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ボロディンJr奮戦記~ある銀河の戦いの記録~

作者:平 八郎
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第91話 カプチェランカ星系会戦 その2

 
前書き
お久しぶりです。

叔母が亡くなり、会社ではトラブル続き。いい加減ストレスマックスで到底書く気になれませんでした。

なんというか。少しでも陽気になれればいいんですが、ひたすらTwitterとWoTに溺れる日々でした。

誤字修正は後日ゆっくりとやるつもりです。 

 
 宇宙歴七九〇年 二月二七日 〇九〇〇時 ダゴン星域 カプチェランカ星系

 第八艦隊司令部から送られてくる定型通りの前進命令に対し、部隊再編中と修理補給中を言い訳に二回スルーしたところで、第四四高速機動集団司令部要員の旗艦ヘクトルへの招集命令が届いた。

「誰でもいいから来いというのだから、ジュニア行ってきてくれるかの?」

 爺様にそう命じられて、ガラガラのシャトルに乗って二〇分。敵中央部隊の砲撃も一時的に落ちつき、旗艦ヘクトル周辺までは及んでいない。過剰とも思えるが、わざわざエル=トレメンド搭載のスパルタニアンが二機、直衛についてくれたおかげでぐっすりと昼寝をさせてもらった。

 接舷しエアロックが接続され、シャトルの副操縦士が扉を開けると、そこは戦艦ヘクトルのシャトル乗降場。通常戦艦の数倍の人間が乗り込む巨大戦艦なだけあってかなり広いが、今は戦闘配置ということもあって人影は管制要員だけでほとんどいない。ただ一人出迎えだろうが、若い少佐がこちらを見て頭を掻きながら手を振っているのが分かる。

「お呼びと伺い、第四四高速機動集団作戦参謀ヴィクトール=ボロディン少佐、ただいま参上いたしました」
「ちょっとやめてくださいよ、ボロディン先輩」

 俺がつま先からてっぺんまで完璧な敬礼をすると、ヤンは心底嫌そうな顔つきで答礼してから、苦笑して俺に右拳を伸ばしてきたので、左拳でそれに応じた。

「部隊再編制でお忙しいところ、ご足労をおかけして申し訳ございません」
「小康状態だから大丈夫さ。わざわざ直掩機までついてきてくれたから、シャトルで昼寝をさせてもらったよ」
「それは羨ましい。私も帰りに同乗させてもらえますか?」
「おいおい、いったいどうした?」

 普段の軽口の応酬という割には、ヤンの声に張りがない。元々戦場でやる気のある態度を見せるということがないのは承知の上だが、ここまで無気力なヤンの姿を見ると些か心配になってくる。ヤンを高く評価し、かつ話の分かるシトレの麾下に居ながら一体どういうことか。シャトル乗降場から恐らくは司令部会議室へ向かう廊下で、周囲に人影がないことを確認してから、俺は小声で呟いた。

「それでキレているのは、参謀長と副参謀長のどっちだ?」
「副参謀長です。第四四高速機動集団は命令違反を繰り返し、せっかくの勝機を掴もうとせず、敢闘意欲に欠けていると」
「お前はどう思う?」
「これまでのところ勲功第一の麾下部隊に、随分と寝ぼけたこと言っているな、と」

 ヤンの表情を見る限り彼自身は別として、第八艦隊司令部の空気は第四四高速機動集団に対して厳しい視線を向けているのは確かなのだろう。しかし正式に命令違反で軍法会議を開催するほどではなく、また戦闘状態が続いている以上第四四高速機動集団に戦線離脱やサボタージュされては自分達が困ると言ったところか。いや……それだけではない。

「つまりこれは査問会みたいなものだな」
「査問会 ?」
「呼べば俺が出てくるのを承知の上で、甘んじて『お叱り』を受けろ、ということだろうよ」

 もしも爺様やモンシャルマン参謀長が招集に応じたらどうなるか。爺様ならマリネスク副参謀長をどこであろうと面前で頭ごなしにこっぴどく叱りつけるだろうし、参謀長ならガリガリに理詰めで追い詰めて吊し上げることだろう。そうしなければ、これまでの高速機動集団の戦闘行動に対する正統性を棄損することになってしまう。

