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魔法絶唱シンフォギア・ウィザード ~歌と魔法が起こす奇跡~

作者:黒井福
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AXZ編
  第149話:その心は金剛より硬く

 マリアが運転するジープの上で、颯人は珍しく神妙な顔をしていた。その視線の先にあるのは、戦争の影響で破壊された街並み。人の営みの名残が残る瓦礫の山が視界を流れていく様を見て、颯人は鼻から溜め息を吐きつつ指先で自分の頬をトントン叩いている。

「ふ~む……」
「な~に似合わない顔してんだ?」
「ん?」

 彼の様子が気になった奏が声を掛けると、颯人は視線を荷台の上に戻した。見ると奏だけでなく、他の装者達も物珍しそうに彼を見ていた。普段飄々とした彼が真剣な顔をすると、それだけで周囲の目を引いてしまうらしい。
 いや、或いはまた彼が何か企んでいるのではないかと警戒しているだけか。少なくともクリス辺りは警戒しているかと思ったが、意外な事に彼女は颯人の様子に興味は無いらしい。ただ何かを見ないようにするように、目を瞑って透に寄りかかっている。透もそんな彼女を優しく包むように支えつつ、視線は流れていく周囲の景色に向いていた。
 その表情はどこか悲しそうに見える。

「お~い? 颯人~?」

 何時の間にかクリスと透の様子を観察してしまっていた颯人に、返答がない事を訝しんだ奏が顔の前で手を振って来た。そこで漸く彼は意識を彼女に向ける。

「ん? あぁ、いや……大した事じゃない。ただちょっと……そうだな。今回の黒幕について考えてた」
「パヴァリア光明結社……」

 颯人の口にした黒幕と言う単語に、調が静かにその名を口にする。

 パヴァリア光明結社……それはワイズマン率いるジェネシス同様、世界の裏で暗躍する錬金術師の組織。今の欧州を暗黒大陸にした要因とも囁かれる組織であり、過去にF.I.S.やキャロルにも協力していた組織だと言う。
 彼らがその存在を知ることになったのは、八紘の特命でロンドンに調査に向かっていたマリアがその情報を掴んだからであった。

 図らずも、ジェネシス同様フロンティア事変と魔法少女事変、双方に関わっていたもう一つの組織。ただジェネシスとの違いは、決して表立って動く事は無く裏で暗躍し続けてきたと言う事である。ジェネシスはその戦力を減らすリスクまで冒して活動し、結果今は戦力の補充に奔走されていた。
 これがパヴァリア光明結社の狙いだったのかは分からない。ただ少なくとも一つ言えることは、この二つの組織に協調とか共同の様な関係性は見られないと言う事だ。ジェネシスは飽く迄自分達の魔法使いだけで戦い続け、アルカノイズを使役した事は無い。そもそもウィズとアルドの話を聞く限りにおいて、魔法使いと錬金術師の仲は悪い。その両者が下手に共同歩調をとろうとすれば、互いにいがみ合って計画が破綻するのは目に見えていた。

「ジェネシスとは別に、世界の裏で暗躍してきた組織……もしかすると今度は、そいつらとやり合う事になるかもと思うとな」
「不安なのか?」
「そんなんじゃねえよ。ただ、分かんねえだけさ。こんなスゲェ力を、どいつもこいつも変な事にしか使えねえのが、さ」

 そう言って颯人は空に指輪をはめた右手を翳した。少し手首を回せば、太陽の光を反射した指輪がキラリと煌めく。

「ホント……何でだろうな……」

 珍しく、どこか寂しそうな声を出す颯人。その言葉は、風に乗って何処へともなく消えていった。




***




 本部に戻った颯人と透は、男性用のシャワールームで手早く汗を流し休憩用のスペースでソフトドリンクを片手に一息ついていた。女性陣はまだシャワールームの中。時折外まで話し声が聞こえてくるので、出てくるまでまだしばらく時間が掛かるだろう。

 この時間を利用し、颯人は透に気になっていた事を訊ねた。

「そう言えば、透? お前大丈夫なのか?」
「?」
「今回の任務、お前にとっても嫌な思い出が沢山あるんだろ?」

 それはクリスの様子から漠然と感じていた不安である。今回の任務がバルベルデで行われると知った時から、クリスは何処か思い詰めた様子で過ごしていた。それは恐らく……と言うか間違いなく、過去の出来事が関係している。

 クリスはバルベルデで両親を失った。それも事故なんかの類ではなく、内戦に巻き込まれるという形でだ。
 そして透もまた、クリスと共に内戦に巻き込まれて捕虜になり、数年の月日を暴力の中で過ごした末に喉を、声を失った。

