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魔法絶唱シンフォギア・ウィザード ~歌と魔法が起こす奇跡~

作者:黒井福
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GX編
  146話:奇跡は望まず掴むもの

 
前書き
どうも、黒井です。

今回でGX編ラストバトル終了です。 

 
 キャロルにより増幅されたフォニックゲインを用いて、奏達のシンフォギアはエクスドライブを発動。それと同時に、颯人も己の中の全ての魔力を力に変換し、オールドラゴンへと至った。

 曇天が晴れ、差し込む光に照らされた7人の戦姫と3人の魔法使い。

 それらを前にして、暫し呆然としていたキャロルだが不敵な笑みを浮かべたのも唐突だった。

「フン……奇跡を身に纏ったくらいで俺をどうにかできるつもりか?」

 キャロルは現時点での最高戦力を前に、尚余裕を崩さなかった。確かに奏達はエクスドライブを発動できた。これが通常の戦闘であれば最早勝ちは揺るがない。
 だがこのエクスドライブに至る為のフォニックゲインを齎したのは他ならぬキャロルなのだ。当然、彼女もそれに相当する、否、それを超えるほどの力を有している筈。

 この場において双方の戦力はほぼ互角…………ではなかった。

「違うな、コイツは奇跡でも何でもねぇ」
「何だと?」

 そう、この場でキャロルに無くて奏達にあるもの。それは魔法使いの有無であった。キャロルに与していた魔法使いのハンスは既に居らず、一応は手を貸していたジェネシスも手を引いた。彼女はたった1人。たった1人で、装者と魔法使いの合計10人を相手にしなければならないのである。

「コイツは……希望だ」
「希望……」
「そうさ! アタシ達と、颯人達で作り上げた希望だ! お前を止めて、世界を救う為のな!」

 颯人に続き、奏がこの力を希望と呼んだ。奇跡とは神により齎されたチャンスであり救済。対して希望とは、自らの力で望み手に入れた勝利への布石。颯人達は、決して諦める事無くキャロルとの戦いの勝利と救済に王手を掛けようとしていたのだ。

 だが、キャロルはそれを激昂で一蹴した。

「同じ事だッ!? 奇跡も希望も、皆同じだッ!? あの日、俺から父を奪った奴らも、疫病から村を救った父の献身を資格無き奇跡と断じ、刎頸の煤とする事で勝手に自分達の希望としたのだ…………!?」

「それだけじゃない。ハンスもまた、そうした愚かな連中が身勝手に希望を掴むために、家族を奪われた…………!?」

 響達はここで初めて、キャロルの過去に何があったのかを知った。何故彼女が頑なに奇跡を憎み、世界を破壊しようとするのかを、ここで漸く理解したのだ。

「魔女狩り……いや、異端狩りって奴か」

「万象に存在する摂理と術理……それらを隠す覆いを外し、チフォージュ・シャトーに記す事が俺の使命。そしてハンスの願い。即ち万象黙示録の完成だった…………だったのに…………!?」

 その肝心のチフォージュ・シャトーは既に機能を完全に停止された。もう万象黙示録の完成は叶わない。それどころかハンスも居なくなり、キャロルは正真正銘一人ぼっちだった。

 その口惜しさ、寂しさ、悲しさが、全て燃料となってキャロルの激情を燃やした。

「キャロルちゃん、泣いて……」
「奇跡とは、蔓延る病魔にも似た害悪だッ! 故に俺とハンスは殺すと誓った。だから俺は、奇跡を纏う者にだけは負けられんのだッ!!」

 キャロルがアルカノイズの召喚結晶を周囲にばら撒いた。その数は今までの比ではなく、小型だけでなく大型のアルカノイズまでもが次々と出現し周囲の街を埋め尽くした。

「何をしようとッ!?」
「この数、不味いぞッ!?」

 この状況の危険性は現場だけでなく、本部にも伝わった。マップ全体に蔓延るアルカノイズの反応は、それだけで悪夢のような光景である。

「キャロルはッ!?」
「これほどまでのアルカノイズを……」
「チフォージュ・シャトーを失ったとしても、世界を分解するだけなら不足はないという事かッ!?」
「いえ、そうではないでしょう」

