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銀河日記

作者:SOLDIER
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士官学校入学

銀河帝国の帝都オーディンにも初夏が訪れ、日々、厳しさを増す傾向のある日差しが、天より大地に降り注いでいる。ここ最近は、夏らしく晴れの日が多くなる、気温の上昇に伴い、熱中症に注意されたしと帝国当局の気象局は予測を立てているそうだ。

オーディンの中心街から離れた郊外の地区にある銀河帝国軍士官学校は四七一回目となる入学式を帝国歴四七二年七月八日に敢行し、新入生三〇五五名を新たに迎え入れた。

その新入生三〇五五名の中には、アルブレヒト・ヴェンツェル・フォン・デューラーとアーダルベルト・フォン・ファーレンハイトの姿もあった。
「久しぶりだな」
「ああ」
入学式の中、再会した二人はそう言葉を交わした。TV電話で会話をするなどのことは数度あったのだが、こうして直接会うのは、一年半ほど前の葬儀以来だった。

銀河帝国軍士官学校は、ルドルフが銀河帝国の創設を宣言し、宇宙歴を廃止した帝国歴元年の八月二九日に、銀河帝国首都星オーディンの郊外に設立された。アルテバラン星系第二惑星テオリアの宇宙軍士官学校を始めとした銀河連邦時代の各士官学校を廃止し、その代わりに設立されたのである。その初代校長には、ルドルフが政界進出する前、宇宙軍少将であった時の参謀長、帝国軍大将アルター・クリストフ・フォン・ハイネ男爵が任命された。

銀河帝国軍士官学校はかつて、貴族の子弟に対してのみ、その門が開かれていた。だが、“叛乱軍”こと自由惑星同盟との戦争の長期化により、士官の絶対数の不足に対する補充や平民階級からの人材登用などを理由として、段階的に平民でも入学が可能になっていき、今に至ったのだ。帝国歴436年の第二次ティアマト会戦で戦死したフリードリヒ・ウィルヘルム・コーゼル大将、カール・レオポルド・フォン・シュリーター大将の二人は、平民の入学が可能となった二年目にこの学校の門を叩いている。

士官学校に隣接される寮には、全学年合わせて4000名を超える士官候補生が住んでいる。士官学校の財源は帝国政府の国費で賄われているため、学費は無料だ。四年間、衣食住も完備されている。家計に困っているアルブレヒトやファーレンハイトにとっては充分過ぎる待遇だった。

士官学校寮の部屋は一年生と三年生、二年生と四年生という組み合わせのペアで住むことになり、上級生が下級生の指導、監督を行うことになっている。入学式が終わり、ファーレンハイトと別れたアルブレヒトは、自分に割り当てられた部屋に向かった。電子ドアの前に立ち、ベルを鳴らし、中の人間に到着を告げる。

直ぐに「入りたまえ」という渋い声が聞こえてきた。その声に、若干聞き覚えがないわけでもなかったアルブレヒトだったが、不確定な疑念を消して中に入ることにした。

「はっ、失礼します」
アルブレヒトは部屋の中に入るとびっくりした。部屋の光景に、である。だが、ものすごく散らかっていたとか、その逆に閑散としているとか、そういうことではなかった。

これから軍人になる士官候補生の部屋の中だというのに、本や絵の具が山を作っていた。本ならまだ分かる。戦術論、戦略論など、外出許可日に帝都に外出して書物を買ってくる候補生がいないわけでもないからだ。アルブレヒトも、外出許可日には外出してみようとは思っている。だから、本に関しては不思議がってはいない。ただ、絵具はどうなのだろうか。そう思いながら、床に落ちていた一冊の本を拾い上げてみるた。すると、『日本趣味(ジャポニズム)が西洋絵画に齎した影響とその理由』『現代に受け継がれる古代東洋の絵画技術』という表題の美術論だった。

「卿は、この部屋に配属された新入生だな?」
穏やかな声で、少々背の高く、長い黒髪の三年生が訪ねた。彼の手には木製のパレットがあり、背後にはキャンパスがあった。その表面には書きかけの絵が描かれていた。アルブレヒトはそれに気が付き、あわてて、覚えたての、まだ型にはまった様子もない敬礼をしながら申告する。
「この度、四〇七号室に配属されました、戦略研究科一年、アルブレヒト・ヴェンツェル・フォン・デューラーであります。一年間よろしくお願いいたします」
「そうか、卿がこの部屋の新しい住人か。私は三年のエルネスト・メックリンガー。同じく戦略研究科に所属している。一年間よろしく」
「は、はい。こちらこそ」
二人は握手を交わした。アルブレヒトは驚きを隠せなかった。当時のメックリンガーは、髪は長かったものの、まだ特徴である髭を生やしてはいなかったからである。そして、垣間見た部屋の有り様にも納得がいった。流石は、“芸術家提督”エルネスト・メックリンガー。士官学校時代からそちらに手を伸ばしていたのか、とアルブレヒトは感心した。

その後は、メックリンガーに学校行事や授業の簡単な説明などをしてもらい、一日が過ぎていった。だが、ダンスや音楽鑑賞などを始めとした、軍人には一見ふさわしくないような芸術的内容の補助科目が存在するのを知ると、アルブレヒトは内心表情を凍らせた。メックリンガーは、これから一年間の同居人が半ば、呆然とする光景を見て、苦笑せざるを得なかった。

翌日、食堂での朝食の席で二人は隣に座り、会話を始めた。
「どうだ、アルブレヒト。卿の処の上級生は」
「ああ、少々風変わりな人だが、良い人だと思う。頼りになる人さ」
ファーレンハイトの質問に、アルブレヒトは、トレイの中にあるライベクーヘンをフォークの先端で刺しながら言った。
「ほぅ、随分と分かったような口を利くじゃないか」
「信じているのさ。そう言う卿の方の同居人はどうなんだ」
「・・まぁ、悪くはないな。可もなく不可も無くという処かもしれん。これからどうなるかが見ものだ」
アルブレヒトの質問に、ファーレンハイトは少々考え込むような表情を見せてから返した。

「お互い、努力しよう」
「そうだな。いくら学費がタダとはいえ、落第は嫌だからな」
「卿、まさか自分が本気で落第するとでも思っているのか?」
「そんなことはない。冗談だ」
「こいつめ」
そう言って二人は笑いあった。

それから十数分後に二人は食事を終え、一時限目の講義のあるB棟の二〇七講義室へと向かった。これより、二人の士官学校生活が始まった。
 
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