 どちらにとっても辛い過去。特に透はただ声を失っただけでなく、同時に夢も失ってしまったのである。普通の神経をしていれば、辛いなんてものではない。死に掛けたことも相まって、トラウマになっていてもおかしくはない。
 だのに透は、クリスの心配こそしても彼自身は精神的に参った様子を欠片も見せていない。颯人はそれがどうしても気になったのだ。

「クリスちゃんの事を気遣えるんだ。忘れたって訳じゃないんだろうが……」

 颯人がそう訊ねると、透は少し考えるような顔をした後小さく笑みを浮かべ、メモにペンを走らせ颯人に見せた。
 そこに書かれていた内容に、颯人は思わず目を見開いた。

「お前……マジ?」

 信じられないと言いたげな颯人の問いに対し、透はコクンと頷いた。その様子に颯人は呆れたような、だが同時に感心を含む溜め息を吐いた。

「はぁ……お人好しもここまでくると病気だな。それで良いのか? お前1人が損してんだぞ?」
〔クリスが居てくれるなら、僕にとってはそれで十分です〕

 それが虚勢でも何でもなく、本心からの言葉である事が颯人には手に取るように分かった。分かってしまった。

 透の揺ぎ無い意志を目の当たりにし、颯人は力無く両手を上げた。

「参った、降参だよ。ったく、この超合金メンタルめ。フィジカルもメンタルも最強とか、天はこいつに色々与えすぎだろ」

 颯人の言葉に徹が困ったような顔をしていると、女性用のシャワールームから奏達が出てくる。その中にクリスの姿を認めると、颯人はそっと彼女に近付きまだ少し湿り気の残る頭をポンと叩いた。

「幸せもんだねぇ、クリスちゃんは」
「はぁ? 何の話だ?」
「いやいや、こっちの話さ。さ~て、飯でも行くかなっと……」

 訳が分からないと言う顔をするクリスらを置いて食堂に向かう颯人。話の流れが読めず、クリスは一体どういう事かを透に訊ねた。

「何だあのペテン師……透、アイツと何話してたんだ?」

 クリスが問い掛けると、他の女性陣の視線も一斉に透に突き刺さる。彼は向けられる視線に気圧されるような感覚を覚えつつ、笑みと共にそっと唇に人差し指を当てた。

 それは誰がどう見ても、内緒……と言う意味のジェスチャーであった。




***




 夜、颯人達に新たな指令が下った。

 調査の結果、新たな軍事拠点が判明。そこでは化学兵器が製造されているらしく、働かされている民間人と思しき人物がバイオハザードマークの描かれたドラム缶を運ぶ様子も確認された。政府軍が関わっている以上、この施設にも当然アルカノイズが仕掛けられている可能性が高く、しかも迂闊な攻撃は周辺への環境汚染の危険もある。故に大火力を用いる事はせず、少数精鋭で制圧が出来る彼らに役割が回ってきた。

 夜の帳が降りたジャングルの中にある川を、二つのボートが遡上していく。ボートの片方には翼とクリス、そして透が。もう片方には颯人と奏に響がそれぞれ乗っている。

 敵に気付かれないようにと川を遡上するボートの上で、クリスは険しい顔をしていた。
 このバルベルデに来てからと言うもの、嫌な思い出ばかりが蘇る。その最たるものは両親の死と、血の海に沈む透。

 だが記憶の中に登場した人物は彼らだけではなかった。

『パパッ!? ママッ!?』
『クリス、駄目だッ!? おじさん達は、もう……』
『やだッ!? パパ、ママァッ!? 放して透、”ソーニャ”ッ!?』
『駄目よクリス、危ないわッ!!』

 爆発により息絶え、瓦礫と炎の中で骸を晒すクリスの両親。2人の亡骸に涙を流して駆け寄ろうとするクリスを透と共に引き留めるのは、1人の浅黒い肌の女性……ソーニャ。

 炎と更なる爆発にクリスが巻き込まれないようにと透と共に引き留める彼女に、涙ながら振り返ったクリスは悲しみを怒りをぶつけた。

『ソーニャの所為だッ!?』
『はっ!?…………くぅッ!?』

 クリスが彼女に怒りをぶつけるのには理由がある。それと言うのも、支援物資として彼女が持ち込んだ荷物の中に爆弾が紛れており、それが起爆した事でクリスの両親は命を落としたのだ。勿論ソーニャは自分が持ち込んだ物資の中に爆弾が混じっているなど知る由もなく、彼女も結果的には被害者なのだが幼いクリスにとってはソーニャが全ての原因であった。
 ソーニャ自身も知らなかったとは言え、自分の行動がクリスの両親の命を奪ってしまった事実に何も言い返せず涙を流すだけであった。