 そしてそれは有力な戦闘指揮官であるアレクサンドル=ビュコックとその一党が、シドニー=シトレから離反するということに繋がる。第八艦隊司令部もその点を十分に考慮して呼び出す相手をあえて指定しなかった。爺様もそれを理解した上で、彼らに配慮して俺に命じた。同派閥のグレゴリー=ボロディンの甥であれば、それほど強く叱りつけることもないだろうと踏んで。

 つまりは呼び出した側も呼び出された側も理解した上での出来レースなのだが、第八艦隊司令部として第四四高速機動集団の『命令違反』に、ひとつ釘を刺しておかねばならない、といったところか。ついでにマリネスク参謀長も俺に対してマウントでもとりたいのかもしれない。まったくとんだ貧乏くじだ。

 はぁぁぁ、と溜息をつくと、ヤンも肩を竦めて応じてくる。今の俺にとって必要なのは忍耐だ。いろいろ言ってくるだろうが、なるべく当たり障りのないように応対しなければなるまい。そう胸に刻みつつエレベータを三度乗り継いで、辿り着いたのは旗艦ヘクトルの司令艦橋だった。

 戦艦エル=トレメンドの司令艦橋と構造的には似ているが、両翼に伸びる幕僚席は長く二段になっており、席の数は人数に応じて三倍以上。横幅に広いのでメインスクリーンの大きさも段違い。流石はアイアース級戦艦だ。設備に金が掛かっている。

 その司令艦橋の中央で、腹の中も肌も黒い長身の中将はジャケットの上からも分かる太い腕を組み、メインスクリーンに映る敵艦隊を見つめている。その周囲には三人。中年で中肉中背ロマンスグレーは、ラスールザーデ参謀長。三〇代前半のひょろ長いインド系は、司令官付副官のヴィハーン大尉。そして俺が来たことにいち早く気が付いた副参謀長マリネスク准将は、赤土色の瞳で俺を睨みつけてくる。

「第四四高速機動集団次席作戦参謀、ヴィクトール=ボロディン少佐。お呼びとのことで司令部を代表し、まかり越しました」

 力を入れず自然な感じで、しかもケチのつけようのない一三〇点の敬礼で俺が告げると、シトレは半身になって軽い感じで答礼してくる。しかしその顔はハイネセンの料理店で見せた陽気な親父面ではなく、戦場における冷静沈着な艦隊指揮官のそれだった。

「忙しいところよく来てくれた、ボロディン少佐。途中で道に迷わなかったかね?」

 なんのことはない軽口だが、額面通りとってはいけないと思わせる口ぶりだ。それでいて話のとっかかりを求めるものでもある。イエス・ノーの端的な返事ではない、微妙な回答をシトレは欲している。

「ヘクトルまでは順調でしたが、ヘクトルの中でちょっと迷いまして」
 小さな笑みを浮かべて回答すると、俺を見るシトレの目の色が少し変わり、右の口先が小さく動く。よく意図を察した、と言わんばかりに。
「そうだろう。エル=トレメンドとは違って、この船は私同様にいささか図体が大きいからな」

 ハハハハッと明らかに上っ面ではあるが、声に出して笑うシトレに、表情に特徴のないラスールザーデ参謀長も怒気溢れるマリネスク准将も、一瞬気が削がれたように見える。『第八艦隊は図体がでかくて機敏に動けないが、第四四高速機動集団は小さく小回りが利いてよく動いてくれている』とシトレが言外に言っているのだから。

 つまりこの出来レースの召還はシトレとしては本意ではなく、副参謀長にも一定の道理があるので適切に流してくれと言うことだろう。上官の意図を察したマリネスク副参謀長としては、あまり強く出ては不味いと思ったのか睨む力を弱めつつ、軽く咳払いしてから俺に口を開いた。

「貴官を召喚したのは他でもない。開戦からこれまでの、第四四高速機動集団の行動意図を聞きたいからだ」

 当初予定では正面砲戦を継続しつつ、第一〇艦隊が到着するまで、敵の出方に合わせてなるべく遅滞的な行動をとるよう命じていたにも関わらず、何故敵の右翼部隊を挑発し、大規模な機雷戦を仕掛け、味方を巻き込むような行動をとったのか。また逆に混乱する敵部隊に対する追撃の手をなぜ緩めたのか。

