツに利用されているふりをして、彼らを利用しているのはマサキの方という事だ。
 結局のところ、マサキが東ドイツに友好的だと勘違いしたのは、ユルゲンの方である。
マサキのことを率直に評価してくれた純粋な青年将校だと、喜ぶべきなのだろうか。
少々複雑ではあるが、美久は今の所、ユルゲン青年に感謝することにした。

 濃厚な沈黙を破って、マサキから美久の唇を奪った。
美久は、マサキのたくましい両手を握りしめながら、唇を吸う。
 急激な恥ずかしさが、美久を襲う。 
その行為に驚き、美久はハッとマサキの体を突き放した。
「もとより俺の狙いは、世界征服……
たかが二十歳にも満たない小娘に、憎悪されたところで、怖くはない。
愛などと言う移ろいやすい感情で、国家や政治を見る夢見がちな少女の戯言など……
取るに足らん話よ」
 まっすぐに美久の目を見つめるマサキ。
それだけで話は終わらない感じだった。
「しかし、あの女の知性……、それに裏付けられた政治的信念と教養の高さ。
利口でずる賢く、その上に(おとこ)()きのする体を持つ良い女だ。
シュタージもKGBも、欲しがるわけよ。
放っておけば、俺を殺しに来るやもしれぬな……」
 美久はマサキからの本心の告白を受けてもとりわけ驚く様子を見せず、いつも通りの表情だった。
余りの冷静な態度に、マサキは失笑を漏らしてしまうほどだった。
「だが所詮は、一人の女よ。
ベルンハルトとの情愛におぼれさせ、奴の泡沫(うたかた)の 夢とやらに酔わせて置けば……
この俺に背くような真似は、しまい……」
その言葉の端々から、美久はマサキなりの優しさである事を感じ取った。
「それに辱めて情婦などにしても、あの女の心の中にあるのは常にベルンハルトの事ばかり……。
毒まんじゅうを喰うほど、飢えてはいない。
自らの心の渇きをいやすために溢れるほどの情愛に溺れるような女などは俺の配下としても使い勝手が悪すぎる。
故に、俺はあの女をあきらめたのさ。
既に次元連結システムの子機を与えた時点で、彼奴(あやつ)らの活殺は自在に出来る。
今更、何を恐れようか」
「ええ」
 感心するようにつぶやく美久の前で、自分だけが興奮しているように思える。
一層、マサキの羞恥心に似た気持ちを、高ぶらせる結果になった
「世に美しい花なら、いくらでもあろう……。
己が手を傷つける薔薇(ばら)手折(たお)った所で満足する程、俺の心は浅くはない。
毎夜夫と肌を合わせ、睦言(むつごと)を漏らす自由を与えてやったまでよ……感謝ぐらいしてほしい物よ」
 美久はマサキの歯に衣着せぬ物言いに、思わず頷いてしまう。
その様を見ていたマサキの瞳は、妖しく光った。

 マサキと美久がベランダから戻ると、宴もたけなわであった。
軽く彩峰を揶揄った後、白銀たちと酒を酌み交わす。
 まもなくすると、ドイツ大統領が演壇に上がり、閉会の辞を述べ始めた。
「僭越ながら、閉会のご挨拶をさせていただきます。
本日はお忙しいなか、各国首脳の皆さま方にお集まり下さり、誠にありがとうございます。
本年も無事、このような先進国首脳会議を開くことができたこと、心より感謝申し上げます」
 万雷の拍手が鳴り響く中、会場の隅に置かれた席から一群の男たちが演壇に向かう。
その瞬間、閉会の言葉を読み上げる大統領の表情がにわかに曇った。
 男たちの先頭を歩くのは、大社交服姿(ゲゼルシャフト)のシュトラハヴィッツ中将だった。
薄い灰色をした両前合わせの上着に、濃紺のズボンという将官用礼装。
 胸には、従軍経験を示すブリュッヘル勲章と祖国功労勲章、カール・マルクス勲章。
そして、最高位の勲章である民主共和国英雄称号をつけて。
 シュトラハヴィッツに寄り添うようにして、三人の違う軍服を着た男たちが続く。
彼らは、ポーランド、ハンガリー、チェコスロバキアと、それぞれ社会主義国の将軍であった。
 
