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魔法絶唱シンフォギア・ウィザード ~歌と魔法が起こす奇跡~

作者:黒井福
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AXZ編
  第166話:錬金術のヒュドラ

 時は少し遡り、奏とマリアがエルフナインと共に2人の脳領域の観測へと乗り出していた頃…………

 3人のバイタルを計測していたあおいは、突如数値が変動したマリアの様子に危機感を感じていた。

『あおいちゃん、3人の様子はどう?』
「バイタル、安定行きから大幅に数値を下げていますッ! このままの状態が続けば……」

 外から見ているだけのあおいには分からぬ事だが、この時脳領域ではマリアがエルフナインを守る為に脳内イメージでとは言え出現したノイズを蹴散らしている最中だった。マリア自身は自分の中で暴れるのだからと構わず戦っていたが、その実かなり危険な事をしていたのは間違いない。

 あおいからの報告に、弦十郎も観測の一時中断を考えた。

『已むを得まい。場合によっては、観測の一時中断を――』

 直後、本部内に警報が響き渡る。一気に第一種戦闘配備となった発令所は、余計な電源が落ち薄暗くなりモニターや計器の灯りだけが光源となる。

『どうしたッ!』
『東京湾にアルカノイズ反応ッ!』

 発令所に残っているオペレーターの朔也が正面のモニターに現場の様子を映し出す。

 そこには湾岸近くの洋上を浮遊する、多数の首を持つ巨大なアルカノイズの姿があった。





「空間を切り取るタイプに続き、またしても新たな形状。しかもかなり巨大なタイプの様です」
「まかり通らせる訳には……行きますッ!」

 発令所で待機していた翼がいの一番に出撃の為その場を後にする。共に発令所で待機していた颯人と透がその後に続こうとするが、透は颯人により引き留められた。

「ちょい待ち透。お前はここで待機だ」
「ッ!?」

 唐突にここで待っていろと言われ、当然の如く透は抗議の目を颯人に向けた。あれ程の大きさ、奏とマリアを欠いた状態では手に余る。広域殲滅を得意としたクリスでも手を焼くに違いない。
 彼女を助けなければ――――

「今お前が考えてる事当ててやる。クリスちゃんを助けようってんだろ?」

 まさか颯人に考えを当てられるとは思っていなかった為、透は目を瞬かせた。図星を刺されたリアクションを見せた彼に、颯人は小さく溜め息を吐く。

「あのな、透。この際だからハッキリ言っておく。今お前がクリスちゃんの傍にっても、揃って足手纏いにしかならない。分かるだろ?」
「……」

 言い返したいが颯人の言う通りだった。先程は勢いでクリスの助けに向かおうと思ってしまったが、今の溝がある状態で2人が近付けば逆相乗効果で互いに全力が発揮できない。寧ろ互いに相手が気になって、戦いに集中できず颯人達の足手纏いとなってしまう可能性が高かった。

「今、お前とクリスちゃんの2人に必要なのは無理して近付く事じゃない。何でもいいから互いに歩み寄れる切っ掛けを見つける事だ。それが出来ない今、どんな状況でもお前達を近付ける訳にはいかない」

 正論だった。ぐうの音も出ない程の正論だ。無理くり近付いて力技でどうにかなるほど、今の2人の間に出来た溝は簡単には埋まらない。寧ろ緊急事態だからこそ、2人は話しておかなければ何が起きるか分かったものではなかった。

 それに颯人が透をこの場に残しておくのは、別の理由もあった。

「それと、お前はガルドと一緒にあのレギオンって奴が出た時の為に残っててくれ。アイツは好き勝手動き回ってるみたいだからな。何時何処で何か仕出かしても不思議じゃない」

 そう言われてしまっては仕方がない。体よく理由を付けて待機を押し付けられたような形だが、筋は通っているので納得は出来た。
 そこで2人は弦十郎の方をチラリと見る。考えてみたら司令は彼なのだから、方針を決めるにしても彼を通さなければ話にならない。ここで彼が「関係ない、行け」などと言おうものなら否応なく透も出撃しなければならなくなる。