「何らかの理由があってと考えるが、それはどういう理由か。説明してもらいたい」

 言葉は丁寧だが、釈明しろと言っていることに変わりはない。俺は少佐で、副参謀長は准将と地位に差があるとはいえ、確かにこの問答では爺様やモンシャルマン参謀長が相手だったらとんでもないことになる。俺は腹の奥底で溜息を押し殺しつつ、頭の中で言葉を選んでから口を開いた。

「当集団の行動意図につきましては、事前会議における方針に沿っていると、小官も第四四高速機動集団司令部も考えておりますが……」

 明白すぎる反対意見に、当然の如くマリネスク副参謀長は噛みついてくる。

「上級司令部としてはとてもそうは考えられない。少なくとも会戦冒頭において、第四四高速機動集団が積極攻勢に出る必要はないはずだが?」
「仰られることもご尤もです。ですが正面の敵に対して、我々の戦力は六割と数的に不利。敵にイニシアティブをとられないよう、こちらから積極的に行動せざるを得ませんでした」

 爺様なら『冒頭に数的に不利な配置をした上で、手足を縛られたまま打ち減らされろ、などという命令はごめん被る』とか言うだろうが、流石にそれは不味いと俺も分かっている。

「敵の砲火は苛烈であり、少なくとも左翼戦線を維持する為には、散開か密集のどちらかの陣形を選択する必要がありました。密集陣形を取れば敵に行動可能空間を提供することになりますので、散開陣形を選択したのは間違いではないと考えます」
「散開陣形で積極攻勢をかければ、かえって敵の猛攻を誘い、我が軍が崩壊するような事態を招くとは考えなかったのか?」
「精鋭の第八艦隊であれば、多少我が部隊の防御行動が前後しても、全体の崩壊はないと考えておりました」
「阿諛ならば不要。今回は第四部隊が冷静に対処してくれたからよいようなもので、希望的で一方的な考え方で部隊を動かすのは危険だと思わないのか?」

 阿諛の意図がなかったと言えば嘘になる。だが『希望的で一方的な考え方』というのは言い過ぎだ。上級司令部の言う通りに兵を動かして、漫然と被害を出すだけの中級指揮官など存在することすら許されるものではない。そこまで突っ込んでくるなんてこれって出来レースのはずじゃなかったのかと戸惑った俺に、マリネスク副参謀長は嵩に懸かって問い詰めてくる。

「上級司令部は常に戦場全体を俯瞰して命令を出している。中級司令部が独自の判断で行動することは、戦局全体の不用意な混乱を招き、ひいては戦略的な敗北を招くと貴官は考えないのか?」

 それはお前らの視野が狭いだけでなく艦隊統率能力に問題があるからだろ、と言えればどれだけ楽か。シトレがさっき仄めかしたことをもう忘れたのか。それともこれも含めて出来レースであるというのか。口を閉じたまま、周辺視野でマリネスク副参謀長の向こうにいるシトレを確認すると、『それは少し筋違いではないか』と若干困惑しているようにも見える。ということは、これは副参謀長の勇み足か……

 シトレとロボス。双方とも将器であって、のちに統合作戦本部長と宇宙艦隊司令長官になるわけだが、両者の人格に明確な差があってもシトレ派がロボス派を圧倒できないのは、マリネスク副参謀長に見られる幕僚集団の杓子定規な高級官僚的思考が、爺様のような実戦部隊指揮官達に受け入れられていないからなのではないだろうか。シトレはそれを幕僚達に認識させる為、爺様やモンシャルマン参謀長のようなベテランではなく、あえて同類に近くさらに若輩の俺に諫言させようとしているのではないか。

 ならばもう我慢する必要はないだろう。思い上がりと言われようと、ヴィクトール=ボロディン原作・ルイ=モンシャルマン編曲・アレクサンドル=ビュコック指揮のコンサート序曲に対し、これ以上的外れな批判をされて黙っているのは、戦死したオケに対する不義だ。

