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やはり俺がink!な彼?と転生するのは間違っているのだろうか

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パラディ島編 第23話 ウォール・ローゼ攻防戦② ~ウトガルド城と彼女の諱~

周辺への伝達を行っている兵士との合流を目指し、南の方角にウォール・ローゼ内の平野を駆けている時、横で一緒に馬を走らせているミケ分隊長が声をかけてきた。

「ハチマン、1つ聞くぞ。
 何故ここに来た」

 その一言で、俺は自分に任された任務を思い出す。
 やっべぇ、やっべぇ、普通に忘れてた。

「…あ、え、えぇーっと、説明しますと…」

 内心動揺を隠しながら、ここに来た理由を説明する。

《…アレで隠していたのかね?
 中々に動揺していたように見えたが…》

 えっ、おい、マジかよ…。

《あぁ、マジだぞ。
 おそらくだが、ミケ・ザカリアスにもばれているだろう》

「…おうちかえりたい…」

「む?…急にどうした、ハチマン」

「あ、いえ…家のベッドの上でのた打ち回りたい衝動に駆られただけですので…」

「…そ、そうか。
 それは兎も角…、お前が言いたいのはつまり俺たちの本来の任務は達成できたという事だな?」

「…あ、はい、そういう事になります。
 まぁ、まだ他にも超大型や鎧が誰なのか分かっていませんし、俺の同期達を警戒する必要はあると思いますがね」

「…俺は壁が破られた時点で104期系列の調査兵にはいないと思っていたが…もしかしたら別働隊が居る可能性もある。お前の言う通り警戒は必要そうだな」

 ミケ分隊長と言葉を交わしつつ馬で駆けていると、広い平野だったはずが何時の間にか森が見えるところまで移動していた。
 そして、周囲がだんだんと仄暗くなってくる。

「…どうやら、日没らしいな」

「はい。馬に丁度松脂と適当な布を積んであるので木の枝でもとって来て松明にしましょうか」

「…本当に用意周到だな」

「不慮の事態に備えようと思うと、色々と持ってきてしまう性なんですよ。許してください」

「…いや、それのお陰で俺は今こうしてここに居る。文句を言うつもりは無い」

「それは良かったです」

 ふぅ、よかった…。医療関連や物資運搬で使うために持ってきた雑多な布がこんな風に役立つとは…。
 松脂も偶々余っていたのを貰ってきていただけだし…。
 今回は運がいいな。
 いや、壁内で巨人が出現するのはかなり不運なことだけども。

《そのことについては、疑問がある》

 ん?どうした、ガスター。

《いや、壁内で巨人が現れた以上、壁が破られたと見るべきなのだが…それにしては少々不可解な点が見られるのだよ》

 …例えば?

《壁が破られたと仮定したとしても、確認できた巨人の数が想定より少ない》

 …確かにそうだな…。
 シガンシナの時だって、さっきこっちに向かってきた巨人の少なくとも倍以上の量は居た。

《あぁ、その通りだ。
 だからこそ、壁が破られた、と言う仮定自体が間違っている可能性がある》

 !?いやいや、壁内に巨人が出現したって事は、壁が破られたってことじゃあ…。

《普通はそう考える。
 けれども、タイミングがおかしすぎるのだよ》

 は…?

《シガンシナの時もそうだ。
 別の所から壁に直接穴を開ければいいものを…超大型と鎧は態々突出したシガンシナ区の外門と内門を破壊し、巨人たちと共に侵入した。
 100歩譲って、それが偶々だったらまだしも、トロスト区でも同じ行動をとったことには違和感を隠せない》

 …そう、だな…。
 これは…壁に直接穴を開けられない理由があるという事か?

《おそらくはそうだろう。
 そうなると、今回の巨人出現にも違和感が出てくるだろう?》

 ああ、超大型と鎧に壁自体を破壊できない理由があるのなら、それは超大型と鎧の協力者たちも同じ。
 そして、他の勢力があったとしても、攻めてきているのはこの2体と協力者のみであることからこの2体を抱き込んでいる勢力が一番大きく、他は手出しできず、壁も破壊できない。
 つまり、壁は破壊されておらず、何らかの方法で巨人が壁内に出現したと考えるべき、ってことだな?

《その通りだ。
 ただ、巨人出現のプロセスが判明していない為、どうやって巨人が出現したのかが不明なままなのだがな》

 『森羅万象』や『解析鑑定』でも正体は判明しなかったのか?

《ああ、不明なままだ。前に君とヒョウが立てた『巨人が人間である』という仮説があるが、それも確定しているわけでは無い。超大型巨人のような知性巨人だけが例外な可能性もあるからね》

 …そうか。
 あの時はそう信じて行動してたが、解析結果でまともなものが出るまであまり鵜呑みにしないほうがいいな…。
 まぁ、今はそれを考えている場合じゃあない。
 さっさと他の班の人たちと合流しねぇと…。

《…!ハチマン、現在地から北西の方向で複数の魂が重力操作の干渉範囲に入った。
 魂のエネルギー量からして我々と同じ人間とそれを乗せている馬だろう。
 隊列を組んで移動している様子から、おそらく兵士たちだと思われる》

 それを聞き、思わず北西の方角を見る。
 すると、

「!ミケ分隊長、松明の明かりが見えます!」

「!本当か!」

 そこには、ガスターの言う通り隊列を組んで動く松明の明かりがあった。
 俺たちは松明の火を消さぬよう気をつけながら、急いで北東方面へ馬を走らせた。

《…それでいい。君は、まだ知らなくていいのだ。
 彼らの…巨人の正体を知れば、例え無知であった自分自身と愚か者を殺しているとしても…君は、愚かなほど心優しい君は…自身の責任を感じ戦い続けて、いつか壊れてしまうだろう。
 だからこそ…少なくとも、この悪魔の島・・・・を壁内人類…いや、エルディア人の手で奪還するその日までは、知らなくていいのだよ…》

―――
――


 火を消さないよう灯りの元に向かって、馬で駆ける。
 灯りの元には、完全装備のリーゼントの髪型が特徴的な男の兵士と女性兵士、そして、一切の装備を付けていないライナー、ベルトルト、コニーが居た。

「お前たち!無事か!」

 しっかりと確認できたが故か、ミケ分隊長はそう声をかける。
 それを聞いた全員がミケ分隊長のほうを振り向き、驚きの声をあげる。

「ミケさん!はい、こっちは問題ありません!
 …無事だったんですね」

「ああ、一応は無事だ。
 それで、状況は」

 心配するリーゼントの兵士に一声かけ、気を引き締めた表情でそう尋ねるミケ分隊長。
 それをみて、リーゼント兵士も気を引き締めた表情となる。

「はい、巨人共を避けて南方を見て回ったんですが…巨人が通れる大きさの穴どころか、人より小さい生き物が通れるような穴も一切開いてませんでした」

「!となると…ナナバたちの居る班の方角に穴があると見ていいな」

「はい、おそらく」

「…分かった。俺たちも同行する」

 ミケ分隊長の一言に、リーゼント兵士は頷き、先を進んでいく。
 それにミケ分隊長も続く。
 俺は後方を警戒しながら進むことにしたため、最後尾…コニーの後ろに着く。
 それに気付いたのか、コニーは俺に話しかけてきた。

「な、なぁ、ハチマン。
 お前、王都の方に行ってたよな。
 何でここに居るんだ?」

 …俺、コニーとそんな良かったっけ?
 ほとんど話したこと無かったはずなんだが…。
 そう若干困惑しながらも、俺はコニーに返す。

「ん、あ、あぁ、ちょっと任務でな」

「…そうか、まぁ、とりあえず、お前がここに来てくれて助かったぜ。
 あんだけの巨人の量じゃ、俺達を護りながら先輩方だけで戦うってのはきつかっただろうしな」

「まあなぁ…」

 確かにそう思う。
 ミケ分隊の人員がどれだけいたのかは分からないが、少なくとも、あの数を相手できるほどの人数じゃなかったのは明白だ。
 そんなことを考えながら先を進んでいくと、遠くに火の灯りが近づいてきているのが見えた。

