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魔法絶唱シンフォギア・ウィザード ~歌と魔法が起こす奇跡~

作者:黒井福
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AXZ編
  第165話:その名は”愛”

 奏の脳領域へと意識が入り込んだマリアとエルフナイン。

 彼女らはそれから奏がこれまでに経験してきた、心が引き裂かれそうになるほど過酷な過去を追体験した。

 目の前で奏が家族を奪われ、意気消沈した彼女を颯人が守った。その際に大怪我を負った彼を、奏が必死に守ろうとする。だが当時の彼女には力が無く、彼と共にノイズの餌食となるかに思われた。
 そこに現れたのが、マリアとエルフナインもよく知るウィズだった。彼は魔法で瞬く間にノイズを殲滅すると、奏から颯人を奪い取ってしまった。

「おい、颯人をどこに連れて行く気だよッ!?」
「すまんな、それは言えない」
「ふざけるなッ!? 返せッ!? 颯人を返せよッ!?」
「君に助ける事が出来るのか?」
「関係あるかッ!? 颯人は……そいつは、あたしの──」
「助けは呼んでおいてやる。ではな」

 体を魔法の鎖で縛られ、身動きができない奏の目の前で颯人が連れ去られる。それをただ見ているしか出来なかった過去の奏は、魔法の鎖が消えると目から血の涙を流しながら何度も地面を殴りつけた。

「う…………うわぁぁぁぁぁぁっ!? ああぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!?」


「あれが……奏さんの過去」
「まだ装者になる前の、力の無かった頃の……」
「そう……ちょうど、あんな感じだった」

 実際には血の涙までは流していなかったので、あの光景は奏の中での印象による誇張なのだが、それだけに当時の奏がどれ程苦しんでいたのかが伺えた。
 その光景に、マリアはある意味で大きなショックを受けていた。彼女は既に装者として、アーティストとして活躍している奏しか知らない。常に自信を持ち、そして颯人と信頼で結ばれ共に歩む彼女は、二課の装者の中心人物としてマリアの目には眩しく映っていた。その奏が、あんな凄惨な慟哭を上げているのが信じられなかったのだ。

 マリアの表情から彼女が何を考えているのかを察した奏は、何処か自嘲するように笑いながら口を開いた。

「マリアがどんな目でアタシの事を今まで見てきたのかは知らないけど、あれが本当のアタシさ。こうして見られるのは少し恥ずかしいな、ハハッ……」

 頬をかきながらも、目の前の過去の自分から奏は目を背けない。

 場面は移り、弦十郎と初めて出会った時。激昂した奏が彼に頭突きをし、そしてそのまま倒れて鼻血を流す光景にエルフナインも鼻を抑えた。

「う゛~……奏さん、無茶をする人だとは思ってましたが……」
「悪いね。この頃は本当に見境が無くってさ」

 更に場面は移り変わり、奏が初めてガングニールを身に纏うシーン。血反吐を吐きながらも、周囲が止めるのも聞かず自分で劇薬である初期のLiNKERを次々投与する光景にはマリアも口元を抑えずにはいられなかった。

「なんて、無茶を……!? あんなの死んでもおかしくないじゃないッ!?」

 マリア自身、自分は幼い頃から過酷な実験や訓練を受けてきたと言う自覚はある。並の子供であれば耐えきれず脱落していたと言う確信もあった。しかしあれには及ばないと思ってしまった。確かにガングニールを纏う為に体を痛めつけたと言う自覚はあるが、それにしたってあんなに血反吐を吐くほどの経験はマリアには無かった。あれは最早自殺行為だ。
 そこで彼女は違和感を覚えた。マリアが覚えている限りで、姿を途中で消したのは男の実験体として連れてこられたガルドだけだったのだ。しかもそのガルドも、正確にはウィズにより連れ出されたので脱落したのとは少し違う。

――どういう事……? 私は、何か……――

 自分の中に浮かんだ違和感に、マリアが思考の海に入り込む。意識だけの世界で思考の海に入り込むと言う表現もおかしな話だが。

 そんなマリアに気付かず奏は彼女の口にした言葉に続けるように答えた。

「実際、死んでもいいと思ってた。颯人を助け出す為の力が手に入らないなら、こんな命惜しくはないって思ってた」
「そんなの……!?」

 奏の事にエルフナインが反論した。それでは何の意味もない。颯人は間違っても奏の犠牲なんて望んではいないのだから。遺跡で颯人が奏を守ろうとしたのに、その命を容易く手放そうとするなど間違っている。