 そんな2人に否と唱えたのが透であった。

『クリスッ!? そんな事言っちゃ駄目だッ!? ソーニャだって知らなかったんだッ!?』
『何でッ!? だって、ソーニャが持って来た――――』
『かもしれない。けれど、それでソーニャを責めるのは間違ってるッ!……違うんだよッ!!』

 必死にクリスを宥めようとする透の目からも、涙が溢れていた。家族ぐるみで付き合いのある雪音夫妻の死は、彼にだって辛い。その原因がソーニャの持ち込んだ荷物にあると言うのなら、彼女に怒りが向きそうになるのも仕方がない。
 だが透は、そんな安易な思考で自分の心を慰める事をしたくなかった。それは、彼の母への侮辱にも繋がるからであった。

 故に、透は悲鳴を上げる自分の心を幼いながらに律し、クリスを叱り付ける様に宥めたのである。

 その時の事を思い出し、クリスは束の間表情を和らげる。

――思えば、透に叱られたのって……あれが最初で最後だったっけな――

 1人感傷に浸っていると、見ていられなくなったのか翼が声を掛けてくる。

「……昔の事か?」
「ッ!……あぁ! 昔の事だ、だから気にすんな」

 翼が心配してくれているのが分かったクリスは、努めて何でもないように振る舞おうとした。だがそれでも、思い出された嫌な思い出に搔き乱された心の痛みは隠し通せるものではなかったらしい。翼は変わらぬ表情で言葉を続けた。

「詮索はしない。だが今は前だけを見ろ。でないと……」

 でないと怪我だけでは済まない事になる。そう続けようとしたところで透が自分の胸を叩いた。翼が見ると、透は大丈夫と言う様に力強く頷いて見せた。その姿に翼はフッと肩から力を抜いた。

「そうだったな。北上が居れば――――」

 その時突如ジャングルの木々の間を眩い光が突き抜けてきた。目を眩ませながらそちらを見ると、武装した車両らしきものがサーチライトを向けてきていた。どうやら敵のパトロールに見つかってしまったらしい。

 車載機銃からの掃射が行われるが、照らされた時と同じく唐突にサーチライトの光が消えた。パトロールの存在に気付いた颯人が、ウィザーソードガンでサーチライトを撃ち抜いたのだ。光源を失い、再び闇に閉ざされたジャングル。ボートを見失った事で、機銃からの銃撃が止んだ。

 この隙に装者達がシンフォギアを纏い、颯人と透も変身する。

「さ~て、タネも仕掛けも無いマジックショーの開幕だッ!」
「一番槍はアタシ達だッ! 響ッ!」
「はいッ! 行きますッ!!」

「変身ッ!」
〈フレイム、プリーズ。ヒー、ヒー、ヒーヒーヒー!〉
「Croitzal ronzell Gungnir zizzl」
「Balwisyall nescell gungnir tron」

 早速変身した颯人達は、取り合えず横をついて来ている軍用車を排除した。手持ちのライトを取り出し颯人達の姿を確認しようとした兵士の前に、奏が躍り出て気を引いている間に颯人が機銃を撃ち抜き、響が横から車両を殴り飛ばし横転させる。

 その騒ぎで施設の方にも異常が知れたのか、サーチライトが周囲を照らすと同時に警報が鳴り響く。そして警報に反応する様に、施設内に仕掛けられたアルカノイズ射出装置が起動し施設内をアルカノイズが埋め尽くす。

 騒動が起こった事に、強制労働させられていたらしき人々が慌てて逃げ惑う。颯人達は彼らが戦闘に巻き込まれないよう、注意しつつアルカノイズと迎撃に出てきた兵士を無力化していく。