「…!…西から…だよな、穴はあったのか?」

 灯りの正体はどうやら離散した調査兵の持つ松明の灯りだったらしい。
 それを確認したリーゼント兵士が尋ねると、先頭にいた金髪の中性兵士が答える。

「え…?いや、見てない。そっちにあったんじゃないの…?」

「!?…こっちも、確認できてないぞ」

 場に動揺が走る。
 それを押さえたのはミケ分隊長だった。

「…この暗闇で穴を見落とした可能性もある。
 馬も俺たちも疲労困憊の状態だ。何処かで休むべきだろう」

「…そうですね」

「あぁ、私もミケの意見に賛成するよ。
 けど、ここまで暗いと…、月でも出てくれたらいいんだけど…」

 そういった瞬間、雲に隠れていた月が姿を現し、月明りによって周囲の様子がはっきりとする。
 そして、遠くに朽ちた古城があるのが見えた。

「…ありゃあ…城か?」

「…ふむ、あそこなら馬も休ませる事ができそうだな…」

「なら、あの城に向かったほうがいいね」

 そう話し合って考えを纏めたのか、ミケ分隊長が俺たちに「一先ず、今日はあの城で休息をとる」といって馬を進め始めた。
 それに俺たちも続く。
 …その列の中に、装備を一切つけていないクリスタとユミルが居たことには驚きだったが。
 というか、クリスタ。馬に乗りながら寝るとは…中々に器用だな…。
 いや、馬のほうが起こすまいと気を使ってるのかもしれない。
 まぁそれはいいとして…、目的がはっきりしたからなのか、はたまた休めると思ったからなのか、俺たちは先ほどよりも速いペースで移動し続け、あっという間に古城にたどり着いた。

「…ウトガルド城か…、今夜はツキがあるみたいだね」

 …月・だけに?
 金髪兵士の言葉に心の内で笑う。
 サンズのにも似たジョークだな。おもしろい。

《そうだな。サンズなら、その一連の言葉を1人で言うだろう》

 だろうな。そして、パピルスがそれに一言言うまでがテンプレだ。
 そんな風にガスターと会話をしながら、馬を馬小屋に入れ…ようと思ったのだが、丁度2匹分の馬のスペースがもう既に埋まってしまっていた。

「…仕方ないな。すまん、ルドウイーク」

 俺はそういって、自分が乗っていた月光を彷彿させる美しい金色の中にうっすらと青い毛並みをもつ馬…ルドウイークを馬小屋の近くにあった俵の方に連れて行く。
 ルドウイークは俺が訓練兵の頃に支給された馬だった。
 元々はその珍しい毛並みから貴族たちに好まれ、そしてとある貴族に買われたのだが、乗ろうと思えばいきなりゲリラ豪雨にも似た雨が降る、どうにか乗れば、何も無い所でいきなり落馬する、そのまま乗らずに居ても、餌代が他の馬より高く、何より馬を買ってからその貴族に不幸が舞い降りたという事で毛嫌いされていた。
 そんな馬を貴族が競りに賭け、廻り廻って偶々訓練兵団に来たところ、支給される馬が急な在庫不足で居なかった俺の元にやってきたのである。
 初めは他に名前もあったのだが、俺がこの馬を一目見たとき、『月光剣』、『ルドウイーク』という2つの単語と『西洋風な厚手のコートを着込み、お洒落で枯れた羽根が特徴的な帽子を被った、青白い輝きを纏う白濁色の長剣を携えた薄い桃色の髪の女性の後ろ姿』が頭に浮かんだ。
 『月光剣』という単語も初めて聞くし、何より女性の後ろ姿といっても、そんな女性とあったことがある記憶は無い。
 だが、俺は『ルドウイーク』という単語を聞いて、この馬に相応しいのではないかと素直に思ったのである。
 まるで、それが本当の名前かのようにしっくりと来た。
 だからこそ、俺はこの馬に『ルドウイーク』と名付け、その馬…ルドウイークもそれを受け入れたのである。
 ルドウイークはおとなしく、慎重な性格であれど、気性が荒いときもある。
 それは危機的状況のときや自分が怪我した時により顕著に現れた。
 俺がミスをしてルドウイークの脚に枝が引っかかって切り傷が出来た時、処置しようとしたら痛さで暴れ回っていたほどなのだから。
 まぁ、あの時はどうにか宥めてしっかりと止血したお陰で病気にもならず綺麗に治ったのだが。
 それくらいでしか暴れまわらないからか、今のルドウイークは非常にゆったりとしている。
 疲れもあるだろうし、ただ単に落ち着いているからかもしれない。
 だが、それでも逃げ出す心配が無いというのはありがたいことだ。
 そう思いながらも、念のために近くの地面に杭を刺し、手綱を引っ掛けておく。
 そんな作業をしていると、クリスタを乗せた馬がこちらに近づいてきた。
 どうやら他の馬に馬小屋を譲って、こちらに来たらしい。
 …飼い主に似てるな。
 まぁ、クリスタみたいに少々危うい所は無いみたいだが。
 というか、クリスタまだ寝てるのかよ。
 その状態でよく連れてこれたな…。
 そう内心苦笑いしつつ、寝ているクリスタを起こす為に声をかける。

「おーい、クリスター。起きろー」

「…ムニャ…ンゥ?…はちまん…?」

「そうだぞー、起きろー」

「…ふへへ、はちまーん」

 念のためにクリスタの近くに寄っていたからだろうか。
 寝ぼけたままのクリスタが俺に抱きついてきた。

「…え、ちょ、ま、おい」

「うにゃー」スリスリ

 そんな可愛い声を出しながら俺の頬に自分の頬をこすり付けてくるクリスタ。
 …え、ちょ、可愛すぎませんかね?
 鼻血出して倒れそうなんですけど…。

《…さすがにそれは気持ち悪いぞ、ハチマン》

 分かってるっての、さすがに冗談だよ。
 …まぁ、可愛いってのは冗談じゃあないんだが。
 そんなことを考えながら、どうしようかと悩みつつ成すがままにされていると、聞き覚えのある怒鳴り声が聞こえてきた。

「オイッ!ハチマン、私のクリスタに何してやがんだッ!」

 そう怒鳴ってこちらに近づいてくるのは、いつもクリスタと一緒に居るユミルである。

「何してるも何も…なんか、寝ぼけてる。クリスタが」

「…ふにゃあ、うるひゃいよぉー?ゆみうぅー」

「クリスタはいい加減起きろッ!」

 うがーという効果音がつきそうな様子のユミル。
 そんなに怒るとシワが増えるぞ、といいたい所だが、態々デリカシーの無い発言をするのも面倒くさくなる気がするのでやめる。
 さて…それより、いい加減クリスタの目を覚まさせるか。

「おい、クリスタ。起きろ。
 起きたら…てんぷら、作ってやるぞ」

「!てぇんぷら!」ガバッ

 初めて食べさせた時以来大好物と化していたてんぷらを餌に起こそうと試してみると、案の定クリスタは両手を挙げててんぷらと叫びながら目を覚ました。
 …うん、寝ぼけから急に目を覚ましたからかてんぷらの発音がおかしかったが、そこがまたかわいいなぁ。

「…えっ?ハチマン?」

「ん?あぁ、ハチマンだぞ?」

 驚くクリスタにそう返すと、クリスタはどんどん顔を真っ赤にして「うにゃーっ!!」と叫びながら馬の上で暴れ始めた。

「ちょ、おい、馬の上で暴れんなって」

「うぅぅぅぅ、はずかしぃ…/////」

「えぇ…」

 そんな恥ずかしい事かよ…。

「恥ずかしいよぉっ!」

 心読むなよ…。
 …けどまぁ、怒ってる天使もかわいいしいっか。

「…うぅ…/////」

 怒ってるせいか滅茶苦茶顔赤いけど…、まぁ、大丈夫そうだし問題ないかね。
 さて、ルドウイークも藁の中で寝てるみたいだし、俺も非常用の物資だけ中に移して少しだけ休むか…。

「…私を無視するんじゃねぇッ!」

 そう激昂するユミルについては、面倒くさそうな事になりそうな気がするのでスルーし、ささっと物資を纏めて城の中に運ぶ。
 …そういえば、何があるかはしっかりと見てなかったな…。
 ふとそう思い、荷物を確認しようとしたその時、

「おい、ハチマン。すまんが、一度戻ってきてくれ」

 ミケ分隊長にそう言われる。
 ので、一度荷物を置いて戻ると、俺以外の全員が集まっていた。

「よし、全員集まったな。今の内にこれからの予定を伝えておく。
 出発は日の出の4時間前だ。俺たちが交替で見張りにつく。
 その間、新兵はしっかり休んでおけ」

 特にお前は、と言わんばかりの目力で俺の事を見るミケ分隊長。
 …いやいや、言われなくても休みますよ…。
 今も若干ではあるが眠いし…。

「あの…もし本当に壁が壊されていないとするなら、巨人は何処から侵入してきているんでしょうか…。
 もしかしたら…当初想定した程のことには、なってないんじゃないでしょうか…」

「ああ、お前の言う通り、壁が破壊されたにしては巨人が少ない。
 だからこそ、明日、それを調べる事も任務に入れている」

「…なるほどね。なら、今は身体を休める事に努めた方が良さそうだ」

 そういって話を纏めたミケ分隊長や他の調査兵たちは、城の屋上へと上がっていった。
 …さて、なら俺も資材の確認だけ済ませて休むとしますかね…。
 そう思い、松明を持って資材を纏めてある下層に降り、資材が入った袋等を見る。
 えーっと今あるのは…松明にしたとは言えどまだ残っている布、松脂、携帯食料5つに水3袋、予備の立体機動装置一式、ガスボンベ2つ、刃6本、消毒薬、応急薬、滋養薬、それぞれ3瓶ずつと火炎瓶か…。
 …いやちょっとまて、何で火炎瓶があるんだ?持って来た覚えないんだが…。
 というか、火炎瓶が入ってるんだったら、今日はまだ運が良いんだな…。
 下手すりゃあ火炎瓶が割れて、荷物が駄目になる所だったし…。
 いや、あの毛むくじゃらな巨人と出会ってる時点で運がいいとは言い切れないんだけども!

