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展覧会の絵

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最終話 幸せな絵その六

「その時にね」
「描けるんだ」
「人が気の向くままっていうのはね」
 よく使われる言葉だがそれについても話す十字だった。
「実は神に導かれるものだから」
「だからなんだ」
「その時に描けるよ」
 これが十字の言葉だった。オリジナルの絵を描く時は。
「模写も同じだけれどね」
「ううん、全ては神様次第なんだ」
「絵だけではなくてね」
 いささかカトリック的ではない予定説めいた主張だがこう話すのだった。
「他のこともだよ」
「そうなるんだね」
「うん。そしてね」
 そのうえでだと。さらに話す十字だった。
「この絵のことだよね」
「うん。これまで君の絵を色々と観てきたけれど」
 過去の絵の模写、それをだというのだ。
「どれも怖い感じの絵だったよね」
「そういえばそうだね」
「ムンクなり誰なりね」
「怖かったっていうんだね」
「無気味なね。そんな感じの絵ばかりだったけれど」
 だが彼の今の絵はだ。どうかというと。
 純粋に明るかった。眩いばかりの赤や黄色、橙色があり。
 青に緑、藍色に川に紫。虹色があった。
 その虹色の中で人々が明るく笑っている。まるでヒロ=ヤマガタを思わせる色彩に画風だ。その絵を観て和典は十字に言ったのである。
「幸せだね」
「この絵にはそれがあるんだね」
「うん、それをはっきり感じるよ」
 その絵を観る和典もだ。笑顔になっていた。
 そしてその笑顔でこう十字に述べたのである。
「こうした絵もいいよね。むしろ」
「こうした絵の方がだね」
「いいね」
 和典の笑顔は温かいものだった。幸せを前にした。
「そう思うよ、僕はね」
「そう。君もなんだね」
「君もっていうと」
「僕もだよ」
 十字自身も、これまで無気味な絵ばかりを描いてきた彼もだというのだ。
「こうした絵をね」
「描きたかったのかな」
「こうした絵を描けるのは」
 どうした時かというのだ。その時は。
「やはり神が描かせてくれるんだ」
「幸せも神様がなんだ」
「そう。全てね」
「君は本当に神様が最初にあるね」
「君は違うのかな」
「ううん、そう尋ねられたら」
 どうかとだ。和典は少し考える顔になって述べた。
「難しいね」
「神への信仰は」
「元々クリスチャンじゃないし。それに」
「それに」
「そうしたことには関わらない人生だからね」
 平均的な日本人と言えた。日本では信仰はかなり漠然としたものだ。森羅万象に神や仏が存在しているという考え故にかえってそうなるのだろうか。 
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