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展覧会の絵

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第十五話 ユーディトその二

「そうなるよ」
「この絵の裁きと一緒に?」
「そうした人を救うの?」
「そうするの?」
「そう。今度はね」
 十字は端整だが整っている顔で述べていく。描きながら。
「救いの絵を描きたいね」
「救いの絵?」
「今までみたいな怖い絵じゃなくて?」
「絵は。怖いものだけじゃないからね」
 この言葉と共にだった。彼が言うことは。
「絵は人の心を描くものだから」
「だから怖い絵以外にも?」
「描くんだ」
「そうするんだ」
「そう。描くよ」
 今は描いていないがだ。こう言えた。 
 その絵を描きながら十字は決意していた。しかしその決意はやはり誰にも見えなかった。だが彼は確かに決意をして次の務めに取り掛かろうとしていた。
 彼が部室を出るとだ。廊下に一郎がいた。彼に向かって歩いてきていた。
 その彼と擦れ違う。その時に十字はふとした感じで一郎に言ったのだった。
「料理部はどうなっているでしょうか」
「料理部が?」
「そう。どうなっているでしょうか」
 こう彼に問うたのである。
「今は」
「普通だよ。ただね」
「ただ、ですか」
「今料理部のホープが来ていないんだ」
 誰のことかは言うまでもなかった。
「それが残念だね」
「そうですか。そしてそれはですね」
「そう。サッカー部でもね」
 何処か勝ち誇った笑みでだ。一郎は十字に述べた。一郎はこの勝ち誇りは自分と雪子だけがわかっていることだと思っていた。だが、だった。
 十字も知っていた。しかし十字はそれを言わないのだった。
 その十字に気付かないままだ。彼は言っていった。
「ストライカー候補がいなくなったね」
「そうですか」
「そして空手部でもね」
 一郎は失策を犯した。このことは言わなくともよかった。
 だが望に対する勝ち誇りのままだ。言ってしまったのだった。
「いなくなっているね」
「空手部もですか」
「そう。男子の方も女子の方もね」
 一郎はここでも仮面を被っていた。その素顔は見せていない。しかし十字はその素顔もだ。見ながらそのうえで彼の話を聞いていた。
「道場の子達だったかな」
「その人達がですか」
「うん、確かね」
 よく知らない風を装って話す一郎だった。だが。
 既に十字は知っていた。しかし彼は完全に仮面で己を隠していた。そのうえで自分よりも臭い演技を続けている一郎のその話を聞くのだった。
 一郎はそのことに気付かないままだ。十字に話していった。
「二人共身体の調子がよくないみたいだね」
「大丈夫だといいですね」
「そうだね。それで君は」
「僕はといいますと」
「元気かな。どうかな」
「至って」
 健康だとだ。十字はここでは事実で答えた。
「健康です」
「それならいいけれどね。そうだ」
「何か」
「君も今日の料理部の活動に来てみたらどうかな」
「料理部のですか」
「作らなくてもいいよ」
 これは何気に十字にとってはいいことだった。彼は料理が出来ないからだ。これだけはどうしても何をしても駄目でだ。彼にしても諦めていることだった。 
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