 その光景に圧倒され、危機感を抱く弦十郎達。だがアルドだけは、状況を冷静に分析しその本質を見極めていた。

「端的に言えば、キャロルは自棄になっているだけです」
「自棄に?」
「これまでにキャロルは相当な量の想い出を焼却している筈です。例え300年分の想い出があろうと、ここまで酷使すれば何時限界が来てもおかしくありません。あれも、鼬の最後っ屁に近い足掻きでしょう」
「それは、つまり……」
「そうです。恐らくキャロルは、例え世界を分解できなくとも一矢だけは報いようとしているのです」

 キャロルは決して馬鹿でも愚かでもない。この状況で自分だけが圧倒的有利なんて考える程楽観的ではないだろう。まず間違いなく颯人達の、それも普段を遥かに超える力での妨害に遭う筈。その妨害を乗り越えて、世界を分解できるかと言われれば否だ。例え颯人達を退ける事が出来たとしても、そこで限界が来て世界の分解を果たすことなく終わってしまう。

 つまりキャロルの目的は、世界ではなく颯人達。例え世界を分解できなくとも、道連れに1人でも地獄に引き込もうと言うのだ。失うものがもう何もないからこその判断。それがどれほど危険で厄介かは、彼女達も良く知っている。

「キャロル……うぅっ!?」

 そのキャロルの足掻きを見て、エルフナインが静かに涙を流す。それはキャロルの慟哭を見て、彼女を憐れんでの涙か。それとも本来不可逆の感情の流入により、キャロルに感化されて流した物か。
 いずれにせよ、そのエルフナインの涙を見て洸が黙ってはいなかった。

「響……響ッ!」

「その声、お父さんッ!?」

 まさか洸が本部の、それも発令所に居るとは思っていなかった響は通信機から聞こえてくる声に面食らった。

『響ッ! 泣いている子が、ここに居るッ!』
「…………あッ!」

 エルフナインが泣いている。その事を響に伝えたところで、どうにかなるものではないと分かっていても、洸はそれを伝えずにはいられなかった。
 そしてそれを聞いた響は、改めてキャロルを見て気付いた。キャロルもまた泣いている。父を失い、共に歩んできた男の子を失い、一人ぼっちで寂しくて泣いている。

 そんな彼女を見て、響が考える事は1つだけであった。

「泣いている子には、手を差し伸べなくちゃねッ!」

「何もかも、壊れてしまえばッ!!」

 響の見ている前で、キャロルはアルカノイズ達に攻撃を命じた。その命令に、アルカノイズ達は一斉に行動を開始し目に映る全てを手当たり次第に破壊し始めた。

 一見目に見える全てを破壊しているように見えるキャロル。だが響達の目には、それはただ子供が泣いて暴れている様にしか見えなくなっていた。

「翼さん、奏さん!」
「分かっている、立花……!」
「上等、やってやる!」
「スクリューボールに付き合うのは、初めてじゃねえからな!」

 刀を、槍を構える翼と奏。クリスはアームドギアを変形させ、大型の飛行ユニットを背負いその上にアーマードメイジの透を乗せた。

「その為にも、散開しつつアルカノイズを各個に打ち破るッ!」
「ハァァァァァッ!」

 マリアの言葉を合図に、装者達が一斉に散って攻撃を開始した。

 一番槍の響は右腕のガントレットを槍のように変形させ、アルカノイズの群れに突撃する。唄と共に突撃し、腕を振るえばその衝撃波だけで周囲のアルカノイズが粉砕され、突撃すれば進行ルートのアルカノイズが次々と塵になっていく。

 その下の方では、切歌と調が互いのアームドギアを合体させた巨大な円盤の様な兵器に乗り地上のアルカノイズを次々と切り裂いていく。

(あの子達も、私達と同じだったんデスね)
(踏み躙られて、翻弄されて……)

 一見すると遊んでいる様にも見える2人だが、斬撃と言う点において他の追随を許さない2人のギアの合体兵器は凄まじい攻撃力を持ち、アルカノイズを寄せ付けず進行方向のアルカノイズは片っ端から細切れに切り裂いていった。

(だけど、何とかしたいと藻掻き続けて……)

 切歌と調は、キャロルとハンスに親近感を感じていた。世の理不尽に立ち向かい、足掻くその姿には覚えがある。
 だが2人とキャロル達で、決定的に違うのは諫めてくれる存在の有無。共に同じ悲しみと苦しみを抱く者同士が、傷を舐め合いながら茨の道を歩み続けた結果、キャロルは全てを失ってしまった。そこが切歌と調、そしてマリア達との決定的な違いであった。

(私達は幸せ者だ……だからこそッ!)

