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TARI TARI +TARA

作者:睦月師走
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飛び出したり 誘ったり 飛びかかったら その4

 
前書き
どうも、読み物のジャンルがめちゃくちゃになりつつある睦月でございます。
新年も迎えまして、私もこの年初の投稿でございます。
まだまだ一話分もいっていない今作ですが、どうかこれからもよろしくお願いいたします。


さて、それでは正月気分もいい加減に本編を、どうぞ! 

 







(どうして、こうなったんだろうか……)

だんだんと登校してきた生徒も多くなってきた時間帯に入った頃、衛太郎はそう思っていた。
いつもなら、もう衛太郎も教室にいる頃なのだが、今日は違った。
こうやって未だに廊下を進んでいることもそうだが、一番の違いは、後ろから着いてくる人物にあった。

「………………」

こちらの視線に気づいた彼は、またあの柔和な微笑みを向けてくる。少年の爽やかな印象に更に拍車がかかるが、衛太郎には苦笑いしか返せない。
先ほど、下駄占いを道占いと称して堂々と間違えてくれた彼を一人で職員室に行かせるのもなんだか気が引けてしまい、現在こうして道案内中ということだ。
未だに素姓の知れない少年だったが、多少ズレているだけで悪い人ではなさそうだ。

(とにかく、早く連れて行ってあげてから教室で課題を終わらせるか……)

そう考えてポケットに手を突っ込んだ時、さっきまで後ろにいた少年が自分の隣へと進んできた。

「すいません。こんなことまでしてもらって」

「い、いえ……別にこのくらいなんてことないですよ……」

下手な愛想笑いで返した衛太郎に、少年はわざわざ足を止めて頭を下げてくる。いかにも大げさなその謝罪に戸惑ったが、すぐに再び歩き出してくれたので内心でほっと息をつく。
その後も何か起こらないかと過剰にハラハラしていた衛太郎だったが、不安とは裏腹に、何事もなく職員室に着くことができた。

「えっと、ここが職員室なんで……あとは大丈夫ですか?」

「はい。ーーどうも、ありがとうございました」

ぱんぱん。まるでお参りの時にするように、丁寧に手を合わせて拝まれた。
やっぱり、この人はちょっとーーいや、大分ズレている。
自分には予定が詰まっていることだし、後は先生に任せておけば大丈夫だろう。ひとまず適当に生返事をして、そのまま振り返って教室へ向かおうとした。

「あっ。ちょっと待ってください。最後に、お名前だけでも聞かせてください」

「な、名乗るほどのものじゃないんで……」

何年か前のドラマのような展開に感化されてしまったのか、衛太郎は早口にそう言ってから足早に廊下を歩いて行った。
あとになって、正直に名乗っていた方が普通だったのではないかと思った時には、妙なノリに乗ってしまった恥ずかしさと後悔のダブルパンチでため息をついたのは余談である。










(はあ。なんかどっと疲れた……)

人ひとり案内しただけだというのに、いつもの倍ほどの労力を使ったような気がする。
気を取り直してたどり着いた教室に入ると、すでに中には半分以上の人数の生徒が来ていた。何時の間にか、それなりの時間が経っていたらしい。みんな黒板に高橋先生への送る言葉を色彩豊かなチョークででかでかと書いていたり、互いのプレゼントについて話し合ったりしている。
これは早いうちに課題を済ませなければ、一時間目には間に合わなくなってしまう。
なるべく足音を立てず、しかし歩調は早めにして自分の席に着いた。
やっとこさ、という思いで蓮の花束を机に置くとショルダーバッグも下ろして椅子に腰掛ける。
しかし、課題のプリントを探して引き出しの中を漁りはじめたところで、また後ろから声をかけられた。

「津川、おはよー」

「あ……お、おはよう」

張りのある元気な声に、一瞬だがうろたえてしまったのがばれてないだろうか。頭だけ動かして視線を向ければ、そこにはやはり、顔見知りの女子の姿が。
切りそろえられた前髪に波打つ後ろ髪は二つに結ばれて肩の前に流され、女子の内では背の高いスラリとしたスタイルが彼女を少し大人っぽく見せている。
よく見れば、彼女の後ろからは声楽部の朝練を終えたらしい来夏がついて来ている。「おっす」と今日で二回目の挨拶をしてきた。ほのかに水気のあるふわりとした香りが鼻に入ってきたと思えば、その腕には来夏のカーネーションと一緒に、一抱えほどの多さの紫陽花の花束があった。しかしその淡い紫色の花弁とは対象的に、包んでいるのはシワのよった新聞紙だった。たぶん、先ほど挨拶した女子が用意したものだろう。