「…ハチマン」

 そんなの事考えていると、後ろから名前を呼ばれる。
 ので、振り返ると…、

「ッ!?…どうした、クリスタ」

 …何処か、悲壮感のような、それに似た何かを感じさせているクリスタが居た。

「…その…話が…あるんだけど…」

「…そうか。なら、場所を変えるか?」

「…ううん、ここでいいよ」

 そういって、クリスタは俺の隣に座る。

「…それで、話って何だ?」

「…うん、えっとね…」

 そう、どうにか言おうとするクリスタの表情はとても辛そうに見えた。

「…言いたくなかったら、別に言わなくていいんだぞ。
 お前が言い出したことだったとしてもな」

「っ…、…ううん、言うよ。
 …今から話すのは、私の出生について」

「ッ!?」

 …ずっと、疑問に思っていた。
 目の前の彼女は俺の話を良く聞きたがると言うのに、自分自身の話は一切しない。
 例えするとしても、それは自分の好物や愛馬の話だけだった。
 それに…。

「私は…クリスタ・レンズじゃない。私の…本当の名前は、ヒストリア・レイス。
 生まれたのは、ウォール・ローゼ北部の辺境。レイス領の小さな牧場」

 その言葉を皮切りに、クリスタ…いや、ヒストリアは自分の物心ついたときから訓練兵団入団までの全てを事細かに話していく。
 牧場での生活、母親との出来事、父親との邂逅と偽名の名付け、そして…自分自身の『良い人だと思われて死にたい』という願望。
 …ヒョウの家族との思い出を聞くクリスt…じゃなくてヒストリアの表情に悲壮感が漂っていたのはこういうわけだったのか…。
 言葉にしていくときの表情はやはり辛そうで…だが、それでも彼女自身が全てを話すと決めたと言うのならば、俺には止める事はできなかった。

「これが、私の過去。醜く歪んだ獣憑き。アナタがあれだけの事をした相手の正体は、そんな人間だったんだよ」

「…そうか」

「幻滅したでしょ?だから、私のこと、嫌いって言っても「それはない」」

 思わず、彼女の言葉を否定する。
 正直、何を言えばいいのかは分からない。
 「つらかったな」なんていう慰めの言葉なんかも、俺には言えない。
 その辛さを知っているわけでもないのに、言えるわけが無い。
 だが、それでも、彼女と…家庭関係とその周囲との関係だけは似ているからこそいえる事はある。
 今は…ただ、愚直に、それを言葉にするだけだ。

「…俺は、お前に『つらかったな』なんていう慰めの言葉なんかかけられない。
 お前の境遇を聞いて、それで知った気になって、それでいう事なんて、そんな無責任で恥知らずな事はしたくない。
 でもな…、これだけははっきりと言える。
 お前の過去が散々だったもので、お前の願望が他者に自分の価値を見出してもらう究極的なものだったとしても、お前の親友のユミルや他の104期の奴らは、そんなお前を決して嫌いにならない」

「ッ!」

「寧ろ、逆に心配されるだろうな。特にユミルから。
 …いや、ライナーやアルミンからもか」

「…?…ユミルは分かるけど、なんでライナーたちもなの?」

「ん?…いや、なんでもない。忘れてくれ」

 うそだろ、お前。気付いてないのかよ…。

「…さて、それは兎も角…俺は、昔、お前と似た環境だった」

「!?」

「…親や兄妹、同年代の知り合いや周囲の大人から見下され、虐げられ、酷い時には暴力まで振るわれた。
 俺も、お前と同じように周りが俺を有能と見てくれたら、行動は変わるかもしれないって思って色々やってみたさ。…結果は変わらんかったがな。
 そんなクソったれな周りのお陰で、俺は人間が嫌いだったのさ。
 …だから、お前の自己犠牲的な願望も理解できる。
 周囲の人間に認めて欲しい。自分自身には生きる価値がある。
 そう思いたいし、思って欲しい。
 だがな、それを自分の死後に求めて何の意味があるんだ?
 生があるからこそ、今まで自分自身が生きてきて、足掻き続けてきた証がある。
 なのに…、死んで漸く価値があると認められる生なんて…そんなのに、意味があるのかよ」

「ッ!…」

 目を見開いた後俯く彼女を尻目に、俺は言葉を続けようとして…何かが繋がる感覚に苛まれた。
 そしてすぐ、聞き覚えのある声が聞こえ、見覚えのある顔が見える。
 あれは…カルラさん?

『特別じゃなきゃいけないんですか?』

「!」

『私は、そうは思いませんよ』

『少なくともこの子は、偉大になんてならなくても良い。
 人より優れていなくたって』

『だって、見てくださいよ。
 こんなに可愛い』

 そう言いながらカルラさんは、抱えた赤子を愛おしそうにみて、頬ずりし、言う。

『だから、この子はもう偉いんです。
 この世界に、生まれてきてくれたんだから』

 …おそらくは、あの赤ん坊はエレンだろう。
 向かい合っている男は…誰だろうか。
 分からない…分からないが…見覚えが・・・・…。

 そう考えていた時、その光景はもう見えなくなっていた。
 …さっきのが何かは分からない。
 だが、俺が言うべき言葉は見つかった。
 ならば…それを、目の前の少女に投げかけるだけだ。

「…『生まれてきただけで偉大』。エレンの母親が言ってた言葉だ。
 お前は、今日ここまで生きてきた。
 たとえ利己心があったとしても、お前は他者を助け、生きてきた。
 その生に、意味が無かったとは言えないだろ。
 …お前には、価値がある。生まれ、生きてきた偉大さがある。
 だから…もう、自分を卑下する必要はねぇし、自分の好きなように生きればいいんだよ。同期の奴等も、お前の我侭を許容してくれる。
 それに…もし、そんなお前を否定して、操り人形みたいなのに仕立てようとする奴らが居るとしたら、…ユミルやヒョウ、同期の奴らが、そいつらを血祭りに挙げるだろうしな…」

 いや、ホント。
 同期の大半は兎も角、ユミルについてはそいつらを顔の原型無くなるまで殴りそうだし、ヒョウに到ってはナイフで四肢を動けない程度に少しずつ切り裂いて、出欠箇所を火で止血して、最終的に餓死するまで監禁する可能性があるからな…。
 そう思ったとき、隣から小さい笑い声が聞こえた。

「…ふふふ、そこは俺が守ってやる、じゃ無いんだね」

「俺にそんな粋なセリフは似合わねぇよ」

 そうぶっきらぼうに返す。
 そんな風に言う俺、間違いなくキモチワルイ。

「…そっか。
 ねぇ、ハチマン」

「なんだ」

「…ありがとう」

 少し頬を赤く染めて、はにかみながらそういうクリs…いや、ヒストリア。
 一番好きなその表情に見惚れてしまった俺は、それを悟られぬよう慌てて返す。

「…気にすんな。お前には、笑っててほしいからな」

「ふぇっ…!?/////」

 俺がどうにか返した途端、ヒストリアが顔を赤く染めた。
 …え、どうした、急に。
 そう思っていた矢先…、

《…ッ!?ハチマン、生体反応だ!しかも…これは…!》

 ガスターが焦った声をあげ、そして…、

「全員起きろ!」

 上の階から女性兵士の焦った声が聞こえてくる。
 …これは、一体…。

《…真夜中だと言うのに、巨人の接近反応が確認できた。
 しかも、巨人達は一斉にこちらに向かってきている》

 なっ!?

