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展覧会の絵

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第十四話 泣く女その十三

「では彼等は普段はそこにいるのですね」
「凄い柄の悪い店だから気をつけろよ」
「あそこカツアゲとか多いらしいしな」
「あいつ等がそれやってるみたいだけれどな」
「とにかくあの店は近寄らない方がいいぜ」
「物騒な場所だからな」
「わかりました」
 先輩達のそうした言葉を受けてだ。十字は静かに頷いた。
 先輩達から話を聞いて情報収集に何日かかけた。そしてだ。
 それだけでなく神父からもだ。ファイルを受け取った。そのファイルは。
「彼等について細かく調べてくれたね」
「時間がかかってしまいました」
「いや、丁度いいよ」
 時間的にだ。問題ないというのだ。
「あの四人とだね」
「清原塾の理事長、それにです」
「あの兄妹についても」
「全て。細かく調べました」
 そうしたとだ。神父は十字に話した。
「後はですね」
「このファイルを使ってね」
 動くとだ。十字は言った。そうしてだった。
 十字はそのファイルを受け取り自分のものにした。このやり取りの後でだ。神父を誘った。
「画廊に行こうか」
「そこで絵をですね」
「うん。一緒に観てくれるかな」
「はい」
 十字の誘いにだ。神父は静かに応えた。こうしてだ。
 二人はこの日も画廊に入った。そのうえで絵達を見ていく。今時間は夜であり薄闇の中に絵達が浮かんでいる。その絵の一つ一つを見ていきだ。
 十字はその絵のうちの一枚の前に来た。その絵は。
 随分と変わった絵だった。女が描かれていて泣いているがそれでもだ。
 何かが違う、顔が崩れている様に見える。何かと何かが交錯しブロックか何かの様にも見える。左右の目の場所がそれぞれ歪んでいる。しかもだ。
 口や鼻の場所も歪んでいる。何もかもがそうなっているが神父はその絵を知っていた。それで十字に対してこう言ったのである。
「ピカソですね」
「うん、ピカソのね」
「泣く女ですね」
「ピカソもまた偉大な画家だからね」
「描かれたのですね」
「そうだよ。描かせてもらったよ」
 まさにそうだとだ。十字は神父に話す。
「この泣く女もね」
「ただ泣いているだけではないですね」
「そう。心が泣いているんだ」
「人は顔だけで泣いているのではないですね」
「心が泣いているんだ」
 こう言うのだった。
「それをピカソは描いたのだろうね」
「ピカソは様々なものを描いてきた画家ですが」
「その中には崩れていない絵もありますね」
「そう。青の時代の絵もあったね」
 ピカソの絵はその活動時期によって絵の雰囲気が違っているのだ。よく知られている歪な感じの絵だけでなくだ。普通の雰囲気の絵もあるのだ。
 その絵についてもだ。神父は言った。
「あの絵も私は好きなのですが」
「そうだね。僕もね」
「好きですね、枢機卿も」
「その時代の絵も描いているよ」
 十字は様々な絵も描いているがだ。その青の時代の絵もだというのだ。
「今もこの画廊にあるけれどね」
「ではその絵も観させてもらっていいでしょうか」
「いいよ。ピカソの絵も描いているから」
「ではその絵も」
 神父は粛々と頷きそうしてだ。
 彼等は二人でそのピカソの絵を見ていった。夜の画廊で。
 そしてその夜の後でだ。十字は教会から学校に出る時にその神父に言った。
「今日からね」
「まずは救いですね」
「裁きの代行より前にね」
「おそらく。今日にでも」
 十字の表情は変わらない。声の調子も。
 だがそれでもだ。その声に何かを宿らせてだ。そのうえでの言葉だった。
「彼女達はね」
「自らですね」
「そう。その命を絶つかも知れない」
 その危惧を感じていたのだ。何よりも強く。
「彼女達の心は壊れてしまった。それなら」
「その壊れた心のままに」
「その命まで壊すかも知れない」
「自ら命を絶つことは罪です」
 神父はキリスト教の教えの中でも特に重要なものの一つを口にした。
「それは神に対する罪です」
「そう。だからこそね」
「何としても救わなければなりませんね」
「だからこそまずは彼等だよ」
 彼女達だけではなかった。十字は今彼等とも言った。
「神は罪のない子羊を救われないことはされない」
「決して」
「だからこそその代行者である僕も行くよ」
「では」
 神父の見送りを受けてだ。十字は教会を後にした。そしてそれがだ。まさに神の救いの代行となるのだった。彼の務めの一つである。


第十四話   完


               2012・5・4 
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