「ねぇ、ちょっとこれのラッピング手伝ってくれないかな? こういうの得意でしょ?」

「得意って言った覚えはないんだけど……まあ、いいよ」

NOとは言えない日本人、という言葉が頭の中をよぎった。
仕方が無い。この課題は後回しにして、最悪適当な答えを書いてから0点を覚悟のうえで提出するとしよう。
そう思い直して、衛太郎はくだんのクラスメイトーー沖田 紗羽の席に歩み寄った。
よく見ればその後ろにいたのは、数十分ぶりに見る和奏だった。普通科の制服を着た生徒の中にひとりだけ音楽科の制服なので、すぐに見分けがついてしまう。来夏や紗羽と同じタイミングで来たようだが、和奏は誰かと話すでもなく、淡々と自分の席に着く。
黒板にメッセージを書きたしていた女子から紗羽に声が飛んでくる。

「紗羽ー。こっちも手伝ってー!」

「はーい。ちょっと待ってー」

どうやら、紗羽の方も忙しいようだ。これはますます急がなければなるまい。

「沖田さん。包むのはわかったけど、紙とかテープとかはどうする……?」

「心配ご無用ーーじゃーん」

と軽快なノリで紗羽がカバンの中から取り出したのは、ピンクにフリル付きのリボンで筒状に巻かれた黄色いシートだ。

「それじゃ津川、ちょっとあっち手伝ってくるから、先に来夏と一緒に包んどいてくれる?」

「宮本と……? まあ、いいけど……」

「お願いね」と言われるがままに筒を手渡されると、紗羽は黒板の方へと行ってしまった。
来夏と一緒にと言われたことに少しひっかかるところがあったが、特に気にする必要もないとしてペーパーのリボンを解いていく。

「それじゃ、早くやろっか。高橋先生が来る前に終わらせないとだしね」

「ん。ああ……」

紗羽の紫陽花から新聞紙を取り外す来夏の手の運びは軽やかで、どこか機嫌が良さそうにも見えた。










「うん。こんなトコかな」

リボンとペーパーによって可愛らしくまとめられた紫陽花の花束を確認して、紗羽は満足そうに頷いた。

「もー。家でやってくればいいのに、ねぇ?」

ぶーたれながら同意を求めてくる来夏に、愛想笑いをしながら目を逸らす。
衛太郎としてはこのくらいなんともないのだが、彼女は納得がいかなかったようだ。

「ホント、ありがとうねー。お礼に今度何か奢るから」

「あっ。あたし学食のラーメンセットがいいな!」

「来夏はダメ。いつも奢ってるじゃん」

「ええー。何だよケチんぼー!」

「津川は何か食べたいものとかある? あ、あんまり高くないのね」

テープやらリボンの切れ端やらを片付けていた衛太郎は、紗羽からのそんな質問に少々驚いてしまった。

「えっ? い、いや……俺はいいよ。たいしたことやってないし……」

「そんなことないって」と言ってひらひら手を振る紗羽の申し出はありがたいが、残念ながらそれを素直に受け入れられないメンタルしか持ち合わせていない。
ごまかすように視線を逸らしていたら、教室のうしろの引き戸がガラッと勢いよく開かれた。
それから教室に駆け込んできたのは、ひとりの男子生徒。

「あっ、田中君来たよ!」

「やばい! 先生来るぞ、みんな早く準備終わらせろ!」

誰かがそう言った直後、クラス中の全員がこれまで以上にばたばたと走り回る。
それを見て苦い顔をしたのは、登校して来たばかりの男子生徒だった。

「お前ら、何で俺が来ると急に焦り出すんだよ……」

「自分の胸に手を当てて考えろ!」

他のクラスメイトと同じく片付けを急ぐ来夏に叱責された男子生徒ーー田中大智(たなか たいち)は、夏らしい短髪をかきあげながらさらにその表情を渋くした。
反論できないのも無理もない。この白浜坂高校バドミントン部唯一の部員は、毎日のように体育館で朝練に励んでいるのだ。だが、それが原因で今のように遅刻してしまう。それで担任教師からは『遅刻常習犯の田中』という不名誉な覚え方をされ、クラスメイトからはそれをネタにされている。その証拠として、紅葉色のネクタイは手に握られたままだった。
不憫とは思いつつも、いつも練習を欠かさないその努力家の精神は衛太郎も密かに評価していた。