「屋上に来てくれ!全員、すぐにだ!」

 その言葉を聞き取り、ヒストリアと共に階段を駆け上がる。
 屋上に着き、下を見下ろすと…、

「月明りが出てきて、気付いたら…」

「何でだよ…なんでまだ動いてるんだ!?日没から、かなり時間が経ってるのに!」

 夜だと言うのに、いまだ活動し続ける巨人達の姿があった。

「ッ!全員、うろたえるな!」

「「「ッ!」」」

 得体の知れない恐怖が蔓延しそうになった時、ミケ分隊長の怒号が響き渡る。

「たとえ、夜動かないはずの巨人が動いていたとしても、今は関係ない。
 俺たちがやるべき事は…」

 そういったとき、巨人が城の下層部に体当たりする。

「…この城を使って、この巨人達を討伐する事だけだ!!」

 その言葉で、周りの兵士たちの顔から恐怖が消える。

「…そうだね、その通りだ。新兵は下がっておくんだよ!
 けど…そこの少年。悪いけど、立体機動装置をつけている以上、君には一緒に戦ってもらう。
 …ここからは、立体機動装置の出番だ」

 中性兵士にそういわれ、俺は刃を抜く。
 …ハァ、やりますか。

「いくぞ!!」

 ミケ分隊長の大声を皮切りに、一斉に屋上から飛び降り、立体機動に移る。
 飛び降りた瞬間から巨人がこちらに向かって手を伸ばしてくるが…、

「…」

 俺は寸での所で巨人の指を切り落とす事で避け、そのまま眼球に向かってアンカーを刺し、一気に巨人の背後に回った後、巨人の項目掛けてアンカーを刺し、急降下で刃を振るう。
 巨人は絶命し、倒れる…が、俺を狙ってくる巨人は大勢居るわけで…巨人達が一斉に俺を捕食しようと近づいて来た。
 ので、ウドガルド城にアンカーを刺し、その場から退避する。
 捕食対象が一瞬の内に居なくなったが故か巨人達は止まれず、頭を互いの頭にぶつけ、怯み隙を晒す。
 そんな格好の的を先輩方が見逃すわけもない。

「フッ!」

「オラァッ!」

 それぞれが巨人の項を削ぎ、安全策を取って巨人の手が届かない程度の高さまで登ってくる。

「君、本当に新兵かい?中々どうして、良い動きをするね」

「本当だな、俺もあの状況で奴らの指ぐらいは切り落とせるが…、あんな風に咄嗟で眼球にアンカーなんかを刺して止めは刺せねぇよ」

「…褒め言葉として受け取っておきます」

「ああ、そうしといてくれ」

 そうニヒルに嗤うリーゼントの兵士。
 …中々にカッコイイ性格のようだ。
 そういうの、控えめに言って大好きな性格だな。

「巨人はまだまだ来るぞ。気を引き締めろ!」

 そうミケ分隊長の怒号が聞こえる。
 …そうだな、今は、巨人達を片付けることに集中するか。
 そう思い、気を引き締め集中しようとした時、

「…ッ!」

 あの毛むくじゃらな巨人が壁に向かって歩いていくのが見えた。

「巨人って言うより、ありゃあ…獣じゃねぇのか!?」

 そう言うコニーの声も聞こえる。
 …獣の巨人か…、言いえて妙だな。
 というか…あいつが壁に向かうのを見ると、嫌な予感しかしない…。
 …ガスター。

《分かった。できる限りの早く対策を考えておく》

 頼んだ。
 …対策はガスターに任せるとして…、俺は、巨人討伐に専念するか。
 俺は城…というより塔からアンカーを外し、巨人達に向かってアンカーを射出した。

―――
――


 所変わってウドガルド城内に居る104期生。
 今は外で戦っている兵士の1人であるリーネに指示され、巨人対策としてバリケードをこさえる任務を背負っていた。

「巨人が何処まで来ているか見てくる!
 お前らは板でも棒でもなんでもいい!かき集めてもってきてくれ!」

 そう、先頭を歩いていたライナーが言う。
 そして、素早く下に降りていった。

「訓練でも本番でも変わらねぇのかよ…。
 真っ先に一番危険な役回りを引き受けやがって…あいつには敵わなねぇな…」

「あぁ…悪いクセだ…」

 そう言いながらも、付近の物資をかき集めるコニーたち。
 クリスタとユミルも共に何か使えそうなものを探していると、扉の近くの壁に纏めて置いてある数個の袋と立体機動装置が見えた。ハチマンの持ってきた資材である

「あっ!」

 一番最初に見つけたクリスタがそれに近づき、袋の中に何が入っているのかを急いで確認する。

「…うん、バリケードには使えなさそうだけど、先輩方の補給物資としては使えるね」

「!…水に食料まで…。…火炎瓶が入ってる理由は解せねぇが、あの野郎、中々に用意周到なんだな」

「うん、だね」

 そう、微笑んで言うクリスタに、ユミルは違和感を隠せない。

「…おい、クリスタ。何があった」

 無神経だとは思えど、それでも聞こうと思うユミル。
 すると、クリスタはこちらに顔を向けず言う。

「…ユミル。私ね…自分の名前を名乗って、胸張って生きるよ」

「!」

「だから…もう、大丈夫。あなたに『自殺願望』なんていわれるようなものは捨てたよ。新しい願望を見つけたから」

「…そうかよ。
 それは…、…ふっ、良かったな」

 その言葉は短くとも、とても深い何かが込められていた様な気がして、クリスタは嬉しくなった。

「…ちなみに、その新しい願望って言うのはなんだ?」

「…/////」

「ちょ、オイ!」

 恥ずかしそうであれど幸せそうな赤い顔…ヒョウが見れば、『女の顔』と言ったであろう顔をしたクリスタ。
 絶対あの野郎ハチマン関連だ…、とそれを見たユミルは思いつつ、おそらくクリスタをここまで変えたのもあいつ自身だろうと思い、何も言えなくなる。
 チクショウ、後であいつぶん殴ってやる、と嫉妬や歓喜等の複雑な感情が渦巻く中で拳を固めるユミルだったが、その拳は下から聞こえてくる怒号に力を抜かれた。

「ここだあぁッ!何でもいいから持って来い!!」

 ライナーの必死な声を聞いて、ユミルは下に降りながら周囲を見渡す。
 すると、

「!これなら…!」

 とあるものを見て呟く。
 自分1人ではさすがに持っていけないと素早く判断すると、コニーとクリスタに手伝ってもらい、それ…古くなり、本来の用途では決して使えないであろう大砲を階段付近まで持っていき、

「ライナー!!ベルトルト!!」

 巨人に対して銛を突き刺している2人に声を掛ける。

「オイ…それ…、火薬は!?…砲弾は!?」

「んなもんねぇよ!これごとくれてやる!
 そこをどけ!!」

 2人が手を放し、その場を離れたタイミングで大砲を押し出す。
 すると、そのまま大砲は滑り落ちていき、巨人に勢い良く突撃していった。

「上手く…いったみてぇだな…。
 奇跡的に…」

「あぁ…。ありゃ起き上がれねぇだろ。あいつのサイズじゃな」

「どうする?こんなナイフしかねぇけど…うなじ削いでみるか?」

 上の階で偶々見つけたナイフを出してそう言うコニー。
 そんな言葉にライナーは難色を示す。

「やめとけ…摑まれただけでも重症だ…」

「とっ、とりあえず、上の階まであがろう。入ってきたのが1体だけとは―――」

 階段を上り振り向きながらベルトルトが言ったその言葉は、コニーの後ろに立った巨人の存在を確認して途切れる。

「ッ!コニーッ!」

 途切れたのを不審に思ったのか、偶々なのか、扉の方を見ていたクリスタがそう叫ぶ。
 その声を聞き、コニーが後ろを振り向くと、自身の頭に今まさに齧り付こうとする巨人の顔が見えた。
 だが…、そうはさせまいとライナーが巨人を押しのけ、コニーを突き飛ばす。
 それでも巨人は諦めず、今度は押しのけた張本人であるライナーに向かって口を出した。
 あまりにも近い距離だったが故か、ライナーはその齧り付き攻撃を自身の腕を噛み付かせる事で一命を取り留める。

「ライナーッ!」

 ベルトルトが叫ぶ。
 その時、クリスタの瞳にはコニーのナイフが写っていた。

(!そうだ…、確かハチマンが…)

「ッ!あった!」

 急いで自分の懐を漁ると、何か硬いものに触れる感触があった。
 クリスタは、それを取り出す。

「ッ!オイ、クリスタ!」

「うおぉぉぉっ!」

 叫びながら飛び上がり、空中で1回転しながらクリスタは念のためにとハチマンから受け取っていた力作の骨削のナイフをライナーに気を取られている巨人のうなじ目掛けて振るう。

スルッ!