「まったく思いません。中級指揮官は目まぐるしく変化する局地的な戦況に対応する為、軍法によって臨機応変に対応する権限を持っております。ただ指示待ちして無為無策のまま、指揮兵力を打ち減らされることを許容するのは、中級指揮官として無能であると言わざるを得ません」
「な……」
「我々は第一〇艦隊が到着するまで、戦線と戦力を維持しなければならない。それが事前会議にて決定した方針であります。開戦より既に八時間、真正面からの砲戦を墨守していたとすれば、当集団は既に兵力の三分の一以上を失い、敵にさらなる積極的意思があれば戦線はとっくに崩壊していたでしょう。副参謀長閣下は、それでも良しと仰られるのですか?」

 結果論で物事の良し悪しを判断するのは間違いだ。上級司令部の命令に従わないことは、軍という暴力組織において秩序を乱す行為であることも、だ。だがそこまで命令に従えと強く言うのであれば、最初から『戦線を維持せよ』という抽象的な命令を出さず、随時細部にわたる行動指示を出すべきなのだ。

「貴官が言うのは結果論でしかない。敵右翼部隊に積極的意思があれば、第八艦隊の予備兵力から増援を出していた」
「どれくらいですか?」
「どれくらいだと?」
「被害関数通りとして、開戦六時間後。第四四高速機動集団が一三〇〇隻、敵右翼部隊が二八〇〇隻という状況下になった時に敵右翼部隊が前進を開始したとして、第八艦隊からどれほどの増援を出していただけましたか?」
「二〇〇〇隻は出す。第四部隊と、司令部直属の独立部隊を出す」
「その時点で第八艦隊正面に対峙する敵中央部隊と第八艦隊の戦力差は一万四〇〇〇隻対一万隻。そこからどうやって二〇〇〇隻を抽出できるのですか?」

 一万隻から二〇〇〇隻を抽出すれば、中央正面対峙戦力は一万四〇〇〇隻対八〇〇〇隻。もしかしなくても中央部隊の戦線崩壊は時間の問題となる。それが分かるだけに、マリネスク副参謀長はおし黙った。ラスールザーデ参謀長は最初から口を挟んでこなかったが、納得しているようにも見える。重い沈黙が司令艦橋中央部に圧し掛かりかけた時、シトレがようやく口を開いた。

「ボロディン少佐。第四四高速機動集団のこれまでの行動については十分理解できた。これからも臨機応変の奮戦も期待していると、ビュコック司令に伝えてほしい」
「ハッ!」
「それと可能であればスパルタニアンでも構わないので、『敵の行動についての逐次連絡』をヘクトルに寄越してほしい。中央部にいる我々も数的不利な状況下にある。忙しくて細かいところになかなか目の行き届かないところもあるかと思うのでね」

 それはシトレから俺に対する試合終了のゴング。命令違反云々について第四四高速機動集団にお咎めはなし。だが独自に行動する際は、事後報告でもいいからなるべく早く作戦案を上級司令部に出してくれ、という要望だ。お互いの面子を守りつつ、今後の状況に対応できるような命令を出す。やはりシトレの仲裁役としての才能は高い。

 マリネスク副参謀長も軍人として無能とは思えない。開戦前の事前準備では作戦から後方支援まで理路整然と組み立てていた。しかし事前準備と異なる状況下で、戦況を見ながら即応行動することが得意ではないのだろう。特に戦力的に不利になったこと、第四艦隊が予算承認されず追加戦力が半減したことなど、想定していないことが重なり、事前会議で俺が言質を取るような真似をしたから余計な火が付いたんだと思おう。

「了解いたしました。第八艦隊のご健闘をお祈りいたします」
「貴官も老練な用兵術をしっかりとその目に焼き付けたまえ。期待している」

 あえて周囲にも聞こえるような大きな声で言うシトレのショーマンぶり。子飼いの部下同士を競わせるやり方。決して悪い方法ではないが、要らぬ嫉妬を買うのは勘弁だ。長居は無用。袖口に申し訳なさそうな表情をしたヤンが待っていたが、視線で見送りを断り、一人でシャトル乗降場に向う。

 驚異的な昇進速度で元帥まで上り詰めたヤンが、最も長く在職した階級というのが少佐というのは、第八艦隊幕僚部に問題があったからなのではないか。前線における砲撃密度が来る時よりもさらに低下した中、窓の向こうでゆっくりと傾斜していく戦艦ヘクトルの姿を眺めつつ、俺は思うのだった。





