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冥王来訪

作者:雄渾
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第二部 1978年
影の政府
  熱砂の王 その2

 
前書き
 乾杯は、古今東西問わず、水以外ならばマナー的には問題ありません。 

 
 場所は変わって、ここはシリア・タルタスにあるソ連海軍第720補給処。
このタルタスの海軍兵站拠点は、1971年にソ連がシリアとの二国間協定に基づき設置したものである。
米海軍の第六艦隊(1971年当時、第六艦隊の司令本部はイタリアにあった)に対抗するべく、ソ連海軍の地中海第5作戦飛行隊後方支援として設置した。
 BETA戦争での国力低下により、昨年まではエジプトのアレクサンドリアとメルサマトルーにあった支援基地を退去させ、このタルタスの海軍基地に艦隊とその設備を集約したのだ。

 中近東とエーゲ海に、にらみを利かす海外拠点にあるGRU支部。
 GRUのシリア支部長は、一人悩んでいた。
彼はなんとかして、シリアに接触を図ってきた、木原マサキを取り込みたかった。
 KGBが暴力を持って従えようとして、失敗した人物である。
今度は、軟化した態度を持って取り込みたい。そう考えていた矢先の事であった。
支部長室に、若い係官が駆け込んで来るなり、
「支部長、木原を色仕掛けで落とす作戦ですが、その必要はない様です」
「どういう事だね」
「こちらをご覧ください」
そう言うと男は持ってきたA3判の茶封筒から、引き伸ばした写真を取り出す。
「何ぃ!」
「如何やら二人は……」
そこには、アイリスディーナと抱き合うマサキの写真が、広げられていた。

 一月ほど前、ベルリンのフリードリヒスハイン人民公園で、熱い口付けを交わした二人。
彼等の姿を見ていたのは、アイリスの護衛達だけではなかった。
 軍から派遣された護衛の他に、GRUの現地工作員が目撃していたのだ。
ソーセージの屋台の業者に化け、ベルリンの官衙で諜報工作を続けていた工作員が偶然小型カメラで撮影し、即日、ウラジオストックに向け、発送された。
 シュタージやポーランドの情報部を出し抜くべく、ジッポライターを改造したケースにマイクロフィルムに入れ、持ち出した物であった。
 GRUは、4年前の留学時から、空軍士官学校主席のユルゲンと次席のヤウク少尉を取り込むべく、監視していた。
 無論、ユルゲンの妹、アイリスディーナの動向も追っていたのである。

 シュタージが後ろにいるベアトリクスや、その他のブレーメ家の面々に関しては、KGBより妨害を受けながらも、情報を抜き出していた。
東ドイツに駐留する30万将兵の間にGRUの工作員を配置することなど、造作もなかった。
 また、東ドイツ国民の方もKGB機関に関しては、深い憎悪と恐怖を持っていたが、GRUには何の興味を持たなかったためである。
 無論、シュトラハヴィッツ将軍など軍の上層部やソ連抑留経験者、国防軍出身者は知っていたが、余りにも秘密主義の機関ゆえ、おそれて近づかなかったと言っても過言ではない。


 写真を一瞥(いちべつ)した情報部長は、喜色をめぐらせ、
「フフフ。愛の力は偉大だね。暴力など足元にも及ばん」
と声を上げ、椅子から立ち上がり、
「あの氷のような冷たさを持つ木原マサキの心を溶かした、少女の想い。
偉大なる愛の力とやらを持って、我等は木原に近づく。
G元素を遥かに凌ぐ、ゼオライマーの秘密を手にする事も夢ではないと言う事だよ。フフフ」
と満面の笑みを男に見せつけた。


「そうすると、木原とベルンハルト嬢が一緒になってくれると良いのですが……」
「やはり、ベルンハルト嬢の事を気にしているのかね」
「はい。彼女は壁の中です。シュトラハヴィッツ将軍も彼女に気を掛けてるでしょう。
誘拐も難しいと思われます。そうすると、彼女が木原に本気になって呉れれば違うのでしょうが。
こればかりは、我等の一存では……」
「まず、マスメディアを使って、木原がベルンハルト嬢と婚約したという情報を流せ。
日本政府がどう動くかが、見ものだ。フフフ」
と、不敵の笑みを浮かべながら、
「米国には、淫靡(いんび)な飾り窓もないし、貴族の洒脱(しゃだつ)な社交会もない。
それ故に、彼等は愛を語らう場所として、男女の純愛(ロマンス)を楽しみにしている所がある。
『世界を股にかける、ゼオライマーのパイロットが、東ドイツ軍人の妹に恋した。
だが、国法の為、結婚できない。悲劇の愛を結ぶためには……』などと新聞紙面に出すように提案しよう。
ニューヨークやロサンゼルスの現地工作隊を用い、米国世論を巻き込み、ラジオや新聞でやんや騒げば、日本は落ちる。
貴公子、(たかむら)祐唯(まさただ)と、ミラ・ブリッジスの恋を参考にしてな」
「では、デイリーニューズやシカゴ・トリビューンの一面にぶち抜きで彼女の写真を掲載させるように、本部には上申しておきましょう。
マスメディアが敵となっては、さしもの木原もゼオライマーも自由に動けますまい」


 