「…え?」

 ライナーに気を取られていた巨人はそれを避ける事もできず、クリスタにうなじを削がれ絶命した。
 だが、クリスタが驚いたのはそこではない。
 切ったときの感触である。
 クリスタのナイフの振り方は筋肉筋を垂直に切断するものだったので、もっと反発する感触があるはずなのだが、先ほどの感触はそれとは違っていた。
 むしろ、空を切ったと錯覚するほどで…。

「うおっ!」

 クリスタが着地しながらも思考を続けていると、ライナーが声をあげる。
 巨人の全体重がライナーにかかったらしい。

「…!ライナー!おい、大丈夫か!」

 コニーが駆け寄り、巨人の亡骸を退かそうとする。
 が、まったく動かない。

「ってか、熱っ!」

「そうか、巨人が蒸発しかけてるから…」

「ちっ、メンドくせぇ、なッ!」

 ベルトルトの言葉を聞いて、ユミルは飛び上がり、ライナーの上に乗っている巨人の亡骸の腹部を扉のあった方向に思いっきり蹴る。
 すると、亡骸は蒸発しながら階段を転げ落ちていった。

「ぐっ…、はぁ…、た、助かったぜ…、クリスタ、ユミル…」

「はん、礼を言うなら、その分働けっての」

「だ、大丈夫だよ!それより、早く手当てしたほうが良いよ!
 確か、ハチマンの持ってきた資材の中に応急薬と布があったはず…」

 『…ハチマン、割と色々持って来過ぎじゃね?未来予知かよ』
 少々違いはあれど、似たようなことを心の中で思うクリスタ以外の全員。
 『…割と持って来すぎだよね。…やっぱりすごい』
 対して、クリスタは女の顔をして感心するのであった。

「手当ては私がやるから、皆は扉の補強をお願い」

 上の階に上がり、応急手当の準備をしながらクリスタが言う。
 その言葉に、怪我人であるライナー以外が頷き、それぞれが集めた資材を元に扉の補強を行う。

「…次、また入ってきたらどうする?
 もう…あんな都合よく勝てたりしねぇぞ…」

 殆どの作業を終えたコニーがそう言う。
 その声には不安と焦燥が混じっていた。

「あぁ…僕もそう思う」

 コニーたちの作業する手元を松明で照らしながらそう言うベルトルトの視線の先には、手当てをしているクリスタとライナーが居た。

「うっ」

「落ち着いてね。多分、骨が折れてるよ。
 今は消毒薬で傷は手当しているけど、痛むんだったら応急薬を飲んでね」

「あぁ…」

 ハチマンの持ってきていた資材にあった、傷口を消毒する消毒薬を腕にかけながらクリスタは言う。

「骨折なら添え木と包帯だね…」

 クリスタはある程度頑丈な枝をライナーの腕に添え、袋と化していたものの包むものがもう既になくなっていた布を結び、首にかけ処置を終わらせた。

「よし、これで処置は出来たよ。
 さっきもいったけど、痛みが我慢できなかったら応急薬を飲んでね」

「ああ、ありがとな。
 命を助けてくれた上に、手当てまでしてくれてよ」

「ううん、気にしないで」

 笑顔で言うクリスタに、ライナーが心の中で(結婚しよ)と思ったのは言うまでもない。
 そんなどうでもいい事を思っているライナーにコニーが声をかける。

「ライナー、さっきはすまなかった。
 俺…お前に助けられてばっかだな…」

「…。別に…そりゃあ、普通のことだろ…。兵士なんだからよ…」

「どうだろうな…。
 あんな迷いなく自分の命を懸けたりするのって…俺には自信ねぇぞ…」

 そう言った時、ユミルが声を出す。

「…おい、ひとまず、無駄話は一旦止めだ。
 早いこと上にあがった方が良い。
 …このバリケードが、意味あるうちにな」

「そうだね、先輩方に補給物資を渡さないとだし」

 クリスタの言葉に同意し、104期生は上の階へと歩いていく。
 丁度その時であった。

ヒュゥルルルルルルルルルルルルルルルル

ドォォォォオォォォォォォ!

 何かが飛来する音と共に、辺りに爆破が起きたかのような音が響き渡ったのは。

―――
――


 気付いたのは、比較的大きい巨人の大半を倒し終わったときだった。

「これで、でかいのはあらかたやったぞ…」

「ふぅ…ふぅ…」

「この塔のお陰だね。こんな好条件で戦えるなんて滅多にないよ…」

「ああ、っふぅ…何とかしのげそうだ…」

「新兵の様子を見てくる」

「ああ」

 先輩方の会話を聞きながら、一息吐く。
 ガスター、状況は。

《ふむ…この城に来た倍の数の巨人が東から接近中だ。一応『重力操作』で接近を遅らせているものの、あと少しで巨人たちがこの戦場にたどり着いてしまうな。
 如何せん数が多すぎて全員を無力化する事も出来ないし、それ以前に『重力操作』だけでは止めを刺しきれない。少しは休めるだろうが、それでも危険な状況だ》

 そうか…。
 あー、眠ぃ…。
 …今の内に片目閉じて少しでも脳を休ませとくかね…。
 そう思ったとき、

ヒュゥルルルルルルルルルルルルルルルル

 何かが落ちてくる音が聞こえ、

「ん?」

「何の音だ?」

 そのあとすぐに、

ドォォォォオォォォォォォ!

 馬小屋に何かが落ち、火薬が爆ぜた様な轟音が周囲に響き渡った。
 その轟音で目が覚める。

「ッ!?」

「馬が…!」

「!…何だアレは」

《…幸いにも、君の馬であるルドウイークとクリスタ…いや、ヒストリア・レイスの馬は無事のようだな。一応2名はこの場から戦線離脱できるようだ》

 そうか…ルドウイークは無事か…。少しほっとした。
 …というか、さっきの轟音の正体はなんだ?

《『解析鑑定』を行った所、立体機動装置のアンカーに付着していた壁の破片と飛来物の成分が一致した。おそらく、壁の一部を何か…いや、あの獣の巨人が投げて寄越したのだろう》

 なるほど、あんだけ腕が長けりゃあ遠くからも投擲できるだろうな。
 …ちょっとまて、あの獣の巨人がコレをしたって事は…。
 そこまで考えた時、またもや岩が降って来る音が聞こえた。

「チィッ!壁の方角、投石来るぞッ!避けろ―――ッ!」

 俺の言葉に反応し先輩方が壁の方角を見ると、ヒストリアたちの様子を見に行った先輩方に向かって岩が飛んでいた。
 それを確認した先輩方は、すぐその場から飛び去り投石を避ける。

ドォォォォオォォォォォォ!

 投擲された石は城の屋上の一部を抉り、勢いをそのままに地面に落下した。

「いっつっ…あぁ、危なかった…」

 投石を避け切れなかったのか、女性兵士が袖の一部が血で滲んだ腕を押さえながら言う。

「!リーネ、怪我してるじゃないか!早く上に登って」

「ああ…」

 中性兵士にそういわれたリーネと呼ばれた女性兵士は立体機動で屋上に上がっていく。
 …たしか、俺の持ってきた資材の中に消毒液と応急薬があったはず…。
 それがあれば、一応応急処置は可能か…。

「…先輩方、すみませんが一度ここを任せてもよろしいでしょうか。
 俺が持ってきた資材の中に屋上に上がった先輩に応急処置を施せるものがあったんです。ので、それであの先輩を治療したいのですが…」

「!そうか、ならお願いするよ。
 ここは私たちに任せておいてくれ」

「ああ、ナナバの言う通りだ。お前はリーネの治療を頼む。
 この場は俺たちに任せろ」

「はい。頼みます」

 ミケ分隊長と、ナナバと呼ばれた中性兵士の頼もしい声を聞き、俺は立体機動で上にあがる。
 そこには、怪我をした部位を腕で押さえながら階段を降りる女性兵士がいた。

「大丈夫ですか、俺が持って来た資材に医療関係のものがあります。
 それで応急処置をしますので、屋上で待機を」

「!君は…。…分かった、お願いするよ」

 俺がそう言うと女性兵士は階段を降りるのをやめ、屋上へ上がって行く。
 それを確認し、下に下りようとすると、

「!ハチマン!」

 ヒストリアを先頭に装備を着ていない勢が屋上に上がってきた。

「!ヒス…いや、クリスタか。無事か?」

「うん、巨人が入ってきたせいでライナーが右腕を骨折したけど、大丈夫だよ」

「巨人は倒したのか?」

「ああ、クリスタが空中で1回転してナイフでそぎ落としてたぜ」

 …エッ?何その神業。すげぇな、オイ」

「エヘヘ(////∀////)」

「それよりもだ、さっきの轟音は何だ。それと、何でてめえとあの先輩はここに居る。
 さっきまで外の巨人共と戦ってたはずじゃあねぇのか」

「ああ、さっきのは壁の方からの投石だ。多分あの獣の巨人がやったんだろう。
 投石の被害は屋上が一部欠損。そして、その欠損による飛石によってあの先輩は左腕を負傷。傷口自体は大きくないが、横からの深さ的に多分筋肉も抉れてる。
 クリスタ、ライナーの治療をしたって事は俺の持ってきた資材を見つけて使ったって事だろ?今もって来てるか?」

「うん、ぼくが持ってるよ」

 一番後ろにいたベルトルトが持っていた布袋を渡してくる。
 急いで中を確認すると、しっかりと治療に必要なものが揃っていた。

「よし、クリスタ。先輩の応急処置を行う。
 手伝ってくれ」

「うん、分かった」

 俺はヒストリアにそう声をかけ、女性兵士の応急処置を行う。
 まず、傷口に触れないよう付近を消毒液につけた布で消毒し、その後傷口をある程度ふさぐ為に『骨生成』で作った骨の針と糸で縫う。
 大丈夫だ…こんな事初めてやるが、今まで散々服や布小物の補修や製作をやってきたんだ、針と糸を扱うのは得意…なはず!
 そう内心緊張しつつ、どうにか縫い終え、縫ったとはいえ出血している為包帯を巻く。
 …よし、終わった。これで問題ないな。
 そう思ったときだった。