 マリアが光のチェーンで繋がった剣を振るい、大型のアルカノイズを一刀両断する。マリアは自分達がどれほど恵まれているかを理解した。諫め、宥め、そして世界の光を見せてくれる存在と出会えた事は、彼女達にとってこれ以上ない程の幸運であった。

 だからこそ、キャロルの事を救いたい。悲しみと苦しみを、傷を舐め合う事でしか癒せなかったキャロルに、世界は優しい光で溢れている事を教えてあげたかった。

(救ってあげなきゃな……何せアタシも救われた身だッ!)

 誘導レーザーで空中のアルカノイズを一掃しながら、クリスは決意する。その最中、弾幕をすり抜けて近付いて来たアルカノイズ。
 だがクリスは微塵も危機感を感じていない。感じる必要が無かった。だって彼女には、必ず自分を助けてくれるナイトが居るのだから。

 そのナイトである透が、近付くアルカノイズに飛び掛かり手にした剣で真っ二つに切り裂いた。自力で飛ぶ能力の無い透は、アルカノイズを切り裂けばそのまま重力に引かれて落ちてしまう。普段であればライドスクレイパーを取り出し落下を防ぐなりするのだが、今はその必要がない。
 だって彼には、常に傍で支えてくれる最愛の歌姫が居るのだから。

 落下しつつある透の下に、クリスが潜り込み飛行ユニットで彼を受け止めた。その瞬間2人は顔を見合わせ、クリスの顔には笑みが浮かんだ。透の顔は仮面で隠れているが、彼も笑っている事がクリスには分かった。

(その為であれば、奇跡を纏い、何度だって立ち上がって見せるッ!)
(奇跡を力に、希望を掴むッ! アタシ達にならそれが出来るッ!)

 翼は鞘も刀に変え、両足に巨大な刃を形成し空中の大型ノイズを三枚に下ろした。その横では奏が槍を巨大な砲身に見立て、チャージしたエネルギーを放ち砲撃で小型も大型も構わず一掃している。

 恐らくこの中で、奇跡と希望を誰よりも信じているのはこの2人だ。奏は颯人の存在を希望とし、彼が起こす奇跡により何度も助けられ、翼はそれを間近で見てきた張本人である。この2人が奇跡と希望を信じるのは、ある意味で当然の事であった。

(その為に私達はッ! この戦いの空に、唄を歌うッ!!)

 もう彼女達だけでアルカノイズは一掃されてしまいそうな雰囲気に、オールドラゴンの颯人とコスモスタイルのガルドは感心したように眺めていた。

「あ~あ~、皆張り切っちゃって。俺達の出番無くなるじゃんよ」
「何を言ってる。出来る事はまだ残っているだろう」
「そりゃそうだ。男の俺らがここで頑張らないと、立つ瀬無いしな」
「そういう事だ。行くぞッ!」
「はいよ、っと」

 2人は腕をぶつけ合わせると、一直線にキャロルに向けて飛んだ。攻撃をアルカノイズに任せて後方で沈黙しているキャロル。彼女がただ黙っている訳がない。アルカノイズ達は囮であり、本命はその間にエネルギーをチャージする事にある。颯人はそれを見抜き、奏達がアルカノイズを始末してくれている間に敵の本丸であるキャロルに直接攻撃を仕掛けたのだ。