 とは言えそれは杞憂だった。何よりも弦十郎は懐の大きな男。この程度の事で目くじらを立てる程狭量ではない。2人の視線に弦十郎も小さく頷いた。

 司令からの許しも出たところで、颯人は透を残して発令所を後にするのだった。










 同時刻、東京上空に光学迷彩で姿を隠した一隻の空中戦艦が居た。颯人達が赴いた、バルベルデにて出現したあの空中戦艦だ。
 その戦艦の持ち主はパヴァリア光明結社。バルベルデで出現した奴も彼女らから供与されたものだったのである。

 東京上空から眼下の景色を見下ろす戦艦の姿は、光学迷彩で隠れている為肉眼では勿論センサーやレーダーでも捉える事は出来ない。よってS.O.N.G.もその存在に気付く事は出来ていなかった。

 そんな戦艦の船首の上に、結社の幹部であるサンジェルマン達3人は居た。3人の内の1人、カリオストロの手には多頭の蛇の意匠を付けた杖が握られている。

「オペラハウスの地下には、ティキ以外にも面白い物がゴロゴロ眠っていたのよね~♪」
「もったいぶってなんて居られないワケダ」
「そう、我らパヴァリア光明結社は、神の力を以てして世の理をあるべき形へと修正する」

 サンジェルマンは眼下のアルカノイズを見下ろしながら呟く。彼女達はその為に、多大な犠牲を払ってここまでやって来たのだ。全ては人類をあるべき形へと誘う為。正しきは我らにありと言う志を胸にこの日まで動いて来た。

 だがそれを口にする度、彼女の脳裏には先日の颯人との会話が思い出されてしまう。

『救済の形は1つじゃない筈だ。俺は千に一つ、万に一つの可能性だとしても犠牲が一番少ない方法を選ぶ』
『それが本当に可能だとでも……?』
『出来る。やって見せるさ。そうする必要があるのなら、俺は幾らでも奇跡を起こす』
『その根拠は?』
『誇りだ。父さんの息子である事の誇りに懸けて……』

 曇りなき目で気高い理想を掲げる颯人の姿は、こんな道しか選べなかったサンジェルマンには何よりも眩しく見えた。一見すると彼の掲げる理想は絵空事、ただの理想論にしか聞こえないかもしれない。事実カリオストロとプレラーティは彼の志をそう断じるだろう。少なくとも、口では。

 だが2人が颯人の理想を言葉で否定した事はこれまでただの一度もない。2人もあの瞬間、理想を掲げる颯人の姿に言いようのない凄味を感じたのだ。生きた年数で言えば孫レベルなんてものではないほどに年の離れた、ガキと言う言葉すら使うに値しない若造相手にである。

 長年野望の為に心血を注いできたサンジェルマン達の心を震わせるほどの気迫を、20年とそこらしか生きていない颯人が発した事に、しかしサンジェルマンは何処か嬉しく誇らしさを感じずにはいられなかった。親目線とでも言えばいいのだろうか。子供の頃の彼を知っていて、且つ彼の両親の事も知っているからこそ抱けた思いかもしれない。

「正義は1つじゃない、か……だとしても! 今更往く道を振り返ることはできない! 例え1人で駆けたとしても……!」

 颯人の賛同が得られなかったのは残念に思う。あれ程気高い志を掲げられる彼が共に歩んでくれたなら、きっと野望も完遂する筈。だが、もう止まれない。ならば例え自分1人でも駆け抜けると言う気概を口にする。

 すると横からプレラーティが言葉を挟んだ。

「1人じゃない」
「ん?」

 思わず声のした方を見れば、眼下を見下ろしながらプレラーティが言葉を紡ぐ。

「1人になんてさせないワケダ」
「サンジェルマンのお陰で、あーし達はここに居る。何処だって3人でよ♪」

 何処までもついて行くと口にする2人の同僚に、サンジェルマンは胸の内が温かくなるのを感じた。颯人の眩しさに照らされて、危うく見失うところだった。自分には既に共に歩んでくれる仲間がいる。この2人が共に来てくれるのであれば、それで十分だ。