《クッ!ハチマン!すまない、もう時間稼ぎは無理だ。
 東から『重力操作』で進行を遅らせていた巨人達が来る!戦闘態勢を!》

 ガスターの切羽詰った言葉で応急処置の喜びが消え失せ、気が引き締まる。
 すぐに東側を見ると、ガスターの言う通り先ほどの倍ほどの巨人が群れを成してこちらに走ってきていた。

「クッ…東側より巨人多数接近!先ほどの倍以上!」

「なっ!くぅ、なら、私も戦「駄目ですよ!傷口を縫った以上、自然治癒でしっかりと塞がるまでは安静にしなければいけないんですから!」…クッ…」

 俺の言葉に、傷を負いながらも戦おうと立ち上がる女性兵士をヒストリアが制止する。
 …治療は既に終わっている。なら、俺も戦えるな…。

「クリスタ!俺は巨人共を倒してくる!その先輩の制止と状況伝達は任せた!」

 俺はそういい残し、再び立体機動で戦場に舞い降りた。

―――
――


 飛んで、避けて、潰して、斬る。
 ただそれを繰り返す。
 それでも、巨人の量は一向に減る兆しを見せない。
 寧ろ、増える一方のようにも感じる。

《グッ、まただ。南より、巨人接近!先ほどよりは少ないが…》

 いや、事実増えていた。
 それでも、この状況を打破する策を練りつつも俺は巨人が伸ばしてくる手を細切れにして、立体機動で眼球に向かって蹴りを入れた後、目尻を土台に飛び上がりうなじを削ぐ。
 安全策で塔を上るものの、ナナバと呼ばれた中性兵士が倒した巨人によって既に崩壊寸前にまで追い込まれていった。

「…もう、塔がもたねぇな…」

 リーゼント兵士がそう言う。

「ぐっ…。ガスも…刃も…残ってないな…」

 そんな風に言いつつミケ分隊長が上がってくる。

「はぁっ、はぁっ」

 荒い息でどうにか男性兵士も上ってきた。

「…俺たち6人で、何体殺ったんだろうな…」

「!ゲルガー!頭から血が…!」

「なッ!」

 ミケ分隊長の言葉に中性兵士が驚きの声をあげると同時に、リーゼント兵士がガクッと顔を傾ける。

「すまねぇ…頭打っちまって…もう…力…はいんねぇ…」

「チィ!」

 そう言い残して、落ちていくリーゼント兵士をどうにか立体機動で救い上げ、そのまま屋上へ立体機動で移動する。

「先輩方!一度屋上へあがりましょう!ガスも、それくらいなら残っているはずです!」

 俺のその言葉に反応して全員が行動し、立体機動で塔を登るのがちらりと見えた。
 それを確認し、上に顔を向け屋上に上がると、ヒストリアたちがこちらを見た。

「ハチマン!って、ゲルガーさん!?頭から血が…!」

「あぁ…、早くこの先輩も治療する必要がある…」

 肩に担いでいたリーゼント兵士…ゲルガーだったか。
 ゲルガーさんを肩から下ろし、ヒストリアに預ける。
 それによって足の力が抜けたのか、俺はふらふらと後ろに下がり、座り込んでしまった。

「はぁ…はぁ…」

 俺は荒く息をする。
 はぁ…どうやら予想以上に、疲れているらしい…。
 そう息しながら座っていると、すぐに他の先輩方も屋上に上がってくる。

「ぐ…はぁっ…はぁっ…」

「ふぅっ…ふぅっ…」

「ハーッ!ハーッ!」

 あがってきた途端に座り込んで、荒く呼吸する様子を見るに先輩方も疲労困憊の状況のようだ。

「…先輩方がこの状態じゃ、立体機動装置があっても戦えねえじゃねぇか…」

「もう、駄目かもしれないな…。先輩私たちが先に根を上げるのも、どうかとは思うけどね…」

 コニーの言葉に続いて、負傷していた女性兵士が自嘲気味にそう零す。

「…すまない…。
 だが…斯くなる上は…!」

「飛び降りて、自分が巨人の餌になる事で俺達を生かそうって気ですか」

 ミケ分隊長の諦めの混じった謝罪とその上での死地に赴く表情を見て、何をしようとするのかを当てる。

「…ああ、そうだ。
 それで、お前たちが生き延びるなら、俺はこの命を捨てても構わない」

「…そうですか。
 ですが、止めてくださいよ」

「…悪いが、それは「まだ、俺たちは負けてないんですから」!!」

 まただ。
 また、さっきのカルラさんの言葉と同じように、この人の紡いだ言葉が”視”えた。
 だから、まだ、俺たちは負けてないんだ。
 根拠らしい根拠もないが、そう確信できる。

「『人は戦うことをやめた時初めて敗北する。戦い続ける限りは、まだ負けてない』
 そういったのはアナタです。一度負けそうになったからだといって、何だって言うんですか。俺たちは、まだ立ち向かえます。あらゆる策を講じれば、まだ、戦えるでしょう?」

「!…そう、だな…」

 ミケ分隊長の目に、ケツイと希望が宿る。
 上手くいったらしい。

「それに、俺もまだ策を見せてないんですから、そう簡単に諦めないでくださいよ」

「「「「「!?」」」」」

 この場に居る全員が驚愕する中、俺はどうにか立ち上がる。
 正直言って、あまり見せたくない。
 この力を見せれば、壁外の敵・・・・に手の内を晒す事になってしまうからだ。
 だが…使わなければ、生き残る事自体できなくなるだろう。
 だったら、使うしかない。

「おい、腐り目。その策って言うのは、まさか単騎特攻なんかじゃねぇよな」

「ッ」

 訝しんだ様子のユミルにそう言われ、動揺する。
 俺がやろうとしている事は、この疲労を『七色之魂セブンスソウル』の『魂器化』で顕現した『渇望のソウル』の器である『魔黒檀の腕輪』で回復させ、自身の体を強化しつつ特攻するというものだ。同じく『渇望のソウル』の器である立体機動装置があるため、ブレード、ガスに関係なく、体力が尽きるまでもう一度舞えるだろう。
 それでも、本質は変らない。
 だが、それを見破られてしまった。
 こうなると…

「えっ…!?だ、駄目だよ!?ハチマン!
 この状況で単騎特攻なんてしたら、巨人の餌になっちゃうよ!」

 やはり、ヒストリアが少し涙目になりながら俺に近づいてきて言う。

「ちょ、落ち着け。
 確かに、俺の策はユミルの言う通りだが「じゃあ駄目だよぉ!」うっ…」

 今度は大粒の涙を目に溜めながら言うヒストリア。
 やべぇ…天使を泣かせちまった…。
 死ぬしかねぇ…。

《ハチマン!?死ぬなよ!?絶っ対に死ぬなよ!?》

 フリ?

《フリじゃないぞ!?君が死んでしまったら私も死ぬし、『決意之魂ディタミネーション』に宿る彼女ら・・・も死んでしまうのだからな!?》

 いやいや、さすがに死ぬ気は無いって…。
 冗談って奴さ。

《笑えない冗談だよ、まったく…。いつもはそんなこと言わないというのに…。
 …それだけ追い詰められているという証拠かな?》

 …ふは、よく分かってるじゃあないか。
 そうだ、多分、俺は今この上なく焦って、追い詰められてる。
 ここまでの危機なんて、早々経験した事ねぇからな…。

《だろうね。私もここまでの危機的状況ははじめてさ。
 けれど…私たちが、ここで死んで言い訳がないだろう?
 彼女ら・・・を生き返らせるためにも、ここを乗り越えなければいけない。
 そうだろう?》

 ふっ、そんなこと、ミケ分隊長に向かって似たような事を言ってるんだから、よーく理解してるさ。
 けど…ありがとうな。

《気にすることはない。身体は兎も角、心は本調子で居なければ、勝てる戦も勝てなくなってしまうからな》

 そうだな…。
 さて、ヒストリアを説得するとしますかね。

「…いいか、クリスタ。落ち着け。
 俺が例え下で特攻するとしても、必ず戻ってくる。
 ここに来る前の事を忘れたのか?一緒に町に行くんだろ?
 約束は守る。だから、安心してくれ。な?」

 俺は若干の羞恥心を我慢しながらもヒストリアを抱き寄せ、安心させるように頭を撫でながら言う。
 すると、ヒストリアは抱き返しながら「…戻ってきてね」と呟いて、手を放した。