「ハァァァァァァァッ!!」
「くっ!?」

 アルカノイズに装者達が掛かりきりになっている間に、次の攻撃の為のエネルギーをチャージしていたキャロルは突撃してきた颯人にチャージを中断して対応せざるを得なくなる。ここに来て戦力の差が大きく出た。エクスドライブの装者7人と魔法使い1人でアルカノイズは十分一掃で来てしまい、あぶれた戦力である颯人とガルドが直接キャロルに迫るだけの余裕が出来てしまったのだ。

 颯人がドラゴンの翼で空を飛び、両腕のドラゴヘルクローでキャロルに斬りかかる。キャロルはそれを紙一重で回避したが、その直後に待ち構えていたように叩き付けられたドラゴンの尾により下に向けて叩き落された。

「ぐあっ?! く、このぉ……!?」
「そこだッ!」
「がはぁっ?!」

 何とか体勢を立て直したキャロルだったが、そこに畳み掛けるのはコスモスタイルのガルド。魔力により肉体を大幅に強化されたコスモスタイルの振り下ろした槍は、障壁毎キャロルを壁へと叩き付けた。

 攻撃態勢が整っていれば、2人程度なら余裕で相手取れただろう。だが全力状態の2人を前に、中途半端にエネルギーをチャージした状態では出せる力が不十分だった。

 キャロルが追い詰められている間に、周囲のアルカノイズは全て一掃され、残るはキャロル1人。颯人とガルドの攻撃により、想い出の焼却をする間も無く戦わされていたキャロルは窮地に立たされた。

「もうアルカノイズは全部終いだ! 観念するんだな!」

 クリスが勝利を確信し降伏を勧告した。だがそれでも、キャロルの中に諦めの言葉は浮かぶ事は無い。

「観念など、出来るものかッ!? ここで終われば、ハンスは……ハンスが……!?」

 そう、ここまで来て何も出来ずに終わってしまっては、それこそ彼女の為に命を燃やし尽くしたハンスにあの世で顔向けできない。自分の執念に付き合ってくれた、愛しい少年へ報いる為ならば…………

「おぉぉぉぉぉぉぉっ!!」

 その時、雄叫びと共にファルコマントを纏ったビーストが颯人に向けて突撃してきた。死んだと思っていた彼が、力強い叫びと共に突っ込んできた事に誰もが驚き思考を停止させる。

「ハンスッ!!」
「何、コイツッ!?」
「生きていたのかッ!?」

 まさかまだ生きていただけでなく、戦う力を持っていた事に驚かされ、どれでも何とか振り下ろされたダイスサーベルを受け止める事には成功した。

 だがその瞬間、装者と魔法使いの全員がキャロルから意識を逸らした。或いはこの時、攻撃を受けたのが颯人でなければ、颯人がキャロルに対して一定の警戒を向けてくれていたかもしれない。ハンスがそれを考慮して颯人に攻撃したのかは分からないが、お蔭でこの瞬間キャロルに対しては誰もが無防備になった。

 ハンスはその瞬間を待っていたのだ。

「キャロルぅぅぅぅぅっ!! 俺の、俺のぉぉぉぉっ!!」
「ハンスッ!?」
「俺の全てを、受け取れぇぇぇぇぇぇぇぇッ!!」

 次の瞬間、ハンスの体から金色の魔力が飛び出した。飛び出した魔力は、獅子の頭に隼の右肩、イルカの左肩、バッファローの胸に、カメレオンの頭を尾にした怪物、ビーストキマイラの形となる。
 そしてビーストキマイラが飛び出した瞬間、ハンスは変身が解け力無く落下していき、ビーストキマイラは彼を無視してキャロルの中へと入り込んだ。

「!?」
「あ、透ッ!」

 無防備に落下していくハンスを受け止めるべく、透がクリスの飛行ユニットから飛び降り落下しつつあったハンスを受け止めた。
 ギリギリのところで受け止め着地した透が腕の中のハンスを見ると、その顔は穏やかでまるで眠っているかのようであった。

 生死の確認をしようと透が脈を取ろうとした時、頭上で大きな力の波動を感じ上を見上げる。するとそこには、ハンスの魔力を取り込み明滅しているダウルダブラを纏うキャロルが血の涙を流している姿が目に映った。