 思わずサンジェルマンの顔に笑みが浮かんだ。

「フッ…………」

 僅かな笑みと共に、何時の間にか肩肘に掛かっていた重さが消えている事に気付く。良い具合に緊張が解れてくれたようだ。
 サンジェルマンは気合を入れ直し、眼下の景色を見ながら呟く。

「人類が、この星の完全なる霊長となる為には、支配される存在であってはならない。完全を希求する錬金の理に、シンフォギアと魔法使いに阻まれる訳にはいかないッ!」




 サンジェルマン達が新型を中核として多数のアルカノイズをばら撒く。それに対抗すべく、颯人達も現場へと急いで赴く。
 その中に切歌と調は居ない。マリア同様、負担の少ないLiNKERの無い彼女達は今回もお留守番だ。

 だが何もしないのは落ち着かない。だからと言う訳でもないだろうが、2人は了子と共にエルフナインの部屋へと向かっていた。

「あおいちゃん、交代よ」
「了子さんッ!」
「マリア達はアタシ達が見ているのデス!」
「だから発令所へ、司令が呼んでいるッ!」

 切歌と調に加え、了子の姿もある事にあおいは思わず安堵した。計器の操作に不測の事態への対応も出来る了子が居れば、この場は安心して任せる事ができる。

「ありがとうございます。2人も、お願いね」

 あおいが発令所へ向かうべく部屋から出て行き、了子は入れ替わる様に計器へと取りついた。

 すると、表示されていたバイタルの様子に思わず首を傾げる。

「ん? さっきまで数値が乱れてたって話だけど……」

 見ると今のマリアのバイタルは安定しているように見えた。あおいが間違った報告をするとも思えないので、どう言う事かと了子は首を傾げずにはいられない。

 今マリア達の中で何が起きているのか? それを彼女達が知る事ができるのは奏達が起きてからの事であった。




***




 奏とマリアの中で起きている事を知らぬまま、颯人達は現場に到着するとまずは前衛として立ち塞がっているアルカノイズ達へと狙いを定めた。

 その最中、翼は周辺を警戒する。これだけのアルカノイズが出てきているのに、肝心の錬金術師の姿が見当たらない。恐らくはどこかで自分達の動きを見ているのだろうが、それがアルカノイズに指示を出す為なのかそれとも自分達の不意を打とうとしているからなのかの判断が付かなかった。
 それ故、翼は殊更に強く周囲を警戒した。

「気になるのは錬金術師の出方だ。抜剣を控え、イグナイト抜きで迎え撃つッ!」
「おいペテン師、お前一気に4人に増えれるんだからそれで何とかなるんじゃねえか?」
「気軽に切り札使わせないでちょうだいな。それに警戒すべきは錬金術師だけじゃないでしょ?」

 神出鬼没のレギオンファントムが、何時何処から襲い掛かって来るかも分からない。そんな状況で迂闊に切り札のドラゴタイマーを軽々しく使うのは危険が伴った。

「そうだぞ雪音。それにお前の場合、今回も北上が――」
「はいはいはいっ! この話お終い、今ある戦力で何とかするしかないんだからさ。頑張りましょって話」

 今ここで透の話題を出せば、最悪クリスが機嫌を損ねてコンディション最悪になる可能性すらあった。故に颯人は多少強引にでも話題を変える。
 幸いにしてクリスは彼らが思っていたよりも冷静だった。透の話題が上がりそうになった瞬間顔を顰めたが、颯人が話題を逸らすと一つ息を吐いて心を落ち着かせる。

「ふぅ……何のつもりか知らねえが、たくらんけ相手に遅れは取らねぇッ!」
[BILLION MAIDEN]