「…がんばってね」

 その言葉に俺は頷いて、屋上から巨人達を見下ろす。
 巨人達は俺を見上げ、口を大きく開けながらこちらに手を伸ばし続けている。

「さて…やれるだけやりますかね」

 ふと呟いて、『魂器化』を発動させようとした時、

「おい、何1人で戦おうとしてんだ?」

 そう、ユミルに言われた。

「…は?」

「誰がお前ひとりに戦わせるって言ったんだよ」

 何を言っているのか…よく分からない。
 検索中…検索中…。
 …うん、わかんねぇ。

「私はな、お前に感謝してるんだ。
 さっき、クリスタから聞いたよ。
 お前のお陰だろ?クリスタが、『自分の名前を名乗って、胸張って生きる』って決める事ができたのは。
 …私じゃ、出来なかった事だ。
 お前も知ってるだろ?私は、クリスタの幸せをずっと願ってきた。
 ずっと、自分の名前を、自分の生を、恥じず隠さず、胸張って生きて欲しいって、そう願ってきた。そのために、策だって弄した。
 それでも出来なかった事を、お前は叶えてくれた。
 だから…よ」

 小さく笑みを浮かべながら、ユミルは俺に向かってそう言う。

「なぁ、コニー。さっき、ナイフを見つけたって言ってたよな。
 それ…貸してくれ」

「あ、ああ、いいけどよ…それで、戦うってか?
 無茶が過ぎるぞ」

「…ふっ、ありがとよ」

 ナイフを出して渡すコニーの言葉に、ユミルは笑みを浮かべながら頭を叩く。

「…ハチマン、さっきの続きだ。
 私は、私の願いを意図せずとも叶えてくれたお前に、礼をしてやりたいと思う。
 だからよ…」

「オイ?何をするつもりだ?」

 ライナーの言葉を無視して、ユミルは俺の居る方向に向かって走り出す。

「私も、一緒に戦ってやる!だから…生き残るぞ!」

 そういい残して、ユミルは屋上の壁から飛び、空中で自らの手のひらをナイフで切りつけた。
 すると、空から雷が落ちてきたかのような光がユミルに落ち、轟音が鳴り響く。
 …まさか…!

「ウウゥゥェェェェィアァァァァァッ!」

 下を覗くと、そんな声をあげながら巨人達の項を切り裂き、噛み千切り、飛び移る巨人と化したユミルの姿があった。

「ウソだろ…ユミルまで、巨人に…」

 この場に居る全員が呆然とする。
 だが、俺はユミルに言われた手前、そんな暇は無い。

「…こりゃあ、ありがたいな。
 なら、こっちもやりますかね」

 そう呟いて、右手を横に伸ばす。
 すると、黒と青の輝きが腕に集まり、『魔黒檀の腕輪』が腕に装着された。
 その魔力によって、疲労が多少なりとも回復する。

「さぁ、戦闘開始だ」

 鞘から刃を引き抜きながら、俺は屋上から飛び、ユミルの縦横無尽に駆け回る戦い方に合わせて、それの邪魔になる巨人を的確に奇襲していく。
 幸いにも、巨人達は俺よりもユミルの方に気を取られているようなので楽に奇襲する事ができた。
 お陰で、巨人達は減っていく。
 だが…

《チィッ!獣の巨人はどれだけこちらに巨人を寄越せば気が済むんだ!西側より巨人多数接近!数はおそらく現在居る量と同等!このままでは、戦線が崩壊する!》

 またもや巨人の増援が来る。
 かれこれ既に50体は捌いてるってのに…。
 そんななか、塔にユミルが登りつつ、巨人達に攻撃していると1体の巨人に腕を噛まれてしまった。
 それにより、ユミルがその巨人と格闘する。
 だが、周りの巨人が集まってきた事でそれも出来ず、どうにかその巨人から手を放させたものの、またもや脚を捕まれてしまった。
 ユミルは塔に捕まって逃れようとする。
 が、崩壊寸前のこの塔で同じ事を続ければ、塔は崩壊するだろう。
 ヒストリア第一と考えるユミルはそれを察知したのか、手を放し、巨人と相対する選択肢をとった。
 俺はそれを援護すべく、ユミルの方へ向かう巨人の行く手を阻むように項を削いでいく。
 だが、量が多くなってきてそれも難しくなってくる。

「ぐぅッ」

 巨人の背後に回り、項を削ぎ、後ろから迫る巨人の目玉を回転しながら刃で斬りつけ、隙を作り項を削ぐ。
 それでも数が減る事はなかった。
 けれども、俺の行動は時間を稼ぐのに十分だったらしい。

「ヤァッ!」

「フッ!」

 そんな声と共に巨人の項が削がれ、倒れる。
 そこにはミケ分隊長と中性兵士、男性兵士が居た。
 おそらく、負傷中のリーゼント兵士と女性兵士は屋上で待機中なんだろう。

「ハチマン!援護に来た!
 お前が持ってきたガスと刃、滋養薬のお陰でこの通り回復したからな。
 この状況を乗り切るぞ!」

 ミケ分隊長が蒸発していく巨人の上で大声でそう言う。
 …これは、生き残れそうだ…。
 そう希望を持って、俺たちは巨人達を討伐する。
 すると、

「こんな塔守って死ぬくらいなら、もうこんなものぶっ壊せッ!」

 ヒストリアのそんな怒号が聞こえ、その声と同時にユミルが塔の石材を巨人に投擲し始める。
 もし、ユミルが塔をヒストリアの言葉通り壊すというなら…!

「クッ…ピーッ」

 予想が当たる前に一度地面に降りて、塔の下で待機しているはずのルドウイークをこちらに移動させる。
 あいつは危機察知能力に優れているので、ヒストリアの馬も一緒に連れてきてくれるだろう。
 そう予想していると、やはりルドウイークはヒストリアの馬と共に俺の方へ走ってくる。その目はこちらをしっかりと捉えていた。
 ので、一時的な移動を指で指示する。
 それを確認し、ルドウイークは一声あげると俺が指差した方向へ走っていった。
 これでルドウイークが城の崩壊に巻き込まれることも、巨人に踏み潰されるようなこともないだろう。

「!チッ、少しの時間もくれねぇってか?
 まぁ、てめぇらにそれを期待するだけムダって事かもしれねぇけど…なッ!」

 ぶつくさと言いつつ、ルドウイークを見ている間に近づいてきた巨人の伸ばす腕をその腕に乗る事で回避し、そのまま腕を伝って首まで上り筋力にものを言わせて項を削ぐ。
 『渇望のソウル』の器である『立体機動装置』の切れ味ゆえなのか、力を全力で入れていたとはいえ簡単に削ぐ事ができた。
 そう感じつつ、近づいてくる巨人の項に『立体機動装置』の『規則性付与』で巨人がすぐさま反応できないような速度で高速移動しつつ削ぎ続ける。
 普段からこれが出来ればいいのだが、これが出来るのは『魔黒檀の腕輪』を装着している時のみの上、それなりに身体に負荷がかかるため多くは使えない。
 だが、四の五の言って手を使えないまま死ぬのは御免だし、何より3連撃程度なら『魔黒檀の腕輪』で負荷を実質無効に出来る為、今回使うには問題ない。
 そう判断したが故に使ったが、やはりというべきか多少の痛みは走る。
 だが、そんな一瞬の隙になる所に巨人は来なかった。
 なぜなら、滋養薬を飲み体力と気力を回復させた先輩方が決死の覚悟といっても過言では無い鬼気迫る表情で巨人達と相対しているからだ。
 お陰で痛みによる怯みの隙すら少しの回復の余裕すら与えてくれる。
 ここから援護できればよかったのだが、生憎スパイ…いや、敵・の前で手の内を明かしたくないし、なにより疲労により様々な事が制限されている。
 さっさとケリをつけたいところだ。
 そう思っていたとき、塔の方から轟音が聞こえた。
 チラリとそちらの方を見ると、やはりというべきか、塔が巨人目掛けて倒れていっていた。
 塔の屋上部分には、巨人化したユミルの髪の毛に捕まった屋上に居た全員が確認できる。
 ひとまず、ヒストリアたちの状態を確認できた為、巨人の掃討に戻る。
 そうしようとした時、ユミルの破壊した塔の瓦礫から巨人が次々と飛び出してきた。
 …なんか、土竜みたいだな。

《…確かに、言われてみればそんな気もしなくもない…。
 あんなのが土竜など、さすがに嫌だが》

 それには激しく同意。
 土竜ってもう少し可愛いもんだろ。
 さすがに人間を見つけたら食う土竜なんかは普通に嫌だ…。

《だろうね…。
 それよりも、あの巨人達はさすがに討伐した方がいいんじゃないか?》

 ああ、その通りだな。
 そう思い、ユミルの援護として地面から次々出てくる巨人の項を削いでいく。
 だが、ユミルが巨人に止めを刺したとき、丁度巨人が出てきてユミルの髪を掴み、岩に頭を激突させ、行動を制限し、その隙の巨人達が一斉にユミルに群がってしまった。

「ッ!?チィッ!」

 俺は『規則性付与』を使用しつつ、ユミルに群がる巨人共の項を6連撃で切り裂く。
 それにより、多少ユミルの捕食される速度は弱まるが、巨人共はここぞとばかりに群がる。
 そんな中、俺の視界がこちらに走ってくるヒストリアとそれを狙おうとする巨人の姿を捉えた。

「ッ!ヒストリアーッ!」

 急いでヒストリアを狙おうとする巨人に向かってアンカーを飛ばす。
 だが、『規則性付与』の負荷がここで掛かり、痛みでアンカーを若干外す。
 それでも一応は移動できるようなので、急いでそこに向かおうとする。



ザクッ!