「あぁ、あぁ……ハンス、分かったよ。お前の想い、無駄にはしないッ!!」

 キャロルが一気に力を解放すると、凄まじい衝撃が突風となって装者達を襲う。その突風に誰もが顔を覆う中、マリアと翼だけはそれに抗いキャロルを止めるべく突き進む。

「救うと誓った!」
「応とも! 共に駆けるぞマリアッ!」
「あ、おい2人共ッ!」

 先走った2人を引き留めたいのか、それとも置いて行かれた事への抗議なのか、奏が手を伸ばすが2人は構わず飛翔し体を密着させ、互いのギアを組み合わせて突撃した。

 一つの刃の渦となって突撃する翼とマリア。2人の合わせ技をキャロルは正面から受け止めた。

「おぉぉぉぉっ!!」

 キャロルの張った障壁が翼とマリアの一撃を受け止める。恐るべきことにキャロルの障壁は、一瞬押されはしたが砕ける事無く逆に2人の攻撃を押し返した。

「散れぇぇぇッ!」

「「あぁぁぁぁぁぁっ!?」」
「翼ッ!? マリアッ!?」
「先輩ッ!?」
「マリアッ!?」

 仲間達が翼達の身を案じる中、キャロルはハンスから受け取った魔力を力に換え、己の全てを賭けて颯人達を叩き潰そうと力を解放した。

「づぁぁぁぁぁぁぁっ!!」

 ダウルダブラのファウストローブから無数の糸が飛び出し、キャロルの体を包み込む。糸は束ねられ、形作っていき、その姿を大きく変えた。

「何だッ!?」

 クリスが慄く前で、姿を現したのは巨大な獅子。緑の装甲に金色の角を持ち、更にはビーストキマイラ宜しく肩や胸に隼、バッファローの頭部を持つ巨獣へと姿を変えた。

 この姿こそキャロルの切り札。その名も『碧の融合獅子機』。ハンスの魔力を受け取り、決死の覚悟で錬成した力であった。

 その獅子機の中で、キャロルは形を変えたダウルダブラを纏い颯人達を見据えた。

――全てを無に帰す。何だかどうでもよくなってきたが、そうでもしなければ臍の下の疼きが納まらんッ!!――

 再び曇天に覆われた空から、稲妻が降り注ぎ獅子機の角に直撃する。その雷で火が付いたかのように、動き出した獅子機が唸りを上げる。

「仕掛けてくるぞッ! 透も早くッ!?」

 このままではマズイとクリスが警告し、装者達は散開。透もまた、ハンスが巻き込まれないようにと彼を抱えたままその場を退避した。

 直後、獅子機の口から紅蓮の炎が吐き出され、同時に幾つもある目からレーザーが発射された。狙いを特に定めていないのか、放たれた攻撃はどれも装者や魔法使いを襲う事は無かったがその代わり射線上にあった街は完膚なきまでに破壊された。

「あの威力……何処まで!?」
「だったらやられる前にッ!」
「やるだけデスッ!」
「お、おいっ!?」

 クリスの制止も聞かずに先走った調と切歌が獅子機へと攻撃を仕掛けるが、獅子機の装甲は2人の攻撃で傷一つ吐く事無く逆に首を軽く振っただけで2人を振り払ってしまった。

「「うわぁぁぁぁぁっ!?」」
「調っ!? 切歌っ!?」
〈バインド、プリーズ〉

 吹き飛ばされた2人をフォローすべく、ガルドが魔法の鎖で2人を受け止める。
 その横ではマリアが今し方の攻防で獅子機の性能を推し量っていた。

「あの鉄壁は金城……散発を繰り返すだけでは、突破できないッ!?」
「ならばッ! アームドギアにエクスドライブの全能力を集束し、鎧通すまでッ!」

 堅牢な獅子機を打ち破るには、現状それ以外に方法は無いだろう。だがそれには一つリスクがある。その攻撃を放つ瞬間、装者達はどうしようもなく無防備にならざるを得ないという事だ。
 その弱点を補う為には、誰かが壁となって守りにつかなければならない。