「あ。でも、高橋先生ならちょうどいまそこですれ違ったぞ」

「それ早く言えよ!」

ぺちーん! 来夏のツッコミが平手となって大智の後頭部に命中。

(田中君、いまのはきみが悪いよ……)

衛太郎の中で、同情の気が引いたときだった。
そうこうしている間にも、周囲では応急的ではあるがなんとか準備が終わりつつある。このへんのチームワークは流石といったところだろう。伊達に三年間同じ学び舎で過ごしていたわけではないのだ。
そして衛太郎が数瞬遅れて席に着いたその瞬間、黒板側の戸が開かれた。

「はーい、みんな席に着いてー。今日はーー」

入ってきた高橋先生の姿を認めるのと同時に紗羽の目がきらりと光ったのを、衛太郎はその右後ろの席から確かに見た。

「花束贈呈!」

高橋先生の言葉を遮り、紗羽が宣言とともに立ち上がる。それに続きクラスメイトがそれぞれのプレゼントを抱えて席順に並び出した。

「え、えぇ?」

混乱する高橋先生をよそに、教卓には次々とプレゼントが積まれていく。
衛太郎もそれにならって、蓮の花束を教卓へと横たえさせる。戻り際に高橋先生を振り返り、軽く頭を下げた。その時視界に入ったのは、高橋先生の膨らんだお腹だった。
やがて全員が席に戻ると、黒板に大きく書かれた『高橋先生ありがとうございました!』の文を見て状況を飲み込んだ高橋先生が少し困ったように笑う。

「もう、ただの産休なんだから。でも卒業までに戻れなかったらごめんね」

嬉しさと寂しさの入り混じったような言葉にいち早く反応したのは、このサプライズ送別会を企画した紗羽だった。

「じゃあ今卒業式やろっか?」

「みんなで『仰げば尊し』とか歌う?」

来夏がそう続けたところで、教室の賑やかさが更に広がった。
いつものことながら、このクラスのノリの良さにはどこか着いていけないものがある。しかしなんだかんだで落ち着いてしまうこの空気は、嫌いではなかった。
やれやれと机に肘を着いた時、誰かが思いついたように声を上げた。

「坂井さん歌ったら?」

それを皮切りに、ただの賑わいが好奇の色に一転する。

「あぁ。それいい! 音楽科だったんだよね?」

「坂井さんの歌聴きたい!」

(まあ、そうもなるーーーーかな?)

先ほどの女子生徒が言ったように、和奏は音楽科から普通科へと移ってきた、極めて珍しい経歴の持ち主だ。普通科と音楽科の間ではほとんど交流がない。せいぜい文化祭の発表くらいだが、終わればそれっきりというのも少なくないほどだ。
そこに、何故かその音楽科から普通科にやって来たという変わり者がいれば、注目されるのは当然といえるかもしれない。
しかし、だからこそ衛太郎はその考えに賛同もできなかった。

(………………!)

横目で和奏の方を見てみれば、彼女の表情が良くわかった。
いつもは感情の起伏があまりないように見えた彼女だが、今は違う。その眉根はきつく寄せられ、視線は睨むかのように厳しくなっている。
まるで、自分に向けられたすべてを拒絶するかのような、不器用な威圧のようだ。
初めて目にした和奏のーー負の感情を露わとした表情に、衛太郎は思わず生唾を飲み込む。
やがて耐えかねたかのように和奏の口が開かれる。
しかし、その唇が言葉を発する前に、高橋先生の声がそれを遮った。