 だが、それは無意味に終わった。

「ミカサッ!?」

 ヒストリアを狙おうとする巨人を、間一髪というところで突如現れたミカサが殺したからである。

「クリスタ…皆も下がって。
 後は私たちに任せて」

 その言葉を皮切りに大勢の調査兵がその場に現れ、巨人達を倒していく。
 俺もそれに続き、アンカーを外し、巨人達の項を削いでいく。

《!ハチマン!付近に干渉対象となる巨人の接近は無い!
 もう巨人は来ない!今ここに居る巨人を倒せば、私たちの勝利だ!》

 !了解!
 ガスターの言葉を聞いて、俺は気合を入れる。
 さぁて、残りも片すか。



 巨人を全て掃討し終え、無事だったルドウイークに跨り、立体機動で壁の上に登る。
 後ろを振り向けば、疲労困憊の様子ではあるものの、生き残った喜びを今だ噛み締めている様子のミケ分隊が居た。
 それをみて、全身の力が抜け始める。
 殆ど休みなしで女型の異形や数え切れない量の巨人を相手にしていたが、安全と思われる壁の上に来てどっとその疲れが来たようだ。
 それプラス徹夜して戦ったため、物凄い睡魔に襲われる。
 やべぇ…立ってられねぇ…。

「!大丈夫?ハチマン」

 ふらふらとしていた所を援軍として駆けつけてくれた同じリヴァイ班であるペトラさんの肩を借り、どうにか事なきを得る。

「あ、はい…大丈夫です…。
 ただ…、ファー…滅茶苦茶眠いってだけで…」

「!あ、そっか…あの女型の異形戦のあと…」

「はい…連戦続きで、まともに休めてなかったので…」

「…そっか、なら、また敬語に戻ってることについては許してあげる。
 それ所じゃないと思うしね。
 それと…」

 そこで言葉を切った彼女は少し離れた位置に座ると、俺を寝転ばせ、頭を自分の膝に持ってきた。
 俗に言う、『膝枕』というやつである。
 …え、なんで?
 けど、やわらかくて気持ちいいから良いか。

《…駄目だ、思考がままならない状態までなっている…。
 私も徹夜で研究していた時、『全自動ケチャップ製造機』や『クローゼット仕分け機』など自分でもまったく訳の分からないものを開発してしまう事が多々あったが…あの捻くれたハチマンがここまで素直になってしまうあたり、やはり、寝不足の力は恐ろしいな…》

 そんなガスターの声が聞こえてきたが、疲れきった脳には届かない。

「頑張ったご褒美だよ。
 私の膝を枕にして、ゆっくり休んでね」ナデナデ

 膝枕をされながら頭を撫でられる。
 普段なら羞恥心を感じるのだろうが、疲れきっているが故か、まったく感じない。
 心地良いものに包まれながら、俺は目を閉じた。

―――
――


「ふふ、寝ちゃった。
 やっぱりすごく疲れてたんだね」ナデナデ

 そう言うペトラの表情は優しげだった。
 調査兵団の特別作戦班に所属する彼女は、この目の前のアホ毛の少年にぞっこんだったからである。
 初めて会ったときは、訓練兵だというのにたった1人で複数の巨人を倒すすごい新兵、なぜか急に倒れた新兵程度にしか思っていなかったが、同じ班の仲間として過ごしていくうち、とても好意的に見るようになった。
 極めつけは、第57回壁外調査での1戦だろう。
 下手すれば死んでいたところを、彼の助力で生き残る事ができたのだ。
 彼女は、そんな強く、賢く、そしてかわいい彼のことが、何時の間にか大好きになっていた。
 彼を狙う恋敵は強敵だ。
 彼の幼馴染であるという黒髪の美少女、異形の女型戦で彼と共闘していた憲兵の金髪美少女、先ほどまで彼と行動していた女の彼女ですら可愛いと感じる天使のような美少女。
 全員が彼の同期であり、自分よりも彼のことを知っている。
 既に遅れを取っているというわけだ。
 だが、彼女はせっかくの初恋を諦めようとはしなかった。
 今の膝枕こそ、その証だろう。

(ふふふ、かわいいなぁ、ハチマンの寝顔)

 …単純に寝顔を見たかっただけなのかもしれないが。
 まぁ、閑話休題それはともかく…彼女の初恋相手は難しい。
 あれだけの美少女に囲まれながら、一切の関係がないのだから。
 普通の男ならば、襲っている事間違いなしである。
 …無理やりの場合返り討ちにされそうというのは言わなくても分かるが。
 それほどまでに、彼は理性が強い。
 だからこそ、彼女は『妥協』というものをすることも視野に入れていた。
 自分以外の誰かが愛される。
 けど、一番じゃなくてもいいから、彼女自身もその愛する対象としてみてもらう。
 これが、彼女が他の3人と違う所であり、彼女の強みでもある。
 故に、彼女は幸せをつかみ取ることができるのだろう。

 彼女がハチマンの寝顔に魅入っていたその頃、彼女の居る位置と正反対の位置で、何かが起ころうとしていた。

「もう俺には…何が正しい事なのか分からん…。
 ただ…俺がすべき事は、自分のした行いや選択した結果に対し…!

 戦士として、最後まで責任を果たす事だ」

「ライナー…やるんだな!?
 今…!ここで!」

「あぁ!!勝負は今!!ここで決める!!」

「ッ!」

 そう言うライナーとベルトルトの元に、ミカサの刃が振るわれる。
 結果、ライナーの右手は切断され、左腕には刃が刺さり、ベルトルトの右腕と首筋には切れ目が入った。

「うッ…あ!!」

「あぁ?あああ。
 うあああああああ!!」

 痛みに耐えるライナーと痛みで泣き叫ぶベルトルト。
 そんな2人に、ミカサは止めを刺そうとする。

「エレン!!逃げて!」

 そう言いながらベルトルトに刃を突き立てようとするミカサを、ライナーは壁の外に突き飛ばす。
 そして、

「ベルトルト!!」

「エレン!逃げろ!!」

 ライナーのベルトルトの呼ぶ声と同時に、アルミンのエレンに避難を促す声が聞こえる。
 だが、エレンは目の前の光景を信じられないように見つめていた。

ゴゴゴゴ

 辺りに雷が落ちたかのような雷光と轟音が満ちていく。
 かくして、再び、戦いが始まろうとしていた…。


  オマケ

「…暇だ」

 診療所の一室。
 そこには銀髪の少女のような少年がベットの上で寝そべっていた。
 ストヘス区での戦いの際、原因不明の吐血で診療所に運ばれたヒョウである。

「ある程度回復してきたとはいえ、『想像力とAUの守護者インク!サンズ』も殆ど使えないしなぁ…」

 初めは一切のスキルの行使ができなかったものの、一晩寝たお陰か体力が少し回復し、『傍観者ミマモルモノ』を発動させる事ができるようになった。
 だが、それでも殆ど見えず、ハチマンの状況を確認する事はできなかった。
 後使えるのは、『学習者マナブモノ』のみ。

「…ふと思ったが、この『学習者マナブモノ』の『技術開花』と『想像力とAUの守護者インクサンズ』の『AU召喚』を脳内で同時発動とか出来るのかな?」

 そう考える辺り、このヒョウという少年の底の深さが知れる。
 普通は考え付かないような事を思いつき、

「…思い立つが吉日。早速やってみるか」

 平然と実行する辺り、さすがというべきだろう。

(さあてさて、『AU召喚』で誰を喚び出すか…。
そういえば俺、ボスやデルタサンズから対人格闘は習ってたけど、剣術とかそう言うのは習ってなかったな…。
大剣とかも体の軸をずらさないことに意識を向けて質量で斬ってたし…。
…いっその事、あの人ら・・・・を喚び出してみるか。
あの人らなら剣術…というか、葦名流や巴流、大剣の振るい方とか、果てには内臓攻撃とかも教えてくれそうだし)

 そう考え、ヒョウは目を閉じ、脳内で空間をイメージして其処に『AU召喚』を発動させようとする。
 が、

(…あれ?何で『AU世界』も発動し始めてるんだ?)

 何故か『AU召喚』と同時に『AU世界』も発動し始めた。
 疑問に思っているうちに『AU世界』が完全に発動する。
 それと同時に、

「…あ、眠気が…なん…で…?」

 強烈な睡魔がヒョウを襲い、そして眠りへと誘った。
 次に目を覚ましたのは丸1日後であるが、その時のヒョウの表情は、感激と愉悦に染まっていたという。


 
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