「そう言う事なら俺達に任せな。壁役は俺達が適任だ」
「あぁ。マリア達は、渾身の一撃を叩き込む事だけに集中しろ」

 颯人とガルドが前に出る。ガルドは魔法の行使に優れたケイオスタイルへと姿を変え、キャロルの攻撃を受け止める体勢を整えていた。
 その間に装者達は一か所に集まり、キャロルはそこに向けて攻撃を放った。

 一点に集中させて放たれたレーザーの様な攻撃。それを颯人とガルドが受け止め、その間に7人の装者がギアの力を響に集中。彼女に全てを託して放った。

 響に装者達のギアの力が集束しているのを見たキャロルは、あれが最大の攻撃であると察し颯人達への攻撃を止め獅子機の全エネルギーを集中。砲撃として獅子機の口から一気に解き放った。

「奇跡は殺す、皆殺すッ! 俺は、奇跡の殺戮者に……!!」

 放たれた砲撃が響を飲み込もうとするが、響はその砲撃をギアが変形した巨大な掌で受け止めた。

「なっ!?」
「繋ぐこの手が、私のアームドギアだッ!」

 獅子機の砲撃を受け止め、拳を握りしめる。キャロルはその光景に更に力を上げて粉砕しようとしたが、直後に全身に走る虚脱感に見舞われた。

「ぐっ!? こんな、時に……!?」

 最初遂に魔力が切れたのかと思ったキャロルだが、脳裏に次々と浮かんだ光景に目を見開く。

 それは、父との想い出。優しく温かだった、輝かしい記憶が次々と脳裏に浮かんでは消えていく。

「ぁ、あぁ……違う、これは……!? 俺を止めようとするパパの想い出ッ!?」

 キャロルの中に残っていた、父への愛情と言う人間らしい感情が最後の一戦を踏み越える事を引き留めていた。優しい父の笑顔が、その言葉が、これ以上のキャロルの暴挙を止めようとしていたのだ。

 しかし、もはやキャロルに止まるつもりは毛頭ない。否、最早止まれぬところまで来てしまっていたのだ。

 今の彼女にとって、その父との想い出すら煩わしいものとなってしまっていた。

「認めるかッ!? 認めるものかッ!!? 俺を否定する想い出などいらぬッ!? 全部燃やして力と換われッ!?!?」

 己が想いを貫き通す為、キャロルは残された父の想い出も全て燃やし尽くそうとした。

 だがその時、その想い出の中にハンスの姿が混じった。

「ぁ…………」

 平和だった頃の、ハンスとの何気ない日常。彼と過ごした日々、暖かな時間。

 父の想い出を燃やせば、それすらも燃えて無くなってしまう。そう考えた瞬間、キャロルは冷水を流し込んだように体の芯が冷えるのを感じた。

「だ、駄目だ……これを燃やしたら、ハンスの事も忘れてしまう……ハンスは、俺を肯定し続けた、俺を支え続けてくれた。それを、俺自身の手で否定するなんて……そんな、そんなの…………!?」

 ハンスは、どれだけ己の想い出を焼却しようとも、決してキャロルの事だけは忘れなかった。彼の愛が、キャロルとの想い出だけは何が何でも死守していたのだ。なのに自分がそのハンスの想い出も纏めて焼却する。そんな事が出来る程、彼女は人間性の全てを捨てきれていなかった。

 想い出の焼却を取り止めたキャロル。それにより一瞬沈黙した獅子機であったが、次の瞬間獅子機はキャロルの制御を外れて勝手に動き出した。

「え? な、何だ? 何で…………はっ!?」

 ふと下を見れば、透により安全な場所に運ばれようとしていた筈のハンスが何時の間にかキャロルを見上げていた。キャロルを求めるように手を伸ばした、彼のその顔には穏やかな笑みが浮かんでいた。

「きゃろる…………おまえは、なにがあっても、おれが…………おれは、きゃろるを…………」

 己の全てを焼き尽くしてでも、キャロルに尽くそうとするハンス。その姿に、キャロルは漸く人間としての自分を取り戻す事が出来た。皮肉な事に、全てを燃やし尽くして全てを破壊しようとしている最愛の人物を見た事で、漸く思い留まる事が出来たのだ。