 戦艦エル=トレメンドに戻ると、帝国軍は戦列を維持したまま全面的な後退を開始し始めていた。

「おお、戻ったか。ご苦労じゃったな」

 司令艦橋に入った俺の姿を見た爺様は、椅子に座ったまま俺を手招きする。爺様も出来レースは承知の上だったのだろうが、俺の顔に少しばかり不愉快さが浮かんでいるのが分かったのか、苦笑しつつ小さく数度頷いている。モンシャルマン参謀長に視線を向ければ肩を竦めているし、ファイフェルの顔には『ご愁傷さまでした』と書いてあった。

「見ての通りだ。敵が後退している」
「逃亡でもなく、壊走でもなく、後退ですね」
「その通りだ」

司令官席のミニモニターに映るシミュレーションを見る限り、目前の敵は幾つかの部隊に分かれ、ことさら隙を見せてはいるが、どう考えても罠としか思えない。インカム片手に声を荒げるカステル中佐を横目に、モンシャルマン参謀長がシミュレーションを指差す。

「僚軍のどの部隊も敵に強力な一撃を与えてはいない。しいて言えば当部隊だが、局所的にも全体的にも、数的不利な状況は変わっていない」

 それでも帝国軍は後退している。彼らにも補給や修理が必要ではあるだろうが、攻め続けて同盟軍に消耗を強いても間違いではないのに後退している。つまりは仕切り直しと判断した可能性が高い。現時点での戦略目標は惑星カプチェランカ周辺の制宙権確保。第一〇艦隊が到着するまでの時間が被害なしで稼げるなら望外だ。

「ではカステル中佐の血圧が下がるまで我々は待機ですね」

 思わず口から出てしまった俺のジョークに、爺様も参謀長もファイフェルも一斉にカステル中佐を見つめ、視線を感じた中佐が怪訝な顔で見返してくるので、四人とも慌てて視線を逸らして含み笑いを漏らす。司令部首脳の動きに不審を抱いたカステル中佐が席を立った瞬間、索敵オペレーターの声が戦艦エル=トレメンドの空気を切り裂いた。

「味方右翼部隊が前進を開始! 後退する敵左翼部隊に攻勢を仕掛けています!」

 馬鹿な!と声を上げたのは爺様か参謀長か。確認するまでもなく俺は自分の席に駆け込んで、シミュレーションを時系列で確認すると、確かに帝国軍の後退にタイミングを合わせるように、長距離砲戦距離を維持しつつ味方右翼部隊が前進を開始しているのが分かる。

 味方右翼部隊は四つの独立部隊による混成集団。最先任になるドゥルーブ=シン准将が臨時の部隊指揮官を務めているが、部隊には同じ階級が四人もいる以上、統制に苦労しているはずだ。それでも部隊を二つのグループに分け、敵の後退に合わせて交互に前進させ、敵砲火の集中を避けつつ攻勢にでる手腕を見る限り、『中級指揮官としての』戦闘指揮能力は充分あるのだろう。

 数だけ見れば双方の戦力はほぼ互角。しかし敵左翼部隊はあのメルカッツ率いる重装部隊。火力、特に近接戦闘能力では格段の差がある。それを承知しているからこそ長距離砲戦距離を維持しているのだろうが、そもそも現時点で何故攻勢にでる必要があるのか。

 しかも右翼部隊だけが前進する形になれば、主力である第八艦隊との間に空間支配圏の隙間が生じる。敵中央部隊の戦力の方が第八艦隊より多い以上、そこに予備兵力を叩き込まれて分断、各個撃破される可能性がある以上、第八艦隊も戦力を移動させ隙間を埋めようとするだろう。右斜陣形になるだろうか。そうなると陣形が伸びて反対方向になるこちら側がより手薄になる。

「前進準備じゃ」

 同盟軍全体が右前方に引き摺られていく以上、現在位置を維持しているだけでは孤軍となりかねない。爺様は苦虫を嚙み潰し、命令を下した。敵の急進も考えられる上、前方には敷設した機雷原がある。

「部隊並行横隊陣を組め」

 機雷原と右翼部隊の重心点を弾き出し、その二点を結ぶ線に合わせて麾下三部隊を横に並べる。右翼部隊が前進すればするほど右斜陣形となる形だが、部隊単位での運用が簡単で敵本営との距離もあることから、敵の咄嗟の行動に対応しやすい。