「はいはい。私が今日最後に聴きたいのは誰かーー決まってるでしょ? 遅刻の常習犯、田中大智!」

「はあっ!?」

その呼び声をすべて聞き終える前に、衛太郎の視線は大智の方へと向いていた。
思わぬ不意打ちを食らい、ネクタイを締めていた手を止めてガタッと音をたてて立ち上がる。周囲からももはや馴染んでしまったその二つ名にクスクスと笑い声が起こっていた。

「い、いや……俺はいつも朝練で早く来てるし、遅刻してないし!」

「おっ。言い訳? 男らしい〜♪」

抵抗虚しく、高橋先生から余裕たっぷりにたしなめられた上に、クラスメイト達からは「ひゅー、ひゅー♪」という野次が飛ぶ。
周囲に味方なし。まさに四面楚歌。
しばらく押し黙っていた大智だったが、やがて腹をくくったのか、緩んでいたネクタイをきっちりと締め直す。

「おし……じゃあ歌います」

今度は黄色い声援を受け、背筋を張って立つ。そのまま声高らかに宣言した。

「白浜坂高校校歌!」

帰って来たのは、「えぇー」という不満の嵐。どうやら、もっと面白みのある歌を期待していたらしい。
教室の空気が変わったことを確認すると、改めて和奏の表情をこっそりとうかがう。
すでに興味がなくなったのか、肘を着いて窓の外に顔ごと意識を向けていた。どうやら、よほど音楽のネタで関わられるのがいやなのかもしれない。前々から他人と距離を取っていたことからなんとなく予想はしていたが、それは的中したようだった。
ほっと胸を撫で下ろすと、ブーイングを聞き入れることなく大智が大きく息を吸い込んだのが聞こえた。



〜白き浜の声を聞き

長き坂道を登ろう

またたく日々と 刹那の友は

永久に広がるハーモニー

allegro vivace amoroso

歌おう 白浜坂高校〜



指揮も伴奏もない中で、ひとりだけの歌声が響く。体育会系の大智の声は、意外にも心地良く耳に入る若者特有の低音だった。

(意外と上手いんだ……)

ちょっぴり失礼な感想を抱きながらも、衛太郎はその歌声に耳を傾けていた。きっと他のクラスメイトも同じで、みんな静かに大智に視線を向けていた。

「あっ、しまった……ごめん!」

突然、高橋先生が何かを思い出したように引き戸の向こうに声をかけた。
教室中の興味が疑問符と共にそちらに向いたのは、また必然といえただろう。




衛太郎の脳内は混沌としていた。
朝っぱらから何を馬鹿なことをーー他人からそんな感じのことを言われても仕方ないかもしれない。だが、こればかりはわかってほしい。……いや、深く考えれば納得できるであろうことだとは思うが、出来れば信じたくはなかった。

(……マジか。マジなのか)

「オーストリアからの帰国子女だから、みんないろいろと教えてあげるようにね」

「はーい」という生徒たちの元気のいい返事に参加しないのは、衛太郎(あと、おそらく和奏)だけ。
それもそうだろう。高橋先生に紹介されたその転入生はーー今朝道案内したばかりの、あの意味不明な爽やか系の少年だったのだ。
黒板に名前を書いた彼は、こちらを振り向く。

(あ……)

気づいた時には、もう遅かった。少年の目が、衛太郎にばっちりと向けられていたのだから。
にこっ、とこれまた嬉しそうに爽やかな笑みを向けてくれる。
産休を控えた担任がそれを目ざとく見つけたのを、衛太郎は見逃さなかった。
ああー、嫌な予感が……。
そんな気も知らず、転入生は自己紹介を続けていく。

「十二年ぶりに帰って来た日本に、早く馴染めるよう頑張ります。今は本しか友達のいない僕ですがーー」

転入生はそこまで言うと、急に表情を真面目なそれへと引き締める。
そして、教室中の全員が見守る中で、身を屈めた。

「どうか皆様……よろしくお願い申し上げます」

そう告げると同時に床に膝をつき、更に頭を深々と下げる。
それは日本では良く知られた礼法の一種だったが、この場ではどう考えても場違い極まりないものだった。
おかげで歓迎ムードだった空気が一気に丸めて窓の外へと投げ捨てられるように切り替わり、意味不明の静寂に包まれる。

「……土下座?」

来夏の静かなツッコミの直後、ホームルーム終了のチャイムがどこか虚しく鳴り響いた。





 
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