 壇上の大統領は、シュトラハヴィッツの姿と認め、余所行きの笑みを浮かべた。
シュトラハヴィッツに歩み寄りながら、
「わざわざ来てくれたのかね……」
シュトラハヴィッツは彼の方を見やって、不敵に笑った。
「ええ……」
シュトラハヴィッツの脇にいたポーランドの参謀総長は、しげしげとその人を仰ぎ見ながら、
「大統領閣下、この場をお借りして、どうしても発表したいことがございましてね……」
「公表だと……」
 大統領の反応といえば、意外に、あっさりだった。
壇上のシュトラハヴィッツに向けて、万雷の拍手が鳴り響く。 
「ただ今、ご紹介にあずかりました。
ドイツ国家人民軍地上軍中将のシュトラハヴィッツでございます。
本日は、お集まりいただき、ありがとうございます。
思えば、1945年――私たちの青年時代は、世界大戦の真っ盛りでしたが、心は砂漠のようでした。
しかし、あれから30年以上の歳月がたち、緊張緩和の兆しが見え始めました。
これも、ひとえに先進諸国の首脳の皆様方の努力の賜物と思っております」
シュトラハヴィッツは壇上から室内を見やって、深々と一礼をした後、
「この度、我々4人が発起人となり、
新たな地域協力機構『東欧州社会主義者同盟』を結成、旗揚げすることに相成りました」
 各国の首脳は呆気にとられて、シュトラハヴィッツの顔を見る。
東欧諸国の将軍たちは、会心の笑みを漏らした。
「何だって……」
「冗談だろう!」
 その反応に満足したのか、シュトラハヴィッツは不敵の笑みを浮かべる。
目を細めて、出席者たちを見やった。
「党派を問わず、ソ連のしがらみに捉われない純粋な友好・協力関係をもとめた新機構です」
聴衆が動揺した瞬間、ポーランド軍の将軍が一歩前に出て、宣言した。
「我らの狙いは、将来のEC加盟を目指して、ヨーロッパ統合の進展を目的したものです」
 反社会主義を掲げる西ドイツ国会議員たちは、一斉に壇上に走りこむ。
それは、会場の警備が動くよりも早かった。 
「や、やめさせろ」
素早い身のこなしで、西ドイツの国会議員たちが襲い掛かってくる。 
「降りんか、このド百姓が!」
 男たちが繰り出すアッパーカットをよけながら、ポーランド軍の将軍が叫ぶ。
「貴様ら、礼儀知らずにもほどがあるぞ」
 サミットを主催した西ドイツ側は、急な事態に困惑した。
これが、現実に起こっていることだろうか……
おぞましい悪夢を、見ているかのようしか思えない事だった。
「ここをどこかと知っての、狼藉か!」
「国家元首に対する冒涜(ぼうとく)だぞ、クソガキが!」
 男たちはシュトラハヴィッツを排除しようと意気揚々と乗り込んだ。
殴りかかったまではよかったものの、大立ち回りの末に将軍たちに取り押さえられてしまった。  
「いや、これほどふさわしい場はないと思ってきたんですよ」
 周囲の人間は、目の前で繰り広げられる光景に唖然とするばかり。
余りの出来事に、遠くから見ていたマサキは頭の痛くなる思いがした。

 喧騒のさなか、首相が登壇して、閉会の辞を述べ始めた。
「78年11月24日から本日まで3日間にわたり「第4回主要国首脳会議」を開催させていただきました。
これを以って、「第4回主要国首脳会議」を閉会致します。
遅ればせながら、今回の首脳会合の御成功、心よりお祝いを申し上げます。
それと共に、大統領閣下ならびに諸閣僚方のご功労に対し、改めて敬意を表したいと存じます。
多忙のなか、沢山の皆様に出席していただいたこと、喜びに絶えません。
来年の「第5回主要国首脳会議」は、日本での開催を予定しております。
1年後に再び、お目にかかれることを祈念し、閉会のご挨拶とさせていただきます。
各国首脳の皆さま、閣僚の方々、ありがとうございました」
 参加者から、再び拍手が鳴り響く。
そうして、混乱の内に1978年のボンサミットは終了した。 
 

 
後書き
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