 木原マサキが中東への接触を図ったことは、米国にも漏れ伝わった。
早速、米国の石油財閥の当主の耳にも入り、秘密会合が成されることになった。

 マンハッタンの石油財閥本部ビルの最上階の一室に、副大統領が入るなり、窓を眺めていた男が振り返った。
「御足労掛けます。副大統領閣下(エクセレンシィー)……」
「ディヴ、冗談は止せ」
副大統領の言葉に、男はたちかけて、
「ネルソン兄さん、ワシントンから御足労を掛けました。ハハハ」
と、他人事みたいに笑った。

 急な弟の呼び出しに、副大統領は、何を思ったのか。
日頃から関心のある話を、問い質してみることにした。
「日本という極東の小国に、君はそこまで執着する理由が分からない。教えてくれぬか」
「兄さん、僕が日本を我が物にしたいのは知っていますね」
「お前の長年の夢だったからな」
「我が理想の帝国を築くにあって必要なのは、潤沢な資金と世界最強の武力、そしてそれを裏付けする権威。
この三つのうち、どれか一つ欠けても駄目なのです」
「それで」
「既に我等は石油取引や金融業の世界を通じて世界の富の一部を牛耳る事に成功しました」
「末弟のお前には、金融業という修羅の道を歩ませてしまったを兄として申し訳なく思っている」
と言葉を受けて、男は心から恐縮した。
「いえいえ、兄さんたちが政治の世界に入ってくれたからこそ、僕は後方で自在に動けたのです」
副大統領は、快然と笑った。
「思えば、長い道のりであった。
40年かけて政界という魔窟の中から這い出てて、山の頂が見える場所に上り詰めるまで」
「次の大統領選には出られるのですか。
もし出られるのであれば、政財界に200億ドルの資金をばら撒く準備が御座います」
(1978年のドル円のレート、一ドル195円)
弟は、兄の勝利をみじんも、疑っていないらしい。
「兄さんが大統領職に就けば、我等は名実ともに世界の軍事と金融をこの手に出来るのです。
ただ、足りぬものが御座います」
「何かね。教えてくれぬか」
副大統領は、なお(ただ)した。
「世界最強の軍隊と、無敵のドル体制を持って満足出来ぬ理由とは」
弟は、静かに答えた。
「権威の裏付けです」
「権威?」
「我らは、祖父の代にニューヨークから世界に躍り出て、あらゆる富と名誉を得ましたが、歴史が御座いません。
荒々しい中近東の土侯(サルタン)や東南アジア諸国のものどもを手なずけるには、すこしばかり戦争でもしなくてはいけません。
でもそんな無益な殺生をしなくても良い方法が御座います」
「兵乱を経ずして、あの土侯(サルタン)を手なずけるだと」
「僕は、極東研究を若い頃からしているのを知っていますね」
「ああ」
「3000年の東亜の歴史を紐解いた時、ローマの坊主どもさえ手を余す存在に気が付いたのです」
「初耳だ。そんな存在があるのかね」
「日本帝国の皇帝です。
彼等は自分の君主の存在を忘れ去っていて、京都のみすぼらしい宮殿に、秘仏が如く厳重に隠しています。
ですが、その歴史的長さはあのアビシニア(エチオピア)のソロモン王の血脈に匹敵する物なのです」

「イタリアのムッソリーニがかつてアビシニアを求めたように、僕としても日本を、その秘密の園の奥底にある宝玉を我が物にしたいのです」
副大統領は、弟の意見に理解を示しつつも、
「今更、歴史の中で埋もれた宝玉など持ち出して、なんになるのだね」
むしろ責めるような語気で、なお云った。

「中東問題で我等と歩調を合わせ、イスラエルを承認している日本が、中近東で一定の力を持つのか。
僕なりに調べ、考えてみました。
資金力も製油設備も劣る彼等が、なぜ中近東とこれ程上手く行ったのか……」
大君(タイクーン)の影響力か」
「あのお飾りの将軍ではありません。彼の後ろに隠されている、皇帝の歴史的権威のお陰ですよ。
硬い扉の向こうから漏れ出て来る2000年の歴史の輝きは、200年の合衆国の歴史ではとてもかなうものではありません。
歴史的権威は、ローマのバチカン寺院に匹敵し、チベットの活仏、ダライラマの影響力をも凌駕します。
また、支那や蒙古人の襲撃を幾度となく乗り越えてきました。
その様な存在は、世界広しと言えども他には御座いません」
「買い被り過ぎではないのかね」
副大統領は、なお少し、ためらっている風だった。

 弟は、瞑目(めいもく)して、考えこんでいたが、
「僕なりに考えました。
その権威を無傷で我が手中に収めれば、東亜と印度支那、いや、中近東を含むアジアの大半を血濡らさずして我が物に出来るのではないかと」
「それでお前は三極委員会という子供のごっこ遊びの団体を作ったのかね」
「そうです。
その上で、皇帝の権威と新開発のG元素爆弾があれば、欧州の片田舎に住まう貴族共を出し抜けるのではないかと」
副大統領も、遂に肚をきめた。
「フフフ、お前は甘い。政治家には向かないな。
だが、ディヴ。君の兄として、この私はその企みに協力しよう。
一族郎党の力を合わせて、我が理想の帝国をこの地球上に成立させようではないか」


そういうと、コーラの瓶をコップに開け、乾杯の音頭を取る。
「我等が理想の帝国の建設を祈って乾杯」
「乾杯」
コーラで唇を濡らした後、二人は詳細を話し合った。
 
 

 
後書き
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