「あ、あぁ……!? もういいっ!? 止めろハンスッ!? これ以上は、もういいからッ!?」

 獅子機の中で叫ぶキャロルであったが、既に彼女の言葉は彼に届いていない。最早彼は己の中に残された愛と妄執だけで動き、キャロルに与えた魔力を使って全てを破壊しようとしていた。

 どうすれば止められるか。そう考えたキャロルの目に、拳を握った響の姿が映った。

「立花響ッ!? 俺を止めろッ!? 止めてくれぇぇぇぇッ!!」
「ハァァァァァァァァッ!!」

 キャロルの叫びが届いたのかどうかは分からない。だが響は、自身を巨大な拳として獅子機に突撃。ハンスの全ての魔力と想い出を乗せた一撃を正面から受け止め突き進む。

 拮抗する拳と砲撃。だがあと一押し足りない。

 ならばッ!

「立花に力を、アメノハバキリッ!」
「イチイバルッ!」
「シュルシャガナッ!」
「イガリマッ!」
「アガートラームッ!」
「ダメ押しの、ガングニールだッ!」

 6人の装者の力を全て受けて、響の力が強化される。

 だがそれでも、まだあと少し足りない。もうあと一押しで突き破れると言うのに、その僅か一歩が押しきれなかったのだ。

「あと、もう少しなのに……!?」
「だったら俺達の出番だッ!」

 恐らく今の獅子機に味方しているのは、キャロルの錬金術に上乗せされたハンスの魔力。錬金術と魔力を合わせたのが今の獅子機の強さなら、こちらも魔法の力を上乗せしてやるとばかりに颯人たち3人の魔法使いが響に続いた。

 巨大な拳を押し込むように放たれる3人の蹴り。その蹴りに乗せられた魔力が響の力を増幅させ、獅子機の砲撃を突き破る力となる。

「アァァァァァァァァァッ!!」

 仲間たちの力を受け、一つとなった力を手に響の拳が遂に獅子機を砕き、キャロルの元へと届いた。

 巨大な拳が獅子機の顔面を粉砕し、拳自身も砕け散る。獅子機全体にも罅は広がり、これで終わりかと思われた。

 だがその時、徐々に空中に上がっていく獅子機から光が漏れだした。それが何を意味しているのかを、本部で計測していた了子達が教えてくれた。

『マズイわ……行き場を失ったエネルギーが暴走してるッ!? 藤尭君ッ!』
『被害予測、開始していますッ!』
『エネルギー臨界点到達まで、あと60秒ッ!?』
『このままでは半径12キロが爆心地となり、3キロまでの建造物は深刻な被害に見舞われますッ!』
『ぬぅぅ……!?』
『まるで、小型の太陽……』

 それは妄執の残り滓か、それともキャロルに己の全てを託したハンスの行き場を失くした執念の賜物か。

 ハッキリしている事は、このままここに居ては全員諸共に吹き飛んでしまうという事。そう、キャロルすら巻き込んで。

「ふふっ……結局、こうなるのか。すまない、ハンス……こんな事に付き合わせて……」

 もう自分でもどうしようもない状況に、キャロルは全てを諦め運命に身を委ねようとしていた。

 だが諦めないものが、奇跡を信じ、希望を掴み取ろうとする者がここに居た。

「ガルド! 響ちゃん連れて引っ張ってけ! 透は下の馬鹿を何とかしろ!」
「待てハヤト、お前はどうするんだ!?」
「あれ放っておけるかよ!」

 このままでは確実にキャロルが獅子機と共に吹き飛ぶ。それよりも先に、獅子機を何とかするか最悪キャロルだけでも助け出す。

 それが成功するかは大きな賭けだろう。既に秒読みは始まっている。しかし、諦めるのはまだ早いと颯人は信じて疑わなかった。

 奇跡とは、口を開けて待っていれば入ってくるようなものではない。己の力で手を伸ばし、全てを賭けた先に手に入る希望の事なのだ。ならば、奇跡を生み出す者としてここで諦めると言う道理はなかった。