 クリスのガトリングの装者を皮切りに戦闘が始まった。
 空を自力で飛べない装者3人はクリスのミサイルを足場にしながら戦闘を行う。途中翼がミサイルを乗り捨て、逆羅刹を用いて自らを竹トンボの様に飛ばしながら空中のアルカノイズを蹴散らしていく。

 一方こういう場面で強いのは颯人だった。ハリケーンスタイルでその身一つで空を飛べる彼は、空中を縦横無尽に飛び回りながら時に近くのアルカノイズを切り伏せ時に離れたところのアルカノイズを撃ち落とす。

 颯人と装者3人が連携してアルカノイズを始末していると、席を外していたあおいが発令所に戻って来たのか状況を通信で知らせてくれた。

『アルカノイズ、残存数68%ッ!』
『それでも出てこない錬金術師……』

 一般に投入した戦力の3割が損失した時点で全滅と言う判定を受ける。その理論で言えばこの時点で錬金術師側は無視できない多くの戦力を失った事になる。
 普通の思考であれば、ここで戦力の追加投入を行うなり撤退させるなり判断するのが当たり前であった。

 ただし相手は超常の存在。普通が通じない相手に普通の思考回路で臨むのは間違いであった。彼らはそれを間も無く知ることになる。

 前線のアルカノイズを粗方片付け、颯人達は本命の大型アルカノイズへと接近する。するとそこでは、大型アルカノイズの下腹部が開きそこから多数のアルカノイズが投下されている光景を目にする事ができた。

「こうも奴らをうじゃつかせてるのは、あいつの仕業かッ!」
「つまりは狙い所……」
「ぶっぱなすタイミングはこっちで! トリガーは翼さんにッ!」

 響と翼は早速その大型アルカノイズを始末しようと動き出す。あれが空母的役割の存在であるのなら、奴を潰してしまえばそれで終わりの筈だった。

 しかし颯人は、あの多頭のアルカノイズの姿に違和感を覚えていた。

――何だろうな……アイツ、何か……?――

 その違和感の正体に彼が気付かぬまま、響と翼、クリスの連携攻撃が大型アルカノイズへと襲い掛かる。響と翼の渾身の一撃が大型アルカノイズを細切れにし、散った破片をクリスが大型ミサイルで焼き尽くす。

「目に物見せるッ! ハァァァァッ!」
「そしてアタシは、片付けられる女だッ!」
[MEGADETH INFINITY]

 クリスの叫びに颯人が何気なく翼へと視線を向けている間に、響、翼、クリスの攻撃を喰らった大型アルカノイズは赤い塵を撒き散らしながら消滅する……かに思われた。

 しかしこの後、彼らは信じられない光景を目の当たりにする。

「あん?」

 大型アルカノイズは消滅することなく、それどころか破壊された部分から再生して4体の首の数を減らした同型のアルカノイズになったのだ。その光景に翼も目を疑う。

「まさか、仕損じたのかッ!?」
「ッ! そうか、あいつは……!」

 颯人はその光景に既視感を覚えた。そう、今は既に倒した存在である嘗てのジェネシス幹部の1人であるヒュドラ。驚異的な再生能力を持つ、奴の姿とあのアルカノイズの姿が被っていたのだ。

 恐らく、あのアルカノイズが直接ヒュドラを模したものと言う訳ではないだろう。そもそもヒュドラとは神話上の伝説の存在である為、何かしらの部分で被ることは儘ある。あのアルカノイズは錬金術師なりにヒュドラを再現した代物なのだ。

 だが問題なのはあのアルカノイズが再生能力を持つと言うところではない。本当に問題なのは、あのサイズで空母の様にアルカノイズをばら撒ける奴が、複数体に分裂する事ができてしまった点である。

 颯人達の前で、分裂した大型アルカノイズは別々の方向へと向かって行った。その狙いは明らかに颯人達の分断だ。

 この時点で颯人は自分達が敵の策に嵌ってしまった事に、軽く頭に手を当てるのだった。 
 

 
後書き
と言う訳で第166話でした。

執筆の糧となりますので、感想評価その他よろしくお願いします!

次回の更新もお楽しみに!それでは。 
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