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展覧会の絵

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第十五話 ユーディトその三

 だが一郎はこのことを自分で気付かないうちにいいと言って十字に述べたのである。こう。
「食べるだけでもね。どうかな」
「有り難い御誘いですね。ですが」
「今日は駄目なんだね。塾かな」
「いえ、今日塾は休みです」
 彼が授業を受ける時間はないというのだ。
「ですから。今日は」
「美術部の部活かな」
「今日はそちらも休みです」
「では是非共料理部に」
「いえ。遠慮させて頂きます」 
 丁寧だがはっきりとだ。十字は答えた。
「やるべきことがありますので」
「そうか。なら仕方ないね」
「お気持ちだけ受け取っておきます」
「そういうことだね。それじゃあ」
「神の御加護と」
 十字は言った。一郎に対して。
「裁きがあらんことを」
「裁き?」
「何か」
「いや、今裁きと言った様だけれど」
「そんなことを言ったでしょうか」
 あえてだ。十字はこのことははぐらかせてみせた。彼に告げたしたがそれでも気付かれ怪しまれることを警戒してかだ。はぐらかせたのである。
 そしてはぐらかせたままだ。こうも言うのだった。
「では僕はこれで」
「ああ、それじゃあね」
 一郎は十字の言葉が気になりながらも彼に別れの言葉をかけて実際に別れた。だが、だった。
 十字はその一郎、擦れ違った彼のその背中の方を振り向いて静かに呟いた。
「有罪。判決は下されているよ」
 こう告げてその場を去るのだった。そして学校の校門でだ。
 丁度帰る途中の雪子とも会った。雪子はだ。
 幾分かいらいらとした感じだったが十字を見るとすぐにそれを消してだ。彼にこんなことを言ってきた。
「ねえ、あんたまた新しい絵描いてるそうね」
「そのことがどうかしたのかな」
「ええと。随分怖い絵らしいけれど」
「ユーディトの絵かな」
「人の首を。美人が斬り取ろうとしてる場面って?」
「聖書にあるね」
 淡々とだ。十字は美術部の部員達に話したことをそのまま話した。
「それを描いているんだ」
「何か有名な画家の人の作品よね」
「カラヴァッジオのね」 
 その画家の名前もだ。十字は言った。
「その人の絵だよ」
「カラヴァッジオね。随分覚えにくい名前ね」
「日本人にはそうかも知れないけれど一度覚えるとね」
「中々忘れないっていうのね」
「そうだよ。それにね」
「それに?」
「ユーディトは何故敵の首を斬れたのか」
 雪子の目を見てだ。彼は言った。
「それは何故かというとね」
「相当気の強い人だったのかしら」
「気が強いというよりはむしろ信仰が確かだったんだよ」
「信仰?神様へのなの」
「そう。それが確かだったからこそ」
 それ故にだというのだ。
「敵の首を斬り落とせたんだ」
「女の人でもそれができるの」
「男であっても女であっても確かな信仰を持っていれば」
 どうかとだ。十字は雪子のその目を見ながら話していく。誰も何も知らないと内心得意げになっているその目の底にあるものをも見ながら。
「敵を倒せるよ。悪もね」
「悪もなの」
「ユーディトはヘブライの民の敵を討ったけれど悪も討てたよ」
「信仰があるから」
「そう、討てたよ」
 それができたというのだ。
「僕が描いている絵の様にね」
「信仰があれば悪い奴も倒せるの」
「勿論その信仰は正しい信仰でなければならないけれど」
 邪な信仰のままそうしてきた者も多いのだ。キリスト教だけでなくあらゆることにおいて邪な考えや信仰に基きそうしたことをしてきた者もいる。しかしだというのだ。 
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