 崩壊しつつある獅子機に向けて飛ぶ颯人。全力を出し切り既に限界の響もそれに続こうとしたが、それはガルドに止められ引っ張られていく。

「あっ!? 待ってくださいガルドさんッ!? キャロルちゃんがッ!?」
「キャロルの事はハヤトに任せろ! お前は十分頑張った!」
「でも……!?」

 まだ自分に出来る事はあると、そう願う響ではあったが気持ちに反して体はガルドの言う様に既に限界だった。1人の体に装者7人分の力を乗せたのだ。寧ろ無理が来ない方がどうかしている。

 自分の力ではここまでが限界なのかと、キャロルを助ける一助にはなれないのかと涙を浮かべる響。その響と入れ替わる様にキャロルへと近付いていく者が居た。

「ッ! 奏さんッ!」
「なっ!? 待てカナデッ!?」

 響と入れ替わる様にキャロルの方へと向かったのは、インナー姿の奏であった。彼女は颯人が1人獅子機へと向かうのを見た瞬間、翼達の制止を振り切って駆け出していたのだ。

 その姿から、響は奏が颯人と共にキャロルを助けようとしているのだと察した。だから…………

「奏さん、受け取ってくださいッ!!」

 響は己が纏うシンフォギアを、7人分の装者の力が集ったギアを奏に託した。もう自分はここまでだが、自分の想いは奏が引き継いでくれる。その信頼が、彼女にこの判断をさせた。

「サンキュー、響! 颯人ッ!!」

 その身に再びギアを纏った奏は、飛び立つと颯人と共に獅子機へと向け突撃した。

「奏、お前……!?」
「今更戻れとか無しだッ! 今は何としてもッ!」
「あぁ、そうだな!」

 2人並び、獅子機へ向け飛び立つ。この時点で臨界まで残り30秒を切っていた。

 その時、獅子機の崩壊により起きた爆発でキャロルが弾き出された。弾き出された時点でダウルダブラとの繋がりが解けたのか、その姿は少女のものへと戻っていた。それを見て2人はすぐさま進行方向を変え、無防備なキャロルを受け止めようとした。この状況、避難が済んだ街はともかく、生身のキャロルが爆発に巻き込まれたら目も当てられない事になる。

 追いすがる颯人と奏。その姿をキャロルは諦めた目で見つめていた。

「無駄な事を……この世界に、奇跡も希望も無い。魔法だって、全てを壊す事しか出来ないんだよ」

「それは違うッ! 奇跡も魔法も、ここにある!」
「お前を今まで守って来たのは、ハンスって奴が魔法で守ってたからだろッ!」
「何でハンスがそこまでお前の為に身を削れたのかを考えろッ!」
「アイツが、お前を希望にしてたからだッ! お前がアイツの希望なんだよッ!」

「「そのお前が、そんな簡単に生きる事を諦めるなッ!!」」

 その瞬間、手を伸ばしてきた颯人と奏の姿がキャロルには違って見えた。

 キャロルの目には、亡き父とハンスがキャロルに手を伸ばしている光景が確かに見えていたのだ。

『キャロル……』
『キャロル……』

「パパ……ハンス……!」

『キャロル……世界を識るんだ』
「パパ……!」
『お前は、俺が守るからな』
「ハンス……!」

『何時か人と人とが分かり合える事こそが、僕達に与えられた命題なんだ』
『お前が居てくれたから、俺は生きる希望を得られたんだ』

「うん……!」

『賢いキャロルには分かるよね……そしてその為にどうすればいいのかも』
『愛してるぜ、キャロル……』

「パパぁぁぁぁっ! ハンスぅぅぅぅっ!」

 涙を流して、キャロルは伸ばされた二つの手を掴み取る。

 そしてその直後、臨界点に達した獅子機が爆発。強烈な閃光と爆炎が周囲を包み込んだ。 
 

 
後書き
という訳で第146話でした。

最後、落下するキャロルを受け止める件はどうするかちょいと迷っていましたが、この物語の主役は颯人であり奏。という事で、響には申し訳ないですがここは譲っていただきました。獅子機を止める為の一撃は響に頑張ってもらいましたから、ね?

次回でGX編も完結。当然原作とは違った展開を用意しています。

執筆の糧となりますので、感想評価その他よろしくお願いします!

次回の更新もお楽しみに!それでは。 
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