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戦国時代に転生したら春秋戦国時代だった件

作者:羽田京
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第2章 項羽と劉邦、あと田忠 ~虞兮虞兮、奈若何~
  第11話 四面紅白歌合戦

K月●日
ここ最近、張良の指示で、彭越と俺たちは、楚軍の後背地を荒らしまわった。
まあ、これだけでも十分な成果だったんだが。いつの間にか各地に一向宗を布教した彭越は、中華全土で一向一揆を起こすことに成功した。この火傷顔(フライフェイス)出家しても悪辣だった。

項羽は主力の韓信とやり合っていたのだが、とうとう根を上げて俺たちの元へと軍を差し向けた。その隙に、不思議ちゃん(劉邦)は、秦の食料集積地であった敖倉の食料を手に入れ、滎陽の北の広武山に布陣するに至る。反対に、項羽軍は食糧不足に悩むことになった。


☆月+日
項羽軍と一戦して退却した。いくら俺でも、別動隊のみで本体とまともに戦えないよ。外様の悲哀。
数ある戦いの中でも、退却戦は一等難しい。俺が殿軍を引きうけて、全体を彭越が統括したからこそうまく退却できた。俺一人では、大損害だったに違いない。あの猫耳はやはり俺たちを使いつぶすつもりなのだろうか。まあ、そこまで愚かではないと思う。

俺たち別動隊を退けた項羽は、戻ってきて劉邦軍向かい側の山に対陣したのだった。


H月J日
不思議ちゃん達は対陣はそこそこにして、そのまま引き上げる、と聞いていたのでこちらもそのつもりで行軍していた。ところが、猫耳軍師(張良)ケバイねーちゃん(陳平)は、「楚軍が本拠に帰って英気を養ってしまったら、漢軍は到底敵わなくなってしまう」と主張し、劉邦に楚軍の背後を襲うべきだと進言する。

劉邦はこれに従って楚軍を後ろから襲ったが、敗北した。この戦いには、俺も彭越も韓信も参加していない。誘いすらなかったので、猫耳のスタンドプレーのようだ。彼女が負けるなど驚天動地である。

どうにもあの猫耳には焦りが見える。俺や韓信が名をあげるのを極度に恐れているようだ。すでに勝ち筋は見えているし、戦後を考えて政敵を排除しようとする意図はわかる。

だがここまで露骨だとらしくないと思う。知力11に見える世界は、(知力10)と、そこまで異なるということだろうか?


H月U日
不思議ちゃんが猫耳にアドバイスをしたらしい。実は、猫耳は「永続的に韓信を斉王とし、彭越を梁王とする」と約束して援軍を得ようとしたらしいが、二人から拒否されていた。
すでに韓信は斎王の地位についていたが、これは偉くなりたかったわけではなく、楚の女将軍と添い遂げるためだ。彭越は昔だったら飛びついただろうが、今は世俗に興味を失っている。

不思議ちゃんは、条件を「韓信の結婚を公認する、彭越の一向宗の創立を認める」という条件に変更するよう促し、見事二人からの助力を得ることに成功した。俺に対しても「涼州統治の印璽」を渡す約束をしてくれた。このあたりの機微において、不思議ちゃんに勝るものはいないと思う。


▼月P日
あれから一進一退の戦いを続けている。

項羽軍は鐘離昧(しょうりまい)といった勇将を抱えてはいるんだが、俺と韓信の二枚看板には勝てない。さらに、猫耳軍師(ちょうりょう)を筆頭とした軍師陣もこちらが圧倒している。
そして不思議ちゃんのカリスマで諸侯や民衆が次々と味方してくる。だから負けてもかまわない。

「劉邦軍は畑から兵士が採れる」と漏らした俺は悪くない。悪くないんだ。

負ければ負けるほど強くなる不思議な劉邦軍。どこのソ連軍ですか?
それに対して項羽が出れば負けなしだが、彼女のいない軍は弱い項羽軍。どこのナポレオン軍ですか?


●月×日
いずれにせよ、時間は俺たちの味方だ。項羽はどこかで決戦をしないとならない。俺たちも不毛な戦など早く決着したい。両者の思惑が重なって決戦の地は定められた。その地の名は――垓下。


□月K日
よし、決戦にて項羽を破ったぞ!


F月※日
現在、項羽軍を包囲中なう。
ここで楚軍を包囲したまま紅白歌合戦をして挑発する作戦に出る。
敵の士気を大いに下げることに成功した。

いや、冗談だったんだけれど。





劉邦軍と降伏した項羽軍の将兵たちが、楽しそうに笑いあっている。

「みんなが楽しく笑いあって暮らせる世界を作るのが、私の夢なんです」

普段の淫乱ピンクが鳴りを潜めた劉邦が、側近たちに語り掛ける。
そこら中に篝火がたかれ、少量ながら酒も出され、つい先日まで敵だった兵士たちが腕を組んで大声で笑い合っている。まるで奇跡のような光景だ。

「だからみんな、劉邦ちゃんにこれからも協力をお願いね~」

くすりと冗談めかして笑う劉邦の姿をみて、張良たちは感極まっていた。素行の悪さに定評のある陳平ですら厳粛な雰囲気を出している。新参の田忠、彭越も同様である。
不思議な、そして奇跡のような一体感がそこにはあった。

その場で幹部は、劉邦への忠誠を改めて誓うのだった。それはとても神聖な誓だった。
宿敵項羽を破ればあとは、内向きの問題である。このタイミングで引き締めを図った劉邦は、意図的なのか、あるいは天然なのか、空気を作ることにかけては天性のものがあった。

そして、その流し目が向かう先は——田忠。伝説に謡われる悲劇の仙人だった。

「……ッ」

猫耳フードを深く被ると、すぐに表情を隠す。
今の光景を忘れようとかぶりを振るも、嫌な妄想が膨らんでいく。
——あの劉邦が田忠に本気になっているのではないか。
苦い胸の内をどうすることもできず、張良の焦りは加速していくのだった。





「楽しいですねえ~忠ちゃん?」
「ええ、本当に。奇跡なような光景です、劉邦様」

「劉邦ちゃんでいいって言ってるのに~いけずですね~」
「ははは、ご勘弁を——それより、準備ができたようです。音頭をお願いします」

 あたりは闇夜に包まれているが、篝火が随所にたかれ意外な程明るい。陽気な雰囲気があたりを包む。しかしここは戦場。項羽軍をいままさに包囲している最中である。多数の篝火も奇襲を防ぐためでもあった。

「は~いみんな~、にっこにっこに~。ふぁいとだよっ! さて、今晩はチキチキ第1回紅白歌合戦を始めたいと思います!」

『おー!』

「まずは私ちゃんから! 私の歌を聞けええええええええぇ!!!

 このあと無茶苦茶歌った。

「「「劉邦ちゃーん!  ほ、ほーっ、ホアアーッ!!  ホアーッ!!」」」

 親衛隊を組織して、無駄にキレのあるオタ芸を披露した田忠に、劉邦は熱い眼差しを向ける。それを猫耳軍師は無言で見ていた。


 楚歌を一晩中聞かされた項羽軍は、抵抗する意思を急速に失っていくのだった。絶望が項羽軍を覆う。

 なお、その後も年に1回の紅白歌合戦が行われ、漢の恒例行事として後世に伝わるのだった。


 
・故事「兵士は畑から採れる」
畑(民草)の支持を受けなければ、大軍を擁することはできないという意味。
楚漢戦争末期に田忠が劉邦軍を指して語った言葉が由来となっている。 
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