 一連の計算を終えて参謀長に各部隊の移動指示案を提出し、一読された後、ファイフェルによってプロウライト・バンフィ両部隊へと伝えられる。改めて敬礼して自分の席に戻ろうとする俺を爺様は引き止めた。

「右翼部隊の攻勢・前進は明らかに無謀じゃが、敵も後退を止めない。ジュニアは敵の意図をどう見る?」

 爺様の質問に振り返り、メインスクリーンの端っこに映る敵と味方の相対状況を確認し、爺様の横に立つモンシャルマン参謀長の頷きを経てから応えた。

「敵の後退が星系全体を見た戦略的な要因か、惑星カプチェランカ周辺宙域に限定した要因かで、判断が異なります」
「ではまず前者の場合は?」
「休息時間の確保です」

 中央のイゼルローン駐留艦隊はともかく、両翼のヴァルテンベルク・メルカッツ両部隊は、シトレのカプチェランカ攻略に応じて緊急的に集められた部隊と考えられる。ヴァルテンベルクは恐らくはオーディンからの長駆行軍の末、メルカッツは第四四高速機動集団と数度にわたる交戦後。イゼルローン要塞から補給物資は新たに届いているだろうが、時間的な休息はイゼルローン駐留艦隊に比して少ない。一度仕切り直したい、と考えてもなんらおかしくない。

「……では後者の場合は?」
「惑星カプチェランカ周辺宙域からの離隔と、反撃空間の確保です」

 背後に惑星カプチェランカを背負う形で布陣している同盟軍を引きずり出し、陣形を乱した上で、強力な一撃により一片を粉砕し、同盟軍全体の継戦能力を崩壊させる。最初はヴァルテンベルクが第四四高速機動集団に仕掛けたが失敗した。であれば次はメルカッツが仕掛けてくるのではないか。

「味方右翼部隊は交互射撃による長距離砲戦に徹している。宙雷艇による近接戦闘を挑むにしては距離が開いているが、それでも仕掛けてくると?」

 モンシャルマン参謀長が首を傾げながら俺に問いかける。確かに長距離砲戦距離を維持して後退する必要はないし、急速前進して飛び込むには時間的にも遠い。しかし味方右翼部隊の後方には空間が開きつつある。

「敵に増援部隊がいたらどうでしょうか?」
「……味方右翼部隊の後背を突き、挟撃するということか? しかし跳躍宙点へ長距離偵察に出ている第八艦隊の各小戦隊からは何の連絡もない」

 いくら咄嗟砲撃があったとしても、周辺警戒を強めている二〇隻以上の哨戒隊を、通信を発する間もなく一瞬で撃破することは不可能だ。となれば跳躍宙点から新たな敵艦隊が到着した可能性は極めて低い。となると……

「司令官閣下。至急哨戒隊を出して、後退中のヴァルテンベルク艦隊の動きを確認させたいのですが?」
「儂らが前進を躊躇している間に戦力を抽出し、敵左翼部隊を増強していると、ジュニアは考えるんじゃな?」
「はい」
「よかろう。第八七〇九哨戒隊に隠密偵察を命じる」
「閣下、第八七〇九哨戒隊の戦力は現在たったの四隻ですが……」
「この場合は数が少ない方がよい。数が多いと注意を引きかねん」

 確かに二五隻定数の巡航艦小戦隊よりは警戒されないだろうが、たった四隻では下手すればワルキューレの一個中隊を出すだけで撃破されてしまう可能性がある。それにアトラハシーズ星系では、第八七〇九哨戒隊に死ねと言ってもおかしくない任務を課した。別の司令部直属の巡航艦分隊に割り振った方がいいのではないか。俺が返答を躊躇したのを爺様は見逃してはくれない。

「ジュニア、分かっているな?」

 現時点でもっとも有力で適合した偵察戦力を個人的感情で外すなということ。そんなことは分かっているが、二度も三度も彼らを追い込む必要があるのかという気持ちもある。了解しましたと俺は応え、自分の席に戻って超光速通信機器を起動させる。

 どうか生き残ってくれ、と声には出さずに。
 
 

 
後書き
2023.08.13 更新
2023.09.20 微修正

C103にサークル参加に値する作品ですかねぇ、これ。

(今のところオリジナルウマ娘かコレかで悩んでる) 
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