「そんなの、おかしいですよッ! だって颯人さんは、奏さんの事を……!」
「あぁ、分かってる。アタシが間違ってた。それを教えてくれたのは、やっぱり颯人なんだよな」

 奏がそう言うと再び場面が変わった。それは奏が再び颯人に救われた日。颯人に再会出来ぬまま、ノイズからまだ一般人だった頃の響を守る為に絶唱を口にした瞬間。
 颯人は颯爽と奏の前に現れ、彼女の命を焼き尽くす筈だった絶唱の負荷を全て己の身で受け止めたのだ。奏が無茶をするなら颯人も無茶をする。揃いも揃って命を投げ出すような事を平然と行う2人に、マリアも呆れずにはいられなかった。

「あなた達って、本当に似た者同士なのね。付き合うのも何となく分かる気がするわ」
「ハハハッ……」

 確かに、奏と颯人は似た者同士と言えなくもない。揃いも揃って愛する者の為に命を懸けてしまえるのだから。ぐうの音も出ないとは正にこの事だ。

 だがお陰で分かった事がある。奏は改めて、自分が何故、何の為に戦いそして戦ってこられたのかを理解した。

「そうか……そうだ、そうだよな。何時だってそうだ」
「奏?」
「奏さん?」

 1人頷きながら奏は過去の自分へと近付いていく。颯人との再会に、彼が生きていた事を実感し、歓喜の涙を流して彼と抱き合う自分に近付き流れる過去の自分の涙を指で拭った。

「アタシが戦ってこられたのは、颯人が居るからなんだ。颯人を愛してるから、アタシは力を手に入れて戦い続ける事ができた」

 思えば最初にシンフォギアを纏った時。あの時も心を占めていたのは颯人の事だった。言うなれば颯人の存在が、彼に向ける想いこそが彼女の力の源だったのだ。

 颯人は何度も言ってきた。奏の歌さえあれば自分は何時でも全開だと。彼女の存在が、その歌が、彼に戦う為の力を与えている。
 だがそれは奏も同様だった。颯人が居てくれる、颯人が自分を見てくれている。その事が奏に無限の力を与えてくれていたのだ。颯人と奏は、お互いを原動力に戦っていると言っても過言ではなかった。現に今も、奏は颯人の事を想うと胸の中に温かい何かが溢れてくるのを感じた。その温かい何かが血管の中を駆け巡り、全身を満たしていく。

――そうか……これなんだ……――

 奏は胸元を手で押さえ、そして理解した。自分の力の源を。

 そしてこれが装者に力を与えてくれるものなのであれば…………

「マリア、思い出せ」
「え?」
「自分に力を与えてくれるもの……自分を守ってくれるもの……それを思い出すんだ」
「何? 何の事?」
「お前にもきっとある筈だ。お前も、アタシと同じガングニールを纏ったなら、きっと……」

 ふと気付けば、マリアは深く深くへ沈んでいた。海の中に沈んでいるようで、だが少しも怖くも苦しくもないと言う奇妙な感覚。

 その感覚の中で、奏の声だけが耳に届いた。

『手を伸ばせ……目に見えていないだけで、本当はそこにずっとあるものなんだ』

 言われるままにマリアが手を伸ばすと、そこには気泡が浮かんでいる。導かれるようにそれを手に掴むと、気泡が弾けその中にあった光が溢れだした。

「マリアさんッ!」
「ハッ!」

 突然のエルフナインの声に、マリアは目を開け飛び起きた。硬いベッドの上で寝ていたマリアが起き上がると、自分の事を心配そうに見ていたエルフナインと静かに見守っている奏の姿を目にする。

「ここは……白い孤児院? 私達が連れてこられた、F.I.S.の……?」

 周囲を見渡せばそこは見覚えのある光景。記憶にある白い孤児院の一室が広がっていた。

 呆然としていたマリアの耳に、子供がすすり泣く声が聞こえる。そちらを見れば、そこには幼かった頃の自分とセレナの姿がある。
 怯える2人に女性の研究員が手を伸ばす。幼いマリアがその手を取ろうとするが、ナスターシャ教授の振るう鞭がマリアの手を叩いた。