「オラオラオラァッ!!」

 奏が振るう槍が次々とアルカノイズを薙ぎ払う。狙いをつける必要もない程蔓延るアルカノイズは、槍を一振りするだけで次々と赤い塵となって崩壊していった。

「ハァァッ!!」

 その向こうでは翼が流れるような動きでアルカノイズ達を切り伏せ…………

「うおぉぉぉぉっ!!」

 また別の場所では、クリスのアームドギアが変形したガトリングが瞬く間にアルカノイズを蜂の巣にしていった。

「フンッ! セイッ! ヤァァッ!」

 逃げ惑う人々に被害が及ばぬよう、響は拳と蹴りで迫るアルカノイズを叩き潰していく。

 そんな彼女らの活躍に、兵士も黙ってはおらず銃を持ち出し対抗した。
 だが彼らは即座に魔法の鎖で動きを拘束される。

〈バインド、プリーズ〉
「うわぁっ!?」
「な、何だぁッ!?」

「暫く大人しくしてな」

 兵士達を無力化した颯人が近付くアルカノイズを切り伏せる中、透は1人民間人を守るべく奔走していた。流れ弾や、アルカノイズの攻撃の余波が彼らに危害を及ぼさないとは限らない。
 実際兵士の撃った流れ弾の幾つかが彼らに迫ろうとしていた。透はそれを素早く叩き落とし、戦闘の余波で建物が彼らの上に崩れ落ちそうになったら魔法で彼らを守った。

「あ、ありがとう……!」

 1人の少年が、助けられた事に感謝の言葉を口にする。透は少年に大丈夫と頷き避難を促そうとして……

「?……」

 その少年の顔に既視感を覚えた。この少年、誰かに似ているような気がする。

「な、何……?」

 自分の顔を見つめてくる透に少年が首を傾げたことで、我に返った透は何でもないと首を横に振り改めて彼を逃がそうとした。

 その時、両手に鋏を持った大型のアルカノイズが出現し、その鋏から水を噴き出す様にアルカノイズをばら撒いた。
 新たに召喚されたアルカノイズは、建物も兵士も関係なく分解していく。どうやら颯人達の活躍に恐れをなした基地の司令官が、諸共に全てを巻き込んで道連れにするつもりで召喚したらしい。とんだ傍迷惑だ。

「手当たり次第かッ!?」

 翼は敵とは言え兵士がアルカノイズに殺されるのを黙ってみる事は無く、兵士や施設を攻撃するアルカノイズを切り捨てる。

「誰でも良いのかよッ!!」
[ARTHEMIS CAPTURE]

 クリスのアームドギアが変形した大型の弓から放たれた矢が、大型アルカノイズに突き刺さると内側から破壊し消滅させた。

 その一方で、翼と奏は別の大型アルカノイズを2人お得意の合体技で一気に仕留める。

「行くぞ、翼ッ!」
「承知ッ!」
「「ハァァァァァァッ!!」」
[双星ノ鉄槌-DIASTER BLAST-]

 クリスと奏、翼の活躍により大型アルカノイズは消滅した。これでこれ以上施設が大きく破壊される事も、アルカノイズが増える事も無くなった。
 そう思った時、兵士の1人が上空を指差した。

「おい、あれッ!?」

 上空を見上げると、コマとロケットが合体したようなアルカノイズが施設に向け降下してきていた。落下のエネルギーを持って施設を完全に破壊し、化学兵器を辺り一面にぶちまけるつもりのようだ。敵も味方も巻き込む、破れかぶれの一撃。

 そんな事を許す颯人達ではなかった。

「させるかよ!」
〈フレイム、ドラゴン。ボー、ボー、ボーボーボー!〉

 颯人がドラゴンの力を解き放つと同時に、響がまだ残っているアルカノイズの群れを突き崩しながら降下してくるアルカノイズの真下に入り込む。そしてガントレットを変形させると、一気に上空に向け飛び上がった。

「オォォォォッ!!」
「さぁ、ショータイムだ!」
〈チョーイイネ! スペシャル、サイコー!〉

 響が突撃するのに合わせて、颯人がスペシャルの魔法を使う。胸にドラゴンの頭部が装着され、その口から強烈なブレスが放たれる。

 上空のアルカノイズは響の突撃と颯人の攻撃に気付いたように形をロケットの様に変え落下速度を上げるが、その直後に響の拳が直撃し内側から破壊されていく。と同時に颯人のブレスがアルカノイズの上部を焼き払い、アルカノイズは内と外から破壊され赤い塵を撒き散らして消し飛ぶのであった。 
 

 
後書き
と言う訳で第149話でした。

本作では透が居る事により、クリスの心に大きな変化が生じています。ソーニャとの関係なんかは、その最たる例ですね。一方的にソーニャを責めるだけだった原作過去のクリスに対して、本作では透がクリスを叱ってくれているので印象が少し違います。

ステファン周りの事も、本作では大分変化が加わる予定です。

執筆の糧となりますので、感想評価その他よろしくお願いします!

次回の更新もお楽しみに!それでは。 
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