「うっ!?」
「今日からあなた達には戦闘訓練を行ってもらいます。フィーネの器となれなかったレセプターチルドレンは、涙より血を流す事で組織に貢献するのですッ!」

 冷たい目と言葉を自分に向けてくるナスターシャ教授に、幼いマリアは恐怖を覚え目を瞑ってしまう。痛々しいその光景に、しかし奏は否と口にした。

「目を背けるな。思い出せ、本当の事を」
「……本当に、私の記憶は、マムへの恐れだけだったの……?」

 自分の記憶にマリア自身が違和感を持ち始めたその時、彼女は改めて記憶の中のナスターシャ教授を見た。

 そして気付いた。嘗てのナスターシャ教授が幼い自分達に向けているのがどういう目だったのかを。

「そうだ……恐れと痛みから、記憶に蓋をしていた……。何時だってマムは、私を打った後は悲しそうな顔で……」

 それまで記憶にあったナスターシャ教授は、ただただ冷たく見てくる冷酷な存在でしかなかった。
 だがそれは間違いだった。本来のナスターシャ教授は、何時だってマリア達に辛く過酷な思いをさせてしまっていた事を悲しみ、悔いていたのだ。厳しく接しているのは、その後悔の裏返し。例え恐れられ恨まれようとも、幼い子供達を守ると言う決意の表れだったのだ。

「そうだ……私達にどれだけ過酷な実験や訓練を課したとしても、マムはただの1人も死なせなかった」

 大きな怪我を負った者達は何人も居た。だがナスターシャ教授は、そんな子供達に適切な治療を施して死ぬ事がないようにと最善を尽くしてきた。確かに姿を消した者達は居たが、彼ら彼女らは死んだ訳では無くナスターシャ教授により別の施設に移されただけだったのだ。実験や訓練についてこられなくなると言う意味では脱落したかもしれないが、何時かは人として再び再起できるようにとしてきたのである。

 それだけではない。マリア達がフィーネとして決起する事で存在が明るみになったレセプターチルドレンは全員保護されている。

 全ては、マリア達を生かす為だったのである。

「私達を生かす為に、何時も自分を殺して……」

 ふとマリアは、先日助けた農家のおばあさんの事を思い出していた。彼女は言う、美味しいトマトを作る為には、敢えて厳しい環境に置く事だと。ギリギリまで水を与えないと言うストレスを感じさせることで、トマト自身に甘味を蓄えさせるのだと言っていた。

「大いなる実りは、厳しさを耐えた先にこそ……優さばかりでは、今日まで生きてこられなかった。私達に生きる強さを授けてくれた、マムの厳しさ。その裏にあるのは……!」

 ナスターシャ教授は何時だってマリアに伝えてきていた。ただ、マリア自身がそれに気付いていなかっただけなのだ。
 逆に奏は、”それ”がそこにあるのが当たり前だった。だから気付かなかった。自分に力を与えてくれていたのが、その”存在”だと言う事に。

 胸に感じる温かさが、精神世界の奏とマリアにギアを纏わせる。人とギアを繋ぐ、その正体とは…………

「可視化された電気信号が示すここは、ギアと繋がる脳領域……誰かを思い遣る、熱くて深い感情を司るここに、LiNKERを作用させる事ができれば……!」









「う、ぅ…………あっ!」

 エルフナインが目を覚ますと、そこは彼女の研究室。傍には何時の間に居たのか、切歌と調、そして了子までもが来て見守っていた。
 切歌と調は目覚めたエルフナインに目を丸くした。

「あ、エルフナインッ!」
「どうなったデスかッ!」

 2人からの問いかけを無視して、エルフナインはヘッドギアを外して了子の手を取った。

「了子さん、もう一踏ん張りです!」
「分かったのね!」
「はい!」

 2人揃ってその場から居なくなり、後に残された切歌と調はどうすべきか分からずその場で唖然となる。

 その後ろで、奏とマリアがゆっくりと目を覚ましヘッドギアを取った。

「あ、マリア!」
「奏さん、大丈夫デスか?」

 エルフナインは何も言わずに部屋を出て行ってしまった。こうなっては、何があったかを知るのは奏とマリアのみ。
 だが奏は今まで見た事も無いような慈愛に満ちた穏やかな笑みを浮かべるだけで、マリアに至っては涙すら流していた。

「フフッ、フフフフフッ……」
「奏さん?」
「どうしちゃったデス?」

「いや。ただ、アタシ…………颯人の事、大好きだって、改めて思っただけさ」
「ありがとう……マム!」

 感傷に浸った様子の2人に、切歌と調は何が何だか分からず顔を見合わせるしか出来なかった。 
 

 
後書き
と言う訳で第165話でした。

多分本作の奏の半生は軽く引く程度には過酷だと思います。特に最初にギアを纏う為に自棄になった様にLiNKERぶち込みまくったシーンは、同じLiNKER服用組のマリアも衝撃だったかもしれません。

原作ではマリアに愛の存在を教えたのはマリアの記憶の中に存在する幻影のウェル博士でしたが、本作では奏にその役をやっていただきました。多分S.O.N.G.の中で一番愛を実感しているのは奏なので。

執筆の糧となりますので、感想評価その他よろしくお願いします!

次回の更新もお楽しみに!それでは。 
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